機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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40:教導

 宇宙世紀0089.5.16 第00特務試験MS隊、ニューヤーク付近の防衛任務のためトリントン基地を出航。

 

 0089.5.22 第00特務試験MS隊、ニューヤーク付近到着。防衛任務開始。

 

 軽い任務のはずだった。

 

「左舷敵影6!!」

 

[くそっ!この数では……!!]

 

 防衛を終えればすぐに帰れるはずだった。しかし、敵の数が思ったよりも多く、こちらが苦戦を強いられた。

 

[ぐあっ!!]

 

[ファング!?……ちっ…!!]

 

 俺はただ、戦闘を見ていることしか出来ない……。

 

 こんなに歯がゆい気持ちを覚えたのは久々だ。

 

[せ、先生……]

 

「リリー?どうした?」

 

[敵……倒したよ……]

 

「よし、次はファングのほうへ援護に行ってくれ」

 

[……うん]

 

 案外素直に彼女は行動してくれる。

 

 それから、リリーの援護により、敵を殲滅した。

 

 

 

[よし、終わったな。離脱するぞ]

 

[あぁ……]

 

「リリー。もういいよ。帰っておいで」

 

[うん……]

 

[リリーちゃんー]

 

[………ひっ…]

 

[今日もすごかったねぇ。やっぱりニュータイプってのは違うもんだなぁ]

 

[ほんとほんと。ファングさんと同じくらいすげーよな]

 

 一人の兵士の言葉を皮切りに、次々とリリーを誉めだす。

 

[うぅ………。先生……助けて……]

 

「ははは!楽しそうじゃないか!」

 

[楽しくないよぉ………]

 

 今にも泣き出しそうな声で俺に懇願する。

 

[にしても、多かったな……]

 

[ああ。疲れちまったよ……。リナちゃんに癒してもらいたい……]

 

「お前たち、聞こえているからな?」

 

[げっ!ムゲンさん!?]

 

「なんてな。ほどほどで頼むぞ…?」

 

[嫌だなぁ…、さすがに人妻を取る気なんかないっすよー。ははは!!]

 

[とか言って、『リナちゃんと結婚したい』とか言ってたのは誰だったっけ?]

 

[げっ!お前それ言うなって!!]

 

「お前らぁ……!!」

 

[ひ、ひいいい!!!]

 

[お前たち、話すのは構わんが、機体を動かせよ?]

 

[あ、いっけねー。すぐ追いつきますよ!ファングさん!]

 

 戦闘が終われば、こんなに楽しい雰囲気になるのに…。

 

 この輪の中に、いまだにリリーは入ることができない。それが少しだけ、悲しく思えた。

 

[ふふ………]

 

「………!」

 

 今、リリーが笑ったのか……?気のせいか……?

 

 

 

 そんな雰囲気を壊すかのように、唐突に始まる。絶望。

 

[な、なんだ!?うわぁあああ!!!]

 

 突然の爆音。嫌な予感がした。

 

 

[ひっ……!]

 

[くっ!?追ってきているだと!?]

 

[全機!離脱だ!!応戦していたら撃ち落とされるぞ!!!]

 

[うわぁあああ!!]

 

「ファング!?どうした!!!」

 

[追手だ!!かなりの数だ!!一度下がって態勢を立て直す!]

 

[リリー!!動くんだ!落とされるぞ!!!]

 

[あ………あぁ………。ひぃ……!]

 

『怖い……怖い……!!!』

 

「……!リリー!?」

 

 頭に響く声。それは間違いなく彼女から発せられている。

 

[まずい!!リリー!!避けろ!!!]

 

[………!!!]

 

「リリー!!!」

 

 叫んだ。彼女が危ない。だが、俺にはどうすることも出来ない……。それがただ悔しかった。

 

[へ………へへ……。ザザッ……リリーちゃん……は……やらせないぜ……]

 

[お前……!!]

 

「何があった!!!おい!」

 

[ムゲンさん……。リリーちゃんを……恨まないでください……。…あの子は……俺たち大人の………【()()】ですよ……]

 

「な、なにを……!」

 

[へへっ………。先……逝ってます……]

 

 その言葉を最後に、無線から爆音。そして、砂嵐の音が響いた。

 

「そんな………!嘘だ!!」

 

[あ………あぁ……!!!]

 

[リリー!!動け!!動くんだ!!彼の犠牲を無駄にするな!!]

 

[………あなたたちが……!!この人を……!ゆ、ゆる…さない……!!!]

 

「リリー!?」

 

 リリーが…怒っている……。

 

[リリー!退くんだ!1機では無理だ!!]

 

「……くっ!!」

 

 俺はブリッジを後にし、格納庫へと走った。

 

 

 

「ムゲン!?どうした!」

 

 格納庫で作業をしていたトクナガさんがやってくる。

 

「……俺のジムを出してください」

 

「な、何言ってるんだ!こいつではもう戦えねぇんだぞ!?」

 

「いいから!!このままじゃリリーが!!」

 

「お前………。だが、整備兵として、旧型で死にに行かせるようなことは出来ん」

 

 彼は首を横に振りながら言った。

 

「トクナガさん」

 

 トクナガさんの背後からの声。その主は…。

 

「リナ?なんだ?」

 

「ムゲンを行かせてあげてください」

 

「なんだと?」

 

「リナ………?」

 

「ムゲンは、きっと帰ってくるから、だから……彼を信じてあげてください」

 

「……」

 

 トクナガさんはしばらく考えた後。

 

「わかった。特別だからな。もし何か不備があったらすぐに帰還することが条件だぞ!!」

 

「…わかっています」

 

「よし、急げ!」

 

 俺はジムの格納庫へと走る。

 

 

 

「………ジム、また力を貸してくれ」

 

 俺は機体に乗り込み、システムを起動させた。

 

「よし、ムゲン・クロスフォード、ジム、出るぞ。いいな?艦長」

 

[ダメと言っても出撃するのだろう?好きにしろ。その代わり、絶対に生きて帰ってこい」

 

「……了解」

 

 俺は機体を動かし、戦艦から出撃する。

 

 

 

『殺す………!殺してやる!!!』

 

 リリーの言葉が頭に響く。

 

「リリー……!」

 

 

 

 俺は機体を動かし、ファングたちの所へと向かう。

 

「ファング!!」

 

[ムゲン!?リリーを止めなければ!!]

 

「分かっている!!」

 

『許さない……!絶対に!!』

 

「くっ……!リリー……!!!」

 

 俺はリリーの機体へと接近する。

 

 瞬間。背後からの殺気。

 

 左へ回避する。

 

「くっ!?リリー!?」

 

[許さない……!!!全員……!!]

 

「リリー!俺だ!!!くそっ…!!!」

 

 今の彼女に俺の言葉は届かない。

 

 右からの射撃。そして続けて回避した先の正面から射撃。なんとか撃ってくる場所が理解できるものの…。

 

「くっ…!!ぐぁっ!?」

 

 機体が追い付かない。

 

[ムゲン!退け!!リリーは俺たちが止める!!]

 

[そうですよ。そんな機体では勝ち目がないです]

 

 だとしても………彼女は………!

 

「俺が…………」

 

「俺が止めなきゃ……ならないんだ……」

 

[ムゲン……!?]

 

「俺は……彼女の先生だ………!助けてやらなきゃならないんだ!!」

 

 リリーの乗るジムがこちらを睨みつける。

 

[大っ嫌い……!皆嫌い!!!]

 

「リリー!!」

 

 彼女へ迫ろうとするも、ファンネルが邪魔をしてなかなか進めない。

 

「くっ……!!」

 

[やっぱり……みんな……怖い…。嫌い……!!]

 

「リリー!それじゃダメだ!!!」

 

[痛いの……!!胸が痛いの!!!張り裂けそう……!目の前であの兵士が死んだとき、すごく気分が悪くなった……。さっきまで生きてたのに!!]

 

[もう……そんなの嫌だよ……]

 

「リリー!それは人間として当たり前なんだ!!皆同じなんだよ!!!…くっ!!」

 

 ファンネルを回避しながらリリーへと近づく。

 

[いやだ!!来ないで!!]

 

「リリー!!自分を閉じ込めるな!!お前は一人じゃないんだ!!」

 

[来るなぁああ!!!]

 

 ファンネルから放たれるビームがジムの右肩を貫く。

 

 その一撃から伝わる悲しみが……。恐怖が……。

 

「リリー!!!」

 

[来るな……!!来ないでよ……!!!]

 

 ジムはそれでも、俺は足を止めない。

 

 ここで、倒れちゃダメだ。また彼女は、最初からになってしまう。

 

 それは……。それだけはダメだ!!!

 

「リリー!!俺が!!俺が分かるだろう!?」

 

[知らない!!知りたくない!!]

 

「リリー!!!」

 

 今までにないほどの圧力が、これ以上リリーへと近づけさせてくれない。

 

「くっ……そ……!!」

 

 これが彼女の拒絶の反応なら……。

 

 俺は……。

 

「ぐっ……ぉおおお…!!」

 

 圧力さえも押しのけ、彼女へと近づく。

 

[来るなぁああああ!!!]

 

 ビームがジムのあらゆるところを撃ち抜いていく。

 

 それでも……。

 

 俺はスラスターを起動し、彼女の機体へめがけ突っ込んだ。

 

「リリィィィ!!!」

 

[来ないでよおぉおおおおお!!!!!]

 

 放たれた一射は、ジムの足を撃ち抜いた。

 

 だが、ジムは、リリーの機体を包み込むように抱いたまま地面へと倒れる。

 

「ぐぅ……!!」

 

[うぅ……えぐっ……うぅ…!!]

 

「………リリー………。怖くなんかない……何一つ」

 

[………せん………せい……?]

 

「大丈夫だから。もう、敵はいないから」

 

[わ、わたし……先生に……何を……?]

 

「何もしていないよ」

 

 ジムは、リリーの機体のメインカメラを手で覆い、何も見えないようにしていた。

 

 だから、彼女は知らない。いや、知らなくていい。

 

「さ、帰ろう。家に」

 

[………]

 

 

 

 格納庫で、俺は静かにジムを見つめていた。

 

 俺が、初めて最初に乗ったMS。

 

 そして、リナが改良してくれた機体。

 

 思えば、この機体とも随分長い付き合いだった。

 

 一年戦争の頃から、ずっとこの部隊で、俺と共に戦ってくれていた。

 

「お疲れ…。ジム」

 

 話によれば、もうこのジムを直す部品が手に入らないらしい。

 

 ……もう、これで最後なんだ。

 

 俺は、横たわったボロボロのジムを軽く撫でた。

 

「………今まで、ありがとな……」

 

「随分、無茶させてしまったな。……そればっかりは、昔から変わらないか?」

 

「……お前も、色んな景色を見たんだな……。分かるよ。何も言わなくても」

 

「ほんと、お前もこんな最期だとは思わなかったよな?…俺もだよ」

 

「本当に、助かったぜ……。ゆっくり、休んでくれ……」

 

 俺は、ジムを軽く叩いた後、格納庫を出て行った。

 

 兵器に愛着を持つのは変に思えるかもしれない。

 

 だが、俺にとっては、それなりに大切な【仲間】の一人だった。

 

 でも、それを恨むつもりもない。戦場で兵器が死ぬなら、それはそれで本望だろう。

 

 

 

 心配なのは、リリーだった。

 

 あれからずっと自室に籠って、一切顔を出さないらしい。

 

「………」

 

 部屋の前に立ち、ノックする。

 

「…………せん…せい?」

 

 意外にも声が返ってきた。

 

「ああ。入れてくれるかな?」

 

「………会いたくない…。誰にも」

 

 リリーは、先ほどの戦闘で心を痛めてしまった。

 

 目の前で人が死ぬなど、初めてならば仕方がない。

 

 いや、普通なら、耐えられない。

 

「……じゃあ、扉越しで話そう」

 

 俺は扉に背を向け腰を下ろす。

 

「…………うん」

 

 リリーは素直に承諾してくれた。

 

「……辛かったね」

 

「…………うん」

 

「何もしてあげられなかった。…ごめんね」

 

「先生は………悪くないよ」

 

「……いいや。君を出撃させるのは間違いだったのかもしれない…。戦わせることなんかさせなければ…」

 

「せん……せい……」

 

 悔やんでいた。彼女が人を殺したことを。何度も。

 

 人間は人を殺すために生まれたわけじゃないのに。

 

 今までは、殺してこいと命令されていた。

 

 だが、今度は逆だ。逆に、俺が殺してこいと命令しなければならない。

 

 こうやって、彼女が戦争という大きい歯車の一部になってしまったことを、悔やみ続けた。

 

「リリー」

 

「………はい」

 

「嫌なら、パイロットをやめてもいいんだよ。それ以外の選択も、まだ出来る」

 

「…………」

 

 リリーと、扉を挟んでの会話。少しだけの沈黙の後、彼女は口を開いた。

 

「…わたしは………戦う……。あの人は…………わたしを【()()】って言ってくれた……」

 

「わたしは彼の事を知らなかったのに……。それなのに、わたしを庇って……」

 

「…………」

 

「…わたしが……希望になれるかは……わからないけれど…。わたしは、出来るだけやってみる」

 

「リリー………」

 

「だめ……かな……。先生……」

 

 俺の人生ではない。彼女の人生だ。

 

「…………個人的な意見とすれば、戦うなんて言ってほしくはなかったよ…」

 

「……」

 

「けれど、君の人生だ。君が選んだのだから、それに従えばいい」

 

「先生………」

 

「でも、一つだけ…」

 

「…………?」

 

 かつて、カミーユ君にも言ったことがある言葉。

 

「選択には、常に責任が伴うことを忘れてはいけないよ」

 

「…責任………」

 

「ああ。君が戦って、人が死んでしまったという責任…とかね」

 

「…………」

 

「それを分かったうえで決めたのなら、俺は止めない。君の背中を押そう。それが先生の役目だから」

 

「……私は………戦います。先生」

 

 彼女の声から、その意思が伝わった。『迷わない』と。

 

「……分かった」

 

「もう……誰も…死なせないです……。その……か、家族……を…傷つけさせない…」

 

「リリー……!」

 

 思わず俺は立ち上がってしまった。あのリリーが家族という言葉を…。

 

「先生……。私……頑張ります」

 

「なら、俺も覚悟を決めないとな……」

 

「先生も……?」

 

「ああ。こうなってしまった以上、俺は君を死なせることは絶対に許されなくなった」

 

「……君の成長を見届け、君を守るという使命ができた…」

 

「………」

 

「さて……。飯でも行くか?」

 

「……はい……」

 

「自販機でいいか?」

 

「えっと………」

 

「ん?」

 

「……今日は……食堂で………」

 

「リリー……!」

 

 感動してしまった。リリーが………、自ら打ち解けようとしている……。

 

「先生……行こ………」

 

 気づけば、リリーは部屋から出て、俺の顔を覗き込んでいた。

 

「……あ、ああ…」

 

 俺とリリーは、並んで食堂へと歩いて行った。

 

 

 

 食堂に入ると、リリーはそれでも緊張していた。

 

「………大丈夫か?」

 

「…は、はい………」

 

 俺は空いた席をみつけ、彼女を座らせる。

 

「先生……」

 

「どうした?」

 

「私……皆から……」

 

「おっ!リリーちゃん!?」

 

 言葉を遮ったのは、一人の兵士だった。

 

 その声で、全員がこちらに視線を送る。

 

「あ………あ……」

 

「リリー。大丈夫。皆、君を嫌う人はいないよ」

 

「いやぁ、珍しいなぁ!隣良いかい?」

 

「…は、はい……」

 

「悪いねぇ!リリーちゃん何食べるの?」

 

「え……」

 

 助けて、と彼女が視線を送る。

 

 俺は微笑みながら、彼女を撫でた。

 

「ムゲンさん、この子って普段何食べてるんです?」

 

「ん?自販機の物だったら大抵なんでも食べているな」

 

「えー!それじゃあこの艦の良さが伝わりませんよ!!やっぱ飯は食堂でしょー!!」

 

「ああ。そうだな。じゃあ、丁度いいから、リリーにオススメを教えてやってくれよ」

 

「えっ!いいんですか!?じゃあ早速……」

 

 兵士はメニュー表を手に取り。

 

「これ!ここのカレーは旨いんだよ!」

 

 指さしてリリーに見せる。

 

「あ………」

 

「何言ってるんだ!シチューだろ!!」

 

 背後から別の兵士が声を上げる。

 

「いいや!とんかつだろー!?」

 

 さらに別の所からも。

 

 食堂が、いつも以上に賑わっている。

 

 そうだ。これを感じてほしかったんだ。

 

 ……というか、どうしてハンバーグが入ってないんだ!?

 

「おいおい!ハンバーグはどうしたよ!?」

 

 俺が叫ぶと、全員が笑い出す。

 

「な、なんだよ!お前ら!?」

 

「ムゲンさんは、本当に……ふふっ!!ハンバーグが好きですよね…!!ははは!!!」

 

「ほんとほんと!!リリーちゃん知ってる?ムゲンさん、食堂で食べる時はだいたいハンバーグ頼んでるんだよ。ふふふ……!」

 

「おい!他も頼んでいるぞ!?ステーキとか……」

 

「肉ばかりじゃないですか」

 

 ユーリが紅茶を飲みながら一言。

 

「お前はお菓子食わずに飯を食え!」

 

「えー。お菓子が主食ですしー?」

 

「お前なぁ…!!」

 

 このやりとりで、再び食堂は笑い声で埋め尽くされた。

 

「……ふふ……。はは……!」

 

「おっ!リリーちゃんが笑った!!」

 

「マジで!?聞きたかったぁ……!滅多に聞けないのに……」

 

 がっくりとうなだれる彼に、俺は微笑んで言った。

 

「聞けるさ。これから、いつでもな。だろ?リリー」

 

「………が、がんばり………ます……」

 

 リリーは、少し緊張しながら言った。だが、何故か前のように人が近くにいても恐怖を感じていないように見える。

 

「ゆっくりでいい。皆待ってくれるから」

 

「……はい…」

 

「そうそう!俺たちは家族だし?」

 

「え?そうだったか?」

 

 俺が冗談交じりに言うと、兵士はふざけながら言葉を返す。

 

「ええ!?うっそぉお!?」

 

 これで今日三回目の笑い。

 

 それから俺たちは、各々で注文し、騒がしくも楽しい食事の時間を過ごした。

 

 リリーも、それなりにはリラックスしながら会話していたようにも見える。

 

 

 

 それから、俺とリリーはゆっくりと彼女の部屋へ足を向け歩いていた。

 

「………せんせい」

 

「ん?」

 

 彼女が立ち止まった。振り返ると、彼女は……。

 

「こんなにも………あったかい………気持ち」

 

「リリー…」

 

「守りたい………。皆を……」

 

「…守れるさ。けれど、一人で背負わないでほしい」

 

 俺は彼女の肩に手を置き、オリーブ色の瞳を見つめる。

 

「せん……せい……?」

 

 知らずのうちに、涙が流れてた。

 

「一人で背負ったら……寂しいだろう…?」

 

「………せんせい…」

 

「君が……守ろうとするものは、俺が守りたいものだ。……だから、一緒に守ろう」

 

「…………うん」

 

「辛かったら立ち止まってもいい。泣いたっていい。………それが、人間だから」

 

「……ゆっくり……頑張るね…」

 

「ああ。皆で一緒に頑張ろう」

 

 涙の理由。それは俺が一番知っている。

 

 

 かつて、俺は、ずっと一人で勝手に背負って。勝手につまずいていた。

 

 手を差し伸べてくれていたのにも。

 

 俺はそれに気づけなかった。……だから、同じことを繰り返させない。

 

 俺が見てきた【彼ら】も…。結局、一人で背負いこんで、自分を追い込んでいた。

 

 それしかできなかったのかもしれない…。

 

 ………待っていても、何も変わりはしない。

 

 自ら動かなければ、変われない。

 

 リリーは……今、変わろうとしているんだ。

 

 なら、それを支えるのが大人の役目であり、先生である俺の役目だ。

 

 

 ………そうだろ?イーサン。

 

 

 

「せんせい……?」

 

「大丈夫。君が変われば、皆変わる」

 

「そう……かな……」

 

「そうとも」

 

 俺は微笑んだ。そうだ。彼女は【希望】だ。希望という名のニュータイプ。

 

「ニュータイプは、どんな人だって、可能性を信じさせてくれるんだよ」

 

「………可能性……」

 

「かつて、君と同じニュータイプを、一人知っている」

 

「わたしと……?」

 

「まあ、実際に言えば、俺はニュータイプをそれなりに見てきているのかもしれない。だが、【()】が言った言葉を……」

 

 忘れられなかった。【ゼロ】が言った言葉を。

 

「敵同士だったそのニュータイプは、最期に言った言葉……」

 

「どんな……言葉だったの?」

 

「彼は……ゼロは…。ニュータイプが、人類を信じなくてどうすると。そう言ったんだ」

 

「だから、彼は自らの目で見て、見極めようとした。かつて、俺たちが悪としたティターンズについてまで、人を、人類がまだ腐りきっていないと」

 

「叫ばなければならないと、彼は言ったんだ」

 

「…………」

 

「だが、結局、彼も一人だった。たった一人で戦い続けていたんだ」

 

「可哀そう………」

 

「ああ………。違う形で出会えれば、分かり合えたと……俺もそう思うよ」

 

「先生……?」

 

「うん?」

 

「涙………」

 

「あ、ああ。ごめん。なんだか、昔を思い出してしまってね」

 

 涙を拭こうとしたとき、彼女の手が、俺の涙を拭ってくれた。

 

「………リリー…?」

 

「私は、私なりに頑張る………から……」

 

「その、ゼロって人ほど強くもないし、自信もないけれど…。頑張るから……」

 

「だから………」

 

「泣かないで………」

 

 リリーは、俺に微笑んだ。

 

 この笑顔を見ると、何故だか安心する。

 

 リナと同じ。……何故だろうな。

 

 それから、再び俺たちは歩き出した。

 

 部屋の前まで来ると、リリーは、小さく手を振った後、自室へと戻っていく。

 

「………さて、と………」

 

 俺は、ゆっくりと歩き出す。

 

 行先は格納庫。

 

 

 

 格納庫につくと、地面に横たわるジムと、それを見下ろすかのように立てかけてあるピクシー。

 

「………」

 

 俺は二機に近づく。そして、彼らを静かに見つめた。

 

「…………」

 

 彼らは、満足だったのだろうか。

 

 俺と共に歩めて幸せだったのだろうか……。

 

 機械に問いたところで、答えは返ってこないだろう。

 

 だが……。

 

「……お前たちは……幸せだったか?」

 

「なあ、ピクシー……。ジム………」

 

「大丈夫」

 

 背後からの声。振り向く前に、俺の隣へと歩いてきたのはリナだった。

 

「リナ………」

 

「この子たちは、幸せだった。満足だった」

 

「………」

 

「戦いの果て、その先を見れたんだから。もう、彼らも疲れちゃったんだよ」

 

「……疲れた…か…」

 

「うん。………もう、休ませてあげて」

 

「……ああ。………でも、こいつ等はどうするんだ?」

 

「解体するよ。まだ使えそうな部分は残して、後はリサイクル、かな」

 

「……なるほど」

 

 しばらくの間、沈黙が続いた。

 

 ただ、静かに俺は機体を見つめる。

 

 ふと、何かを思ったリナが、俺に言う。

 

「ねえ、ムゲン」

 

「なんだ?」

 

「……また、MSに乗って戦いたい?」

 

 リナからそんな言葉を聞くとは思わなく、俺は一瞬驚いてしまう。

 

「ムゲン……?」

 

 我に返り、俺は言葉を返す。

 

「そ、そりゃあ……ね。それが、どうかした?」

 

「……そっか。………時間、掛かるけれど……1機、造ろうと思ってるんだ」

 

「え………?」

 

「たぶん、私がムゲンの専属整備兵としてできる最後の機体。この1機に、私の技術全てを注ぎ込む」

 

「……リナ…」

 

「だから、一つだけ【約束】して」

 

「約束………?」

 

「もし、その機体に乗る時が来て、戦うことになったなら……」

 

「その子が………死んだら、もう、戦わないで」

 

「リナ……」

 

「それが、条件」

 

 リナは真剣だった。俺は、頷く。そして、リナの瞳を見ながら、言葉を返した。

 

「ああ。分かった。その機体が死んだら、俺の軍人としての生活は終わりにする。【約束】だ」

 

「………わかった。なら……私も頑張るよ」

 

 リナは、背を向けて歩き出す。その背に、俺は一言だけ言った。

 

「リナ!………ありがとう」

 

「………うん」

 

 リナは、それだけ言って歩いていった。

 

「まったく。【親】があんなんじゃ、お前たちも……苦労するな?」

 

 俺は、二機に微笑む。

 

「だが……。だからこそ、俺は彼女が好きになったんだ。自分の仕事を全力で成し遂げ、努力する姿に惚れた」

 

「………お前たちを造り出してくれた彼女が……」

 

 機械は言葉を持たない。だが、それでも、この言葉が伝わっていると信じて。

 

 

40 完


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