機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

52 / 97
39:先生

 宇宙世紀0089.4.14 第00特務試験MS隊へ新兵と新型MS配備。

 

 

 

 第00特務試験MS隊。それは、常に第一線で戦い、戦闘データの収集を主として行動する特殊部隊。

 

 この時代になると、連邦軍内部でその名を知らない人はいないほどの有名な部隊になっている。

 

 メンバーのほとんどが一年戦争からこれまでを生還し、今も生き続けている。

 

 しかし、その個性的なメンバーたちに加え、休暇がないという理由でこの部隊に配属されることを望む人はほとんどいない。

 

 そんなある日。俺たちの部隊に、新しいメンバーが増えることとなった。

 

 ファングが全員をブリッジに集め、新人を待つことになったのだが………。

 

 何分待っても来ない。

 

「………ファング」

 

「なんだ?」

 

「俺たちはいつまでこうして待っていればいいんだ……?」

 

 フユミネが彼に問う。

 

 それに対しファングは、肩を竦めて言葉を返した。

 

「まあまあ。新人だし、慣れてないんだろう。もう少し待ってやってくれ」

 

「………はぁ…」

 

 さすがにため息しか出ないようだ。

 

 かく言う俺も、さすがにこれ以上待つのはどうかと思っていた。

 

「なあ、ファング」

 

「どうした?ムゲン」

 

「俺が迎えに行ってくるか?」

 

 俺の言葉に、彼は少しだけ表情が曇った。

 

 そして、言葉を頭の中で選んだあと口を開く。

 

「それがな……。今回の新人は少し【()()】でな」

 

「厄介……というと?」

 

 ため息を吐いた後、彼は言葉を繋いだ。

 

「……実は、俺も顔を見たことがないから探しようがないんだよ」

 

「は………?」

 

 呆気にとられた。部隊長なのに顔を見たことがないだって?

 

「……」

 

「…………」

 

 しばらくの沈黙。全員の視線が俺とファングに集まっている。

 

 このままじゃ埒が明かない。

 

「まあ、俺が探してくるよ。皆、少し待っててくれ」

 

「お、おいムゲン!?」

 

「迷ってるかもしれないだろう?行ってあげないとさ」

 

 彼にニッと笑うと、彼はこれまた大きくため息を吐いた後

 

「……わかった。待ってるから早く見つけてきてくれ」

 

「分かってる」

 

 俺は小走りにブリッジを後にした。

 

 

 

「さて……」

 

 ブリッジから出て探すことになったわけだが、顔も見たことのない子を探すというのは至難の業だ。

 

 これといって接点もないし。名前すら知らないのだから。

 

 とりあえず適当に艦内を歩き回ることにする。

 

 まず最初に向かったのは食堂。この艦の中で一番人が出入りしやすい場所。

 

 新人を迎えるために、艦の全員がブリッジに集められているわけで、人がいるならすぐにわかるのだが。

 

 どうもここにはいないらしい。

 

 背を向け食堂を出ようとした時だった。

 

 小さい物音が背後から聞こえる。

 

 すかさず振り向くと、必死に隠れようとしていた少女を一人見つける。

 

 服を見るからに、まだ新しく、着慣れていないのも良く分かった。

 

「…………!」

 

 俺を見るや否や、少女は走って食堂から逃げ出した。

 

「お、おい!」

 

 走って追いかける。食堂を出たときには、既に少女はどこかへと。

 

「………困ったな…」

 

 これではどうしようもない。

 

 しかし、あんな一瞬で長い廊下を走って逃げるなど不可能に近い。

 

 俺は今一度廊下をゆっくりと見渡した。

 

「………」

 

 右側を見れば自販機が設置してある休憩所が目に入る。自販機の近くには何人かが座れるソファが置いてある。そして観賞用の大きい植物も置いてある。

 

 よく見れば、植物の後ろに連邦の制服。………隠れているつもりなのだろうか。…よく見なければ気づかなかったけど。

 

 俺はそれとなく探すふりをしながら植物へ近づく。

 

『怖い……怖い……!!』

 

「……!」

 

 頭の中で声が響いた。

 

 突然の出来事で動きが止まってしまう。

 

 まさか……この子は…。

 

 その隙を見て少女は廊下を走って逃げだした。

 

 我に返ると、既に少女の背中が俺から遠ざかっていく途中。

 

「ちょ、待ってくれって!!!」

 

 再び彼女を追いかける。どうやらかくれんぼはまだ続きそうだ。

 

 

 

 かくれんぼ第二戦は医務室。彼女の背を追って辿り着いた場所だ。

 

「……かくれんぼはもういいだろう…?早く出ておいで」

 

 その部屋全体に俺の声が響き渡る。

 

 それでも子は出てこない。ま、当然か。

 

「……はぁ…なんで気づけば俺は鬼になってるんだか」

 

 愚痴を漏らしながらも医務室を探していく。

 

 カーテンの裏。ベッドの布団の中。

 

 机の下。どこを探しても見つからない。

 

「どこに行ったんだ………」

 

『ここならバレない………!』

 

「……!」

 

 まただ。この声。これが少女の声ならば…。

 

 ふと、薬品が入っていそうな棚が気になった。

 

 上はガラス張りの扉で、色々な薬品が入っている。

 

 しかし、下の棚はスチールの材質でできているため、見ることはできない。

 

 たぶん、小さければ人一人は入れるであろう。

 

 恐る恐る下の棚を開けると……。

 

 さっきの少女が。

 

 肩にかかるくらいの水色の髪。薄い緑色の瞳。そんな子が震えながら棚に収まっていた。

 

 互いに目と目が合った。しばらくの沈黙。

 

「あ………」

 

「い、いやぁああああ!!!!」

 

 俺を押しのけて少女は再び逃走した。

 

「ま、って……!」

 

 尻もちをついた俺を横目に、颯爽と去っていく。

 

 気づけば俺は彼女とのかくれんぼに闘争心が燃えていた。

 

「くっそー!!次は捕まえるからな!?」

 

 素早く立ち上がって、彼女を追いかける。

 

 

 

「うわぁあああん!!来ないでよおおおお!!!!」

 

「まってくれって!!!別に何もしないって!!!」

 

 廊下に二人の声が響き渡る。

 

「来るなぁ!!!」

 

 少女が何かを俺へと投げた。

 

 それを軽々回避……したと思ったが、避けた先に投げた物が。

 

 カンッと軽い音が俺の額に当たって鳴った。

 

「いってぇ!?こ、この!絶対捕まえる!!!!」

 

「うわぁああああ!!!!」

 

 逃げながら少女は何度もモノを投げてくる。

 

「ちょ、ちょっと!?ストップ!スト……ぐはっ!!」

 

 なんか追いかけることに心が折れ始めてきた。

 

 それから、追いかける事5分。

 

「あっ……!!」

 

 前を走る少女が転んだ。

 

「……はぁ……はぁ…」

 

 息を切らしながら彼女に近づく。

 

『怖い……人が怖い……!!』

 

「また……」

 

 響く声には、嘘偽りがない。

 

 彼女は怖がっている。人に対して恐怖を……?

 

 この子もまた、俺たちと同じなんだろうか。

 

「うぅ……痛い……。怖い……」

 

「………」

 

 これでは、第三者から見れば俺が悪者みたいになっているじゃないか…。

 

 涙を流しながら再び立とうとする。

 

 俺は、彼女の前に立ち、手を差し伸べた。

 

「立てるかい?」

 

「…………」

 

 少女は、珍しいモノでも見るかのように、俺を見つめていた。

 

 そして、それから、震える手で俺の手を取り、立ち上がる。

 

「大丈夫…?」

 

「………」

 

 彼女は何も言わなかった。でも、立ち上がった後も、俺の事を不思議そうに見つめ続けた。

 

「どうしたの?」

 

「……………」

 

 困ったな。これじゃあ会話どころか自己紹介だってできないぞ……?

 

「………い?」

 

「ん……?」

 

 小さく、少女は何かを言った。だが、うまく聞き取ることができない。

 

「……………いじめ……ない……?」

 

 怯える瞳で俺を見つめ、ただその一言。

 

 俺は微笑み、彼女を撫でた。

 

「……ひっ……!」

 

 頭に手を乗せると、彼女は一際怯えた。

 

「大丈夫。ここには、君をいじめる人はいないから」

 

「………」

 

「いるなら、俺が君を守ってあげるさ。だから、怯えないでいい」

 

「………うん…」

 

 それから、俺は彼女を連れ、ブリッジへと戻った。

 

 一時間に及ぶかくれんぼは、俺の勝利で終わったようだ。

 

 

 

「で、遅れたわけか」

 

「ああ。………疲れたよ…本当に」

 

 あの後、彼女は全員に自己紹介をした後、自室に案内されて休憩している。

 

 一方の俺は、ブリッジのオペレーター席に腰かけてファングと話をしていた。

 

「ははは!新人とは仲良くやっていけそうだな?」

 

「…自信ないなあ…」

 

「そんな君に新しい仕事をやろうじゃないか」

 

「まるで俺が仕事をしていないような言い方だな?」

 

「本当の事だろう?」

 

「うっ……」

 

 そう言われてしまえばそれで終わり。パイロットとしての仕事は、今はできてはいないからだ。

 

 少し前の戦いで、ピクシーが使えなくなったせいで、俺は乗るMSが無くなってしまった。

 

 予備のMSがあるから戦うと言ったのだが、ファングが「まあこの機会に有給休暇を消化してもらうか」とか言い出したのが理由の大半だが。

 

「休暇中なのに仕事とはこれ如何に……?」

 

「ははは!まあパイロットじゃないだけまだマシだろう?」

 

「俺はパイロットがいいんだけれどな」

 

「まあそう言うなって。もしも人が足りなきゃお前にも出てもらうさ」

 

「今だって足りてないだろう?」

 

「十分足りているさ。ユーリにフユミネ、俺もいるしな」

 

「………まあ、いいさ。それで?仕事って言うのは?」

 

 ファングは、ニッと歯を見せながら俺に言う。

 

「新人の戦闘教官になってやってほしい」

 

「え………」

 

 戦闘教官。新人パイロットの育成、指導を行う人の事を言う。

 

 この部隊でも、最近になってそういうシステムを導入したものの、新人が配属されないからほぼ幽霊状態だった。

 

「なんで俺なんだ?ファングやユーリ……。いや、ユーリはダメだ。フユミネだっているだろう?」

 

「理由?それはお前が一番暇そうだからだな。俺とかフユミネはつきっきりで教えてやれないしな」

 

「………」

 

 そこまでストレートに言われると結構胸が痛いんですけれど。

 

「………はぁ…」

 

「まあいいじゃないか。お前なら出来る!はっはっは!!」

 

「笑って流そうとしたって許すわけないからな……」

 

「……まあ聞いてくれ」

 

「なんだ」

 

「彼女はな、まだ実戦に出たことがないんだ」

 

「……それで?」

 

「だから、指導しなければいけない」

 

「………少女を戦闘兵器に変えるのがそんなにお望みか?」

 

 少しだけ皮肉を込めて言った。

 

「と、まあこれは建前という奴だな。本当のところは別にある」

 

「別……?」

 

「彼女は自身が自我を持った時には既に両親はいなかったらしい」

 

「そして、連邦に捕まりここに入るまでずっと戦闘シミュレーターをやらされ続けていたらしいんだ」

 

「連邦め………。何度繰り返したら気が済むんだか」

 

「いくらやったって変わらないさ。上の連中は」

 

「それで、なんなんだ?」

 

「そうやって、連邦の対応を見てきて育ってきているから、人と関わることが苦手になっているらしい」

 

「………そういうことか……」

 

 事情を聞いてしまえば、彼女の言動も理解できる。

 

 本当に怖がっていたのだ。彼女は。

 

 連邦の奴らが彼女に何をしたのかだって、だいたいは予想が付く。

 

 ……これじゃあ断れないじゃないか。

 

「………わかった。俺が引き受ける」

 

 どうせすることもないし、俺はファングに頷いた。

 

「助かるぜ、ムゲン」

 

「ああ。………というか、断れないようにうまく誘導しやがって……」

 

「そう言うなよ。遅かれ早かれ言っていたことだ」

 

「…それもそうか。まあ、分かったよ」

 

 俺たちはその後、他愛のない話で盛り上がった。

 

 

 

 後日、俺は彼女の部屋を訪れた。まあ、厳密に言えば部屋の前。

 

 深呼吸し、扉をノックする。

 

 しかし、返事は無かった。

 

「………困ったな。これじゃあどうしようもない」

 

 もう一度ノックする。

 

 すると、部屋から何かが崩れる音が響いてきた。

 

「………!」

 

 それが何かは分からないが、部屋の主が危険であるということを感じた。

 

 いてもたってもいられなくなり、俺は扉越しに叫ぶ。

 

「大丈夫か!?」

 

 返事が返ってこないと思った次の瞬間。

 

 部屋から小さいがその声は聞こえた。

 

「……痛い…うぅ……!」

 

「……!!」

 

 俺は扉を開け、部屋へと入る。

 

 

 

 部屋は凄惨な状態で、部屋の主に大きめのダンボールが覆いかぶさるように。

 

「うぅ……ひぐっ……!!」

 

 少女のすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「大丈夫か!?すぐ助けてやるから、じっとしてるんだぞ!」

 

 俺は少女の近くへ駆け寄り、上に覆いかぶさっているダンボールを退かしていく。

 

 意外にもそれは重く、少女が持つのには少し苦労しそう。

 

「……うぅ……。怖い………。痛い……」

 

「大丈夫。怖くない。すぐに助けてあげるから」

 

「……ぐすっ…」

 

「だから、泣かないでいい」

 

 彼女をなだめながら、ダンボールを退かし続ける。

 

 それから、彼女を覆いつくしていたダンボールの山を片付け、俺は彼女に微笑む。

 

「もう大丈夫だよ。怖くない」

 

「…………うん」

 

 彼女は泣きながら小さくうなずいた。

 

 彼女を起こし、椅子に座らせる。

 

「痛いところはないかい?」

 

「………い、今は……大丈夫……」

 

 彼女は震えながら言葉を返してくれた。

 

「それなら良かったよ」

 

「…………あり……がと……」

 

「気にしないでいい。君に用事があって来たんだし。なにより、君が無事でよかった」

 

「………初めて……」

 

 ぽつりと呟く。その言葉が意味するものは、何となくだが分かっている。

 

「うん?」

 

「………あったかい…」

 

「暖かいというと……?」

 

「…うまく……言えない。でも、『無事でよかった』って言われたら……あったかくなった」

 

 その言葉を聞いて俺は悲しくなった。

 

 

 

 この子は、【感情】のようなモノを知らないのだと。

 

 

 どうして子供ばかりがこんな思いをしなければならない?

 

 

 どうして子供が傷つかなければならない…?

 

 

 そのことが、ただ悲しかった。

 

 

 だが、それならば………。

 

 

「………その暖かいという気持ちは、【優しさ】と言うんだよ」

 

「やさしさ…………」

 

「うん。これを知っているから、皆他人にこの気持ちを教えてあげられる。一緒に分かち合えるんだよ」

 

「……やさしさ……好き………」

 

 彼女は自分の胸に手を当て小さく笑った。

 

「この世界には、君の知らないことが沢山ある」

 

「……」

 

「もちろん、俺にも知らないことも沢山、ね」

 

「知らないこと………」

 

「ああ。だから、俺が知っていることを、君に教えたい」

 

「教える……?」

 

「そう。そうやって、人は記憶や歴史というものを受け継いできたんだよ」

 

「……すごい……」

 

「…今日から俺は……君の【先生】になる」

 

 

 戦闘教官なんて言葉は必要ない。彼女は、それ以外の事も知らなければならない。

 

 だから、【()()】だ。俺が知っていること。学んだことを彼女に教える。

 

 そうして、彼女が誰とでも打ち解けられるように。

 

 

「せんせい………」

 

「ああ。俺はムゲン・クロスフォード。君の先生だ」

 

「………リリー………クリーヴズ………です」

 

 彼女は、俯きながら、小さく言った。

 

 リリー・クリーヴズ。それが彼女の名。

 

 

 今度は俺が教える番だ。

 

 

 教わったこと、学んだことを、彼女へと受け継がせる。

 

 

 こうして、俺は彼女の先生となった。

 

 

 

 宇宙世紀0089.5.03 グロリアス、ジオン残党から奇襲を受ける。

 

 リリー・クリーヴズが出撃。驚きの戦果を挙げた模様。

 

 

 

 俺は今、衝撃的な場面を見ている。

 

 目の前に広がる砕け散ったザクと思われる機体の残骸がそこら中に捨てられていた。

 

 それをやったのは、まだ18の少女。

 

[先生……。こ、これで……いい……?]

 

 震える声でその主は言う。

 

 その光景を前に、俺は言葉を返すことも出来なかった。

 

 何故なら、残党の接近を受け、初陣として出撃させたにもかかわらず、たった3分で5機を仕留めて見せたのだ。

 

 俺の初陣とは大違いだし、何より、その圧倒的な強さ。

 

 ニュータイプの脳波を利用し、主の思うがままに機動し敵を撃墜する武装。たしか名前は……【ファンネル】。

 

 あの時ゼロが使ってきた武装。それを再び見ることになろうとは…。

 

 暫くの間、俺は言葉が出なかった。

 

[先生………?]

 

 震えている声。はっと我に返り、声の主に言葉を返す。

 

「大丈夫だよ。帰っておいで」

 

[はい………]

 

 声の主は安心したのか、無残に転がるザクに背を向けこちらへと歩き出す。

 

「すごいな。彼女は」

 

 ファングも驚きを隠しきれていない。

 

 彼もニュータイプではあるものの、彼女のように初陣であんな戦い方はできないはず。

 

「ああ……。やはり、ニュータイプというのは本当みたいだ」

 

「そうだな。俺もそれは否定できなくなった。迎えに行ってやれ。今のところ、心を許しているのはお前だけなんだから」

 

「………それも悩みの種なんだけどなぁ…」

 

「そう言うな。意外と満更でもないじゃないか。なあ?【先生】?」

 

 そう言って彼はニヤリと笑った。

 

「からかわないでくれ。まったく、困ったなあ…。あの子と会うたびにリナからの視線が痛いんだよ…」

 

「まあ、当然だろうな」

 

「なら何とかしてくれ」

 

 しばらく彼は考えた後。

 

「……無理だな」

 

 バッサリと切り捨てられた。

 

 

 

 格納庫へと行くと、MSから降りる彼女の姿。

 

 彼女は格納庫をきょろきょろと何かを探すように見まわし、俺をみつけると、こちらへ走ってくる。

 

「せ、先生……帰ってきたよ……」

 

「ああ。お疲れ様。リリー」

 

「せ、先生………喉……乾いた」

 

「食堂で飲み物でも飲むかい?」

 

「う………。なら……いい………」

 

 食堂には行きたくないらしい。理由はまあ人がいるからだろうけど。

 

「いい加減慣れないと。な?」

 

「でも………。怖い」

 

 今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめる彼女。……困ったな。

 

「分かったよ。自販機で飲み物でも買おうか」

 

「………うん」

 

 俺は先に歩きだし、格納庫を後にした。

 

 

 

 俺としてはなるべく彼女に早くここの生活と人に慣れてほしいのだが、彼女自身が拒絶するせいで、どうにもうまくいかない。

 

「ムゲン隊長。どこへ行かれるのです?」

 

「ああ、ちょっとリリーと飲み物をね」

 

「そうでしたか。こんにちは。リリー」

 

「ひっ……!!」

 

 兵士の差し出す手を見て彼女は俺の背中に隠れてしまう。

 

 いつもこんな感じだ。道夜がいれば、また変わってくるのだろうが。それゆえあってリリーの印象はこの艦ではあまり良くはない。

 

「あ………。ごめんね…」

 

「気にしないでいい。リリーはまだ慣れていないだけで、君が嫌いだから避けたわけじゃない。わかってあげてほしい」

 

「ええ。わかっています。それでは私は偵察へ行ってきます」

 

「ああ、気を付けて。何かあったら連絡してくれ」

 

「はい!」

 

 兵士が去っていくと、リリーは俺の背中から離れ、言う。

 

「………怖かった」

 

「怖くないさ。皆優しいはずだけど?」

 

「………怖いものは……怖い。先生だって……怖いものあるでしょ?」

 

「な、ないぞ?」

 

 少し見栄を張って言ってみる。

 

 すると彼女は少しだけニヤリとしながら言った。

 

「リナさんは………怖くないの?」

 

「うっ………」

 

「特に、わたしと居る時は………さらにリナさんに見つからないようにしてる………よね?」

 

「うぐぐ……!」

 

「はは……!先生も怖いものあるんだ………!」

 

「………いや、君と仲良くしていると、彼女からの視線が痛くてだね……」

 

「なんで……?……【嫉妬】……?」

 

「まあ……そこまでではないにしろ、妬いてはいるだろうね」

 

「なるほど……なら、わたしと先生がもっと仲良くなったら………」

 

 彼女は笑顔を見せながら言った。

 

「勘弁してくれ………」

 

 心を開いてさえくれれば、皆ともこうやって話をしてくれるんだろうけど、まだ時間が掛かりそう。

 

 こんな笑顔が出来るんだ。きっと時間が経てば皆とも打ち解けられるはず。

 

 そんなことを思っていたその時。

 

「へぇ……………」

 

「うっ……!?」

 

 背後から伝わる殺気。

 

「仲良く………ねぇ…」

 

 振り返ったら駄目だ。この声は間違いなく。

 

「ムゲンー?」

 

「…………な、なんでしょうか」

 

 背を向けながら、彼女に言葉を返す。

 

「………後で、部屋来ようか?」

 

「………」

 

 言葉の端端から恐怖を感じる。

 

 俺が返す言葉を探していると

 

「返事は!?」

 

「は、はいぃ!!!」

 

 俺に選ぶ権利は無さそうだ。

 

「ふふふ。それじゃ、後でね?せ・ん・せ・い?」

 

 背後の殺気が遠のいていく。………危機は脱した。何とかなったはず。

 

「先生?大丈夫……?」

 

 気づけば彼女は、観賞用の大きい植物の後ろからこちらを見つめている。

 

「……は、はは…。大丈夫だよ」

 

 

 

 それからしばらくして自販機の前までたどり着く。

 

 ここの自販機は艦の中でも一番人通りが少ない位置に設置してある。

 

 強いて来る人と言えば、医務室長のサムエルさんくらい。

 

「何飲もう……かな……。この前はミルクココアだったから、今日は……」

 

 自販機につくなり彼女は何を飲むかを悩んでいる。

 

 普段はあまり奢るのは好きではないのだが、まあ今日は頑張っていたし、奢ってもいいかもな。

 

「何が飲みたい?好きなのを選んでくれていいよ」

 

「本当……?じゃあ……」

 

「ただし、一本だけだからな……?」

 

「な、なんで……?」

 

「そんなに飲めないだろう…?」

 

「でも……今日頑張ったから奢ってもいい……って……」

 

「…俺の思考を読まないでくれ……。わかった、じゃあ二本だけなら…」

 

「やった………!」

 

 

 

 彼女が笑顔を見るのは嫌いではない。けれど、少しだけ複雑だ。

 

 こんなに若い子が戦うこともそうだが、こんな笑顔を見せる子が軍人なんて。

 

 俺や道夜、ユーリもそういう時代があったが、まだ子供が戦う時代が必要なのだろうか。

 

 だが、いつか来る。子供が戦う必要のない時代が。

 

 そう信じていたい。

 

 

 

「ココアと、ミルクティーがいい……」

 

「ああ。わかった」

 

「あ………」

 

「どうした?」

 

「あと……ショートケーキ……」

 

「ああ、分かった………。ん!?なんでショートケーキまで!?」

 

「……ケーキ…好きだから………【優しい】気持ちに……なれる……」

 

「………」

 

 呆れた。……まあ、いいか。

 

「優しいというのはこういう時に使うものではないが……。もう、分かったよ。特別だぞ?」

 

「……うれしい……!先生………好き…」

 

「あ、ああ………」

 

 さっきの言葉、リナに聞かれたらどうなっていたことやら。

 

 それから俺たちは、傍にあるソファに腰かけ、少し遅めのティータイムを過ごした。

 

「………おいしい」

 

 頬にクリームをつけながら笑う。

 

 まったく。姉に次いで今度は妹ができた気分だ。

 

「それならよかったよ」

 

「先生は……何飲んでるの……?」

 

「ん?コーヒーだよ。最近はブラックも良く飲むんだ」

 

「おいしい……?」

 

「ああ。俺は好きかな」

 

 昔は砂糖を入れたりしないと苦くて飲めなかったのだが、最近ではブラックのままでも大丈夫になった。

 

「へぇ……」

 

 ケーキを食べながら俺を不思議そうに見つめる彼女。

 

「………どうした?」

 

「先生………、時々寂しそうな顔する………よね」

 

「え………」

 

 自分では意識していないのだが、どうやらそうらしい。

 

「あまり考えたことなかったな。そう見えたか…?」

 

「うん………」

 

「そっか。気を付けないとね…」

 

「先生………」

 

「なんだい?」

 

「前から……気になってた……。腕の……リボン………」

 

 右腕に巻いてある赤いリボンのことだろう。この話も、伝えなければな…。

 

「これはね、大切な人から預かった物だよ」

 

「……そうなんだ」

 

「ああ。このリボンが、俺と…【あの人】を繋いでくれている。そう言った人がいてね」

 

「あの……人……?」

 

 少し頭を傾げる。

 

「俺にとって、姉のような存在の人だった。………その人と【約束】したのさ」

 

「【約束】……?」

 

「うん。『【虹】が輝いて、希望に溢れているときに起きたい』と。その人は言った。それが、あの人との……約束」

 

「……虹……」

 

「………ああ。だから、いつか絶対、虹を……。希望で溢れる世界を見つけると決めた」

 

「先生………」

 

「うん?」

 

「………大丈夫……だよ。きっと……伝わってるから」

 

 ………伝わっているのだろうか。フィア姉さんに…。

 

 いいや、伝わっているさ。……きっと。

 

「そうだな。………大丈夫」

 

 そうして、時間はゆっくりと過ぎていく。

 

 

 

「………先生…」

 

「うん?」

 

「リナ……さんとは……会わないの……?」

 

「あ………」

 

 すっかり忘れていた。今頃リナがどうなっているやら……。

 

「忘れていたよ……。よし、ちょっと会ってくる。明日また会おう!」

 

「……はい」

 

 俺は手早く彼女と別れ、リナの所へと走った。

 

 

 

「はぁ………はぁ……!!」

 

 肩で息をしながら、リナの部屋へとたどり着く。

 

 扉を開くと、そこには、しょんぼりと座り込むリナがいた。

 

「リナ……。待たせてごめん……」

 

「……いいよ。別に」

 

『いいよ』。その一言からでも伝わる、『寂しかった』という気持ち。

 

 俺はリナの隣に座り、頭を撫でた。

 

「ごめんね。少し話が長くなっちゃってさ」

 

「……私となんかより、あの子と話していたほうが楽しいんでしょ」

 

「おいおい。本当に妬いてるのか……?」

 

「あ、当たり前でしょ!?私はムゲンの事が……す、好きなんだから…」

 

「……」

 

 なんか、ちょっとだけキュンとしてしまった俺がいる。俺を必要としてくれることが嬉しい。

 

「ありがとう。……嬉しいよ」

 

 俺は、彼女を優しく撫でる。

 

「……もう…」

 

「でも、分かってほしい。彼女には、時間が必要なんだ。俺でさえやっと慣れてくれたばかりなんだから…」

 

「分かってるよ。あの子も………寂しかったんだろうね…」

 

「ああ。だから、受け止めてあげたい」

 

「昔から変わらないね。そこだけは」

 

「……そうかな。変わったからこそ、こう考えることができたような気がする」

 

「まあ、ムゲンの気持ちは分かった。出来れば私も助けてあげたいけど…」

 

「その時になったら、助けてもらうさ」

 

「うん。いつでも言って。あなたのためなら、私はどんなことだって手伝うから!」

 

「…ありがとう。リナ」

 

 俺は、彼女の頬にキスをした。

 

「…ちょっ……。な、な、なにするの…!?」

 

「そんなに驚くことか……?」

 

「い、いや………えっと……なんか、久々だったから………」

 

「あ、あぁ……そうか…」

 

「なんかさ、久しぶりだね、こうやって二人っきり……」

 

「アウロラがいるけど?」

 

「アウロラは寝てるもの。実質二人っきりでしょ?」

 

「……そうだな。そういえば、アウロラはもう抱かなくても寝れるようになったのか?」

 

「うん。最近やっとね。ずっと抱っこし続けると腕疲れちゃって……」

 

「でも、整備兵だろ?もっと重いモノだって運んだりするじゃないか」

 

「モノと人じゃあ全然違うの!」

 

「…そういうもんか」

 

「そういうものだよ」

 

 しばらくの沈黙。会話がなくても、何故だか心は満足できる。

 

 

 ここにいるだけで。彼女と、娘がいるだけで。

 

 

 それはきっとリナも同じ気持ちだろう。

 

 

 リリーを想う気持ちも大切だが、この時間も…大切にしたい。

 

 

 あっちに行ったり、こっちに行ったり。人というのは本当に忙しいものだ。

 

 

 忙しいのに、毎日が楽しいんだ。それはきっと、俺が幸せだからなんだろう。

 

 

 リリーにも、いつか分かってほしい。この【幸せ】という気持ちを。

 

 

39 完




今回のキャラです。


名前:リリー・クリーヴズ

年齢:18

性別:女

主な搭乗MS:ジムⅡ(試作ファンネル搭載機)

階級:二等兵

説明

サイド3で生まれ、幼いころに地球連邦軍に捕虜として捕まり、それ以降連邦軍で戦闘訓練を受けさせられた少女。

戦闘訓練を受けていたころに唯一心を許せる同い年の少年がいたそうだ。

両親は生まれたときには既にいなかった。

そのため、親に愛された記憶がないのに加え、連邦の大人からの対応による影響で、対人恐怖症。

水色の髪で、肩までかかる程度の長さ。瞳の色は薄い緑色。

特に用事がない時は常に自室に籠っている。

彼女自身戦闘はまったく好きではない。

しかし、格闘能力には才能があるようで、ムゲン・クロスフォード中尉も驚くほど。

彼女はニュータイプであるのだが、その事実を彼女自身はあまり理解できていない。

第00特務試験MS隊に配属されることになった彼女は、彼らをどう見るのだろうか。



機体名  ジムⅡ(試作型ファンネル搭載機)
正式名称 GMⅡ

型式番号  RMS-179
生産形態  試作機
所属    第00特務試験MS隊
全高    20.1m
頭頂高   18.1m
本体重量  40.5t
全備重量  73.5t
出力    1,518kw
推力    15,500kg×4
総推力 62,000kg
センサー  8,800m
有効半径

武装    ビームライフル
      ビームサーベル×2
      試作型ファンネル×4
     

搭乗者   リリー・クリーヴズ

機体解説

グリプス戦役時に活躍したジムⅡに、連邦の技術を集め開発した試作型ファンネルを搭載したサイコミュ搭載MS。

戦闘データ収集目的のために、ニュータイプであるリリー・クリーヴズと共に第00特務試験MS隊へ配属される。

通常のジムⅡの外見に加え、バックパックのサイドにファンネルを左右に2基ずつ格納できるように改良された特殊なバックパックに変更されている以外は変化は見られない。

強いてあるとすれば、ビームサーベルが2本になっているということくらいである。

カラーリングは、彼女の好きな色である水色と白を使っており、白を基調に胸部のみ水色の塗装に施されている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。