機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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グリプス戦役編外伝
外伝:Episode of Fear & Kuronodo


 宇宙世紀0088 グリプス戦役終戦後、俺たちはジオン残党になった。

 

 フィアは民間の医療施設へと……。

 

 俺はそれから毎日のように彼女の元へと行った。

 

 寂しくさせないと……。一人にはさせないと決めたから………。

 

「フィア……。ルナはちゃんと育っているぞ。……早く目を覚ましてくれ……」

 

 彼女の手を握る。あの戦い以来、彼女は一度も目覚めない…。

 

「なあ、フィア。覚えてるか?俺たちの出会いを……」

 

「あの時、お前がいてくれなかったら、今の俺はいない……」

 

「懐かしいよな……。もう5年も前の話だなんて……。なあ?フィア…」

 

 ベッドで眠り続ける彼女に言葉をかける。無駄だと分かっていても……。

 

 

 

 宇宙世紀0083 デラーズ紛争終戦後の話だ。

 

 コロニーは落ちた。俺たちは成し遂げたんだ……。

 

 だが……何故こうまでして争う……。

 

 互いに理解しあえないから……?

 

 その時の俺は、迷っていた。家族を喪ってまで戦う必要があるのか……。

 

「……」

 

 その日は、俺は町の小さなバーで一人考えながら酒を飲んでいた。

 

「はぁ……」

 

 酒で紛らわそうとしても、そんなこと無理だった。むしろその逆で…。飲めば飲むほど考えてしまう。

 

「……」

 

「おっ!ジオンのヤツか!」

 

 声の主に振り返る。そこには、髪を束ねた女性が立っていた。

 

「………」

 

「隣、いいか?」

 

 そう言いながら彼女は座る。許可も何も……答える前に座ってるじゃないか。

 

「……マスター、コーヒー貰えるか?」

 

「…かしこまりました」

 

 意外だった。酒飲みのような雰囲気を持っていたから。

 

「酒は……飲まないのか?」

 

「ああ。私はそういうのは苦手でな……」

 

「へえ。飲みそうな雰囲気してるけどな」

 

「……人を見た目で判断するのは良くないと思うぞ?」

 

「そうだな…。すまない」

 

「お待たせいたしました。コーヒーです」

 

「ありがとう」

 

 彼女は微笑み、コーヒーを受け取る。

 

 どこかで見たことのある顔なんだよな……。誰だったっけ……?

 

 そんなことを考えながら酒を一口。

 

「………」

 

 な、なんか視線が……。

 

「な、なんだよ…?」

 

「ふっ!見つめられるのは慣れないか?」

 

「な!急に見つめるからだろう?!」

 

「ふふふ……。嫌いじゃないよ…あんたみたいな人」

 

「……えっ…」

 

 別に何か期待して驚いたわけじゃない。

 

「あはは!!あんた顔真っ赤だよ!!ふふふ!!」

 

「……わ、笑うなぁ!!!な、なにがおかしいんだよ!!!」

 

「ぷふふ…!!ごめんごめん!見てて飽きなくてさ…」

 

 彼女は腹を抱えて笑っている。

 

 ……なんか…バカにされているのか……?

 

「………」

 

「ん?拗ねてしまったのか?いやぁ、すまんすまん!悪かった……許してくれ」

 

「………嫌だな…」

 

 腹が立っていた。だから、少し悪戯してやろうと思った…。が……。

 

「えー。許してくれよー。なあなあー!」

 

 彼女は突然俺の肩を揺さぶる。

 

「う、うおお!?や、やめろおお!?」

 

「やめないー!私を許すまでやめないからなー!」

 

「わ、わかった!わかったから……。許すから…」

 

 こういうのはカカサに似ている……。だから、不思議と嫌いにはなれなかった。

 

 ……今、やっと思い出した。彼女は……。

 

「………お前は…」

 

「うん?」

 

「フィア・アッシュベリー……。【恐怖の大隊長】……」

 

 その言葉に少し悲しそうな顔をした。

 

「………ああ。そうだ…」

 

「す、すまん!傷つけるつもりは……」

 

「いや、いい。私はフィア・アッシュベリーだ。さっきはすまなかったな」

 

 俺はなぜか…彼女の悲しい顔を見たくなくなっていた…。あんな、寂しそうな顔……。

 

「……俺はクロノード・グレイス」

 

「クロノード……か。よろしくな」

 

 彼女は手を差し出す。俺は彼女の手に……恐る恐る触れた。初めて……女性の手を取った。

 

 次第に顔が熱くなる。こんな感覚…初めてだ。

 

「お?どうした、顔が赤いぞ?」

 

「そ、そんなこと…!」

 

「ふふ……。照れているのか。なんだ、女性の手を触れるのは初めてか」

 

「……!!」

 

「図星か。クロノードは顔に出るな…」

 

「………」

 

「ふふふっ…!あんたといると面白いなあ!」

 

「それ、褒めてないだろ…」

 

「いいや?褒めてるよ?ふふふ」

 

 彼女の笑顔が……次第に俺を変えたんだ。

 

 

 それが……彼女との出会い………。

 

 

 

「なあ、フィア……。他人と比べてしまう人を……君はどう思う…?」

 

 病室で、問いかける。それが返ってこないことも、彼女が目覚めないことも知っていながら…。

 

「………俺は、お前と出会って変わったよ。家族のために戦うことも必要かもしれない…。だが、それ以上に、俺たちは軍人で……」

 

「成すべきことを成さねばならない使命……。お前はそれを教えてくれた………」

 

 

 

「………」

 

 星を見ている。ただ静かに……。彼女が、俺たちの所へ来てもう1か月…。

 

「クロノード」

 

「……フィア…?」

 

「何をしてたんだ?」

 

「……星を見てた」

 

「星…?」

 

「ああ。綺麗だろう?」

 

 彼女は空を見上げる。コロニーとは違い、本物の星がそこでは輝いていた。

 

「………ああ。綺麗だな」

 

「……」

 

 暫くの間、静寂。

 

 それを打ち破ったのは、意外にも彼の声。

 

「おや?クロノード君に、フィアちゃんじゃあないか!はっはっは!!元気かーい?」

 

「カカサ……」

 

「ん?邪魔だった?あ、ごめんごめん。先に言い忘れたからこれから言うよ。邪魔するねー!」

 

 ……流石に言葉が出ない…。しかし、彼女は…。

 

「ぷっ…!!あははは!!!!それ最高!!!なにそれ!!あっははは!!!」

 

「お!わかる!?俺のセンスの良さに!!!」

 

「ああ!!最高だ!!お前は本当にムードメーカーだな!!」

 

「へっへへー照れるぜぇ……」

 

 カカサは少し照れながら笑う。

 

 なんだか、それを見ていたら心が安らいだ…。

 

「……。お前たち、そんなのでよく笑えるな…」

 

「あはは!!だってカカサが面白すぎてさぁ!!!ぷふふ…!!!」

 

「え!?俺そんなに面白いことしたっけなぁ……。あ、でも俺には尾なんて無いけどな?」

 

「や、やめてやめて!!笑い死んじゃうから!!あっはっはっは!!!!」

 

 ……彼女が来てから、余計にうるさくなった。だが、それも……嫌いじゃないなんて思えたんだ。

 

 

 

 それから、カカサは用事があるとかで、どこかへ行ってしまった。

 

 彼女と二人きりになる。

 

「……」

 

「あー。面白かったぁ…。ふふ…」

 

「そ、そんなにか…?」

 

「ああ。面白すぎ…。カカサは!……あ、もちろんお前もな?」

 

「な、なんで俺まで…」

 

「ふふ。お前は弄りやすいんだよ。そういう照れるとことか…」

 

「……」

 

 これからは、なるべく顔に出さないように努力しよう……。

 

「……俺は、この大切な家族を……失わないために戦う」

 

「ん…?」

 

「守るから…。君も、カカサも……皆を…」

 

「軍人として一言言わせてもらうなら……」

 

「軍人にはそんな私情を持ち込んだら、大抵の人間は死ぬ」

 

「……」

 

「別にそれが悪いとは言わない。だが、お前は少しそれに固執しすぎだ」

 

「……そう、なのか…」

 

「……だがな…」

 

「…?」

 

「私も人間だ。私個人の言葉を言わしてもらうなら…」

 

「嬉しいよ…。クロノード」

 

 その時の彼女は、少し照れていて……。守りたくなった。

 

「………守るさ。軍人として、一人の人間として……」

 

「ん……?それは、私を口説いているのか?」

 

「ち、違う!真面目なシーンだろう!?」

 

「ふふっ……。てっきり口説いてるのかと思ったぞ?」

 

「うぐぐ……!」

 

「冗談だ……。なら言葉に甘えて……」

 

 彼女は突然俺に体を寄せた。

 

「……!!!」

 

「……なんだ?抱きしめてくれないのか…?」

 

「…えっと……。わ、わかった」

 

 俺は震える手で、彼女を抱きしめる。

 

「………暖かいな……。温もりを感じる……」

 

「……」

 

 恥ずかしすぎて何も言葉が出ない……。だが、その暖かさは感じている。

 

「ん………。やっぱり……緊張するな…」

 

 彼女は、ゆっくりと俺から離れた。

 

「………」

 

「どうした?クロノード?固まってるぞ?」

 

「ハッ……!」

 

 我に返る。意識が飛びそうだった…。

 

「随分ピュアだな……お前も…」

 

「う、うるさい…!生まれて母に抱きしめられたことすらないんだ…!慣れるわけ…!」

 

「……」

 

 彼女はしばらく考えた後、俺に手を広げて言う。

 

「ほら、おーいで!」

 

「えっ……?」

 

「抱きしめてやるから、おいでって」

 

「……い、いや……いい――――よっ……!?」

 

 彼女は俺を強引に抱きしめた。

 

「……あ、あわわ……」

 

 混乱する。ど、どうすればいいんだ……。

 

「いい子…。いい子だよ…」

 

 彼女は俺の頭を優しく撫でた。だんだんと……眠くなってくる…。

 

 

 

「俺は、お前に何をしてやれた……?」

 

「なあ、フィア…。あの時みたいに笑って見せてくれよ……」

 

 静かに彼女は眠り続ける。

 

 だんだん悲しくなった…。

 

「なあ、フィア……どうして俺と……結婚してくれたんだ……?」

 

「なあ……フィア…。お前は……何故……あの時………俺を庇ったんだ…?軍人としての役目を破ってまで……」

 

「俺は……お前に何もしてやれなかったのに……!!」

 

 

 

「なあ、クロノード」

 

「……ん?」

 

 彼女と付き合って、それなりの年月が経ったある日の事。彼女は普段と違う様子で俺に話しかけた。

 

「な、なあ……」

 

「なんだよ?どうしたんだ…?」

 

「………その、私達さ……」

 

「う、うん……」

 

「結婚………しないか………?」

 

「えっ………?!」

 

 衝撃が走った。それはもうとんでもないほどの……。

 

「ど、どうだ……?」

 

 瞬間、地面が揺れた。

 

「…!敵…!?」

 

「そのようだ。この話は後だ…!」

 

 俺は、その場にあったザクで出撃。

 

 

 

 状況は悪かった。運が悪くカカサはどこかへ情報を集めに。

 

 おまけに敵がティターンズ…。連邦のエース部隊とは…。

 

 敵影は2機…。これなら…。

 

 

 マシンガンで牽制。続けてバズーカを放つ。

 

 相手は軽々と避ける。避けた先を見越し、もう一発撃ちこんだ。

 

 そこに相手は直撃。

 

「よし!次だ……っぐあぁ!?」

 

 背後からの衝撃。ザクが地面に倒れこむ。

 

[死にやがれ!!ジオン共め!!!]

 

「くっ…!!こんなところで……!こんなところで死ねるものか!!まだ……!まだ……!あいつに言葉を返してないんだぁああ!!!」

 

 機体を素早く反転。ヒートホークを引き抜き、間一髪で受け止める。

 

 鍔迫り合いの形になり、その隙にジムの腹部へ強烈な蹴りを与える。

 

[ぐおおお!!!]

 

「……俺には……生きてやらなきゃいけないことが……まだたくさんある」

 

 ザクが立ち上がり、ヒートホークを構える。

 

「沈めぇええええ!!!!」

 

 ヒートホークは、相手のコックピットに突き刺さった。

 

「………」

 

 コックピットのハッチを開き、大声で叫んだ。

 

 

「フィアぁあああああ!!!!」

 

 この言葉が聞こえてなくても……聞こえていてもいい。俺の気持ちを……。

 

「お前が……好きだぁああああ!!!だから!!結婚してくれ!!!!」

 

「必ず……!必ず幸せにするから!!!!!お前に寂しい思いはさせないから!!!!」

 

 肩で息する俺。暫くすると、無線から声。

 

[……よろしく……お願いします]

 

 彼女の声は泣きそうな声だった。

 

 俺は機体から降り、走って彼女を抱きしめる。

 

「泣くなよ…。もう、一人じゃない。お前は……俺たちの家族なんだから」

 

「……うん…。ありがとう…。クロノード」

 

 

 

「なあ……フィア…。君は、俺より強かった。いつも……俺の前に立っていてくれて…」

 

「俺の光は………お前だったんだ……」

 

 彼女の頬を撫でた。涙が零れた。

 

 一瞬……彼女の口元が動いた。……気のせいか…?

 

 でも、その時見たのは……

 

 

 な………く………な……。

 

「………フィア……」

 

 

 

 宇宙世紀0087.12.14

 

 G3破壊の作戦。……この戦いが…彼女を目覚めさぬ原因となった。

 

 いや………実際は俺のせいだ……。おれが………。

 

 

 

[ああぁああ!!!!動け!!動けってんだよおおお!!!ピクシー!!!駄目だ!!駄目なんだよ!!!!]

 

[ここで動いてくれなきゃ……。また…俺たちみたいなのが……。生まれちまうんだよおおお!!!!]

 

 彼の……必死の想いは…俺の心を動かした。

 

 そうだ、二度と繰り返すわけにはいかない…。自分が…強化人間だからとか、そういう問題じゃない…。

 

 人は……こんな死に方を望んではいないはずだ…!!!

 

 残り20秒……。まだ、まだ間に合うはずなんだ…!!

 

 俺は機体を動かし、一気にG3へ。

 

[離脱する…!っ……!?クロノード!お前何をしてるんだ!!!]

 

 フィアの制止を聞かず、ひたすらに進んだ。

 

「俺が、止める!!!まだ時間はある!20秒あるなら…!!」

 

[クロノード!!限界だ!!くっ…!!敵が…!!!]

 

 フィアと俺の間に敵が割って入る。

 

 正面からも敵。

 

「邪魔をするなぁああ!!!」

 

 サーベルを引き抜き、一気に切り抜ける。

 

 しかし、背後からの攻撃を回避しきれなかった。

 

「くそっ!!うぁあああ!!!」

 

 機体がバズーカによって被弾。

 

 コックピットが強引に開かれる。

 

「くっ…!!!」

 

[クロノード!!やらせは…!しない!!!]

 

 正面の敵を彼女が墜とす。彼女の機体は既にあちこちに穴が開いていた。しかし…。

 

「フィア!!後ろ…!!!」

 

[うぁっ…!!!]

 

 サーベルが彼女のコックピットの近くを貫く。

 

「!!!!」

 

[フィア姉さん!!!!]

 

[………ム……ゲン……。クロノードを……]

 

「フィ……ア………」

 

[フィアさん…!!何があったんです!?]

 

[……お前も……クロノードも……いや……。みんな……]

 

「フィア!!なんで……なんで俺なんかを…!!!くっ……ティターンズどもがあああああああああああ!!!!!」

 

 俺は叫んだ。そして、奴らにビームライフルを乱射した。

 

 しかし、それは掠めもせず…。

 

 俺は泣いた。ただひたすらに……。

 

 暫くすると、銀のガンダムが俺たちを回収に来た……。

 

 

 

 俺は、機体から転げ落ちるように、彼女の元へ走った。痛みなんか……そんなの関係ない…。

 

「おぉ……。クロノードか………。すまん……」

 

 彼女は、その場で治療を受けていた。至る所に破片が刺さっている…。

 

「そんな事言うな…!!俺を……俺を庇うことなんか…」

 

「……体が動いたんだ。勝手に……」

 

 ……かつて…軍人としての矜持を教えてくれた人からの言葉。

 

「ぐっ…うぅ…!!!なんで…」

 

「泣くなよ……お前は……わたしの夫なんだから…」

 

 彼女は、俺に優しく微笑んだ。

 

「お前が居なきゃ、俺は何もできない…!!!」

 

「…死にはしないさ……。だろ?ムゲン」

 

「えっ………」

 

「生きて……ルナを……お前を…見守らなきゃいけないんだから…」

 

 涙が零れた。お前ってやつは……本当に…!!

 

「あぁ………。みんな、迷惑……かけて…ごめん……な」

 

 カカサも、彼女を心配して、そわそわしている。

 

「迷惑じゃない…!みんなで、皆で歩いてきたんじゃないか!!」

 

「ふふ……。クロノード………。お前……大泣きしてるじゃないか……」

 

 苦しかった。こんな別れ方あっていいはずがないんだ…。

 

「あ、当たり前だろ!?俺を………唯一俺を愛してくれた………人なんだぞ!?」

 

「……ああ……。そうだな…」

 

「うぐっ……!!!はぁ…………はぁ………」

 

「フィアさん!!」

 

「な、なぁ……ムゲン」

 

「………な、なんですっ…!」

 

 彼は、泣いていた。彼にとっては姉のような存在だった。それを思うと…心が辛くなる。

 

「ルナは………見てないな……?」

 

「…あたり…前でしょ…!!!こんな姿見せられませんよ!!!」

 

「………よかった……」

 

 彼女は虚ろな瞳で天井を見つめ、一言だけ言った。

 

「…………………良いものだな………………家族は……………」

 

 そして、静かに瞳……閉じた。………嘘だ…!!!

 

「………!!!嘘だ……!駄目だ!!ダメだ、ダメだダメだ!!!!フィアさん!!逝くな!!逝っちゃダメなんだ!!!!」

 

「フィア……!!うぅ…!!!お前ってやつは……。くそっ!!くそがあああ!!!!!!」

 

 俺は、走って格納庫を出て行った。

 

「お、おい!クロノード!!!」

 

 カカサの制止を振り切って。

 

 

 

 部屋で泣いた。苦しかった。俺は彼女に何もしてあげられなかった……。

 

「クロノード君。入るよ」

 

「………ぐっ…!うぅっ…!!!」

 

 カカサは静かに椅子に腰かけ、口を開く。

 

「……大丈夫か…?」

 

「だい、じょうぶに…っ!みえるか……!?」

 

「いいや?見えない。だから来たんじゃないか」

 

「………」

 

「俺はフィアの代わりにはなることはできない。だが、俺たちはずっとともに歩いてきた【()()】だろ?」

 

「だったら、辛いときに傍にいてやるのも俺の役目じゃないか」

 

 彼は、俺の肩に手を置いた。その優しさが…嬉しくて…。苦しくて…。

 

「………うぅっ!!ぐずっ…!!!」

 

「皆……みんな…辛いさ……。俺だって……おれだって…な…!!!」

 

「カカ………サ……?」

 

 彼の瞳から零れる涙。

 

 震える手。必死にこらえていたんだ…。

 

「ぐっ!!!俺は、お前にも…フィアにも…手を貸すことができなかった…!!俺は……!!!」

 

「……カカサ…」

 

「悪いのは……お前じゃない……。悪いのはティターンズだ……」

 

「くっ……!!うぅ…!!!」

 

 俺たちは、二人して泣いた。どれだけ、彼女が愛されていたのか…。どれだけ彼女が彼らの背を優しく押してくれていたのか……。

 

 

 

「………なあ、フィア。お前がいないと何もできない俺を………。君は、どう思う……?」

 

「言葉を返してくれよ……。また前みたいに他愛のない話で面白がってくれよ……」

 

 彼女に泣きながら抱き着く。

 

 彼女の心臓の音が、ゆっくりと脈を打つ。

 

「頼む…。奇跡を……俺に見せてくれないか…!」

 

 俺は祈ったんだ。ただ、彼女に謝りたくて……。

 

 

 

「泣かないで」

 

「……!!!」

 

 彼女の顔を見る。ゆっくり眠り続けている…。でも……今の声は…。

 

「ねえ、クロノード。謝らなくていいよ」

 

「ねえ、クロノード。私は、あなたが好きだから結婚したんだよ」

 

「ねえ…。クロノード。ルナは、素敵に育っていてくれてうれしいよ……」

 

「あ……ああ…!!!」

 

「ねえ、クロノード………。あなたは……あなただよ…。……あなたはどんなことだってできる…。それが、人間の力だから…」

 

「………!」

 

「ね…………え………。クロノー………ド………。愛して……………いるよ……」

 

「……ああ。俺もだよ…」

 

 俺は立ち上がり、彼女に背を向けた。

 

 

「行ってくる」

 

 

 

 外に出ると、ルナが小さな公園で遊んでいた。

 

「あ!パパー!!!」

 

 こちらへ走ってくるルナを見て俺はつぶやいた。

 

 

 

「なあ、フィア………。俺はまた……歩き始めるよ」

 

 

Episode of Fear & Kuronodo  完


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