機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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26:変化の時

 宇宙世紀0083.11.1 ムゲン・クロスフォード少尉無断での脱走。それに対し、艦の全クルーは黙認。

 

 

「ムゲン………!!」

 

 リナの声が聞こえた。でも、今の俺は振り返ることなんてできない。

 

 彼女の言葉を無視し、俺は一人で艦の外へ出る。

 

 外は大雨だった。機体に乗っていた時は気づかなかったが…。

 

「………」

 

 頭の中で彼らの言葉が反響する。

 

『現実も見れない奴が、高いところに止まって理想語ってるんじゃねえよ』

 

「……現実が見れていない……?」

 

『てめぇがいたら、部隊が全滅しちまう。さっさとやめるんだな』

 

「……俺は……もう……戦いたくない……」

 

 雨とともに、流れる涙。だんだんと体が冷えていく。

 

 ふらふらと歩いて、歩きついたのは、小さな町であった。

 

 雨のせいで外に出ている人は誰もいない。

 

「………」

 

 正面に黒いローブを着た青年が立っている。

 

「……ムゲンじゃないか。どうしたんだい?」

 

 いつもより静かなカカサだった。

 

「………俺は……もう戦いたくない」

 

「なんで?」

 

「……俺のせいで、仲間が怪我をした。俺が命令さえ守っていれば…」

 

「そう思うのなら、何故そんなことをした?」

 

「……後悔は先には立たない…」

 

「それだけか?本当に」

 

「……?」

 

「俺から見れば、今の君は誰からも信頼されていないように見えるよ」

 

「人の命令も聞かず、人の制止すら無視して、ここに来た。何故だ?」

 

 言葉が頭の中で繰り返される。

 

『お前があんな無茶しなければユーリはあんなケガを負わないで済んだんだぞ…!!』

 

『ムゲン少尉が出る必要はない』

 

『ムゲン……!』

 

「……」

 

「今の君は、昔よりもひどいと思うよ?いや、生まれる前よりも……」

 

「……俺なんかに…」

 

「……うん?」

 

「俺なんかにどうしろってんだ!!!これ以上何をすればいいんだよ!?」

 

「全部、全部俺が悪いのか!?お、俺さえ、俺さえいなければ、皆幸せなのかよ!?」

 

 肩で息をする俺にカカサは静かに口を開いた。

 

「……きつい言い方になるけど、一つ言っておくよ」

 

「今の君は、いるよりいないほうが皆ずっと幸せだ」

 

「………!!!」

 

「自分自身を自虐し、現実を受け入れない君は、()()()()と。みんな言うだろう」

 

「………」

 

「おっと、時間だ。クロノード君にパンを買って来いって頼まれてたんだった!それじゃ、ゆっくり楽しんで?ムゲン君よ」

 

 そう言って踵を返すカカサ。去り際に一言だけ言った。

 

「変わるのは待つものじゃない。自分で変わらないといけないんじゃないかな?」

 

「……俺は……俺にどうしろっていうんだよ……!」

 

 雨空を見上げ叫ぶ。

 

「どうしたらいいんだよ!俺はどうすればいいんだよ!!!!」

 

 そのうち虚しくなって。ただ悲しくて。

 

「……くそっ…!くそっ!くそぉおおお!!!!!」

 

 涙だって雨に溶けて。混ざって地面に落ちていく。

 

 今になって、殴られた頬が染みる。

 

「っ……」

 

 ユーリは…無事だろうか…。

 

 

 

 結局、俺は何一つ見えてなかった。3年もの間、彼らを……。そして、自分自身を見ていなかった。

 

 

 

 分かってはいたんだ。……皆が成長していく中、俺だけは昔と変わってないことくらい。

 

 

 

 だから、無我夢中で理由もなく戦って。皆が喜んでくれるから、それだけで…。

 

 

 

 グレイとの約束を叶えるためにも必死になって。……でも、変われなかった。

 

 

 

 何一つ……。変わっちゃいなかった。

 

 

 

 ただ、必要とされたくて。

 

 

 

 形をそのたび変えて必死に頑張ったのに……。

 

 

 

 必要とされなくなって気づいた。

 

 

 

 必要としてくれていた彼らの存在。

 

 

 

『人ってのは、必ずどこかで他の人を助け、助けてもらっているんだよ』

 

 

 

 ……変わる機会が欲しかった。きっとどこかで望んでいたんだ。

 

 

 

『3年経ったあの時から、確かにリナやユーリ、この部隊は成長した。だがお前は何も変わっちゃいない!!』

 

 

 

 そうだ。だから変わりたかった。

 

 

 

 皆から必要とされたかったから。

 

 

 

 なのに……。

 

 

 

 まだ変われない。……俺はどうすればいい?

 

 

 

「おい。坊主」

 

「え……?」

 

 唐突に声を掛けられ、驚いた。

 

「ずぶ濡れじゃないか。こっちに来い」

 

「……で、でも…」

 

「おら、大人の言うことには素直に聞くもんだぞ」

 

「……は、はい…」

 

 案内されたのは、丘の上にある小さな孤児院であった。

 

「……ここは……」

 

「俺が営んでる孤児院だ。雨だからな、外にはいねぇけど、部屋でガキ共は遊んでいるよ」

 

 そう言って扉を開く。

 

「おう!帰ったぞ!」

 

「「「おかえり!待ってたよヘンリー!!!」」」

 

 子供たちが彼の近くに寄ってくる。

 

「ほれ、お前も入ってこい」

 

「……は、はい…」

 

 

 

 タオルで頭を拭いた後、席にすすめられ、腰を下ろす。

 

「……」

 

「コーヒーでいいか?」

 

「い、いえ………。……はい……」

 

「そうだ。大人の言うことを聞くのも、子供の仕事さ」

 

「……そうでしょうか…」

 

 彼はコーヒーカップを一つ、俺に差し出してくれる。それを受け取り、静かに一口。

 

「そうだ。そして、子供っていうのは、大人から聞いたことを活かして成長するんだ」

 

「……」

 

「お前、親いないだろ」

 

「……わかりますか?」

 

「ああ。俺と同じ感じがするよ」

 

「……俺にはわかりません」

 

 すると彼は笑って言った。

 

「いつか、こうやって坊主が逆に言う立場になるかもしれんぞ?」

 

「……そうでしょうか……。未来のことなんか…」

 

「ああ。わからねぇよ。けどな、未来を見れたら、それこそつまらなくないか?」

 

「…そう、ですね…」

 

「服から見るに、連邦軍だな」

 

「はい…」

 

「ちょっとした訳ありっぽいが、まあ、雨が止むまでここにいればいいさ」

 

「ありがとうございます…」

 

 

 

「……あの…」

 

「うん?」

 

「どうして孤児院なんかを…?」

 

「そうだな。俺みたいな奴をこれ以上増やさないため…ってのは言い過ぎだが」

 

「理想…ですか…」

 

「まあ、最終的にはそうだな。でも、理由なんか簡単だ」

 

「…寂しいだろ?」

 

「え……?」

 

「一人じゃ寂しいだろ?それだけだよ」

 

「…」

 

「大人だって人恋しいときがあるんだ。子供はその何倍もそれを感じるだろう。だから、一人じゃない」

 

「子供たちが仲良く一緒にいられる場所って、ここに孤児院を立てたんだ」

 

「……立派…ですね…」

 

「いいや。本当のところ、最初は子供を育てて、成長したら、売ろうかと思ってた」

 

「…!」

 

「驚くのは当たり前だ。だがな?」

 

「人ってのは変わるもんでな」

 

「ずーっとガキたちといたら、なんか、そんなことどうでもよくなって。むしろ、こいつらを守らなきゃって思っちまってよ」

 

「だから、今はもうそんなことは一切考えてない」

 

 彼は、遊んでいる子供たちに目をやる。彼の瞳は、俺が知っている父の瞳をしていた。

 

「坊主に何があったか、俺には見当もつかないが、まだ若い。変われるチャンスはいくらでもあるんだ」

 

「……一つ…聞いていいですか……?」

 

「なんだ?」

 

「俺……仲間に必要ないって言われたんです」

 

「どうして?」

 

 それから、彼にすべてを打ち明けた。すると、彼はしばらく考えた後

 

「なるほどな」

 

「……俺は……どうすればいいんでしょうか…」

 

「なあ、坊主」

 

「はい……?」

 

「もう少し、視野を広くしたほうがいい」

 

「え…?」

 

「戦う理由なんか、いくらだって見つかる」

 

「そんな…!俺は…まだ…!」

 

「ああ。もう少し、広くモノを見、そして、言葉を聞け。そして学ぶんだ」

 

「学ぶ……」

 

「坊主が知らないこと、そして、いろいろな人間がこの世界にはたくさんいる。それを、少しずつ学ぶんだ」

 

「何故戦うかじゃない。なんのために戦うか。そう考えればいい。理想を求めて進んでいたら、勝手に理由はついてくるさ」

 

「……でも、わかりません…。俺には…」

 

「人間、わからないことばかりで、無力だ。だが、人間は一人じゃない」

 

「一人じゃないからこそ、大きな理想も、夢も、力にできる。知らないことを()れる」

 

「坊主。人って漢字を知ってるか?」

 

「え、ええ…一応…。昔の文字ですよね?」

 

「ああ。これが人」

 

 そう言って彼は紙に『人』という漢字を書いてみせる。

 

「……へんな形ですね…」

 

「だろう?昔の人はこんな字で書いていたそうだよ。まあ、今も使われてはいるがね」

 

「……それで、これが…?」

 

「この字には意味があるんだ」

 

「…意味…?」

 

「ああ。人ってのは、2本の線でできている。よく見れば、人が人を助けているように見えるだろう?」

 

「…そうですね」

 

「人はな、一人じゃ絶対に生きていけない。坊主も、一人じゃ生きていけない。俺もそうだ」

 

「でも……」

 

「確かに、結局は一人と言うかもしれない。しかし、この頭に、この心に、まだその声が残っている」

 

「……心……」

 

「ああ。人間だけが持ってる唯一の力…。それが心」

 

「坊主。お前が倒れそうなとき、周りに誰が居てくれた?」

 

「お前が悲しいとき、誰が近くにいてくれた?」

 

「逆に、誰かが悲しいとき、お前は近くにいてやれたか?」

 

「それだけで、人は分かりあえる」

 

「……俺は…」

 

「じゃあ、お前はどうする?」

 

「今ここで逃げ出して、大切な繋がりを消してしまうのか?」

 

「…俺は…!」

 

 

 

 トントン。唐突に扉をノックする音。

 

「ほら、迎えが来たんじゃないか?」

 

「え…?」

 

 彼が扉を開くと、そこには、ずぶ濡れになったリナがいた。

 

「リナ……」

 

「…えっと…」

 

「言わなくてもわかる。嬢ちゃん、こいつを探してたんだろ?」

 

「…はい…」

 

「じゃ、連れ帰って思いっきり引っぱたいてやれ。寂しい思いをさせるなってな」

 

「…はい!」

 

「……えっと…なんてお礼を言えば…」

 

「礼なんかいらねぇだろ。人はお互い助け合うもんだ。それに、子供が間違った道を進んでいるなら、それを正すのも、また大人の役目だ」

 

 彼の言葉が、俺の父を見ているようだった。

 

「……ありがとう……。えっと…」

 

「ヘンリーだ。元気でな。坊主」

 

「……ムゲンです」

 

「そうかい。それじゃあな。ムゲン」

 

 そう言って、最後に頭を撫でてくれた。

 

 

 

 外に出ると、雨はすっかり止んでいた。

 

 俺とリナは歩きながら、話をした。

 

「本当に、探すの大変だったんだからね?」

 

「ご、ごめん……」

 

「でも…。よかったよ。また会えて」

 

「……俺も…」

 

 少しだけ照れながら言った。

 

「…ムゲン…。あれはあなたのせいじゃ…」

 

「いいや。あれは俺の不注意が招いた。俺の勝手でユーリを傷つけてしまったことに変わりない」

 

「でも…」

 

「なあ、リナ」

 

「……?」

 

「俺、理想だけじゃダメなんだって、やっと…やっと気づいた」

 

「……ムゲン…」

 

「俺は…俺にはそれ以上に大切なものがあった」

 

「それは、とっても近くにあって、それでも気づかずただ闇雲に頑張ってた」

 

「でも、やっと、やっと…本当の皆を見れる気がするんだ」

 

「……」

 

「変わらなきゃ、変わらなきゃって必死にどこかで思ってた。でも、やっと変われる気がするんだ」

 

「…ムゲン…」

 

「俺は、無鉄砲で、ネガティブで、自惚れ、形の無かったそんな俺だけど」

 

「何故戦うかじゃない。なんのために戦うかを、俺は見つけたんだ」

 

「俺は……友を…。そして、リナを守るために…。仲間を守るために戦う…!」

 

「ムゲン……。あなたはあなただよ」

 

「わかってる。だから、俺にできること、俺にしかできないことをやろうと思ってる」

 

「そのためには、一人の力じゃ駄目だ」

 

「リナの力や、部隊の皆の力が……。俺には必要だ」

 

「…わたしは、ムゲンのためなら、家族のためなら頑張れる…!」

 

「近くにあった。ただ必要とされるためだけに頑張った。周りに頼らず戦い続けた3年」

 

「それじゃ変わらなかった。でも、もう大丈夫」

 

「俺は…やっと変われるチャンスを見つけたんだ」

 

「だから、リナ……」

 

「うん?」

 

 俺は立ち止まり、リナの手を取った。

 

「俺の……俺のそばにいてくれ……」

 

「……わ、わかってるよ!今更過ぎるって!」

 

 少し照れながら彼女は言う。でも、その優しさが、本当にうれしかった。

 

「さ、この子にも待たせちゃったね」

 

「え…?」

 

 見ると、片膝をついたピクシーが、俺たちを見下ろしている。

 

 夕日のせいか、ピクシーが微笑んでいるように見えた。

 

「……ああ。すまん、相棒。お前にも苦労かけたな」

 

「…きっと寂しいだろうから連れてきたんだ」

 

「そっか……。じゃあ、帰ろうか…家に」

 

「随分短い家出だったね」

 

「……だな」

 

 ちょっと微笑んだ後、機体に乗り込む。

 

 機体を動かしながら、リナに一つ聞いてみた。

 

「なあ、リナ」

 

「なあに?」

 

「……俺さ、軍を辞めたら、孤児院でもやろうかって思ってるんだ」

 

「孤児院…?」

 

「ああ。身寄りのない子供を預かって、親代わりで育てる」

 

「へえ。素敵だね!」

 

「だろう?……あんな幸せそうな顔を見せられちゃ…な…」

 

「……?」

 

「人間、皆一人だけど、それでも、声で…心で繋がってる…」

 

「そうだね。人は、一人じゃ生きていけないもんね…」

 

「ああ。だから、寂しくない、皆と分かり合えるそんな家を作ってやりたいと思ったんだ」

 

「……その夢…わたしも一緒に手伝いたい!」

 

「もちろんだ。皆で作ろう。その家を」

 

「うん!!!」

 

 

 

 人が変わるには時間がかかる。それでも、人は人とつながることで形を成し、人であれる。その関係を守るだけで、たったそれだけで…人はきっと幸せなんだ。

 

 

 

 だから、俺は今度こそ……間違えないように……変わる…。

 

 

26 完


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