永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
前後期制における9月半ばのことと言えば期末試験対策だ。
月末の試験本番が近付くにつれ部活もなくなり、行われる小テストの数も勢い多くなる。
でも、あたしは去年よりも成績がいいから気分は悪くない。
女の子になったことで、乱暴な性格もなくなり、友達もできてストレスが減ったというのがあたしの自己分析だ。
しかし、驚くべきはそれだけではない。
永原先生によれば、2年2組全体の成績も、他のクラスと比べて顕著に良好になっているという。
優一が男子を怒鳴り、桂子ちゃんと恵美ちゃんが喧嘩していたクラス。
それは少しの犠牲と、多くの救いによって、一つになっている。
ギスギスした雰囲気もなくなれば、クラスの秩序も良くなるということだ。チームスポーツにおける人と人との相性は化学反応、すなわち「ケミストリー」という言葉があるらしいが、それに近い存在かもしれない。
しかし、実は今のあたしには試験ではない別の懸念材料があって……
「ねえねえ優子ちゃん、篠原くんとは何処まで行ったの!? ねえねえ!」
クラスの女子の一人があたしに話しかけてくる。
「はい、それ私も気になりますよ!」
今度は龍香ちゃんも加わる。
本当に女子は恋愛話が大好きだ。
それは少女漫画を読んであたしも知っていたけど改めて思い知らされた格好だ。
「その……浩介くん優しいのよ……」
「ああ、それこの前の優子さんが気分悪かった時も思いましたよ!」
「あたしが気分悪そうにしてると肩を貸すだけじゃなくて……ぽっ……」
こうやって恥ずかしいのについ話してしまう。女子の恋話には不思議な魔力がある。そういうのに花を開かせられるようになったのは、あたしの心が以前よりも女の子らしくなっているということ。
それがとても嬉しいから、こうして話してしまうのかもしれない。
「ほほう、林間学校の時みたいにおんぶしてくれたんですか!?」
「あ、あの……はいっ……」
本当はお姫様抱っこなんだけど。さすがに恥ずかしくて言えない。
「むむむっ……何か嘘みたいな気もしますが……まあいいでしょう」
ふう、やっぱり彼氏がいる龍香ちゃんは鋭い。
「そ、そんなことより龍香ちゃんこそ彼氏とどうなの?」
こういう時は相手に話題のボールを移すといいのだ。
「え!? 私ですか!? 私の彼はですねえ……ますますスケベになってキャー!」
龍香ちゃんが一人で盛り上がっている。
「うわぁ、河瀬の彼って大胆だねえ! ねえねえどんななの?」
もう一人の女子が更に煽る。
「海に行った時はもうそれはお尻触られたりとか……水着の胸の中に手を……って恥ずかしいですよお!」
龍香ちゃんの彼氏はとてもえっちな人。
浩介くんだって男の子だもん。多分顔に見せないだけで、心の中では性欲と戦っているはずだ。
「でもさー龍香良くそんなスケベ男と付き合ってるねー」
騒ぎを聞きつけた桂子ちゃんが乱入してくる。
「だって……私だって……あぁあん」
龍香ちゃんがぽっと赤くなる。
「もしかして河瀬の方がスケベな感じ?」
「なんかそんな気がするわね……」
「そ、そんなことないですよ! でもだって……私の彼……凄く上手くて……」
またのろけ話。龍香ちゃんが恋話に絡むと決まって変態な彼氏さんにされていることを思い出してベタ惚れする。
龍香ちゃんは気持ちよさのあまりに何度も気絶することがよくあるそうだ。でも、それは恋人や夫婦生活で確かに重要なことだ。
あれは長続きするんだろうなあと思いつつ、あたしはちょっとだけ憂鬱になる。
あたしだって、浩介くんと……龍香ちゃんがしていること……とまではいかなくても、ちょっとセクハラされるくらいならされてみたいし。
それにそういう相性の良さは付き合う上でも重要だ。
「ん? どうしたんですか優子さん!」
「ああ、うん。ちょっと龍香ちゃんが羨ましいなって」
「そうですかあ?」
「あ、そうか。優子さん、まだ身体の本能が男のままだったんですね」
「う、うん……」
あたしと浩介くんの関係の噂は、あっという間に学校中に知れ渡ってしまった。
しかし林間学校の時のエピソードまで正確に伝わっていたおかげで、浩介くんも他の男子からの敵意が幾分和らいでいた。
やっぱり、変な理由で惚れたわけではなく、「身体を張って女の子を守ったために惚れられた」という理由なら、納得も出来るのだろう。
とはいえ、夏休みも挟んで「優一」の痕跡もほぼなくなり、記憶も風化しはじめたために、あたしは男子たちからは「小谷学園の爆乳アイドル」となりつつあった。
その矢先での彼氏発覚ということで、小谷学園男子の間ではショックの色が隠せないらしい。
自己中心的だと言っちゃえばそれまでだけど、やっぱり「中身も女の子」と思われるのは気分がいいものだ。
でも今はまだ、浩介くんとは正式な彼氏彼女ではない。あたしの身体的問題を解決できなければ、その先へは進めないのだが、そのことを知っている人は未だに少ない。
本当は、龍香ちゃんみたいにお尻や胸を触られても笑って流せるような関係になりたい。
……あ、笑って流せはしないかな。恥ずかしいし。
試験勉強もあって最近はデートも封印だけど、期末試験が終わったらまたデートをすることになるだろう。
小谷学園は帰宅時の立ち寄りも特に何も言われないから(教師たちにも巡回の負担がかかり、学校としても経費が掛かり、生徒としても締め付けられるため全員が損するだけという名目らしい)、色々な所をデートできそうだ。
あ、でも期末試験が終わったら学園祭の準備もあるんだよなあ……
試験勉強をしながら、浩介くんとの今後を考え、9月の日々は過ぎていく。期末試験が終わる頃には、制服の夏服とは一旦お別れになる。
そして期末試験の1日目が来た。
さすがに期末試験ということで、小谷学園も神妙なムードになる。
最初は小野先生の数学から。小谷学園の水準だと、今年の終わりには高校の過程はほぼすべて終わらせて、来年は受験が主になるそうだ。
受験かあ……期末試験が終わればこの学園生活も折り返し地点。そろそろ考えないといけないよなあ……
でも、小谷学園に入った時は、まさか自分が美少女になって、更に女子の制服を着るようになり、その上心まで女の子らしくなって、好きな男の子まで出来るなんて考えにも及ばなかった。
ともあれ、頑張って期末試験を乗り切ろう。
「あ、優子ちゃん、この問題分かる?」
「ああうん、ここはね――」
恋の話題がほとんどだった女子たちも、期末試験が近付くにつれ話題は勉強となっていた。
あたしは成績が良く、結構他の女子からも頼られることが多くなってきた。
ちなみに、小谷学園ではテストの点数公開というのは行われない。他の生徒たちも、あんまり点数を聞くという感じはしない。
まあ、優一だった頃に点数聞いてくる生徒に散々怒鳴ったからなあ……去年の中間試験の時点ですでに怒鳴り散らす男ということで悪名高かったし。
でも……そんなことはもう忘れられているのかもしれない。
「ふう、今日の試験終わり」
この時期、「一緒に帰ろう」と声をかけてくる人も少ない。
あたしも明日の試験範囲を最後に確認しながら帰ろうとする。
歩きながら教科書を見る。駅のホームでは特に注意しないといけない。気持ち足下を見る。あるいはホームの壁に寄り掛かるのもいいだろう。油断は禁物だ。
「ただいまー」
「おかえりー優子。試験どうだった?」
「うん、うまくいってるよ」
女の子になってからは、中間試験に続き2回目の試験。
だけど今回は前回よりちょっと違う感じ。中間試験の時以上に、肩こりに悩まされる1日だった。むしろテストの問題よりも厄介かもしれない。
早く試験が終わり、浩介くんと関係を深めたい。
そんな日々を過ごしながら試験も終わった。
「あー終わったー!」
答案用紙の回収が終わり、桂子ちゃんが背伸びする。
「んっんーーーー!!!」
あたしは肩を回す。
「優子ちゃんお疲れ。どうだった?」
「あ、うん……だいたいできたよ」
「そう、それは良かった」
「ふう……んっー肩がぁ……!!!」
また肩のこりが痛い。結構やっぱり試験していると来るものがある。
「優子ちゃんまた肩こり?」
「うん、すっごく大変……」
あたしと桂子ちゃんが話す。
「あ、優子ちゃん!」
浩介くんだ。
「浩介くん……あーちょっと肩もんでくれる?」
「え!? 俺が?」
「だめ? 今ちょっと肩こっちゃってるのよ」
多分、ほんの好奇心からだと思う。
とにかく、浩介くんのマッサージを受けてみたい。
「わ、分かった」
浩介くんの手が肩に触れる。うん、何ともない。
この前お姫様抱っこされたおかげで、抵抗感が少なくなってきていると思いたい。
「じゃあ行くぞ……ここかな?」
「うっ……んぁ……もうちょっと右……!」
浩介くんの指が、あたしのしつこい肩のこりを押す。
「よしっ……ここだな!」
ゴリゴリゴリッ!
「うああっ……それ! あああ!」
今までの女の子のマッサージとは違う、荒っぽいマッサージ。
「優子ちゃん大丈夫か?」
「ううん、もっと強くお願い!」
「あ、ああ!」
「うあああぁあああぁぁぁ!!!」
すごく痛い。痛いけど気持ちいい。
もっと、もっともっともっと!
「お、おい優子ちゃん……」
「お願い続けて!」
「あ、ああ……どうやらここみたいだっ、なっ……!」
浩介くんが一番凝っているところを思いっきり押す。
「んんーーーあーーーーーっ!」
一気にコリがほぐれる。頑固な石が一気に緩まっていく。
やっぱり男の子の力は違う。いや、恵美ちゃんも相当な力だけど、あれは恵美ちゃんなりに加減していた。
でも浩介くんの場合は、加減していたとしても、ベースが男の力だ。
「ふう……うん、ありがとう。大分ほぐれたよ!」
浩介くんにお礼を言う。
実際かなり肩が動くようになった。錘が取れたようで気分もいい。
「そ、そうかよかった」
「じゃあ一緒に帰ろうか!」
「うん」
「なあ、篠原の奴」
「くそう! あんな声上げさせた上でお礼まで言われるなんて羨ましい!」
「ううううう……響く……心に来るよお……」
かわいそうなクラスの男子たち。
ちょっとだけ同情してしまう。
浩介くんと一旦下駄箱で別れる。靴を履き替えて下駄箱の先で再開。
「んっ……」
黙って浩介くんと腕を絡める。浩介くんとは駅から乗る電車の方向が違うので、改札口でいつもお別れになる。
「ねえ優子ちゃん、今度デートする?」
「うーん、浩介くんはどこがいい?」
「あー俺ちょっと金欠だからああ……」
「ふーん、じゃああんまり他の場所でデートしなくてもいいでしょ」
ちょっとだけ恥ずかしいことを言いたい気分になる。
「え!? どういう?」
「龍香ちゃんの彼氏さんは違う学校みたいだからお外のデートが必要でしょ?」
「???」
「あ、あたしたちは学校で毎日デートしているようなものだし!」
案の定あたしの顔が熱くなる。浩介くんも顔を赤くしている。
ううう……やっぱりこういうの恥ずかしい……
でも、浩介くんに伝われば、もっと嬉しいから、恥ずかしいと分かってて、つい言ってしまうのだ。
「も、もちろん気分転換とかも必要だけど、でもお金無理してでも付き合うものでもないしその……」
「うん……うん、優子ちゃん優しいね」
「ありがとう……」
デートと言っても、お互い好きな人が出来るのは初めてだし、TS病由来の問題点もある。
でも何だろう、解決はそんなに遠い日でもない。そんな風に思える1日になった。
試験の真の恐怖は試験前や試験中ではなく、試験後だという人もいる。
まさに怖いのが答案用紙の返却だ。
でもあたしは手応えもあったし、分からない問題もあまりなかったので、さほど苦にはしていない。
答案用紙が返却され、みんな一喜一憂しているが、あたしはのほほんとした感じだ。
試験終了後は、学校の授業も試験の解説が主になる。間違えた問題をよく復習しておかないと。
さて、試験が終わった後にやることと言えば、部活の再開だ。
学校のイベントというのは意外と目まぐるしく、帰りのホームルームでは「試験問題を返し終わったら文化祭の準備を始める」という連絡があった。
また、制服も冬服への衣替えの季節になる。まあ、小谷学園だと真夏に冬服着たり、真冬に夏服着ても怒られないんだけど、そんな奇特な人はいない。
これは去年と同様だ。
文化祭の出し物は、各部活と各クラス、更に学園全体で出す出し物に分かれていて、試験終了から1週間後までに提出することと決まっている。まあ殆どの部活はそれ以前から制作を始めているんだけど、ともあれうちの天文部はすでに製作も終盤に差し掛かっている。
「いやあ、やっぱり2人と3人では全然違いますわね」
「ええ、優子ちゃんも大分板についてきたし」
「これなら来年を任せられますわね」
「そういえば部長は引退とかないんですか?」
3年生のこの時期になるとそろそろ受験というのもある。
なので部活の引退というのも多い。
「うーん、うちはそういう感じのはないですわ」
ちなみに夏休み中、天体観測はなかった。
大丈夫なのかと心配にはなるが、元々少人数だし仕方ないのかもしれない。
「さ、他の部は今から出し物を決めている所もあるけど、天文部は気にせずラストスパートにしますわよ!」
「「おー!」」
坂田部長の号令のもと、天文部の出し物がほぼほぼ完成し、後は微調整を続ける所まで来た。
ともあれ、問題はクラスの出し物と学園全体での出し物だ。
特に、小谷学園でのミスコンが、不安でいっぱいだった。