永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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ついに来てしまった

「うー」

 

 瞼が、重たい。

 昨日遊び疲れたせいだ。

 日帰りで東京まで行ったのだから当たり前だけど、とにかく辛い。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 目を開けるのが億劫になってきた。

 とりあえず、起きないことにはどうしようもない。だけど起きるのが、とっても億劫だ。

 

「幸子ー! 大学は大丈夫?」

 

 母親が、ドアをノックしている。

 

「あうー」

 

 俺は目をゆっくり開けて、渋々布団から出る。

 

「わあああ!!!」

 

 起きて見たらあまりに驚いた。

 布団が血だまりで、赤く染まっていたからだ。

 これはどう見ても血液じゃないか。

 

「幸子!?」

 

  ガチャ……

 

 母さんが、突撃してきた。

 

「あらま大変!」

 

 そして、驚いたのは向こうも同じ。

 

「ね、ねえ。これってもしかして?」

 

「ええ、持ってくるわ!」

 

 どうやら、昨日石山さんに言われていた日が来てしまったらしい。

 とにかく貧血で食欲が出ない。だるい。うえー

 

「はぁー」

 

 立っているのも疲れてしまい、俺はまたベッドに座る。

 パンツが何やら濡れている感覚がする。

 無論犯人は明確に判明している。

 脱いでみたら、やっぱり一部が真っ赤になっていた。

 そう、これは言うまでもなく「血液」だった。

 

「来ちまったか……」

 

 女になって不便なことだらけで嫌にはなっていたが、昨日の石山さんとの旅で、「美少女はちやほやしてもらえる」というメリットを覚えた矢先に、いや、矢先だったからこそ乗り越えられる気もした。

 

「運がよかったよな」

 

 もし、石山さんと東京で遊ぶより前に生理が来てたら、間違いなく性別適合手術と共に、自殺に一直線だった。

 そういう意味で、滑り込みのギリギリセーフだったと言えるだろう。

 

 

  バタン!

 

「はい、幸子これ。生理用のパンツと生理用のナプキンよ。いくつか鞄にいれておくから、きちんと管理するのよ。説明書も中にあるから、ちゃんと確認してね」

 

 お母さんが、生理の時のための用具を出してくれている。

 どう使えばいいのか分からない。

 

「はーい」

 

 ともあれ、説明書が中にあるということだから、体で覚える方が手っ取り早いだろう。

 

「さ、ご飯出来ているわよ」

 

 うー、気分が悪くてあんまり食欲が湧かない……血が、血が足りない……

 ともあれ、食べないことには血液が回復しなさそうだし。

 

 

「ごちそうさま……」

 

 うー、ほとんど食べられねえ。

 ただでさえ男の時より少食なのに、今日は輪をかけてひどい。これじゃ餓死するだろ……

 

「お姉ちゃん具合悪そうだな。どうしたんだ?」

 

 徹が、心配そうに聞いてきた。

 

「あーうん、実は──」

 

「だああああああ!!! ダメ幸子!」

 

「わあ!」

 

 突然、母さんが大きな声で自分を制止してきた。

 言われてみてようやく、自分が異性に安易に生理の話をしてしまっていたことを思い出した。

 私も、生理の話をやたらするのはダメなことは分かっている。

 とは言え、ついしてしまったのは今後の反省点にしないといけないな。

 

「ん? どうしたんだ慌てて?」

 

 徹は、顔に?マークを乗せて、困惑していた。

 まあ、男に生理は理解不能だしな。

 

「あー、忘れてくれ。頼む」

 

 ともかく、次からは気を付けないと。

 今はまだ右も左も分からないとは言え、今後は女の子らしい女の子になっていく必要があるから、こういうことは一つ一つ覚えていかないと。

 うー、生理だからっていても、大学は続くから出ないといけない。うえー女子って難しい。

 

 

「行ってきまーす」

 

 重い体を引きずりながら、いつもの大学への道を目指す。

 ちなみに、今日は大学でスカートデビューしようと思ったけど、「生理中は冷やしちゃ絶対ダメ」とのことで、下着の上にタイツ、更にその上にスパッツを履いてから厚手のズボンという重装備になった。

 東京ならまだしも、仙台の冬にスカートはあまりにも寒い、なのに女子高生はどうなっているんだか。特に今みたいな時。高校生の時にTS病にならなくてよかったよ、本当。

 歩く速度も遅い、無論早めに出たとは言え、バスに間に合わなく慣れば悲惨なことになる。

 手原たちに何て言えばいいんだろうか……昨日考えていたこの悩みは、別の方向にずれてしまった。

 

 大学行きのバスに座席を見つけ、崩れるように座る。

 眠って乗り過ごさないようにだけは、気を付けねえと。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 座っていて、やはり貧血を感じた。

 生理の仕組みは俺もついこの間まで男だったから詳しくは知らないが、あんな感じで股から血が出て、そのために女の子はこれが近くなると「生理用ナプキン」をつけないといけないことくらいは知っている。

 だけどそれくらいしか知らないんだという現実も、改めて突きつけられた。

 これだけの短い間、実際に女になってみて、実は女というものをろくに知らないんだということも気付かされた。

 

「女って大変だよな」

 

 これじゃ、女の子に力仕事何てなおのこと無理だ。

 女子の体がいかに弱いか、ああ、悟だった時にもっと女の子には優しくしておくべきだった。

 ……今更後悔しても遅いけど。

 

「次は──」

 

 おっと、降りなきゃ。

 

「とっと」

 

 そう思い、立ち上がる。やはり少しフラフラしてしまう。

 

 

「塩津、どうしたんだ?」

 

 バスから降りると、異変に気づいた大谷が、ぐったりしている自分に話しかけてくれる。

 

「うん、気分悪いんだ」

 

 ここは素直に話す。

 もちろんストレートに「生理中」とまでは言わないけど。

 

「風邪でも引いたか? 慣れない体だし、大事にしろよ」

 

 大谷は、俺が生理とは気付かなかったらしい。

 一方で、女子学生たちは心配そうな目付きをして俺を見ていた。

 

「ああ」

 

 何とか、助けを借りて進む。

 うえー、女子学生にはやっぱ見破られちゃうのか。まあ、そりゃあそうだよなあと。

 

「……」

 

 手原は、まだ来ていなかった。

 ともあれ、講義を休むわけにはいかないから、なるべく頭に入れねえと。

 

 

 昼、相変わらず食欲は出ないものの、カレーを学食で何とか食べきった。

 とにかく何も食べないのは良くない。そう思いつつ、普段よりも重い学食だった。

 

 

「ふう」

 

 午後の講義の前に、トイレに行きたい。

 学食最寄りのトイレを見たら、女子トイレに行列が出来ていた。

 女子たちは雑談に講じていたが、どっちにしてもなかなかこれは収まりそうな気配がない。

 

「うえー」

 

 あそこに並ぶのは億劫になったので、次の講義がある講義棟に行き、そこのトイレを見ると、行列は出来ていなかった。

 ふう、冷静な判断ができてよかったよ。

 

「あー」

 

 そう言えば、女子トイレに入るのは産まれて初めてのことだった。

 新幹線は男女共用だし、石山さんとの2人旅の時も、石山さんがいないのをいいことに多目的トイレを使っていた。

 

「でも、入らねえとな」

 

 未だに心理的には抵抗感がある。

 でも、既に女湯にまで足を踏み入れてしまった以上、女子トイレに入るしかないのも事実だった。

 

「うー」

 

 中に入ると、体験したことのない、何とも言葉では形容しがたい独特の臭いが立ち込めてきた。

 それは、これまで嗅いだことのない感じで、アロマな香りと、戦場のような血の臭いとが混じった混沌としたものだった。

 

「とにかく、取り替えねえと……」

 

 自分は、一直線に空いている個室に向かい、鍵を閉める。

 そのまま便座に腰を下ろすと、ちょうど血がまた出てきた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 頭が、目が回る。

 貧血になっちゃうのは仕方ない。

 ともあれ、使用済みのナプキンは、近くにあった三角形の箱の中に入れればよさそうな気がした。

 

 予想は的中したが、中はあんまり見ない方がよさそうだ。とにかくエグい。

 うー、あんなのを毎月なのか。女子って大変だな本当に。

 それと同時に、女子にグロ耐性がある理由がよく分かった気がする。

 

 俺は鞄の中から新しいナプキンを取り出して生理用のパンツに当て、今度こそ落ち着いたのを確認してから服を戻し、トイレを流した。

 うー、やっぱり血が出ててヤバい。

 

「ふうっ……ふぅ……」

 

 自分は何とかしてトイレから出ると、人気が更に少ない所にあった椅子を見つけてそこで少しだけ横になることにした。

 午後の講義、大丈夫かなあ……

 

 

「塩津、今日のサークルは休んだ方がよくないか?」

 

 放課後、手原が見かねたのか、俺に「休んだ方がいい」と言ってきてくれた。

 何気に、こいつは結構人の気遣いが出来る奴なんだよな。

 

「あーうん、そうさせてくれると助かる」

 

「お大事にな」

 

 放課後に入ると、実は気分は少しだけ良くなったのだが、それでも大事を取って今日は先に帰宅させて貰うこととなった。

 ともあれ、少しでも横になっていたいというのもまた事実だった。

 

 

「ぜはー」

 

 ここから家に帰るまでに、もう一度座れる場所で横になる。

 いつも座れていることが多いとはいえ、バスの席が空いていて本当に良かった。

 

「ふー」

 

 一息つくことができれば、後は楽だった。

 

「でもどっかで動かなきゃいかんのよな……」

 

 気は重いが、致し方ない。

 どうせバスはしばらく来ない。時計を見ながらだけど、きちんと休んでいかないと。

 

 

「ただいまー」

 

「幸子ー! お帰りなさーい」

 

 いつもより早い帰宅だけど、うちの家族は気にしていない様子だった。

 

「ふあー!」

 

 ふかふかのベッドに横になれたことで、安心感があり、急速に眠気が襲いかかってくるのを感じた。

 とにかくあらゆる意味で疲れた。早く寝たい。とにかく寝たい。

 

 

「幸子ー! ご飯よー!」

 

「ん……」

 

 眠気がまだ十分とれていないのに、ご飯だと急かす声が聞こえてくる。

 

「んあー、もう少し寝かせてくれー!」

 

「ダメよ! 今日は幸子が主役なのよ!」

 

 お母さんの張り切った声が聞こえてくる。

 うーん、確かに食べた方がいいんだろうけど。

 

「頼む、もう少し」

 

 もう少しだけ寝ていれば、起きることもできるだろう。

 

「もー、ちゃんと来てよね」

 

 扉がしまる音がしたのを確認し、ゆっくり目を開く。

 乗り気ではないが、そのままベッドから降りて立ち上がる。

 ふう、いくらか寝て気分が良くなったな。

 

 

「あ、幸子。こっちこっち」

 

 起きると、早速お母さんが手招きしてくれた。

 

「おや、今日はお赤飯か」

 

 それに随分と俺の所に山盛りになっている。

 

「ええそうよ」

 

 母親のにっこり顔に対して、徹と父親の男衆は、ものすごい気まずそうな表情をしている。

 

「でも今日って何かあったっけ?」

 

 思わず口に出すと、母親が手を合わせて更に笑顔になった。

 

「やーね! お赤飯は赤いご飯よ! 赤は血の色、今日は幸子が初めて生理になった日でしょ? こうやってお祝いするのよ!」

 

「うげえ!」

 

 思いっきりセクハラじゃないかこれ!

 何なんだよ、世の中の女の子ってこんなことさせられるのか!?

 徹も父親も、物凄く気まずそうにしている。

 それもそのはず、「今日は生理中」って事実を知ってしまったわけで。

 

 そもそもニッコリしている母親がある意味怖い。

 

「な、なあお姉ちゃん」

 

 徹が、恐る恐る口を開く。

 

「ああ」

 

「やっぱり、痛いものなんか?」

 

 やっぱり、男子は生理に興味あるよなあ。当事者は笑えないけど。

 

「うっ、めっちゃ痛いよ。それに気分も悪いし体も重いし……てそんな質問すんなー!」

 

「さあさ、今日はお祝いよ! 乾杯ー!」

 

 コップに注ぎ込まれたジュースは、リンゴジュースだった。

 それだけじゃない、おかずもニンジンにトマトに赤いピーマンの野菜盛り、焼き魚が出ているがこれも鮭、更にお肉までそのまま食べられる赤いベーコンという徹底ぶりだった。

 

「ここまで徹底しているって」

 

「ええ、どれもこれも、幸子の初めての生理のお祝いよ」

 

「あーうん、知ってた」

 

 もうセクハラなのは仕方ない。

 逆に言えば、こうして生理を祝うことで、今後は生理の時に「助け合い」も出来るようになる。

 悪い方向にばかり考えても仕方なかろう。

 

「ふう、いただきます」

 

 あ、ちなみに、ご飯は美味しかったです。


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