永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「さて、それじゃあ改めて。余呉さんにも言われたと思ったけどこの病気になって絶対に考えちゃいけないのは『男に戻ろう』ってことよ」
結局、言われたことは余呉さんと同じことで――
「でも、やっぱ俺……」
「こーら! 『俺』なんて使わないの!」
石山さんが、優しく叱るような口調で言う。
さっきひっぱたかれたときとは大違いだ。
とにかく、女の子にしたいという心理が働いている。
「……」
「ほら、言い直してみて? 大丈夫よ、今のあなたの声なら、俺なんて使うより、よっぽど自然に聞こえるわよ」
石山さんの、優しさという名の圧力が凄まじい。
ともあれ、やらないことには前に進まないようだ。
「でも……やっぱり私……一週間前まで男だったから……」
あうー、思った以上に女っぽい……当たり前だけど。
「じゃあいつ変えるのよ?」
そして、石山さんが鋭い口調をして話す。
「そ、その……!」
俺はつい口ごもってしまう。
「あたしだって、つい半年前まで石山優一っていう男だったのよ。永原会長だって、480年前までは、男だったわよ」
「で、でも……」
確かに、石山さんはうまくいったけど、俺とは全然違うはずだ。
「明日があるからまだいい、時期尚早という人は100年後も同じことを言っているわよ」
石山さんが、いきなり100年後という話をしてきた。
「ひゃっ100年って……」
確かに、余呉さんとかはそれくらい余裕で生きているだろうけど。
「塩津さん、あなたはこれから、悠久の命が約束されているわ。でも、もし対処を誤れば、あなたの精神は崩壊してしまうわ。そしたら自殺に一直線よ」
そして、更に横から槍を入れてきたのが永原さんだった。
石山さんはともかく、余呉さんでさえ「想像を絶する」と評した、戦国時代から生きているらしい永原さんに言われると威圧感がたまらない。
くぐり抜けてきた修羅場の数も、きっと俺では想像がつかないものなんだろう。
「……」
「今のあなたはさっきよりは落ち着いているけど、崖っぷちには変わりないわよ」
危機的状況には変わりないと、そう忠告される。
「それを回避したい、死にたくないなら、あたしたちの言うことを聞いてね」
石山さんの口調がきつめになった。
逆らったら、またひっぱたかれるんじゃないかと、そういう恐怖心が一瞬沸き起こる。
ともかく優しそうな女の子に怒られるのは思った以上に怖い。
「わ、分かった。それで俺……私はどうすればいいんだ? さっきのカリキュラムとやらを受ければいいのか?」
危ない危ない、ここで「俺」と言ったら、またビンタ制裁が待ってそうだ。
直前で慌てて修正すれば、多分許してくれるはず。
「うーん、でもあたしの経験だとそれはまだ早いかも……」
まだ不十分なのか……
「あーうん、幸子さん。カリキュラムを受ける時は、もう二度と男を求めないって誓ってもらうわよ」
「あ、ああ……」
とにかく、服従するしか無い。
男を求めたら自殺、もうそれは認めるしか無い。
「言葉遣いも直してもらうわよ。それから服も、カリキュラムではスカート着用での外出もあるわよ」
やっぱり、スカートを避けることはできないらしい。
「やっぱり、内容は多いのか?」
「うん、あたしもカリキュラムではいっぱい失敗しちゃったわよ」
こんなに女性らしい石山さんがいっぱい失敗した。
その事実が俺に重くのしかかる。
「……」
多分、厳しい石山さんのことだ。失敗したらその都度かなりビンタとかされそうだ。
「心配しないで、カリキュラムは訓練よ。訓練のうちにいっぱい失敗して、恥ずかしい思いすればするほど、幸子さんも女の子らしさを身に着けられるわよ」
石山さんが落ち着いて言う。
失敗することが前提と聞いて少し安心した。
「そ、そうか。じゃあ頑張るぜ」
「……ダメダメ、女の子らしく『頑張るわよ』って言わなきゃ」
石山さんは、粗暴な言葉遣いを見逃してくれない。
「が、頑張るわ……よ」
少しぎこちないけど、自分の耳でもわかるくらい、女の子らしくかわいい言葉遣い。
かわいく聞こえる言葉遣い、それをするだけでも印象が違う。
多分、容姿から考えればこれが通常なのだろう。
とはいえ、やっぱり今の感覚では不格好だ。
「ふふっ、もし言葉遣いを間違えたら『私は女の子……私は女の子……』って、頭の中で暗示かけるのよ。もちろん声に出しちゃってもいいわよ」
暗示? どういうことだろう?
「そうするとどうなるんだ?」
「自然と徐々に女の子らしくなっていくわよ」
石山さんがニッコリと笑う。
「正直そうは思えねえな……」
正直、全く信用ができなかった。
「あたしも最初は半信半疑だったけど、後でボディーブローのように聞いてくるわよ……あっ! 今の言葉遣いもだめよ」
うー、見逃してくれなかった。
「しょ、正直そうは、思えない、わよ?」
また、言い直しをさせられる。
「うん、ぎこちないけど今はそれでもいいわよ。じゃあ暗示かけてみて?」
うー、暗示かけなきゃいけねえのか。
しょうがねえ。やらないと先に進めなさそうだし。
「わ、私は女の子……私は女の子……」
聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声で下を向きながら暗示をかける。
正直、何も変わった気がしない。
「か、かけたよ」
とりあえず、報告する。
回数重ねれば変わるのだろうか? あまりそうにも思えねえけど。
「ふふっ、ご両親にお願いするわ。今のを必ず続けてくれるかしら?」
石山さんがまた笑っていた。
「はい、分かりました」
ともあれ、女性化の効果はなさそうな気がする。
「懐かしいわね。あたしもいっぱいかけさせられたわよ」
「へえ、永原会長に?」
正直、結構興味がある。
見た目的には、会長のほうがロリだし。
「ううん、あたしは永原会長もだけど、母さんが教育してくれたのよ」
「へえ……」
おふくろが感心している。
ある意味で、そういう母親の元に生まれたのも、この人がすんなり女の子になった理由かもしれない。
「ふふっ、だめですよ。お母さんもカリキュラムをしてもらいますからね。そのためにも、本をちゃんと読んでその通りにしてくださいね」
「……はい」
おふくろが石山さんに気圧されて頷く。
どうも、女性だけが女性に感じる「威圧感」があるらしい。
俺にはまだよく分からないが。
「なあ、一つ質問なんだが」
ここで徹がまた手を上げた。
「ん?」
「本当に、これを積み重ねていけば大丈夫なのか?」
そこんところは俺も疑問で、徹も同意見だったらしい。
代わりに質問してくれるのはありがたい。
「うん、言葉遣いだけじゃなくて、態度や仕草、そして服だって、最終的にはミニスカートも着こなせるようになるわよ」
「うっ、す、スカートって……!」
やっぱり、改めてスカートって言われると動揺してしまう。慣れろと言われても難しい。
だってあれ、うん、女子はよくあんなの穿くよなって思ってたし。
「大丈夫よ、あたしだって、最初は心許なかったわ。でもスカートのメリットを実感できるプログラムもあるわよ」
「え!? それってどういう?」
正直、真夏に涼しいくらいしか思いつかない。
「受けてのお楽しみよ」
石山さんはニッコリと笑う。
やっぱり余呉さんと同じで、こういった仕草はうまい。
「そ、そうか……!」
カリキュラムを受けさせようと言う誘惑が襲いかかる。
男が穿けないスカートに興味がないわけがない。
当然その服装や穿き心地、コーディネートのコツとか、中身とか、男なら絶対に興味がある。
「ところで、石山優子さんだっけ?」
そしてまた徹だ。
「あんたも、半年前まで男だったんだろ? どうして、男を好きになれたんだ?」
確かに、そのあたりは気になる。
「どうしてって言われても……女の子だからとしか言いようがないわよ」
うーん、それが普通の女の子ならそうなんだろうけど、こっちはTS病で男を好きになるということを知りたいのだ。
どちらにしても、女の子には変わりはない。
「うむむ、人間ってこうも変われるんだな……」
徹も驚愕していた。
「ああいや、優子ちゃんは特別早いんだよ」
とここで、石山さんの彼氏らしき男が発言した。
今まで殆ど黙っていたが、いざ発言されると驚く。
慌てた感じを見ると、フォローしたい感じだったのだろう。
「うん、ちょっと生き急いでいる位にね」
永原さんの指摘通りたった半年は生き急ぎ過ぎだろう。
とはいえ、彼女たちの視点からすれば「すごいこと」には違いない。
「な、なあ!」
よし、ちょっと聞いてみよう。
そう思い口を開く。
「そこの会長さんだけじゃなくて、石山さんについても詳しく教えてほしい。俺……あっ、あたしよりも、年下でもいいから!」
石山さんのことについて、もう少し話して欲しい。
「……仕方ないわね。そうよ、あたしと浩介くんは永原会長、いえ、永原先生が担任の先生を務めている小谷学園2年2組所属よ」
あまり驚いた感じはしない。
やはり、目の前の少女は高校生だった。
「じゃあさっき言っていた半年前まで石山優一だったというのも?」
「ええ、5月8日まで、あたしは男だったわ。幸子さんも感じたでしょ? 激しい腹痛で倒れて血を吐いて、耳だけ聞こえている状態になって、最後は精力を出し尽くして、気が付いたら女の子よ」
俺がその時に受けた症状と同じだった。
思わずウンウンと頷きながら話に聞き入る。
「あたしね、元々は乱暴な性格だったのよ。些細なことで怒るし、優一の頃は浩介くんには本当によく怒鳴り散らしていたわ」
どうやら、かなり乱暴だったらしく、そこの男は被害者だったらしい。
女の子にされ、カリキュラムを受けた当初は、男時代のこともあって、石山さんはいじめの対象になったらしい。
とはいえ、外見は無論のこと、中身も今の俺とは比較にならないくらい女子になっていたこともあって、女子が早めに味方になってくれたことが大きかった。
俺と決定的に違うのは、男としての自分に嫌気が差していたということ。
多分、彼女が「優秀」になれたのも、そこが決定打ではないかと俺は思う。
その後彼女を変えたのは、夏の林間学校の時だったという。
男子女子の実行委員に、この2人は選ばれた。
「その、ナンパされちゃって……」
「ああ、それで俺が助けたんだ。本格的に仲良くなったのはそこからだな」
いかにもという感じの恋の落ち方。
でもその後も、また一悶着あったけど、永原さんによれば、「石山さん特有の問題」とのことで、俺にはあまり縁がなさそうな話だった。
「――そして、日本性転換症候群協会の正会員の推薦されて、今に至るのよ」
「大変だったんだな」
とはいえ、石山さんも石山さんなりで苦労しているのが分かっただけでも、いい収穫になったことは事実だった。
「ううん、あたしは女の子になれてよかったと思うわ。これは救いなんだって」
「救い!?」
しかし、次の石山さんのあまりに突拍子もない発言に、俺が驚く。
TS病が救いとは、どうしても思えなかった。
「あたし……いや、俺にはやっぱり呪いでしかない。体もうまく動かせなくて、サッカーができねえ……今までの練習が……ほとんど使えなくなっちまった!」
あえてここでは、一人称を変える。
怒られるかもしれないけど、知ったことではない。
「幸子さん、昔のことはもう忘れた方がいいわ」
「うっ……!」
昔のことは忘れろ、過去を振り返ってはいけない。
それが石山さんの、協会の一貫した主張だった。
「これまでのことよりも今のこと、そしてこれからの幸子さんを考えて、あたしはここにいるのよ。あたしだって、浩介くんとの寿命問題に悩むことはあるわ。でも、女の子になれれば、少なくとも今を、将来を楽しめるわ」
「……」
女の子の人生は楽しいよと、優しい誘惑が襲いかかる。
確かに、女性の方が人生が楽とも思える。
「決心がつかないなら、流れに身を任せるのもありよ」
永原さんがそう言った。
多分、永原さんはそうやって適応したんだと思う。
「……というわけで、早速女の子の服を買いましょう。保険が降りますから」
石山さんが、こんどは女の子の服を買いに行くと言い出した。
やっぱり、避けては通れないみたいだ。
うー、スカートかあ……どうしよう……