永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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大学へ戻った日 前編

「ねえ、悟?」

 

「ん?」

 

「悟は、もし男に戻れるのが可能だとしたら、戻りたい?」

 

 余呉さんが去ってすぐ、おふくろが俺に声をかけてきた。

 

「そりゃあ可能なら戻りてえけどよお……」

 

 俺だってもう子供じゃない。

 お医者さんにも、そして同じような患者を何人も見てきた余呉さんだって、不可能だと言っている。

 

「これから、医学も変わっていくわ。今までがそうだからといってこれからもそうとは限らないよ」

 

「……」

 

「悟がどうしたいか。余呉さんはああ言っているけど、自由に考えればいいのよ」

 

 おふくろの言葉は、余呉さんの言葉よりもより大きく響いた。

 

 

「んー」

 

 大学にいく服をどうするかで俺は悩む。

 おふくろの服で、男が着ても違和感が無さそうな服でも、やはりいざ見てみると女っぽさが強調されてしまっている。

 俺の体は、かなり女性を強調したものらしく、どうも中性的になることさえ不可能だと言う現実にうちひしがれる。

 ズボンのベルトを魔改造し、上も袖を何重にもめくりあげて、シャツの余り丈を強引にズボンの中にぶちこんでいく。

 ただでさえ美少女なのに、ぶかぶかな服で格好がおかしいが、俺の男としての意地がそうさせている。

 

 男っぽく見せることは不可能にしても、こんな地味な感じなら痴漢とも無縁なはずだ。

 

「おはよう」

 

「悟おはよう、本当に大学に行くの?」

 

 おふくろが、心配そうな口調で話す。

 

「大丈夫だって、大学なら変な格好でも誰も気にもとめねえって」

 

 俺は俺だし、人は人、それが大学ってもんだ。高校までとは訳が違う。

 ただ、手原たちに関しては別だろう。

 

「手原さんたちはどうするの?」

 

 痛い所をついてくるが想定内。当然それについても考えてある。

 

「何とか説明しとくよ」

 

 幸い、このTS病は知名度は高いしなんとかなるはずだ。

 俺はそう思い、バスに乗り込んで大学へと向かうことにした。

 

「うー、いてて……」

 

 胸が大きいがブラジャーをしていないせいか、さっきから胸が擦れてうざったいことこの上無い。歩くだけでこれだから、走ることを考えるだけで憂鬱な気分になる。

 それに心なしか、周囲の視線も注目を集めている気がする。

 

 バス停には誰もおらず、1人で寂しく腰かける。

 バスが来るまではまだ時間があるので、スマホを立ち上げてサッカーの情報を見る。

 ……お、勝ってるな。

 

 

 そうこうしているうちにバスが来た。

 

  ピピッ

 

 大学までは通学定期券があるので、所定の場所にタッチする。

 名義は塩津悟で、俺の名前だ。

 ひとまず、バスの空いている席に座ることにした。

 

 

「ねえねえ、あの女、あんなかわいい女いたっけ?」

 

「うーん、記憶にねえなあ」

 

「ま、知ったこっちゃねえか」

 

 

 うぐぐ、予想していたとはいえ、やはり好奇の目線や噂話はされてしまうものだ。

 うーん、胸も隠したいところだけど、この大きさじゃどうすることもできねえよなあ。

 やっぱり、この外見で、「TS病で不本意に女になっちゃいましたから男として見てください」何て通じるわけがねえよな。

 多分、手原や大谷にも無理な話だ。

 ぺったんこで貧相でデブでブスならともかく、こんなエロい体つきじゃ無理だろう。

 

 うーん、ブスに生まれるのもきついけど、こっちとどっちがよかったんだろ?

 最初から女として生まれるなら巨乳美人がいいけど、男から変わるわけだしなあ……

 

「間もなく──」

 

 バスの案内と共に、俺も席を立つ。

 同じ大学の学生たちも、一斉に降りていった。

 

「ふう」

 

 俺は、いつものように月曜日の講義へと向かうことにした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 やべえ、結構ギリギリだった。

 いつもはかなり余裕を持って着くのに……そうか、この体のせいで脚力が悪くなってるのか。

 

「あー」

 

 女の体のことを考えるだけで気が滅入る。

 

「だから、女の子として生きた方がいいのよ」

 

 頭の中で、余呉と名乗った「永遠の美少女」が微笑んでくる。

 そうだ、うじうじ悩むくらいなら、いっそ現実を受け入れちゃった方がいい。

 幸い、超がつく美少女に生まれ変わっている。それこそ男なんていくらでも……ああ、男かあ……

 俺はふと気付いてしまった。

 そうだ、これは同性愛の問題もあるんだった。

 ん? そうではないか、今の俺は女だから、俺が男と付き合うのは別におかしくなくて……いやいや、そうじゃねえだろ。

 あー、もうよくわかんねえや。

 

  ガララララ……

 

 おっと、教授が入ってきた。

 そうだ、講義に集中しよう。

 

 

 大学の講義は、よく眠くなると評判である。

 俺も実際、眠気との戦いになったことはよくあった。

 しかし、1コマ目の90分はこれまでにないくらいに集中できた。

 この現実から目をそらすために、講義に集中できたのかも知れねえな。

 うーむ、現実から逃げても状況は悪化すると言うのは、悔しいが俺も賛成せざるを得ない。

 

 ひとまず、俺は2コマ目の講義に向けて、教室を移動することにした。

 幸いにして、バスのような閉鎖的な空間でもないため、俺のことをヒソヒソ話す人はほぼいない。

 ただ、やはり隠しきれない胸への視線は健在で、これとばかりはどうすることもできねえと諦めるしかなかった。

 

 さて、大学に行く時に問題になるのがトイレだ。家では男女の区別はないが、大学といった公共の場では当然それらの区別がつく。

 これについては事前に考えをまとめてあって、「多目的トイレ」に入ることにした。一応、「どなたでもご利用ください」ということになっているので、ありがたく使わせてもらうことにする。

 心の中では、俺は男だという感情があるものの、理性的には今の俺は女以外の何者でもないということも分かっている。

 そこで、政治的な妥協案として浮上したのがこの多目的トイレ、幸いこの大学は、どこも男女のトイレに多目的トイレで1セットになっている。

 多目的トイレは広いし、色々と便利だろうというのは変わらないはずだ。

 

 ……ふう。

 

 昨日一昨日もそうだったが、女の体でのトイレはとても不便だ。

 余呉さん曰く、女の子には生理があるので、それとも付き合わないといけないことになる。

 それについては考えたくもないが、ともあれ今は後回しにし、何とか余呉さんが提示した「女として生きるしか無い」以外の道を模索するしか無い。

 

「よし」

 

 今の俺はぶかぶかの服を強引にごまかしているため、それを直すのに鏡が欲しいというのも、多目的トイレ使用を決断する大きな決め手になった。

 気持ち的には男子トイレを使いたいものの、この姿形でそんなわがままが通ると考えるほど俺も幼稚ではない。

 きっと、余呉さんならば「女の子何だから女子トイレを使いなさい」と口酸っぱく言うんだろうけど。

 も、もちろん、男だから女子トイレという甘美な響きに興味は沸くし、中がどういう空間なのかも気になる所はある。

 案外汚い何て話もあるけど、男子たるもの興味はつきない。

 だから、実のことを言うと、別の意味で女子トイレに入ることが絶対嫌だというわけでもなかった。

 しかし、入ったらなにか不味い気がするのも確かだった。故に、こんなことになったのだ。

 

 

「ふう……」

 

 昼食は、大学にあるコンビニのお弁当を食べることにした。

 食べるのはもちろん1人で、さっきから男の性的な視線と女の嫉妬の視線が露骨なことに気付いている。うーむ、胸の大きい女性は毎日毎日これに晒されているわけか。

 俺もさすがに数日間いて学習しているので、普段の半分程度の量で済ますことにした。

 食費も半分とはいかないが、それでも安くなったのは事実で、まあともかく鍛えねばならないのだから当然と言えば当然だ。

 

「ごちそうさま」

 

 計算通り、ちょうどいい量に調整できた自分を誉めてやりたい。何せご飯の食べ過ぎがいけないのは事実だからだ。

 周囲の席では、あれがこうだこれがそうだなど、他愛もない話が次々と繰り広げられていた。

 

「ふう……さて」

 

 これからの午後の講義が終われば、いよいよサッカーサークルになる。

 大学の講義で、自分の名前と学籍番号に名前を書くときは緊張したけど、慣れてしまえばどうってことねえな。

 

 

「なあ、今日塩津の奴見ねえな」

 

「体調悪かったんじゃね?」

 

「いやでも、さっきの出席簿にはマルしてたし」

 

「んー、まあいいんじゃね?」

 

 

 サークルのある部屋に来た。

 更衣室は1つだけで、もちろん部員は男子だけ。

 だから、多分今の俺はすごく浮いていると思う。

 手原も大谷も、俺のことは俺と認識しておらず、 俺がいないことをいぶかしんでいた。

 ここで立ち止まっている俺は、傍目から見たら不審者以外の何物でもないだろう。

 

「すーはー」

 

 意味もなく深呼吸をする。

 俺としても、この姿で果たしてみんなに信じてもらえるかは、極めて疑わしかった。

 

「あ、あの……!」

 

 近くにいたサークル仲間の1人に話しかける。

 

「ん? どうしたんだい? 俺たちに用?」

 

「えっとその……手原と大谷に用があって」

 

 努めて、ぶっきらぼうに話す。

 俺たちは身長がほぼ変わらなかったが、俺が女になったことで、2人を見上げるような形になってしまっていた。

 

「ん? 俺たちに用かい?」

 

 どうやら聞いていたらしい手原と大谷がすぐに近付いてきた。

 これから話さなきゃならないことを考えると、どきっと緊張してしまう。

 

「実は俺……塩津なんだよ。土曜日に、女になっちまってよ。TS病って言うんだけどよ」

 

 何とか、真実を単刀直入に話すことが出来た。

 

「「え!?」」

 

 2人とも、とても驚いていた。

 当たり前だ。

 

「おいおい、冗談きついだろ!? そりゃあ、俺もそういう病気があるのは知識としてちらっと聞いたことはあるけどよ」

 

 最初に驚いたのは大谷の方だった。

 

「じゃあよ、好きなチームと選手の名前は? 生年月日は、俺と塩津はいつ頃からの付き合い?」

 

 手原に言われた質問は、どれも簡単だが、塩津悟でなければ答えられないもので、俺はそれらの質問1つ1つに対して、丁寧かつ正確に答えていった。

 それと共に、手原と大谷の表情も変わっていく。

 

「うおお、塩津だぜこいつ」

 

「どうしたんだよ? そんなかわいくなっちまって」

 

 2人共、やはり驚きの表情は隠せない。

 

「TS病だ」

 

 あえてぶっきらぼうに、乱暴に話す。

 こいつらとの関係を、壊したくなかった。

 無論2人もTS病のことは知識としては知っているみたいだが、あまりにも稀な病気だからか、まさか身近な人が当事者になるとは夢にも思っていなかったという感じである。

 

「うげえ……とにかく、部長や他の連中にも連絡しておくわ。あー、ユニフォームは無理だよな。とりあえず、悪いけど今日は見学ってことでいいか?」

 

 手原がそう確認してくる。

 女になってしまった以上、男に混じってのサッカーの練習は難しい。

 

「うん、それで頼む」

 

 今日1日を大学で過ごしてみて、女の体では不便が余りにも多いことを俺は嫌でも思い知った。

 だから、まず間違いなく、前みたいに練習や試合についていけないことは分かりきっていた。

 それに、この服だと、多分走ったら胸が擦れてしょうがないと思うし。というか、ずっと立ってるだけでも胸の重量と重力で肩が重たい感じがするし。

 あー、どうして女ってこんな不便なんだ。

 そう思うと同時に、「男は女を守らなくてはいけない」という言葉を、身を持って、痛いほど思い知らされた。

 こんなに弱かったら、そりゃあ力仕事だって男に頼まなきゃだよな。

 

「なあ塩津」

 

「ん?」

 

 部長に連絡しに行った手原を残し、大谷が俺に話しかけてくる。

 

「これからはさ、俺たちも……その、塩津のこと、女の子として扱った方がいいかな?」

 

 やはり、この質問は来た。

 

「あーいや、いいよ。今はとりあえず……完全には無理でも、なるべくこれまで通りで」

 

 もちろんこれも事前に想定しているから、まずは慌てず騒がず落ち着くことにする。

 

「よし分かった」

 

 どうやら、大谷ももの分かりがいいみたいだ、この分なら手原も問題ないだろう。

 ふう、とりあえず、これで当面のことは大丈夫そうだ。

 もちろん、将来的にどうするべきかは、今は後回しだ。余呉さんはそれじゃダメって言うだろうけど。

 

「塩津さん!」

 

 そうこうしているうちに、サッカーサークルの部長が、こっちに向かってきた。

 

「あーえっと、その……」

 

「な!? この女の子が、し、塩津さんなのか!?」

 

 部長も、そして他の人も、一様に驚いていた。

 それもそのはずで、周囲から見れば美少女が塩津悟を名乗っていたからだ。

 

「うん……俺は塩津悟……不本意だけど」

 

 その後、様々な質問で本人確認が行われ、改めて俺が塩津悟であることを周囲にも納得してもらうことに成功した。

 

 そして、やはり一先ず今日は見学ということになった。

 もちろん、これまでも体調が悪い時は見学などもあった。

 でも、今は以前よりも低い目線から、やや疎外感を持って練習風景を眺めていた。女の子になったということ以外、身体が悪いわけではないのに、見学しなきゃいけないのが、俺をより一層憂鬱な気分にさせていた。


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