永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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再びの忠告

「……」

 

 目が、覚めた。

 視界に広がるのはいつもの俺の部屋、今日は日曜日、はてさて、どうしたものか……

 

 ベッドから起きる。

 結局、パジャマの類は、辛うじて残っていた小学生時代の服を再利用することになった。

 視界に入った自らの細い腕に大きなおっぱい、そして──

 

「あー、あー! 夢じゃねえ……」

 

 変わらない現実にやや失望を禁じ得ない。

 心の何処かで「これは夢だ」と思いたいところがあったのだろう。とは言っても現実は変わらない。

 服を着替え、鏡を見ると、そこには以前までの俺とは似ても似つかない、お人形さんのような美少女がいた。

 黙っていると、我ながらとてもかわいい女の子だと思うし、何だかんだで男は見た目重視なのも知っている。

 だから、何度も何度も、俺の心の中の悪魔が「女の子の人生も悪くないぞ」と呼び掛けてくる。

 ともかく、母親は「悟の意思を尊重する」とも言っていた。

 19年間男として過ごしておいて、今から女を勉強するのはとても難しい。

 

「あーあ、どうするんだよこれ……この格好……」

 

 がっかりした声が出る。

 ともかく、もはやこれは夢ではないことだけは確かになった。

 じゃあ、どうしよう?

 ともかく、今日一日で決めた方がいいかもしれねえな。

 

 俺は一応ぶかぶかにはなっていない母親の古い服を着る。

 上に関しては胸がきついから、男時代の服を着る。

 これでも胸の膨らみのせいで色々と変な感じだけど仕方ねえよな。

 

「おはよー」

 

「悟、おはよう」

 

 食卓には、既に他の家族もいた。

 おはようとは言うものの、既に午前10時になっていた。

 

「悟、たった今余呉さんから電話があったわよ」

 

「あーうん、それで?」

 

 どうやら、連絡先を交換することになったらしい。

 まあ、カウンセラーだし仕方ないか。

 

「女性として生きていく上で、今後どうするか相談するって言ってたわ」

 

「うげえー」

 

 そうだった。相手からすれば、俺は男を捨てねえと生きていけない存在だと見られていたんだった。

 

「女性として生きていくという方法以外に道はないって、また念を押されたわ。『悟は嫌がっている』と言っても『無理なものは無理です』と」

 

 余呉さんは、口ぶりからしても100歳は優に越えている。外見はあんなでも、中身はガチガチに頭が固くてもおかしくない。

 容姿に惑わされてはいけねえな。

 

「まあとにかく、話は受けてみるか」

 

 確かに、あらゆる部分で男女の差は大きいと俺は思う。

 まだ殆ど女として過ごしたわけではねえが、それでも様々に男女の差を思い知ることはできた。

 それでも、まだ埋め合わせできねえ訳じゃないと信じたい。

 問題は、余呉さんがそれを納得してくれるかどうか? だな。

 難しいかもしれないが、ともあれ余呉さんの来訪を待つことにしよう。

 

 

 

  ピンポーン、ピンポーン!

 

「はーい!」

 

 お、来たな。

 おふくろが玄関に向かう。

 会話を聞く限りは、どうやら予想通り余呉さんみたく、「悟ー! 来たわよー!」とのことだった。

 

「うまく行ってますか?」

 

 余呉さんの服装は、子供服のようなデザインのシンプルな服だった。

 縦ロールの髪型が昨日以上にくるくるしていて、まるで「お使いをする小さな女の子」という印象だ。

 

「えっと、その……」

 

「女性として生きていく覚悟を、決めてください。今日はそのために来たんですよ」

 

 その幼い容姿に反して、ぐいと迫るような口調で話す。どうやら、譲歩は望めそうもない。

 

「どうしても男は無理と?」

 

「ええ、男に戻ろうとした人は、全員が数年以内に自殺に追い込まれています。無理なものは、無理としか言えないんです……ですが、そうですね……少し視点を変えて、塩津さんにいくつか質問しましょうか?」

 

 まるで、「例外など全く無い」とでも言いたそうなほど、とりつく島もない言いようだった。

 でも、視点を変えてってどう言うことだ?

 

「塩津さんは、大学に通われていますよね? サークルはどうしてます? 友人はいますか?」

 

「ああ、サッカーサークルで、手原や大谷といった仲間がいるな」

 

「サッカー……ですか……」

 

 サッカーという単語を聞いた途端、余呉さんの表情がとても厳しいものになる。

 それは、言わずとも「これまでのようなプレーは不可能」ということで──

 

「塩津さん、サッカー、今までみたいに男に混ざるのは、身体能力的にもう無理だってこと……女子サッカーを見ていたら、そのくらいは、分かりますよね?」

 

 予想通りの質問が飛んできた。

 

「あ、ああ。間違いなく、女子サッカーなら、世界一強いチームと戦っても、俺たちのチームは圧勝できる自信はある。いや、ある程度以上のレベルなら、大学どころか高校のサッカー部だって同じことを言うだろうよ」

 

 俺だって、伊達に何年もサッカーをやっていない。

 自分達のプレーを映像で確認することはあるし、動きを見れば、女子サッカーよりは遥かにレベルが高いことは知っている。

 

「そう、よく分かっているわね。男女の違い、身体能力の違いは、もうどうやっても埋め合わせはできないわよ。男性ホルモンを増やしても、それこそドーピング剤のような禁止薬物を使ったって無駄よ」

 

「うぐっ……」

 

 余呉さんの言葉が突き刺さる。

 そう、世界的に、それこそ何千万何億に1人レベルで優れた女子選手ですら、男と比べればその有り様なのだ。世界一サッカーの才能があったとしても、男時代以上の能力を出すことはできそうにない。

 ましてやこの体がそうした逸材である確率は確率相応に低いだろうし、ましてや手原たちのいるサッカーサークルに混ざってプレー何て、女子のバロンドールでさえ、一方的に蹂躙されるだけだろう。

 何せ、うちのサッカーサークルは、高校時代にも都道府県や全国レベルの大会に出た実績のある選手が多いし、特に俺と手原は中学高校時代からのサッカー仲間で、プロにはなる気はなかったが、共に1回戦大差敗けで敗退ながらも、全国大会に出たは出た。

 

「二度と、男子に混じってサッカーすることなんてできないし、仮にできたとして、大学生にもなってサッカーを続けているあなたなら、それは周囲が気を使ってるからってことくらい分かりますよね?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 俺は躊躇なく頷く。いや経験者として頷かざるを得ない。

 

「重ねて強調するけど、私は何も、あなたを逃げ道をなくして追い込んでる訳じゃないの。そもそも逃げ道は最初から存在しないのだから、塞ぎようがないのよ。行き止まりの道の壁を背にとおせんぼしても、何の意味もないですから」

 

 余呉さんの言うことは、ぐうの音も出ない程の正論だった。

 俺も来年には20歳になる。

 出来ることと出来ないことの分別や割り切りくらいできるし、感情任せに無い物ねだりを繰り返して駄々をこねるほど子供じゃない。

 だからこそ、余呉さんの言葉は余計に突き刺さる。それは、余呉さんが俺を大人として扱っている証拠でもある。

 だが、子供はある日突然大人になるわけではない。

 少しずつ子供が大人になっていく。だから、俺の心の中に残った「子供」が、この現実に対して全力で抵抗してくるのだ。

 

「俺も……俺も分かってはいるんです」

 

「女の子が、『俺』何てことを言っちゃいけないことかしら?」

 

「うぐっ」

 

 余呉さんが、柔らかな笑顔を見せる。

 ものすごくかわいい笑顔だけど、俺はどこかに威圧感を感じ取ってしまう。

 

「元男が女の子として生きていくには、当然他の女の子よりも女の子らしい女の子を意識しないといけないわ。今の私みたいに、きちんとおしゃれを覚えて、おしとやかさとかわいらしさと愛嬌、そしていざというときのエロさも身に付けないといけないわよ。塩津さんも、女子力の無い女子は、魅力的とは言えないことは分かるわよね?」

 

「あ、ああ……」

 

 俺も男だから、その理屈は十分に理解できてしまう。

 そして余呉さんも、元男だからこその強力な説得力を持っている。

 生まれつきの女の子ならいざ知らず、男としての人生を歩んできたからこそ、多大なる説得力を感じてしまうのだ。

 

「今の塩津さんみたいなだらしない格好と乱暴な言葉遣いの女の子と、私みたいに服装と振る舞い、言葉遣いに気を遣う女の子、もしあなたがまだ男だったとして、ここにいる2人のうちどちらを選ぶかしら?」

 

 余呉さんが、椅子から立ち上がって、スカートを両手でちょいとつまんで横に広げてにっこりとウインクをした。

 元男とは思えないくらい、女の子らしく、また脚をちらちら見せることで、男受けを全力で意識した仕草に、否応なしにドキッとしてしまう。

 

「えっと、そりゃあもう、余呉さん」

 

「そうでしょう? でも、あなたも私みたいにおしゃれしたらどうかしら? 顔のかわいさはともかく、悔しいけど私はあなたにスタイルでは負けてるわ。これでも女の子になったばかりの時は規格外だったんだけど……まあいいわ。つまりあなたには、男としての人生がなくても、女の子としての幸せをつかめるチャンスがあるのよ」

 

 余呉さんは一貫して、「女の子になりなさい」と警告している。

 女の子になれなければ、破滅する。

 どうやらその事は確かだし、余呉さんの言う通り、今の俺はその気になれば魅力的な女の子になれるのも確かだった。

 

「で、でも女の子としての幸せって言われても──」

 

 何をいうのかは、俺には分からなかった。

 

「でしょう? だからカリキュラムがあるのよ。カリキュラムでは少女漫画や女性誌を読んで女性の幸せを勉強するのもあるわ」

 

「うー、でも、それを受け入れられるのかな?」

 

 まだ俺は、懐疑的だ。

 

「大丈夫よ。時間はたっぷりあるのよ、『現実を受け入れ、女の子として生きる』その方向性さえ間違えなければ、ゆっくりで大丈夫よ。ええ、江戸時代に生まれた患者さんでも、たまに『男』が出ることがあるわ」

 

 余呉さんの言葉が、身に染みてくる。

 でも、時間があるならなおのこと、別の道を試してもいい。そんな風に感じてしまう。

 ましてや、もう150年以上前の江戸時代生まれ、つまり100年以上女性をやってても男が出ることがあるならなおのことだ。

 

「でも、時間があるなら──」

 

「ダメよ。別の道は、全て断崖絶壁よ」

 

 少しでも他の道を模索しようとすると、即座に「有無を言わせない」という強烈な意思表示が飛んできた。

 

「……とりあえず、その様子ではまだこのカリキュラムを受けさせるわけにはいきません。もちろん、カリキュラムを受けずに少しずつ身に付ける方法もありますが、両側が崖の道を盲目で進むようなものですわ」

 

「それを受けるしかねえってことか」

 

「ええ。それから、カリキュラムを受けたら今の言葉遣いは矯正の対象よ。『これを受けるしか無いってことかしら?』って言わなきゃダメよ。カリキュラムは厳しいから、半端な覚悟では受けちゃいけないけど、女の子を身に付ける以外に、あなたの命を助ける方法はないわ」

 

 つまり、余呉さんは最初から議論をするつもりはないということだった。

 ただ俺の女として生きる覚悟を見極め、諾否の回答のみを聞きに来たということ。

 

「俺は、もう少し抗ってみたい」

 

「ダメよ。絶対ダメよ。あなたの、あなたの命のために、私は言ってるのよ」

 

 俺が拒絶すると、更に余呉さんの目が厳しくなる。

 

「分かってる。分かってるけど」

 

「あの、悟もこう言ってますので、もう少し待っていただけますか?」

 

 いたたまれなくなったのか、おふくろの方が助け舟を出して来た。

 

「……待つのは構いません。ですが、『別の道を探す』ことだけは絶対に賛成しません。これは、人命、それも塩津家の長女の命に関わることなんです」

 

「んな!?」

 

 余呉さんの言葉に、俺は固まる。

 この家に、「長女」はいないはずだった。

 でも、今の俺が肉体的に紛れもない女であることは確かで、つまり余呉さんは俺を女扱いしているということだった。

 

「どうしても、というなら、まずはその場に立ち止まって、道に立ち尽くしてください。明日から大学があるということですから、大学に戻ってみてはどうでしょう?」

 

「あ、ああ、そうする」

 

 余呉さんが、譲歩案を出してきた。

 その場に立ち止まる。

 それはつまり、問題を先送りにするということでもある。

 いつか歩きださなければならないが、立ち止まっていれば転落することはない。そういうことだろう。

 

「大学のサッカーサークルの人には顧問の教授を通して私が伝えておきましょうか?」

 

「ああいや、自分で伝えとく」

 

 余呉さんの提案を断る。

 

「そう? ただ、大学には連絡しておきますね」

 

「ああ、頼む」

 

 幸い、俺は読み上げて出席を取る講義を履修していない。

 明日手原たちに事情を話すにしても、まずは信じてもらうしかない。

 もちろん、信じてもらえるかどうか?

 手原も大谷も、TS病だと言えば最終的には納得してもらえるはずだ。

 この病気を知識として知っているかもしれないし、知らなかったとしても、手元のスマホで調べさせればいいだけだ。

 

「どうします? 私の本業とも擦り合わせる必要はありますが……私が立ち会いますか?」

 

「ああいや、問題ない」

 

 余呉さん、働いているらしい。

 見た目は若いとはいえ年齢は年齢だ。年金生活しているとばっかり思っていた。

 

「ふふ、きちんと女の子として生きていけば、税金は社会保障費分がまるごと免除ですから、それはもうお金がたまるわよ」

 

「あ、あはは……」

 

 その代わり、不老だから定年に当たるものはないと。

 まあ、老人を見てると女より不便そうだし、色々ボケたり酷いことになるらしいから、それがねえってのはいいかもな。

 

「では、今日は私もここで引き上げましょう。ですがこれだけはもう一度言っておきます。大学の人が、サッカーサークルの人が何と言っても、『男に戻る』何て思っちゃいけないわ。そう思ったところで、あなたは妊娠能力と引き換えに、男性としての機能は永遠に失われたのですから」

 

「え!?」

 

 男性の機能が喪失はいい。

 だが、もうひとつ聞き捨てなら無い言葉が聞こえた。

 

「に、妊娠って……!」

 

「塩津さん、この病気は正式には『完全性転換症候群』よ。女性にできて男性には絶対に不可能なこと。その究極が、妊娠と出産なの。TS病の患者さんでも、赤ちゃんを産んだ例はいくつもあるわ」

 

 余呉さんの冷静なその物言いは、俺にとってはとてつもなく残酷なものだった。

 妊娠、出産……女性にとってそれは、「お腹を痛める」と言われるように、とてつもなく凄まじい苦痛を伴う。

 しかし一方で、赤ちゃんを産んだ時のその幸福感は何物にも代えがたく、だからこそ何人も子供を産むお母さんが出てくる。

 

「まさか俺も?」

 

「ええ、妊娠出産、女性らしさを表現する方法はたくさんあるけど、赤ちゃんを産むのは究極的に女性らしい行動よ。まあでも、仮にそうなるにしても、それは何年も先の話よ」

 

 男性は、体の構造上妊娠出産は絶対に不可能である。女性しかできないことは誰でも知っている。

 そういう意味で、余呉さんが言うように、妊娠と出産は女性らしさを一番に感じられるイベントだと思う。

 だけど、問題はそこじゃない。

 

「本当に、男に戻ることは無理なのか……」

 

 その妊娠が、理論上は今の俺でも可能だと言われれば、「二度と戻れない」という事実の提示に対してこれ以上無いほど強烈なものだった。

 

「ええ、何回も強調してもしたり無いわ。内心、まだ諦められないかもしれないけど不可能なことは不可能で、無い物ねだりはできないということ。明日から大学に戻る時に、よく考えておくのよ」

 

「……」

 

「そうそう、先送りにするといっても、女の子として生きることを決めた場合のことも考えておいてください。新しい女の子としての名前、後は大学に行く以上今の女性の体型にあった服を買ってください。それから、この病気は特殊ですから、協会の人以外のアドバイスには余り従わない方がいいですよ」

 

 余呉さんはそれだけを言い、両親にも挨拶してから玄関を出た。


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