永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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突きつけられた現実 中編

 病院食はまずいという話を聞いていたが、噂に違わぬまずさだ。確かに健康というものにはいいんだろうがいくらなんでも味が薄すぎる。

 それでも大半は気絶していたとは言え昨日の昼から何も食ってなく、空腹を満たすのにはありがたい。

 量は少ないはずだが、思ったより腹が膨れた。

 何故だ? いやいや、言うまでもないだろ。いい加減学習しろ、俺。

 

 食べ終わって横になって考える。

 

「男に戻る方法はない」

 

 医者の先生ではそんな話だ。まあ、そうなんだろう。

 

 でも女として生きるってどうやって?

 この細くなりきった腕を見れば、以前出来ていた力仕事も多分多く出来なくなっているのは容易に想像がつく。

 背も縮んだし、こんな身体じゃ痴漢なんかに襲われたらどうしようか?

 ……しばらくは、女になったがための「違い」で戸惑うことになるだろうが、考えれば考えるほど、不安ばかりだ。

 

 でも、だ。そもそも常識的に考えて、一夜で男が女になったというのは重大事件だ。

 まず自分の体のことが心配だ。とにかく心を落ち着けて、健康診断に備えないと。

 

 

 ……おっと、そういえば、トイレに行ってなかったな。健康診断もあるし、少し行きたい気分だ。

 えーっと、トイレはどっちだ?

 

 えーっと、そうだ、さっき見たじゃないか。よし、こっちだな。

 ……おいおい、ちょっとちょっと、したくなるのが早くないか?

 急いだほうがいいな、少し足早にして……おわっ!

 

 危ない、焦りすぎて壁の存在を忘れてた。なんとか転ばずに済んだが、まだこの体の距離感がつかめないな……よし! ここがトイレだ!

 

 俺は思い切って青い方のトイレに入ろうとして奥の鏡に写った自分の姿を見て踏みとどまる。

 おい、おいおいおい! 待て待て待て! そっちは男子トイレじゃねえか。

 ……えっと、じゃあ女子トイレに入るのか。

 って、常識的に考えてそうだよなあ、俺は女子なんだし女子トイレ入るのおかしくないよな……

 

 いやいや、そうは言っても、今まで「絶対に入るな」とこれでもかと教えこまれてきた女子トイレだぞ……

 って、それは俺が男子だったからじゃねーか! もはや女の子となった俺に女子トイレに入っちゃいけない理由はもうないのに何をためらってんだバカ!

 

 よし、そうと決まれば女子トイレに足を踏み入れ……

 

 ……ダメだあ! 女子トイレに入る決心がつかない! いやでもこの体で男子トイレ入ったらもっと変だぞ。

 ああ、まずい漏れる……!

 

 あ! そもそも正面に多機能トイレがあるじゃないか! よし、今はこっちに入ろう。

 ……まずい! あれこれ考えてたら漏れそうになってる! 早く閉めてトイレに入らないと!

 

 大急ぎでズボンのチャックを下ろして……って、女の子じゃ立ったまま出来ねえじゃねえか!

 あー、まずいまずい。とにかくズボンのボタンを外してパンツごと脱ぐ。何とか便器に座った次の瞬間に出始めた。

 

「ふうーーーーー」

 

 間一髪セーフだ。

 

 

 それにしても、トイレに行きたくなるに気付くのが遅かったな……

 そうか、女の子の身体になったからだ。

 

 不便といえば不便だが、愚痴を垂れて男に戻れるなら苦労しない。

 考えてみれば、俺も男の中じゃイケメンでも何でもなかったけど、今の俺は超が付く美少女だし、案外悪くないかもな。

 

 ……いやいや、現実逃避してどうするんだ、俺! これから性別が変わったことで色々と不便なことが押し寄せるはずだ。

 

 そんなことを考えつつ、ようやく全てを出し切った。

 

 えっと、そういえば、「ビデ」ってなんだ?

 男だった時はこの年で痔持ちだったからウォシュレットの「おしり」は欠かせない存在だった。

 とはいえ、女性のマークの書いてある「ビデ」を押したことはもちろん一回もない。

 

 あーそういえば、これ「おしり」からは出てないよな。つまりこれで洗うと。

 

 ……ええい、物は試しだ! どうせこれから女として避けて通れないことはいくらでも出てくる。今は多機能トイレに逃げたが、学校に女子として戻れば女子トイレも避けて通れないだろうし、だったら今のうちにビデを体験しておこう。

 

 えいっ!

 

「はぁあっんっ……!!!」

 

 またエロい声、でも声が出ちゃう。どうやら女になってからというもの、かなり敏感になったらしい。

 でも、実際に発射されて洗われている場所から逆算すれば、何をするべきものかはよくわかった。

 最初こそビクッとなったものの、次第に刺激にも慣れてきた。回数重ねれば時間が解決してくれると信じよう。

 

 

 ともあれ、適当なところでビデを止め、乾燥ボタンを押して乾燥させ、トイレットペーパーで拭いたら、流すボタンを押して流れる音を確認し、もう一度服を着直してからトイレを出る。

 

 ふと、女子トイレが目に入る。今回は避けてしまったが、いずれ入らなきゃいけない場所。

 ってそういえば、動揺して手洗いをしてないじゃないか。

 うーむ、まずはそこから始めるか。

 

 何も恐れること無いはずだが、恐る恐る入る。病院のトイレとあって女性特有の匂い等もなく、中は男性用の小便器がないのと、その分個室が多めなこと、タイルの色が女性向けにピンク色な事以外、男子トイレとほぼ同じだ。

 

 それでも長年染み付いたピンクのタイルのトイレへの抵抗感からか、手洗い場で手を洗ったら、足早に立ち去ってしまった。

 

 

 ……自分の病室に戻る。ベッドに座りながら考える。

 

 さっきは多機能トイレに逃げられたが、今後はそうも行かないだろう。学校は多機能トイレなんて数えるほどしか無い。いちいちそこまで移動していたらあまりにも時間的なロスだ。というより、短い休み時間じゃ間に合わない可能性だってある。

 

 それだけじゃない、女の子として学校に通うということは、女子の制服を着て、木ノ本か田村のどっちか……多分木ノ本だろうが、ともかく女子のグループに入って、話についていくために女性向けの本とか読んで、えーっとそれから、体育の時は女子更衣室に入るんだよな。

 

「ごくりっ……!」

 

 俺は女子として学校生活を送った時に起こり得ることを考えて唾を飲み込む。

 えっと、通常、男は女を、女は男を愛することになるんだよな。

 

 待てよ……ってことは、俺は男を好きにならなきゃいけないってことか!?

 彼女じゃなくて彼氏作るの!? バレンタインデーでは好きな男性にチョコ作らにゃならんてこと?

 

 待て待て、別に独身でもいいし、いっそ百合っちゃっても……!

 って、落ち着け! よく考えたら俺は不老になっちゃったから誰かに恋しても寂しく死別するのは目に見えてる。あーでも最近の遺伝子テクノロジーの進歩はすごいしもしかしたら……

 

 あーくっそー! ダメだ! 俺の頭じゃ一気に考える事が多すぎて思考が追いつかない。

 とにかく、今は健康診断の呼び出しを待とう。

 

 

 思考が整理できず混乱をきたしていた時、看護婦の一人がドアをノックしてきた。

 

「石山さん、健康診断の準備ができましたよ」

 

「はーい」

 

「荷物忘れ物がないか確認して下さい」

 

 こういう時は別のことをしていると案外後でいい答えが出るとも言うしな。俺は言われるがままに、忘れ物がないか確認する。

 と言っても、もはやこの病室にある私物は財布と携帯だけで、それもポケットにしまってあるから大丈夫なはずだ。

 

 ともかく今は看護婦について行こう。

 

 俺は病院の地下にあるいかにもな機材の集まった検査場に連れて行かれた。

 

 最初に目に入ったのは、身長計と体重計が一体になった機材だ。

 

「じゃあまずは身体検査しますね。こちらの身長体重計に乗って下さい」

 

 言われるがままに台に乗り、いつもの頭に測りがのしかかる感覚を受ける。

 どうも身長体重の他にも体脂肪率も計算するらしい。病院の人の話だと体重計と身長計が連動していてそれで測れるらしい。

 

 計測によると、男だった時と比べて身長は20センチ、体重も15キロも減っていたのに、体脂肪率だけ何故か9%も増えていた。

 原因は……まあ、おっぱいだろうなあ……。

 

 続いて座高とスリーサイズの計測が行われた。

 スリーサイズも凄まじい数値だ。最も、男だった頃の自分のスリーサイズなんて知らないから何とも言えないが、それにしても胸がこんなに……あーやめとこう。

 

 

 検査はどんどん進む。

 次に受けたのが視力検査と次いで動体視力のテスト、更には聴力・色覚・血圧検査に血液検査に心電図、脳波の検査にレントゲン、MRIの検査・腹部の超音波検査・口の中を調べる検査・歯の検査・尿検査に呼吸器系の検査、更に胃カメラまで飲まされた。

 本当に検査の総合商社という感じだ。学校の健康診断とはまるで違う。

 

 ……まあ、そうは言っても、俺の身体には一夜で性別が変わるなんて言うとんでもない事が起きたんだ。むしろ入念に検査するのは当たり前だ。

 

 終わったのは予定よりも5分遅れた12時5分だった。

 看護婦さん曰く、「2-3日後には結果が出ます」ということだった。

 ともあれ、これで退院という扱いになるから、もう病室には戻れない。カウンセリングの場所と時間は紙にもらったのでジーンズのポケットに入れておこう。

 

 結局さっきの問いの答えは出そうにない。今はあれこれ考えず、時間が解決することを信じるしかないということか。ともかく、お腹が空いたので病院の外に出ることにしよう。

 

 確かここは通学路上だ、少し先に学校があって学食が一番安く、行って帰ってきても十分間に合うが、今は制服がない。

 こんな格好、特にこんな胸では、今はないがあのぶかぶかの男子制服じゃ露骨に怪しまれるし女子制服もない。

 とすると、値を張るがハンバーガー店だ。

 

 うちの学校は幸いにも校則は緩く、この手の帰り道の立ち寄りは自由だ。学食だけでは午後の授業終了後に腹が減ってしまった時の帰り道や昼休み気分を変えたい時に俺も何度か寄っていた店だ。とにかく、新しい環境だ。なるべく変化は少なくしたい。

 

 ……とは言ったものの、いつもはしないことをしないとな。

 店に入る前に、メニュー表と格闘する。

 

 男の時は、学校からの帰り道の場合、普段は大チーズバーガーと大ポテトのセットを頼むものだが、さっきの病院食の感じから推察するに、間食と昼食という差を差し引いても、相当食が細くなってるはずだ。

 念のため中チーズバーガーと小ポテトのセットにしよう。

 もし少なかったらまた近くのコンビニで何か買えばいいだろう。

 

 

 自動扉が開く、「いらっしゃいませ~」という女性店員の笑顔が眩しい。でも、考えてみたら今の俺はこの女性店員より可愛んだよな。

 俺は中チーズバーガーと小ポテトのセットを頼み、番号札を渡されて店の壁側の一人カウンター席に座った。

 

 

 うー、予想はしていたとはいえ、足が床につかない。なんか靴が外れそうな変な感じだ。大丈夫だよな、きつく結んだつもりだし……

 

 ……店内はかなり混雑していて、皆自分のことで手一杯という感じだ。

 

「5番でお待ちのお客様、お待たせしました、中チーズバーガーと小ポテトです」

 

 数分後、そんな掛け声と共に、座席にハンバーガーが来た。

 とりあえず一口食べてみる。

 

 あーんん!!??

 

 ……あれ? おかしいな。予想以上に一口が小さいぞ。そうか! さっきは病院食で細かくなってたから、口の大きさがわからなかったんだ!

 

 ……うーむ、食っても食ってもなくならない感覚だ。一口一口が小さいせいで、中サイズのはずなのに、以前の大サイズより、大きな感覚だ。

 とはいえ、今朝は病院食だけ、昨日も昼からは失神してて食事なし。そう言う空腹状態だったのもあって、少しだけ物足りない感じで完食した。

 

 この辺の力加減はよく分からないな。特にこの体だ。今回は安直にハンバーガーで済ませてしまったが、油ものとか甘いものとかは食べすぎないようにしないと……

 

 ……あれ? どうしてだ?

 うーん、何で俺は今そんな感情になったんだ?

 ……あ! そうか、胃が小さくなったから、予め外食などの時は気持ち少なめにしておけば苦しまないって話だったんだ。

 ともあれ、トレイを返却口に返したから、もう長居は無用だ。他のお客さんの迷惑にもなるし、とっとと出よう。

 

 うーん、食べるのに時間がかかったとはいえ、まだカウンセリングまで余裕があるなあ。

 そういえば、学校においてきた他の私物はどうなったんだ? うーん、多分家に返されてるだろう。何分、永原先生から今週一杯、あーつまり倒れたのが月曜日だから、今日を入れてあと火水木金土日で……6日の休みを勧められたしな。

 

 仕方ない、病院の待合室でカウンセリングの時間までニュースでも見て時間を潰すか。

 そういえば、この時間はそろそろ母さんが帰ってくる頃だな。


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