永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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激動の1年が終わる

「ただいまー」

 

 あたしと浩介くんが、時間通り家に帰る。

 浩介くんもあたしも、年末の仕事を終えたら、家に帰って忘年会でのスピーチの内容を考えないといけない。

 そして、あたしにはもう1つ、言わなくてはいけないことがある。

 

「ねえあなた」

 

「ん?」

 

 あたしの部屋の前で、あたしは浩介くんを呼び止める。

 お互い、まだ着替えはしていない。

 

「ちょっといいかしら? あたしの部屋で」

 

「あ、ああ……」

 

 浩介くんが、少し動揺しながらあたしについてきてくれる。

 もしかしたら、浩介くんはまだ決めかねているかもしれない。

 

「あのね、あなた、聞いてくれる?」

 

「うん」

 

 あたしの心臓もドキドキしている。

 お腹の中に、赤ちゃんができているかもしれないということを、これから告白するんだから。

 愛の告白やプロポーズは、男からでもできるけど、これは絶対に女の子にしかできない告白だった。

 

「あのね……実はもうずっと……来て……ないの」

 

 あたしは、少女漫画でもよく出てきた言葉を、口に出す。

 顔を下に向け、恥ずかしい感情を必死に抑えて、小声で呟く。

 

「うっ、も、もしかして来てないって……まさか!?」

 

 浩介くんも、驚いた表情でそう話す。

 それはそう、あたしが妊娠しているという告白そのもので。

 

「うん、これ、見てくれるかしら?」

 

 あたしは、ポケットの中から、陽性を示した妊娠検査器での結果を見せる。

 検査器だけでも陽性陰性は分かるようになっていて──

 

「これ、陽性……だよな、えっと、じゃあ……」

 

「ええ、あたしのお腹の中に、あなたの赤ちゃんがいるの。多分まだ、目にも見えない小さいサイズだと思うけど」

 

 あたしがそう言うと、浩介くんの顔がパッと明るくなった。

 嬉しさで一杯の浩介くんを見ていると、あたしも嬉しくなっちゃうわ。

 

「おお、そうか、なあ、家族に話しても?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 あたしがそう言うと、浩介くんが明るい顔で部屋から出ていった。

 あたしは、そのままパジャマに着替える。

 妊娠中にするべきことは何なのか? それもきちんとあたし自身が自覚しないといけない。

 あたしは、これから母親になる。

 

 しばらくして、ご飯を知らせるランプが点灯した。

 あたしはそれを見て部屋から出る。

 テレビのニュースは相変わらず、新技術の成功や実用化、更に経済の好調のニュースをどんどんと流していた。

 

「優子ちゃん、浩介から聞いたわよ」

 

 食卓につくと、お義母さんから早速妊娠の簡易検査で陽性が出た話題になる。

 

「うん」

 

 実は、もうすぐ忘年会で、あたしもそれに出席しなければいけない。

 でも、元旦以降は、体調とも相談する必要がある。

 

「妊娠には、初期と末期が重要になるけど、間に安定期もあるわ。ここでは少しくらいの運動なら大事になってくるわ。と言っても、浩介を産んだときの知識だから、きちんと産婦人科の先生の言うことに従うのよ」

 

「ええ」

 

 ともあれ、あたしもあたしでやるべき準備をしておかないといけない。

 明日は最後の会社全体での忘年会、みんなを不安にさせちゃいけないわね。

 

「さて、後は先天性異常や流産に気を付けるのよ。今はまだ大丈夫だけど、今後は『つわり』っていう現象も出てくるから覚悟するのよ」

 

 それは聞いたことがある。

 吐き気とかもするみたいだし、あたしも気を付けないと。

 

「う、うん……」

 

 あたしたちがご飯を食べていると、途中、既にご飯を食べ終わった母さんが乱入してきた。

 もちろん母さんの耳にも「陽性」の知らせは届いていたけど、「まだ厳密な検査をしていないから、早まりすぎるのもダメよ」と、母さんにしては珍しく冷静な意見を伝えてきた。

 でも、あたしには、何故だか分からないし、はっきりした根拠もないけど、お腹の中に赤ちゃんがいるという確信があった。

 どうして、ここまで無根拠にそんなことが言えるかは分からない。

 今のところは、弱めの状況証拠だけ。

 簡易検査で陽性が出たことや、妊娠超初期に見られる症状、そして来るはずだった生理が今までにない日数で来ていないこと。

 

 もちろん、これらはいずれも別の可能性が考えられる。

 だから、偶然が重なっただけということも言える。

 本当にあたしの妊娠を確定させるためには、産婦人科で決定的な証拠を掴む必要がある。

 そしてそれまでは、あたしは家族以外には妊娠の可能性は伏せておくことにした。

 

 そして、おばあさんにも、この事は今は話さないことにしておいた。

 おばあさんは最近、老衰で衰弱をしはじめている。

 もちろん「ひ孫」というモチベーションから、かなり頑張ってはいるけど、やはり肉体的な衰えはどうしようもない。

 ここでぬか喜びさせてしまうリスクは非常に高いため、来年の初頭に産婦人科で診てもらって、その結果で話そうと思う。

 

「ねえ優子、もし今回失敗しても、優子たちにはたっぷりの時間があるわ」

 

 母さんが、少し真剣な顔で話しかけてくる。

 

「ええ」

 

「もし失敗しても2人目を決して諦めないで欲しいことよ。うまくいっても、できればその子にも弟や妹を作って欲しいの」

 

「うん」

 

 母さんも、お義母さんも、1人しか出産していない。

 もちろん、親世代にはそれぞれ兄弟姉妹がいるけど、父親母親として、兄弟姉妹を育児した経験はない。

 

「そうね、優子ちゃんたちは超がつが何個もつく……というより、文字通り世界一のお金持ちよ。赤ちゃんたくさん作っても、家計は圧迫しないわ」

 

「あーうん、そうよね」

 

 実際、今年の篠原家の家計の収支の大半が、この豪邸の購入費用に充てられている。

 しかし、100億以上もしたこの豪邸の購入費をもってしても、あたしにとっても「月給」にもなってないし、来年度はもっと巨額の収入を得られる見込みとなっている。

 なるほど、富裕層たちがこぞって寄付したがるのも分かるわね。

 

「ただ、もっと将来、子孫が増えた時はどうするか、よね。これだけのお金があると、寄生する子孫は絶対に出てくると思うし、現に私たちだって、お父さんたち働いているけど、雀の涙にしかなってないわ」

 

「うー、もう子孫の話し?」

 

「そうよ。ギャンブルとかにはまったりしなきゃいいけど。子孫の数が増えるとそういったケースも出てくると思うわ」

 

 母さんが話している話は遠い将来のことだけど、実際にそれは起こり得る。

 この家は今でこそ広くて部屋などが余っているけど、子孫が増えれば当然あっという間に手狭になる。

 

「うーん、あたしたちの資産は絶対に守らないといけないものね」

 

「ええ」

 

 あたしたちが持っている蓬莱カンパニー株式を勝手に借金の担保にされたりしたらたまったものじゃない。

 もちろん、いざとなれば巨大権力を行使することも可能とはいえ、そうした行動は非常にリスクが高い。

 そうしたことを避けるためには、社会人となった後に子供をどうするかということも、今のうちに計画的に考えておいてもいいかもしれないわね。

 

「ま、でもとりあえず今は妊娠中の赤ちゃんに全力を尽くさないといけないわ。子孫の問題は頭の片隅に置いておくといいわね」

 

「うん」

 

 とはいえ、世界一の資産家夫妻の子供、ノーベル賞夫婦の子供ともなると、否が応でも色々と比べられたり、世間の注目を浴びちゃったりするのよね。

 そうした時に親としてどうするべきなのかは、あたしたちが自分達で切り開かなきゃいけない問題なのには代わりはなかった。

 

 

「優子ちゃん、忘年会、そろそろ行くぞ」

 

「はい」

 

 去年よりも距離は離れているけど、とても広い会場で忘年会は開かれる。

 会社そのものが大きくなったのもあって、宴会場の物理的なスペースも必要になった他、全員参加のレクリエーションもやり辛く、参加希望者だけを集めたパフォーマンスでお茶を濁すことになった。

 最も、その時間も短めで、代わりに歓談の時間がとても長い。

 総じて去年に比べて忘年会の自由度が格段に高くなっていた。

 

 あたしたちは、殆ど社員のいなくなった会場でギリギリまで仕事を行い、そして最後の方で会場へ向かった。

 

「常務。事業推進グループから、実業団クラブの創設についての話が改めて来ています」

 

 あたしたちの隣にいた事業部の部長さんが、実業団の創設についてを語ってきた。

 メジャーなスポーツには、プロリーグがあるけど、マイナーなスポーツだけどもオリンピックの種目になっていたりすると、社会人チームという形でそこの企業所属の選手がオリンピックに出たりする。

 

「いまいちメリットが見いだせないのよねー」

 

 エレベーターで待つ傍ら、あたしが以前と同じ回答をする。

 

「しかし、当社は既に時価総額世界一の企業となっております。その当社が、スポーツクラブを一切持っていないのは不健全という批判もあります」

 

 企業がこうしたスポーツクラブを持ったりするのは、社員の福利厚生という目的の他に、所属社員が大会で好成績を納めたりすることで、企業のイメージ向上にも繋がるというもの。

 とはいえ、福利厚生目的ならば、わざわざ会社でトップダウンにしなくても、既に蓬莱カンパニーは多数の慰安施設を作って社員の待遇改善に勤めている。

 もちろんその中には、あたしたち役員兼大株主が、配当金で得た私財をなげうって作られたものも多い。後はわざわざあたしたちが主導しなくても、社員が自主的にクラブを作ってくれているし、下手にトップダウンなのはそれこそイメージが悪化しかねない。

 また、あたしたちは「不老技術の提供」という、究極の社会貢献も行っており、また1000年にもわたる分割払いさえ認めるという販売方法からも、「社会的責任を十分に果たしていない」という非難を受ける謂れはないとあたしは思っている。

 

「いずれにしても、社員の自主性に任せるわ」

 

 そういう「緩い」クラブなら、社員に対する福祉的交流の範囲で行うこともできるもの。

 だから、あたしたちは箱だけ作ったので後は自由にして欲しいというのが本音だった。

 

 確かに、7年前の東京五輪やそれ以前から続く好景気で、企業のスポーツクラブも、以前ほどではないけど行われるようになった。

 野球部のようなメジャーなスポーツはともかく、プロリーグなどのないスポーツにとって、企業は頼みの綱でもある。

 

「では、スポンサーなどになってみてはどうでしょうか?」

 

 いわゆるスポーツ大会に限らず、そうしたスポンサーをしてみてはどうかという提案も来た。

 もちろん、あたしにはその気もない。

 

「うーん、あたしとしては、知名度向上にメリットを感じないのよね。この前のノーベル賞でこれ以上ないくらいの宣伝になったし」

 

 テレビ番組のスポンサーになれば、テレビCMを入れることもできる。

 どちらにしても、知名度やイメージをこれ以上向上させる必要性は、あたしには感じなかった。

 インターネット動画共有サイトで、あたしがフェミニストを徹底的に論破する動画は、たちまち1億再生された。

 もちろん高評価が圧倒的に多く、動画のコメント欄には、ここぞとばかりにフェミニストを罵倒する言葉が並べられていた。

 あたしのノーベル賞スピーチも繰り返し再生されているみたいで、世界からの評価の強さがうかがえるわね。

 

「はい、ですが大きな企業ですから」

 

「と言っても、新しい商品を開発する訳じゃないですから」

 

 蓬莱カンパニーが強いのは、全く新しい商品の開発に携わる必要がないこと。

 なので、新規商品の開発部門が、蓬莱カンパニーには一切存在していない。

 あるのは、浩介くんが考案した「歩留まり改善技術」を更に改善するべく研究する部門のみ。

 基本的に、蓬莱の薬は需要としては無くならないし、ライバルが出現するわけでもない。

 

 また新薬の開発に関しては、研究者として蓬莱教授が独自に別団体として研究機関を創設している。

 蓬莱教授が1回目のノーベル賞を取ったきっかけになった万能細胞も、今後は更に深く研究が進められることになっている。

 もちろん、将来的には蓬莱教授が、蓬莱の薬でも治らない病気に対する特効薬を開発し、それに基づく新商品を売り出す際には、ある程度の宣伝は必要だとは思う。

 でも今は、その時じゃない。

 

「そうですか……」

 

「経営は黒字だけどね、お金をどぶに捨てちゃいけないもの。それなら、少しでも早く支店網の完成と、22世紀に予定している世界解放に向けた準備に投資しなきゃ」

 

 そう、とにかく今は生産に生産を重ね、100年後に全世界同時発売ができるまでに在庫を確保しなければいけない。

 そのためにも、液体を保管するための倉庫の確保が大きな課題にもなっている。

 各支店も、倉庫確保のために建設するという意味合いが強くなっている。

 

「……分かりました」

 

 これだけ大きな企業になったと言っても、蓬莱カンパニーはまだまだ黎明期でしかない。

 これから起こることは、不老国日本の大繁栄と、世界への解放に伴う人類の更なる発展。

 あたしと浩介くんがノーベル賞を取ったことで、後世の歴史家はあたしたちにどれ程の賛辞を与えてくれるか、今から楽しみだわ。

 

 ふふ、だってあたしは、後世の歴史家が書くところも見届けるつもりだもの。

 

「優子ちゃん」

 

「ん?」

 

 あたしたちの話を横で聞いていた浩介くんが話しかけて来た。

 

「日本向けにはこれまで通りでいいけど、問題は世界に向けて、100年後にどう宣伝するか、だよな」

 

「うーん、そうよねえ……」

 

 確かに、日本では蓬莱カンパニーを知らない人なんていない。

 でも世界は違う。

 蓬莱カンパニーを知らない人もいるだろうし、もしかしたら内心不老技術に抵抗感を持つ人も多いだろう。

 日本が不老技術によって社会保障の楔から解き放たれた現在、世界は否応なしに不老人種たる日本人によって、あらゆる分野で席巻されることが決まっている。

 現に、蓬莱の薬の普及率は低い現在でも、既にもうその兆候は現れ始めている。

 そして、100年後についた圧倒的な差を、他の国が今後1000年以内に覆す確率は、最大限高く見積もって1000万分の1とされている。

 そうした状況になると、世界の国々は日本に対して強烈な悪感情を抱く恐れもある。

 そうすると人間は不思議なもので、「蓬莱の薬はいらない」と言い始めるらしい。

 

「100年後に、世界から向けられる俺たちへの憎悪は半端ないかも知れねえぜ。何せ恐ろしいくらいに一人勝ちするんだから」

 

「世界へのイメージ戦略かあ、今から考えても早すぎないわよね」

 

 とにかく蓬莱カンパニーは何事も慎重に考えていくのがモットーだった。

 有り余る寿命をもって、あたしたちは他の国の人々が考えないであろう先のことまで、考えながら経営をしていた。

 

 

 ビルを抜け、地下通路経由でかなり歩いたところに、お目当ての会場があった。

 今年の忘年会でも、あたしはスピーチをした。

 あたしも浩介くんも、ノーベル賞のことや、世界最大の資産家になったことを述べた。

 蓬莱教授は、レプリカのメダルを2個ぶら下げながら忘年会に参加して、あたしたちのテーブルには人だかりができていた。

 ノーベル賞受賞者として困ったことがあったとすれば、講演の依頼が数多く舞い込んできたこと。

 もちろんあたしたちは会社経営が本業なので、そうした講演の以来は基本的にお断りすることになっている。

 

 もう1つ来年には大きなイベントがある。

 あたしたちのノーベル賞、更に永原先生を記念して、小谷学園に「篠原夫妻記念棟」が作られることになった。

 ここは、学生向け、あるいは一般向け、あるいは在校生向けの資料館ということで、永原先生が所持している家宝や、あたしたちの学生時代の歩みなどを展示することになっている。

 記念棟の前には、あたしたち篠原夫妻と永原先生の銅像が建立されることになった。

 永原先生は今も小谷学園で現役教師をしているし、あたしたちもこうして蓬莱カンパニーの経営者として健在ではあるものの、そのあまりに大きな功績から、小谷学園もそれをアピールしたい狙いがあった。

 まあ、テニスコートの前には恵美ちゃんの銅像が既にあったし、銅像だけの恵美ちゃんと比べれば、あたしたちはすごく恵まれてるわよね。

 

 ともあれ、今年も忘年会が無事に終わってよかったわ。


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