永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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林間学校初日 出発

  ピピピピッピピピピッ……

 

 目覚まし時計の音とともに、朝起きる。

 布団から起きてクローゼットを開ける。中に制服が目に入る。

 ……違うそうじゃない。今日は林間学校だった。

 

 

 起きてまずパジャマを脱ぐ、汗をたっぷり吸った下着を脱ぐ。そしてタオルで汗を拭く。最初は裸になるだけでも恥ずかしかったが、今では身体が軽くなるような、ちょっとした開放感も感じるようになった。

 すっぽんぽんの状況からまず今日の下着を選ぶ。今日は何となく薄いピンクにしたい気分だ。

 

 すっかり手慣れた手つきでブラジャーとパンツを穿く、そして初日の服装。

 初日は移動が主になる予定なので、おしゃれしていきたい。石山優子として私服姿をみんなに見せるのは、桂子ちゃんと龍香ちゃんに赤い巻きスカート姿を見せたのを例外に、みんな初めてだ。私服の第一印象は大事になる。

 ……とは言え、山に行くわけだし風も強くなる可能性があるからミニはやめておきたい。

 

 箪笥を開けると、膝下15センチくらいの黒のワンピースのロングスカートが目に入った。

 セーラー服のようなデザインでワンピースの胸元から肩にかけての部分のみが白いデザインになっているが、その胸元にも黄色い花型のリボンがあしらわれている。

 今日は初めての実行委員、初めて女の子として集団での林間学校、緊張感がいつも以上なので、落ち着いた感じの印象を与えたい。

 ……よし、これにしよう。

 

 背中のファスナーを閉めるのにやや苦労するも、着ることが出来た。

 日差し対策のための帽子は、まだ被らなくていいだろう。鞄の中にしまう。

 

 そして、いつも頭につけているちんまりした白いリボンが目に入る。我ながらとても気に入っていて、真っ黒な私の髪に映える小さくてきれいなリボンだ。同じリボンが3つあるのでそれも鞄に入れる。

 

 でも今回はいつもの小さな白リボンとは別のリボンを付ける。今日付けるリボンは、黒く前頭部を覆うくらいの大きなリボンだ。

 

 洗面所に行き髪を梳(と)かす。サラサラとストレートなロングヘアーが美しくなる。

 

 身だしなみチェックのため、鏡で自分の姿を見る。

 やっぱりすごい可愛くて、すごい美人だと思う。特に今日は黒の服と黒いロングヘアー、そして前頭部にある黒いリボンがうまくマッチングしてる。

 

 胸元だけは白く、まっくろくろではない。また胸も強調する感じになって露出度こそ低いが、思春期男子はイチコロ間違い無しと心の中で自画自賛する。

 実際この服は、着るには人を選ぶ服だとは思うけど、私に似合わない服は我が家には無い。

 

 実行委員に選ばれたので、本来の集合時間の10分前に永原先生と一旦合流することになっている。

 いつもより少し早く、リビングに出る。

 

「おはよー」

 

「優子おはよー、まあ可愛いわね」

 

「ありがとう」

 

「ご飯できてるわよ。椅子にかけて待ってて」

 

「うん」

 

 母さんがいつものように出迎えてくれる。こんな日でも、朝ごはんはいつも通り昨日の残りとご飯の組み合わせだ。

 

「優子、今日から林間学校か?」

 

「うんそうだよ」

 

 親父が話しかけてくる。

 

「いつ帰ってくるんだ?」

 

「3日後の7月22日」

 

「おおそうか。実行委員なんだって? 頑張れよ」

 

 無言で頷く。母さんがご飯を出してくれたのでそれを食べる。

 

 

「朝食終わったら歯磨きをしなさい」

 

「はーい、分かってるよ母さん!」

 

 洗面所に行き、歯を磨く。

 口を濯いでもう一度オシャレを確認する。

 

「……よし完璧!」

 

 そろそろ時間なので、鞄を持ち上げ、肩にかけ玄関に向かう。

 

「いってきまーす!」

 

「はーいいってらっしゃーい! 鍵閉めておくからそのまま行っちゃってー」

 

 母さんの声が聞こえ、ドアを開けてそのまま駅に向かう。

 改札口を通り、駅のホームへ。

 

 周囲の視線をいつも以上に感じる。男性の視線、胸元への視線。

 今日はいつも以上に、男の本能を刺激していることを自覚する。

 

「間もなく、電車が参ります」

 

 アナウンスとともに電車が到着し、いつもより少し空いた電車に乗る。

 

 

「あっ!」

 

 席が一箇所空いているので座らせてもらう。荷物は網棚の上に置く。

 

 そして数分後、学校への最寄り駅に間もなく到着する放送が流れる。

 

「よいしょっと」

 

 席を立ち、荷物を取り出し、もう一度肩にかけて電車を降りる。

 今日は体力的な問題もあるので、エレベーターを使って跨線橋へ行く。そして改札を出て通学路へ。

 

 

 私服姿はまだまばら。実行委員だけではなく、単に早く来た子もいるだろう。

 他の生徒は校庭前に止まっている各バスの前に集合するけど、私達実行委員は一旦校舎の下駄箱前に集合することになっていた。

 

 バスを尻目に学校の正門をくぐり、下駄箱の前に行く。

 いつも私達が履いている所に行くと、見慣れた顔が見えてきた。

 

「おはよー篠原くーん!」

 

 制服じゃないので一瞬分からなかったが、顔を見てわかった。

 これから林間学校で一緒に実行委員をする篠原浩介くんだ。

 

「お、おはよう……」

 

 また顔をそらしている。罪悪感だとしてもそろそろ長い。

 以前考えた可能性、自意識過剰だと思って一旦捨てた可能性だけど、試してみる価値がありそうだ。

 

「どうしたの? 顔そらしちゃって?」

 

「そ、その?」

 

「……ねえ篠原くん、私のことちゃんと見て!」

 

「え!? で、でも……」

 

「ねえ、私なにかおかしい?」

 

「そ、そんなこと無いけど……」

 

「じゃあどうして見てくれないの?」

 

 少しだけ演技して涙声を作る。

 

「わっわっ、分かったよ!」

 

 篠原くんがゆっくりこっちを見てくる。

 篠原くんがどうしていつまでも顔をそらし続けるのか、この『実験』で判明してくれればいいけど……

 

「ねえ……」

 

「何?」

 

「篠原くん……あたしのこの服、似合ってる?」

 

 私は両手を広げて少しスカートをつまんで広げ、腰を動かして篠原くんによく服が見えるようにする。

 

「う、うん……すごく……可愛いと思う」

 

「うん、ありがとう。篠原くんにそう言ってもらえると嬉しいな!」

 

 自然と笑みが溢れる。

 

「あっ、ここ、こっちこそありがとう……」

 

 篠原くんはまた顔をそらそうとするけど慌てて向き直る。

 やっぱり、あの球技大会から何かおかしいと思ってたけど……でも、もしそうだとしても、私の方はまだ準備ができてない。

 女の子になろうと、女の子らしくしようと努力しない日はなかったけど、それでも16年も男をやっていて、女になってまだ2ヶ月ちょっと。

 確かに女の子になって60日以上は経ってるから表面上はだいぶ慣れたし、オシャレに気を使うことも出来るようになったけど、深い所や本能、深層心理ではまだまだ女の子になりきれてない。

 男の子を好きになるというのは、確かに女の子としては自然なことだけど、TS病患者にとっては、女の子になりきるための一番の難関の一つだ。

 だから、もしそうだとしても、篠原くんにはもう少し時間の猶予を待って欲しい。そう思う。

 

 実際、永原先生の言葉に拠れば、「これとばかりは本人の頑張りもそうだけど、時間の経過と解決も必要」とのことだ。

 

 

「今日は実行委員よろしくね!」

 

「あ、ああ……」

 

 話しかけてもすぐに会話が途切れてしまう。

 今はそっとしておいた方がいいかもしれない。ここは一旦引くのがいいと判断する。

 もし、実行委員の仕事で支障が出そうなら、その時には押すことにしよう。

 

「お待たせー!」

 

 微妙に気まずい雰囲気になったが、それもすぐに永原先生の掛け声で打ち消された。

 

「篠原君、石山さん、今日はよろしくお願いします!」

 

「はい、永原先生よろしくお願いします」

 

「それじゃあバスの方に移動するわよ。今のところ、欠席の連絡が入った子は居ないから人数を計算してね」

 

「分かった」

 

「分かりました」

 

 バスの方へ移動する。バスの中には3人の生徒が居てお喋りをしているのが見える。

 私は外で待機し、篠原くんと永原先生が誰なのかを確認する。

 

「えっと、木ノ本さんと、河瀬さん、それと志賀さんだったわ」

 

「座席の方は?」

 

「ちゃんと指定を守ってたわよ」

 

「分かりました」

 

 あたしは鞄からサブバッグを取り出す。更にそこから筆記用具とノート、実行委員用のパンフレットを取り出し桂子ちゃん、龍香ちゃん、さくらちゃんの席に鉛筆でチェックを入れる。

 

 

「おはよう!」

 

「あ、田村さんおはようございます」

 

「お? 優子の私服、可愛いなあ!」

 

「えへへっ、朝選んだんだー」

 

「すげえなあ……」

 

 続いてやってきたのは恵美ちゃんだ。篠原くんが付き添い、座席通りに座っているか確認、座ったことを確認したら私がチェックを入れる。

 

 集合時間が近付くに連れ、加速度的に人の数も増える。10人、20人、25人。中には私の私服を褒めたり、リボンがある胸をじっと凝視している男子もいる。そんな中で、永原先生と篠原くんが慌ただしく動く。

 

 

「安曇川さんが来たわよ。これで全員ね」

 

 2年2組32人が揃った。

 

「すみません、私が最後でしたか」

 

 虎姫ちゃんが申し訳無さそうな顔をしている。

 

「あ、いや、まだ時間オーバーしてないからOKよ」

 

「そう……」

 

 そして、私と篠原くんと永原先生が最後にバスに入る。ふと横を見ると添乗員さんと運転士さんが私達の荷物を格納庫に運んでいた。

 篠原くんが所定の席に座る。バスは4列シートで一番後ろは添乗員の席で、私は一番後ろから2番目の右窓側で永原先生の隣だ。近くには桂子ちゃん、龍香ちゃん、さくらちゃんがいる。

 改めて他の女子の私服を見る限り、スカート姿そのものが少なく、中でも私みたいにお洒落してたのは桂子ちゃんと龍香ちゃんくらいだった。

 

 

「皆さん、シートベルトを締めて下さーい。いいですか? 絶対外さないで下さい!」

 

 安全のためということだろう。永原先生が注意喚起をする。

 

「よし、全員締めたわね」

 

 永原先生がシートベルトを確認する。

 

「出発まで時間がありますので先生からもう一つ。いいですか? もし危ないと思ったら頭を前に抱えて頭を下げて屈んで下さい」

 

 そんな機会あるだろうか?

 でも用心するのに越したことはない。

 

「それじゃあ、出発まで残り僅かですのでそのまま待って下さいね」

 

 

 しばらくすると、荷物を運び終わった運転士さんがバスに乗る。続いて添乗員さんが続く。

 バスのドアが閉まる音がし、添乗員さんがマイクを取る。

 

「皆様、発車いたします。おつかまり下さい」

 

 手すりにつかまった添乗員さんの言葉とともに、バスが発車する。林間学校の始まりだ。

 添乗員さんは若い男性だ。最近では男性の添乗員も珍しくないのだろうか?

 

「えー、今日から4日間、林間学校で皆様と一緒に添乗員を勤めさせていただきます野洲康平(やすこうへい)と言います。よろしくお願いいたします」

 

「「「よろしくお願いしまーす!」」」

 

 クラスのみんながそれぞれ挨拶をする。

 

「えーみなさんがこれから向かう先はですね――」

 

 続いて、添乗員さんがこれから向かう先、あるいは途中のサービスエリアの見どころなどについて紹介している。

 バスはいつもの通学路を抜ける。車道で通学路を走るのは、去年もそうだったが新鮮だ。他の学年とは方向が全く違うため、駅付近で一斉に別れ、私達のバスの梯団は4台になる。

 

「石山さん、このあたりは来たことある?」

 

「……ううん、ない」

 

 私は首を横に振る。

 

「そう、実はここのあたりにあるそば屋さんのラーメンが美味しいのよ」

 

「え!? そば屋なのにラーメンが美味しいんですか?」

 

「そうなのよ、一番人気みたいよ……」

 

「もうそば屋さんの看板下ろしたらいいのに……」

 

「いやそれがね……ギャップが人気なのよギャップが」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 永原先生が話しかけてきた。そう言えば龍香ちゃんのデートも私が「ギャップが大事」って言ってたっけ?

 人間って案外絶対評価することが苦手なんだなあってつくづく思う。

 

「ねえねえ永原先生!」

 

「はいなんですか?」

 

 今度は桂子ちゃんが永原先生に声をかけてきた。

 

「関ヶ原の戦いってどんな感じだったの?」

 

「……私が最初に見た時は、石田治部殿の西軍が優位だと思ったわ。徳川内府殿の東軍は数も少なく見えましたし、何より西軍に山から包囲されてるようにも見えましたから」

 

 確か、南宮山だったっけ?

 

「ところが、肝心の南宮山の毛利宰相殿の軍と松尾山の小早川中納言殿が全く動かないのよ。とにかく私たち見物客は不信に思ったわね……その後、何刻経ったかは覚えてないけど、突然松尾山が騒がしくなったのを覚えてるわ」

 

「小早川秀秋が裏切ったと」

 

「え……ええ。小早川殿が山を降りたから、いよいよ本格決戦と思ったのに……いきなり刑部殿の陣を攻めるから、みんな目が点になったわ」

 

「永原先生、刑部殿っていうのは?」

 

 私が聞く。

 

「ああ、大谷刑部殿のことよ。現代だと口を覆っているデザインで書かれるかしら?」

 

 うーん、戦国武将は詳しくないからよく分からない。

 

「最初こそ小早川隊も山へ押し返されてたけど、多勢に無勢。西軍はあっという間に総崩れになったわ」

 

「だけど、大方ケリが付いたと思った最後の方で、少し東軍が動揺してたわね。後で調べてわかったんだけど……どうやら島津殿の軍だったみたいね」

 

「……これが私の見た関ヶ原よ。その後はまた諸国を放浪したけど、関東にいることが多かったわね。特に江戸に幕府が開かれると分かってからは、江戸に住むことを決めたわ。実際に住めるようになったのは大坂の陣の後だったけど」

 

 永原先生のことを話していると、バスが急に登る感覚を受けた。

 ふと前を見てると高速道路に入ったことがわかった。

 

 高速道路に入ると、添乗員さんが「ビデオを見せる」としてバスについているテレビの機械を取り出した。

 私達が生まれる前に公開された古い映画で、時間も少々長いが、空前の大ヒットになった豪華客船の映画だそうだ。

 

 途中のサービスエリアでの休憩中は中断するが、ちょうど映画の時間で高速道路の時間を潰せるとのこと。

 永原先生や添乗員さんに拠れば「少し懐かしい映画」とのことだ。

 私も名前だけは知っていたけど、見たことはないから、少し見てみようと思う。

 

 

 さて、道中順調に進み、まだ何か大きな事件が発生したというよりは、小さな出来事があったという所で最初のサービスエリアで15分間のトイレ休憩が行われることになった。

 バス付近でたむろする生徒が半分、残りの半分がトイレに行くという感じになっていた。

 予定ではこの2時間後にもう一つのサービスエリアで昼食ということになっている。

 

 私は何の気なしにサービスエリアの建物に入り、無料の水とお茶を飲んでいた。

 バスに戻ろうとして交通情報が目に入る。

 

「あっ!」

 

 私達の目的地までの間の道路が真っ赤になっていて、先頭部分に赤い☓印がある。

 これは明らかにこの先事故で渋滞していることを意味している。

 

「石山さん、どうしたの?」

 

 永原先生が通りかかってきた。やっぱりこの服は目立つみたいだ。

 

「この先事故渋滞があるみたいなの!」

 

「……分かったわ、私の方で伝えてくる」

 

 そう言うと永原先生は急いで駆けていった。

 私も、この先の長丁場を考え女子トイレに急ぐ。それと同時に、おそらく私の渋滞情報を聞きつけたのか、いくらかの男女がトイレに向かっていくのが見えた。あれに巻き込まれないように、やや小走りで女子トイレに入る。

 

 女子トイレの中で考える。

 

 毎度のことだがここのサービスエリアでもうちの生徒と思われる男子を含め、男性の視線を釘付けにしていることだ。

 

 お土産店の店員さんがじーっと私の胸を見ていたのを見て、オスの本能に逆らうことの困難性を改めて思い知った。

 メスの本能がどういうものなのかはまだ分からないけど、私もいつかメスの本能を自覚できる時が来ると信じたい。

 

 バスへ戻ると永原先生に「帰って来てない人がいないか確認してくれる?」と言われた。

 

 篠原くんも近くにいたので、永原先生と合わせて3人で確認する。

 私は真ん中の3分の1に当たる3列12人を担当する。

 

「あ、シートベルト絞めてください」

 

「す、すみません……」

 

 高月くんがシートベルトを着用していないのを発見し、注意する。

 素直に聞いてくれて何よりだ。

 

「篠原くん、そっちは大丈夫?」

 

「OKー!」

 

「石山さーん、こっちも大丈夫!」

 

 永原先生と篠原くんがそれぞれ呼応し、一番手前を担当していた永原先生が、運転士にその旨を伝える。

 

「2号車全員帰還しています」

 

 無線からよくわからない声が聞こえる。

 私は急いで自席に戻りシートベルトを着用する。

 バスのエンジンの音が聞こえ、次の目的地に出発するようだ。


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