永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「――Dr.Yuko Shinohara」
淡々とした声で、あたしの名前が呼ばれた。
あたしに対する紹介はとても長くなっていた。
あたしの紹介は、「篠原優子は2000年に元々は男性として生まれた。17歳になる少し前に、TS病として倒れ女性として生まれ変わった。それ以降、彼女の人生が変わった。彼女の学校の先生も同じ病気であり、また早くから同じTS病患者を支援する活動を開始した。あどけなささえ残る幼い少女のような容姿だが、彼女はもう老いることはない。彼女の学校の先生は、クリスチャン2世の時代から生きている。TS病は老化がなくなるため、当時の恋人、今の旦那である篠原浩介博士との死に別れを回避するために、蓬莱教授との研究に協力し、そこで不老を司る仕組みの最後のピースを当てはめた。彼女の研究によって、不老の仕組みは解明され、それが実用化された。夫ともども、身をもって不老というものを思い知らせてくれる存在」というものだった。
どうやら、スウェーデンを始め欧米ではあたしのノーベル賞が特に注目されていたらしいわね。
後、何気に永原先生の注目度も高いらしいわね。
「んっ……」
あたしは、全てが終わり、恐る恐るという感じで立ち上がる。
うー、たかが立ち上がるだけでこんなに緊張するなんて。
会場中の視線があたしに注がれる中、意を決して立ち上がると、一旦椅子の方に身体を向け、持っていた熊さんのぬいぐるみを椅子に置いて座らせてあげる。
「待っててね。あたし、ちょっと重要なことしてくるから」
お人形さんに目線を合わせ、小さな声でそう呟く。
会場が少しだけざわつく。
あたしにはそれが何を意味しているかは分からないけど、困惑の声であることは間違いない。
あたしは、お人形さんから視線をそらして立ち上がると、右足を軸に体とくるりと一回転させる。
そうすることで、黒く長い髪がサラサラと宙を舞い、足元では膝も見えない程度に、スカートがほんの少しだけ舞い上がる。国王陛下に背を向ける状況から脱しあたしの視界には、さっきとは比べ物にならないくらいの威厳を持ったスウェーデン国王が立っていた。
国王陛下を待たせるわけにはいかないという気持ちと、あんなに威圧感のある場所に本当に行けるのかという、相反した感情があたしの中で張り巡らせていく。
浩介くんや、他のノーベル賞受賞者の様子を、傍から見ただけでは決して分からないその様子に、あたしもたじろいでしまう。
「ふー」
足を一歩踏み出しただけで、心臓の鼓動が更に上がっていく。
普段は「アウトロー」を自認していて、「王様だの関係ない」何て思っている人でさえ、いや、普段そういう風に思っている人ほど、いざこの場を目にしたら、恐怖で足がすくんでしまうこと間違いなしだ。
国王陛下は、確かに温厚で親しみやすく、庶民的なおじいさんと評判な人だ。
だけど、普段そうだからこそ、この場で放つ威厳はよりいっそう強くなっているのよね。
これまであたしは、5年前から自国の総理大臣と対面し、そして話し合って政治を動かしたことさえあった。
でもそんな経験は、スウェーデン国王というあまりにも大きな存在の前では、何の意味もない。
どれだけの資産を持っていても、どれだけの名誉を持っていても、どれだけの実績を積み重ねても、絶対に越えることのできない権威がそこにあった。
外国人、それも遠い異国の日本人であるあたしでさえ、こうして国王陛下が放つ無意識の威圧に圧倒されそうになる。
もちろん、スウェーデン人のノーベル賞受賞者もいるわけで、そんな人がここに立ったら卒倒するんじゃないかとさえ思えてくる。
「大丈夫、大丈夫」
あたしは自分にそう言い聞かせながら、一歩一歩、少しずつ前に進んでいく。
あたしが歩みを進める度に、人々の話し声は小さくなり、すぐに会場が不気味なほど静まり返る。
近付くにつれて徐々に大きくなっていく国王陛下は、優しく温厚そうな表情で、少女を待っている。
「ふー」
息をゆっくり吐き、更に近付いていく。
うー、お人形さん持ってくれば良かったかしら?
トントン……
あたしの足音だけが、広い会場に鳴り響いている。会場のみんなも、あたしの様子を固唾を呑んで見守っている。
でも、近付けばやがていつかは近くに来る。
あたしは、いつの間にか国王陛下のすぐそばまで来ていた。
すると、国王陛下がにこやかな表情で、懐から小切手を渡してくれた。
「Tanks your Majesty. 」
あたしは、無意識にほぼ近い感覚で、その言葉を口にした。
国王陛下は笑って頷くと、小切手の次に、あたしに賞状を渡してくれる。あたしはそれを、ドレスの中のポケットに丁寧にしまう。
そして、国王陛下が持っていたメダルの1つを持って、あたしの首にかけてくれる。
あたしは、心持ち頭を斜め前に下げる。
他の男性陣と違い、あたしは胸が大きいので、メダル本体が空中に浮かんでいるようになっている。
パチパチパチパチパチ!!!
会場が割れんばかりの拍手に包まれた。
「You're a choosen one.(あなたは選ばれた人です)」
あたしは驚いた。今度は国王陛下の方から、あたしに話しかけてきたのだった。
国王陛下は、あたしの顔をまっすぐに見つめていた。
「I am a Nobel prize laureate.(ノーベル賞ですから)」
国王陛下のおっしゃりたいことはそういう意味ではないと分かっていながらも、反射的にその言葉が出てしまった。
案の定、国王陛下は静かに首を優しく横に振った。
「You changed world. Not only science. You changed social, political, thought, economy, life, culture, and other things.(あなたは世界を変えたんです。それは決して科学だけではありません。社会、政治、思想、経済、生活、文化……他にも様々なことを、あなたは変えました)」
国王陛下は、まるで小さな孫に教える祖父のように、ゆっくりとした英語であたしに話しかけてくれる。
優しい声だけれども、あたしは内心ではとても緊張してしまっている。
「If 10 years ago, you were not perfect trans sexual syndrome, people trapped aging lifespan prison. Forever.(もし、10年前にあなたがあそこで完全性転換症候群にならなかったら、人々は老化寿命という名前の牢獄に閉じ込められていたでしょう。永遠に)」
それは、国王陛下からあたしへの最大の誉め言葉だった。
あたしは、これに異論がある。
だけど、反論する勇気が出てこない。でも、しなければいけない。
「すーっ。ふー」
あたしが一旦深呼吸する。
会場も、次のあたしの一言を待っているみたいだわ。
うん、国王陛下に言わなきゃ。
「I don't think so.If I doesn't join no aging research, Dr. Horai will discovery no aging too. Of course, more delayed than historical fact.(あたしはそうは思いません。もしあたしが研究に参加しなくても、蓬莱教授は不老を発見していたと思います。もちろん、史実よりは遅くなるでしょうが)」
あたしのその反論に、会場もややざわついた。
国王陛下も、まさか反論されるとは思っていなかったらしく、一瞬だけ、これまで見せなかった動揺の表情を見せてくれた。
しかし国王陛下はあたしに向き直ると、すぐににこやかな表情に戻して、あたしに再反論をする姿勢を見せてくれた。
「If, It's delay 1 years, you saved hundred million people, if 10 years, it is 1 billion people. You are qualified as a sufficient condition of Nobel prize.(もしそれで遅れたのが1年なら、あなたは1億人の人々を救ったことになるし、10年ならば、それは10億人ということになる。あなたは、ノーベル賞に値するには十分な資格を持っているよ)」
「...」
国王陛下の再反論は、もっともなものだった。
あたしがした貢献、いつかは解決できるとしても、それを早めただけでも多くの命を救ったと。
そして蓬莱の薬の重大さを考えれば、それだけでもノーベル賞に値するほどの偉業だと。
「You're a Nobel prize laureate. It is nothing to exclude you from Stockholm.(あなたはノーベル賞だ。あなたをストックホルムから排除するものは何もない)」
結局、浩介くんがノーベル賞になったのも、あたしと同じ理由だったんだと思う。
この研究は、「あまりにも偉大」であり、例え「従」の立場が明確でも、貢献をしただけでノーベル賞に値すること。
蓬莱教授が、「特例で10人くらいにあげるべきだ」と言ったのを、今になって深く理解できた。
まさか、自分の教官の蓬莱教授ではなく、専門外のはずの国王陛下に教わるとは思わなかったわ。
「I understand.(分かりました)」
だから、あたしはこう答えるしかなかった。
「I want to present a sentence. Please read sentence written in your medal.(あなたに是非送りたい文があります。メダルにある文をもう一度読み返してください)」
確か、意味は蓬莱教授が教えてくれたっけ?
あの時は、「まさしく俺にぴったりの言葉だろう?」って笑ってたけど、もう一度見直してみようかしら?
ともあれ、あたしと国王陛下の対面もそろそろ終わりそうね。
「Oh ! I forgot shake hands!(おっと、握手するのを忘れてた!)」
ワハハハハハ
あたしが身体を翻そうとしたのとほぼ同時に、国王陛下が突然、「握手するのを忘れていた」と言って手を出すと、今まで緊張が張り詰めていた会場が一気に盛り上がって笑いに包まれた。
あたしもそのことを忘れていて、あたしは、国王陛下の手を取って確かにがっしりと握手した。
「Congratulation, forever little girl. Your youth is forever, your honor too. (おめでとう、永遠の少女よ。あなたの若さが永遠であると共に、あなたの栄誉も永遠です)」
「Thanks your Majesty. Today's memory is forever too. (ありがとうございます陛下、今日のことも、永遠でしょう)」
「Yes.(ええ)」
パチパチパチパチパチ!
国王陛下と共に最後の会話をすると、会場から拍手が沸き起こる。
不思議なものだわ。
椅子から立って、まだ2分も経っていない。
国王陛下の元に行くまでは、あそこに行くのがあんなに大変だったのに、今は椅子に戻ることが惜しいとさえ思えてくる。
でも、まだ文学賞の人と、経済学賞の人が残っている。
あたしは名残惜しい気持ちを抑え、さっきよりもゆっくりとしたスピードで、体をくるりと回転させ、熊さんのぬいぐるみが置いてある椅子を目指す。
さっきとは逆の理由で、まるでさっきとは反比例するように歩く速度が上がっていく。
椅子の手前まで来たら熊さんのぬいぐるみを持ち、ゆっくりと体を回転させて椅子に座った。
その瞬間、あたしは、押さえ込んでいたものがすべて流れ込んだような感覚を受けた。
「あー、終わったー」
ぜえーっと息を思いっきり吐き出す。
「──Mr.──」
もちろん式典は続いていて、今は文学賞受賞者の紹介をやっている。
しかし、さっきまでの受賞者と同じく、あまりにも精神疲労が激しくて、いまいちあたしは集中しきれなかった。
自分の首に掲げられたそのメダルを持ち、眺めてみる。
そこには、あの時に見たのと同じ、「ALFR NOBEL」という文字と、生没年が書かれたローマ数字、そしてノーベルの横顔だった。
メダルを裏返すと、そこには1組の男女が描かれていて、女性が男性の肩に寄りかかりつつも、男性は女性の方を見ずに、お椀らしきもので上から流れてくる水を収集している。
これは、病気の少女のために水を汲む医者の姿を表している。
あの時ガラス越しにしか見えなかったメダルが、今目の前に、しかも蓬莱教授のメダルではなく、あたしのメダルとしてある。
そして、メダルの縁の部分に書かれている文字、「INVENTAS・VITAM・IUVAT・EXCOLUISSE・PER・ARTES」……確か、「見いだされた技術を通じて、人々の生活を高めたことが喜びとなる」という意味だったわね。
あたしの隣りに座っていた文学賞の受賞者が立ち上がる。一番注目されていたあたしたちが終わったためか、あたしたちと比べるとかなりリラックスした様子だった。
まあ、今年のノーベル賞の注目度はあたしたちに注目が集中していたし、心理的にも楽なのかもしれないわね。
「Congratulation.」
「Thanks your Majesty.」
いつものやり取りをしながら、文学賞の受賞者が賞金の小切手と賞状、そしてメダルを受け取りながらリラックスした表情で戻った。うーん、もしかしたらこの人がメンタル強いだけなのかしら?
最後に、経済学賞の受賞者で、これはちょっと特殊で、狭義には「ノーベル賞」には含まれないらしく、「ノーベル経済学賞」という名前も厳密には誤りとなっている。
それはノーベルの遺言になかった賞というのもあるし、賞金も「ノーベル財団」とは別の組織が出しているらしい。
とはいえ、ノーベル博物館にも受賞者が称えられていたし、事実上ノーベル賞の分野という扱いを受けている。
経済学賞の受賞者たちも、あたしたちと同じように賞金の小切手と賞状、そしてノーベル賞のメダルを受け取る。
うーん、あたしから見ると、経済学賞がノーベル賞に含まれないとも思えないのよね。
「Congratulation.」
「Thanks your Majesty. 」
パチパチパチパチパチ!!!
最後の受賞者がメダルを受け取り終わる。これで全ての予定が終了した。
すると、国王陛下が元の席に戻る。
オーケストラが荘厳な音楽を流しながら、「授与がすべて終了した」ことを伝えてくれる。
何だかんだで1人1人の紹介や、ノーベル財団などの紹介や演説などで、相応の時間が経っていると思う。
まず王族の方々が、次に財団や研究期間の関係者、次に過去の受賞者たちが、それぞれ椅子から立ち上がって、拍手の元に去っていく。
そして最後に、あたしたち受賞者が退場する。
あたしたちには、更に大きな拍手が向けられた。
蓬莱教授とあたしが、その中でも特に目立っていた。
蓬莱教授が立ち上がり、歩く度にメダルが「チンチン」と軽く接触する音が聞こえてくる。
だけど、会場の視線を見るに、蓬莱教授以上に目立っていたのがあたしだった。
あたしはノーベル賞のメダルを持ちながら、同時に熊さんのぬいぐるみを持っている。
大人を越えた大人、それこそよっぽどに偉大な学者でもない限り手に入れることのできないノーベル賞のメダルと、幼い女の子が遊ぶ熊さんのぬいぐるみを同時に持つ少女。
見た目は、日本人からでも、その巨大な胸がなければ幼く見えるだろうというくらいで、ましてや今ここにいるスウェーデン人から見たら、それこそ小学生に見えても不思議じゃない。
もちろん欧米人の基準でも、あたしの胸は超がつくであろう巨乳に分類されるけど、それでも顔の幼さを考えれば、まさに少女、「Little girl」にしか見えなかった。
その老けない小さな少女が、ノーベル賞、それも科学3部門のノーベル賞を取ってしまった。
入場する時は右手に持っていた熊さんのぬいぐるみを、今度は左手に持って退場する。
オーケストラの演奏が終わる頃には、あたしたちは会場の外に出ていた。
夢のような授賞式は終わりを告げた。
でもまだ、これで終わりではない。むしろ、始まったばかりだった。