永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「それで、優子さんたち。俺と一緒に北海道に出張に行って欲しい」
蓬莱教授からそんな指令が下ったのは、高月くんと久々に再会した翌日のことだった。
あたしはまだ、高月くんの言葉が頭に残っていたけど、今はとにかく北海道に作るサブ工場の視察をしないといけない。
ここから北海道に行くには2通りの方法がある1つ目は羽田空港から新千歳空港に行くルートで、大抵はそれを選択する。
もう1つ目が北海道新幹線を使い新函館北斗駅から在来線に乗り換える方法で、こちらについては5年後に札幌開業が行われる予定になっているので、今はあまりメジャーではない。
主に鉄道好きなどが使うルートになっている。
で、今回あたしたちが使うのも前者のルートで、羽田空港から新千歳空港まで飛行機に乗り、更に新千歳空港から目的地を目指すというもの。
単純にこちらの方が格段に速いということで、今回は空路を使うことになった。
「行ってきまーす」
「気をつけてね2人とも」
「分かってるって」
お義母さんに見送られて、あたしと浩介くんは出張のために羽田空港を目指す。
と言っても、今回も蓬莱教授と先頭車両で合流して、その後電車を幾つか乗り継いで羽田空港を目指すことになる。
羽田空港まではリムジンバスのルート、自家用車のルート、京急空港線のルート、そして東京モノレール羽田空港線のルートがあるけど、あたしたちは京急空港線ルートを選択した。
あたしたちはいつもの待ち合わせのために列車のホームを見た。
「あれ? 優子ちゃん」
「うん」
あたしたちは違和感に気付いた。
蓬莱教授と共にいたのは永原先生だった。
「あれ? 永原先生どうして?」
本来なら、あたしたち3人で行く予定だったのに。
「あーうん、私も一応相談役だし、工場には何度か来させてもらったんだけど、北海道に行くのは久しぶりだから、ちょっと、ね」
どうやら、出張という名目で北海道にも行ってみたかったらしいわね。
……まあいいわ。
あたしたちは、電車を乗り継いで京急蒲田駅から空港線へと乗り込んだ。
永原先生曰く、この「京急蒲田駅」というのがかなりの曲者らしいんだけど、あたしにはよく分からないわね。
「搭乗手続き、確認番号のメモは持ったよな?」
「もちろんよ」
朝にこの家を出る前にも、もちろん確認したわ。
飛行機乗れなくなったら大変だし。
「それにしても、相変わらずここ羽田は外国人が多いな」
蓬莱教授がそう話すように、あちこちで外国語が聞こえてくる。
東京駅から名古屋駅までのリニアの開業を来年に控え、羽田空港を離陸する伊丹空港行きの航空便は、採算が取れないとしてほぼ全てなくなる予定になっている。
10年ほど前から羽田空港の再国際化が進んだけど、あたしたちが子供の頃はほぼ国内線のみの空港で有名だった。
あたしたちはまず、予約の確認を行うため、チェックインカウンターへと向かう。
「えっと、あたしたちはこっちだから……」
あたしたちが予約した会社はもちろんLCCという安いものではない。
割引運賃は使うけど、あたしたちだって一応それなりに有名で世間に与える影響力の大きな会社の役員たちなので、ビジネスマンらしく「ビジネスクラス」を使うことになっている。
「このチェックインカウンターは自動チェックイン機だな。有人のカウンターもあるけど、外国人が多いみたいだ」
「ええ、そうみたいね」
一方で、自動チェックイン機は日本人のお客さんも多く、列が捌けるのも意外と速い。
それでも、それなりに並んではいるので、やはり1時間前に来ておいてよかったわね。
あたしが代表して、4人分の航空券を受け取る。
えっと、この番号を読み込んで……よしっ!
あたしは、無事に飛行機の搭乗券を手に入れ、次に向かうのは手荷物カウンターへと向かう。
「そう言えば、飛行機にのるのも何年ぶりかしら?」
永原先生は、あまり乗ったことがないらしい。
「うーん、あたしも記憶に無いわね」
優子になってからはもちろん飛行機の経験はないし、優一時代だって、家族で遠い所に旅行するというのも、あまり多くなかった。
総じて、あたしが飛行機に乗るのはこの26年の人生で初めてということになる。
「俺は……家族で一度だけ沖縄に行ったことがあったかな?」
浩介くんが思い出すように言う。
「俺は学会なんかでしょっちゅうだな。だが人生で一番心が踊ったのはノーベル賞を貰った時のストックホルムに行く時の飛行機だな。途中で一回乗り継ぎが必要だったけど。あの時は、さすがにワクワクしたもんだ」
蓬莱教授にとって、最初のノーベル賞の受賞研究は「脇道の研究」だった。
でも、おそらく次にストックホルムに行く時は、きっと蓬莱教授にとってあの時以上に素晴らしい旅になるわね。
「ストックホルムかあ……スウェーデンはともかく、ノーベル賞というのは魅力があるよな」
浩介くんも、「俺には無縁だ」という感じで、意識して他人事のように話す。
あたしたちは色々と考えたが、やはり蓬莱教授の単独受賞になると思った。
ノーベル賞は一応貢献度での配分があるけど、最小でも4分の1で、どう贔屓目に見てもあたしたちの発見が蓬莱教授の4分の1もあるとは思えなかったもの。
「だろう? だが今回の研究、果たしてそんな陳腐な賞で収まるものなのかな?」
蓬莱教授もあえて挑発的な物言いをする。
確かにその通り。でも、ノーベル賞を選出する機関がどう出るかはまだ分からないわね。
「まあいいわ。早く手荷物検査しましょう」
永原先生にそう詰め寄られ、手荷物カウンターに預け、あたしたちは次に貴金属の検査を受ける。
もちろん同性の検査官で、あたしたち夫婦も安心ね。
「ふう、ここで待つのね」
今回は手荷物しかないので、あたしたちは荷物が出てくるのを待つ。
荷物は案外すぐに出てきたので、あたしたちは出発ロビーに進んでいよいよ飛行機の中に入る。
搭乗口から案内に従ってタラップの階段を登るといよいよ機内に入った。
「これは『ボーイング777-300ER』かあ……あーこれももういい加減旧式だな。どうせなら797に乗りたかったんだが、致し方あるまい」
蓬莱教授が少しだけ嫌そうな顔をする。
そう言えば、優一時代に「最新モデル登場、787ドリームライナー」何てニュースでやってたし、今は797も登場しているものね。
「ああいや、同じ777でも世代によって違うんだよ。もっと新しい777もあるよ」
あたしたちの顔を見たのか蓬莱教授が慌てた様子で付け加えてくる。
そうこうしている間に機体前方にあるあたしたちの座席を見つけたので、あたしたちはゆっくりと座り落ち着くことになった。
ビジネスクラスに4人で一列に座ることになり、あたしと浩介くんはもちろん隣同士。
ちなみに、あたしたち4人で一列全てが埋まるというわけではなく、向こう半分は別のお客さんが使う。
「例えば737型機なんて、俺が生まれる前からあるけど、未だに改良を重ねて今でも運用、開発中さ。あーでもそろそろ737も限界とも言われてるな」
あたしも、ボーイング737くらいは聞いたことがある。
あれも古いのと新しいので全く別物になっているらしい。
いずれにしても、この飛行機がやや古めの飛行機であることは分かったわ。
「ともあれ、『安全のしおり』だけはきちんと確認して、シートベルトを締めるんだぞ」
蓬莱教授が念を押すような感じで言う。
「分かってるわよ」
あたしたちも、飛行機事故の検証番組を見たことがあるから分かる。
ここは機体前方の方だけど、万が一、いや億が一のこともあるからきちんと対策をしないといけないわね。
あたしたちに続いて、お客さんが続々と入ってくる。
ビジネスクラスは比較的座席が広くてゆったりとしている。
「当機の機長です。間もなく離陸いたします、シートベルトを必ずお締めください」
機長の男性の声が聞こえ、エンジンの音が僅かに聞こえ始める。
「お、動き出した」
飛行機が誘導路をゆっくりと進み、そのまま滑走路へと入る。
エンジンの音がますます大きくなり、一気に加速していく。
おそらく強い向かい風が吹いているのよね。
それからは一気だった。
機首が上がった上で飛行機は簡単に浮かび上がり窓の向こうからは東京の街が見えてくる。
あたしたちが住む、この街がどんどんと小さくなっていく。
昔プロポーズした観覧車よりも、室堂よりも、大観峰よりも、富士山よりも、あるいはエベレストよりも高い場所へ、飛行機は進んでいく。
やがて雲に阻まれて窓から地上を見るのも難しくなっていく。
座席の前のテレビでニュース番組をやっているみたいなので、それに合わせることにした。
しばらくすると前方のシートベルトランプが消灯したが、あたしたちは気にせずそのままシートベルトを付けておいた。
「この感覚も久しぶりだな。だが今後北海道に出張する際には、飛行機も何度も使うことになるだろうな」
「ええ、そうでしょうね」
とは言え、北海道工場の責任者にも、新たに別の取締役を充てる予定になっている。
その人はあたしたち研究所の先輩で、今は別の医療系企業で働いている人を迎え入れることになっている。
彼もまた、かなり蓬莱教授に心酔していた人だったらしいので、まず問題ないだろうとのことだった。
「あーただ、北海道新幹線が開業したら、台風シーズンや冬場なんかはそっちを使った方がいいだろうな。空の便は、欠航になりやすいが、新幹線は悪天候にとても強いんだ。時間がかかっても、選ぶメリットはある」
蓬莱教授が静かにそう言う。
「それに、今回の工場の予定地を考えても、札幌ですぐ乗り換えられるから、搭乗手続きの煩雑さがなくて済むのよ」
永原先生は、やはり鉄道を推すみたいだわ。
飛行機の外のエンジン音は、思ったより大分静かで、かなり機内は快適になっている。
とは言え、それでも時折僅かに揺れるみたいで、これらはどうしても気流の乱れなどもあって致し方ないらしい。
「飛行機、これも私にとっては登場した時には信じられないものだったわ。今でも覚えているわよ。『アメリカのウィルバー・ライトとオービル・ライトの兄弟が飛行機で空を飛んだ』ってニュースはね」
ライト兄弟は伝記にもなっている人物で、自転車屋さんを本業としつつ、人類で初めて空を飛ぶことを実現させた兄弟でもある。
「あの日は、鉄道が開通したときほどではなかったけれど、それはもう驚いたわよ。比良さんも、余呉さんも驚いたって言ってたわ。戦乱の時代から鳥は空を飛べるが、私達には無理なことが常識だったもの」
今こうして飛行機というものを使って、大きな飛行機なら何百人もの人間が2人の操縦士によって空をとぶことが出来ると考えると、ライト兄弟の時代でさえ、そんなことは考えられなかったはずだわ。
永原先生の508年の人生は江戸時代まででその7割近くを占めている。
でも、残りの3割は、急速に世の中が変わっていき、時間の進み方さえ遅く感じてしまっているという。
あたしが女の子になったのは16歳の終わりの頃で、来年女の子10週年を迎えると考えれば、永原先生における明治以降の人生の濃さが分かるわね。
「ああ、テクノロジーは大きく変わったさ、人類は宇宙にさえ行けるし、いや……この技術を日本中に浸透させ、日本人は100年後までに月や火星、金星への移住を実現させねばな」
蓬莱教授が改めて決意を込めて言う。
そう、今から行くのもそんな希望と未来を作り出す工場だから。
極めて事故率の低い飛行機は、とても安全に日本列島を北上していった。
津軽海峡を越えて、函館から更に北へ行き、そして高度を下げ始めた。
「ご搭乗の皆様、当機の機長です。本機は間もなく着陸いたします。シートベルトを締めて、着陸に備えてください」
機長さんのアナウンスと共に、あたしたちも足元の手荷物をまとめ、ゆったりと座る。
離陸時と同じように、機首がやや引き上がる形で少しだけ下から押し上げられるような感覚を受け、そのまま減速し、一旦停止すると、飛行機はゆっくりとした速度で誘導路へと向かっていった。
「さ、飛行機が完全に止まったら、俺達も出るぞ」
「はい」
あたしたちは蓬莱教授の誘導のもと、他の乗客たちに紛れ込んで、飛行機の外へと出た。
ビジネスクラスなので、出るのは比較的早く出られた。
何だかあたしたち、ちょっと視線を感じるけど、まあ気のせいよね。
「よし、ここが新千歳空港だ」
一瞬、ここがもう北海道だというのがあたしには信じられなかった。
だって、離陸してからまだ、2時間も経っていないのに、もう北の大地に到着してしまったんだもの。
でも確かに、ここが北海道だということはあたしにも分かる。
「新千歳空港駅から乗車券は買っているか?」
「はい」
今回は、新千歳空港駅から快速列車に乗って、札幌駅で旭川方面へと乗り換えることになっている。
工場の建設を予定しているのは、特急列車こそ止まらないが駅前にはそれなりの人もいる駅に決まっている。
あたしたちは空港のすぐ近くに隣接している駅に入ると、「快速エアポート」と書かれた電車に乗り込んだ。
アナウンスは男性の声で、「小樽行き」であることを案内している。
札幌、小樽、あたしでも知っている、北海道の有名な地名だ。
「京浜急行と同じで、これも空港連絡列車よ。鉄道と飛行機は競合しつつもこうして協調もするのよ」
永原先生が、柔らかくそう話してくれた。
快速列車は南千歳駅を発車し、そのまま北上していく。
この辺は札幌近郊圏とあってか、人の数も比較的多い。
列車内も、あたしたちと同じように飛行機から乗り継いだお客さんで占められていたが、途中の駅で乗り換える人も多かった。
そしてどんどん、あたしたちが普段住んでいるような、大都市の雰囲気を醸し出してきた。
「間もなく、札幌です」
アナウンスの声が示す通り、ここが北海道最大の都市、札幌ということになる。
札幌駅は比較的大きな駅で、ホームの数も多い。ラーメン屋さんにでも寄りたいけど、今は我慢して乗り換える。
……市役所の人が、ご飯をもてなしてくれるそうなので。
札幌駅の案内に沿って、今度は旭川方面の普通列車に乗り換える。
それにしても、北海道とあって、あたしたちの住んでいる首都圏と比べると大分涼しいわね。
「工場の最寄り駅と市役所の最寄り駅が違うから、注意してね」
「うん、分かっているわ」
市役所から帰りの電車の乗車券はまだ買っていない。
普通列車はさっきとは違ってオールロングシートの雰囲気で、扉にはボタンが付いていてそれを押してドアを開閉するタイプだった。
「そう言えば、さっきの快速列車もだけど、防寒対策が凄いわね」
関東の列車と比べると、そういった設備が充実している代わりに、スペースの効率は悪そうに見えた。
これも、北海道という土地柄、そうなのかもしれないわね。
「そりゃあそうよ、北海道の冬は本州以南とは格が違うのよ、格が」
永原先生が自慢げにそう話す。
おそらく、永原先生も以前、教師の仕事で北海道に来たことがあったのかもしれないわね。
「そ、そうなんだ……」
各駅停車は、比較的短い駅間で進んでいく。
途中の白石駅まではさっきの道を引き返すわけだけど、これは分岐駅を通過する故に、仕方ないことだった。
永原先生によれば、「こういうのは『分岐駅通過の特例』で運賃には含まれないのよ、ただし途中下車はダメよ」とのことだった。
「間もなく――」
「さ、つくぞ。準備してくれ」
「「はい」」
あたしたちは、蓬莱教授の誘導のもと、駅を降りて市役所へ向かう準備をする。
さて、今回の市長さんは誰かしら?