永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
矢のように早い時が過ぎていき、季節は既に7月になっていた。
日本時間の明日には、いよいよ最初にドイツで国民投票が行われることになっている。
あたしたちはそんな中でも、変わらず実験を続けた。
「さて、いよいよ明日だな」
蓬莱教授も、さすがに緊張の色を隠せない。
もちろん、この国民投票は、EUでの今後を占う重要な試金石になる。
永原先生は相変わらず、「拒絶するならするで、『手駒』として扱えばいい」と言っていた。
まあ、それは極端にしても、何らかの手を打つ必要性はあるだろう。
世論調査は蓬莱の薬の支持率はEU諸国としては低めで62%になっている。
これは十分にひっくり返り得る数字でもあるから、注意する必要性があるだろう。
特に宗教の強い国には要注意だ。
日本で大騒ぎし、「国際反蓬莱連合」を作り上げた例の牧師の足取りは、依然掴めていない。地下に潜っていると言っても油断をしてはいけない。
どちらにしても、あたしたちに出来るのは実験と、後は協会と蓬莱教授の間を取り持つことくらいだけど、政府との交渉でも最近は調整もできてきてあたしたちの役割も相対的に低下しているのは否めないのよね。
まあ、蓬莱教授も永原先生も物分りいい人だものね。
「ねえ優子ちゃん、ここなんだけど」
「ああうん、ここはね──」
あたしは、浩介くんと一緒に、課題の実験をし続けている。
ともかく、するべきことをしないと、不老の薬への道筋はたたないわ。
蓬莱教授は、あたしたちが大学院に入ってからは、本格的に蓬莱の薬についての研究の詳細を述べてくれるようになった。
あたしは、γ型の発見において、ぼんやりとだけど発見のための道筋が見つかりつつある。
それは、蓬莱教授がおそらく想定してないことだと思う。
だけど、まだ断言は出来ない。何より実験さえしていない仮説な上に、もしかしたら蓬莱教授も気付いていて単純に「順番待ち」なだけかもしれないから。
そこで、あたしは大学院のするべきことを今年に目一杯回し、来年は既にできている論文に関係する時間を、独自研究に充てることにした。
そう言う意味でも、今年は我慢の年になるわね。
ガララララ
あたしたちが課題の研究をこなしていると、研究室に、宣伝部の人が入ってくる。
「失礼します」
「お、ご苦労。それで、首尾は?」
蓬莱教授が出迎えてくれる。
おそらく、今ドイツで開かれている「蓬莱の薬に対する国民投票」についてのことだわ。
「現在開票速報をしています。現地メディアの見方では、蓬莱の薬賛成派が66%の得票を得て可決とのことです」
宣伝部の人から聞こえてきたのは、世論調査よりも高い調査結果だった。
「ふーむ。うん、それはよかった」
蓬莱教授が落ち着いた様子で、しかし内心ではとてもホッとした様子で一言述べた。
それを合図に、研究室でも安堵のため息が流れた。
「しかし、安心はできません。今後フランス、スペイン、イタリアなどの国民投票、更にはEUに所属していないイギリスがどう出るかが、不透明です。また、ロシアや他のアジア諸国、第三世界の動向も気になります」
宣伝部の人はその専門分野柄か警戒心を解いてはいけないとしている。
もちろんそれはあたしたちもそれは分かっている。
「うむ、ともあれ、まずはEUだ。アメリカ、日本、EUを手中に納めれば、我ら蓬莱の薬は必ず、全世界に成就するはずだ」
蓬莱教授は、ゆっくりと落ち着いた表情で話す。
日本政府が、蓬莱の薬による経済効果として、「老人の不在による社会保障費の大幅圧縮」を宣伝したために、また蓬莱教授を「日本の誇り」と持ち上げるメディアの活躍もあり、日本の支持率は磐石になっている。
また、蓬莱教授が宗教に対してかなり悪い印象を持っていることは、海外には殆ど知られていないらしい。これも、プラスに働いたと思う。
そしてアメリカ世論もCIAの活躍や蓬莱教授の宣伝部の力もあって、一部の過激なキリスト教徒を除いてほぼ支持で一貫している。
日米欧を親蓬莱で固めさえすれば、後は中国程度ということにもなる。
しかし、蓬莱教授曰く、「あの国が俺の蓬莱の薬に反対するとは露ほどにも考えていない」と断言していた。
それもそのはず、あの国は秦の始皇帝の時代から「不老不死」を追い求めてきた国だからものね。
「さて、優子さんに浩介さん、今日の実験が終わったら、ちょっと来てくれないか?」
宣伝部の人が部屋から出ると、蓬莱教授から突然の依頼が来た。
「はい」
何のことかは分からないが、ともあれあたしたちも返事をしておく。
「さて、呼び出して済まなかったね」
「いえ、いいんです」
今日するべきことが全て終わり、あたしと浩介くんが、研究棟1階にある蓬莱教授の個人室に呼ばれた。
蓬莱教授が、水を出してくれる。
「さて、俺の研究だが、可能性を全てしらみつぶしに検討している最中だ。遅くても来年春までには、いい知らせが届くだろう」
蓬莱教授は、確信に満ちたように自信満々に答えてくる。
あたしとしては、まだ一ヶ所、取り違えている所もあると思うし、多分このままだとまた実験に行き詰まるとも考えている。
しかし、そうだとしてもあたしの予想が正しいとも限らないからまだしゃべれないけど。
「はい」
浩介くんも、まだ気付いていない。
いや、今回の実験のことに気付いているのは今のところあたしだけだ。
でもまずは、蓬莱教授の話から聞かないといけないわね。
「蓬莱の薬が完成した暁には、全世界に販売をしなければならない」
「ええ」
それは、蓬莱教授の基本的な方針だった。
最終的に全世界全人類の不老を目指す。それが蓬莱教授の一貫した計画になっている。
「そこで、俺たちの会社……『蓬莱カンパニー』を作ろうと思う」
そう言うと、蓬莱教授が野望に満ちた鋭い目付きになる。
「会社……つまり蓬莱の薬を販売する会社ですよね?」
「その通り。政府との協議で、蓬莱の薬の販売形態については話したよな?」
「ええ、超長期分割払いによる、インフレ考慮の特例や、死亡時の相続放棄禁止。特許の特例などですよね!」
あたしが、以前の協議のことを思い出しながら話す。
「その通り。恐らくこの蓬莱の薬は地球社会と人類史にかつてないほどの変革をもたらす。故に、蓬莱の薬を発売する企業には絶対的な安定が必要不可欠だ。そのために、私はあえてレントシーカーになったのだ」
「レントシーカー?」
おおよそ、聞きなれない横文字の単語にあたしは首を捻る。
レントをシークするってどういうことかしら?
「そう、レントシーカー。あー、つまりだ。政府に働きかけて蓬莱の薬に永遠の特許と独占を保証することで、薬によって得られる利益を独占するというものだ。発明したのは俺だし、人類の時間をこれまでの数倍数十倍あるいは数百倍以上にしてくれるものだ。これくらいの利権、当然とは思わないかね?」
あたしには、蓬莱教授が考えていた構想がよくわかった。
すなわち、蓬莱の薬による社会の大変革による不安定化による治安悪化を緩和させるためという名目で、全世界の人々があたしたちの蓬莱の薬を買うというビジネスモデルだ。
政府に対して自分たちが儲かるために法的規制を呼びかける。これがレントシーキングというものらしい。
「宇宙開発によって、人類の行動範囲が広がるようになれば、強固なビジネスモデルになるだろう。人が増える限り、この会社は繁栄を約束される」
蓬莱教授がそのように語る。
蓬莱教授の見立てでは、最初の100年は日本人のみの開放として述べ2億人、80億人の世界人口のうち、世界に開放した暁には1年あたり2億人を新規顧客として想定しているという。
随分と楽観的だとは思うけど、蓬莱教授曰く、「分割払いは最長1000年まで考えている」とのことだった。
「あれから少し考えたんだが、最初の値段として蓬莱の薬の値段は3億円を考えている。段階的に引き下げて最終的にはインフレ込みで今の価値で2000万円にしていきたい。もし1000年分割払いなら月2000円の負担にしたい」
1000年で20%とは、もはや金利と言えるかさえ分からない良心的な値段。
もちろん、1000年後のお金の価値は大分インフレしている筈で、それを込みにして値上げがなされていくのがこの契約の味噌だ。
もし、2億人が2000万円を1000年分割払いにしたとして月2000円で24000円、それが2億だと年間の売り上げは4.8兆円になる計算だ。
それどころじゃない、例えば世界開放した時に分割払いを続けている人が膨れ上がって毎年毎年売上金が4.8兆円ずつ増えていく計算になる。
1000年もかかると言うだけで、1人1人は毎月2000円しか払わなくていいという良心的な内容だが、世界人口レベルでそれをやってしまえば、とんでもないことになってしまうわね。
「そして、今後生まれてくる難病の子供のために、我が薬の『副作用』に期待する需要を見込んで『120歳の薬』も販売することにしよう。こちらはまあ、副業の特効薬程度に考えておこうか」
蓬莱教授によれば、こちらは手頃な値段で販売するという。
「さて、この『蓬莱カンパニー』だが……会社として設立するためには人材と株主を決めねばならない」
「株主……」
有限会社という制度もあるが、あたしたちが子供の頃に廃止されているし、こんな巨大な会社でそれは許されないわよね。
「もちろん、上場するかどうかの問題もある。仮に上場するにしても、乗っ取りだけは避けたいからな。そのためにも身内で相当数を固めたいと思っている。俺が株主にと考えているのは、俺たちの他には、永原先生が率いる協会だ」
蓬莱教授が利害関係を調査する。
もちろん株主としては、あたしたちも含まれる。
……上場したら配当だけでとんでもないお金になりそうだわ。
「経営者の人事についてはまだ未定だが、少なくとも俺は研究に専念したい。もしかしたら筆頭株主にはなるかもしれないが、物は言わないつもりだ」
蓬莱教授は、経営が専門ではない。
それに、お金ならば既に十分に多いということもある。
今年の蓬莱教授の資産額は21億ドルで、世界でもそれなりの地位にあるビリオネアだ。
「いずれにしても、この不老商法が実現すれば、ただでさえ虫の息の俺に対する抵抗勢力は、たちどころに力を失っていくだろうな」
蓬莱教授は、既に社会保障制度の大幅整理を政府と約束している。
これは蓬莱の薬の実現により、社会保障以外に様々な国家予算を割り当てることが出来るメリットが極めて大きいからだ。
しかし、これは事実上選択の強制でもあることに、あたしは気付いている。
「不老商法と、それに伴う社会保障制度の大撤廃……具体的には老人に対する保証を全廃することで、この世は否が応でも俺たち……この蓬莱カンパニーにひれ伏さざるを得ない社会になるというわけだ」
もし、人口の大半が蓬莱の薬を飲んだ人で埋め尽くされた将来の日本があったとする。
蓬莱の薬を飲まなければ、最初から不老であるTS病患者を除いて老いたときにその人はぼろ雑巾のように捨てられることになる。
そうならないためには、蓬莱の薬を飲むことが、唯一の回避方法になる。
そして、その人はごく僅かな金額とは言え、数百年から1000年にかけて「蓬莱カンパニー」に薬の代金を支払い続けねばならない。
更に、少しでも「蓬莱カンパニー」に逆らうものが現れれば、家族や国単位で連座させると脅しをかける。
新規参入を要求した国や集団も、制裁対象になる。
蓬莱の薬を飲むことができなくなれば、それは死刑宣告と同義である。数百年数千年の命が当たり前になれば、長くて100年の今の普通の人の人生など死刑に等しいだろう。
家族や縁者、下手すればその国の国民全員に責が及んでしまうともなれば、よほど精神が倒錯した状態でもない限り二の足を踏まざるを得ない。
そしてそれらを正当化させるため、「民間企業」という名目を持たせるためにも、政府は株主にはさせないという。
場合によっては「政府も脅されている」「逆らったら蓬莱の薬を売ってくれない」ということにして、行政さえ蓬莱カンパニーに逆らえないように「演じる」ことも想定されている。これは、行政側ももし外圧があればそういうことにしておいた方が都合がいいということで、あっさりと了承してくれた。
仮に蓬莱カンパニーに直接外圧があったとしても、「民間企業に外国政府が口を出すな」「日本国内のみ販売だから外国は関係ない。内政干渉するな」「安全性と流通を保証できない」の一点張りでしらばっくれればいい。
万が一日本政府に外圧を全力でかけたとしても、極端な話戦争になったとしても、それこそ早期に仕掛けられでもしない限り、蓬莱の薬で不老集団となった日本では旧人類では太刀打ち出来ない。
最終的に蓬莱カンパニーが脅せば、報復制裁を決意した時のリスクを考え海外政府も受け入れざるを得ないだろうと蓬莱教授は踏んでいる。
「蓬莱教授」
ここまで聞いて、あたしは話を中断させる。
「何だ?」
「永原会長も相当な世界支配構想を持っていると思いましたけど、蓬莱教授の方がよっぽどえげつないわ」
正直、永原先生の漫然とした世界征服構想何かよりも、圧倒的に用意周到だわ。
しかも政府や国ではなく私企業による実質的な世界征服というSFの世界そのものの構想なのに……本当に恐ろしいわ。
「はは、そうかもな。だがこれは国家の支配じゃない。その分永原先生よりは有情だろ? それに、有史以前からTS病患者を除くほぼ全ての人間が苦しめられてきた『老い』から解放されるんだ。この程度の特権は享受してしかるべきだろう?」
蓬莱教授は、平然とした表情でとんでもないことを話す。
国家の支配よりも企業の支配のほうが、ずっとえげつないと感じるのはあたしだけかしら?
蓬莱教授は、本格販売後に反対運動が起きた場合、本人以外に制裁対象を広げ、また密告制度により技術の流出を防ぐという。
とは言え、確かに技術防衛が必要なのはその通りで、だけど特定の国による世界秩序よりも、更にたちが悪い気もするわ。
「まあとにかく、今は構想だけだ。薬が完成し、量産体制に入らないと行けねえからな。ともあれ今日はここまでだ。今の話、頭の片隅にいれておけよ」
「「はい」」
「なあ優子ちゃん」
帰り道、浩介くんがあたしの方を向き、重い気持ちで話しかける。
「蓬莱さんがさ、6年前に水族館で言っていたことがさ。俺にはやっと分かったよ」
浩介くんが、恐怖混じりに小さく囁いてくる。
「うん」
蓬莱教授はあの時、「俺に反対する連中も、いずれ俺にひれ伏す時が来る」と言っていた。
今までは、それは単に「見返してやる」程度の意味にしか捉えてなかった。
だけど、それは間違いだった。
蓬莱教授が「ひれ伏す」というのは、文字通り「奴らは俺の被支配者になる」という意味だった。
以前から何となくその意味で言っていたことには気付いていたが、あたしは見て見ぬふりをしていた。
「永原先生がさ、戦国時代の習わしとして、『連座制』を蓬莱教授に提案した時に、蓬莱教授の『世界征服構想』は完成していたんだな」
浩介くんがやや恐怖感に包まれた表情をする。
永原先生と蓬莱教授、もしかしたら、この2人が組んだ時から世界の運命は決まっていたのかもしれない。
「ええそうね。でも、あたしたちは支配者側、そうでしょう?」
実際、蓬莱教授は「優子さんたちを大株主にさせる」とも言っていたし。
「だな」
あたしたちは、ゆっくりとした足取りで家へと帰還した。
蓬莱教授の構想は、間違いなく世界から大きな反発を受けるだろう。
そうならないための対策を、政府とも協議しなければならないだろう。