永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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小谷学園の伝説

「ねえ浩介くん」

 

「うん?」

 

 運動場につくまでの間に、あたしは浩介くんに話しかける。

 

「蓬莱の薬が普及したら、今みたいに人間が寿命で死ぬような時代も、神話になるのかしら?」

 

 それは、遠い遠い未来の話だと思うけど。

 

「ああ、そうだろうなあ」

 

 蓬莱の薬で不老になることが当たり前になった時代になれば、人間が長くても100年しか生きられない時代があったことだって信じきれないだろう。

 更に言えば、老人という存在だって、伝説になるかもしれないし、彼らが経済の足かせになっていた何てのは、もっと信じられなくなることかもしれないわね。

 そしてそんな時代を、今「寿命で死ぬことが当たり前の時代」を生きているあたしたちが、目撃できる可能性があるのが、蓬莱の薬。

 あたしが女の子になったばかりの頃、「人生100年時代」という言葉がもてはやされたが、蓬莱の薬によって瞬く間にかき消されてしまった。

 それだけではない、永原先生が生きてきた時代は、「人間50年」とさえ言われていた。まさに、今や隔世の感があるわね。

 

「なあ、まずはテニス部から行こうぜ」

 

 運動場などがある場所の前で浩介くんが呟く。

 テニスコートは、小谷学園の最奥部だ。

 

「うん」

 

 やはり、最初に気になったのは恵美ちゃんが所属していたテニス部だ。

 小谷学園のテニス部は、団体戦では地区予選を突破できない弱小だったが、個人戦では現在も世界ランキング1位を維持し続けている恵美ちゃんを擁していた。

 とはいえ、恵美ちゃんがいた部活だから、多分それなりに人気にはなってるとは思うけど……

 

「お、それなりに部員いるじゃん」

 

「う、うん」

 

 あたしたちは、あえて語らない。

 テニスコートの入り口に、テニスウェア姿でテニスをしている(おそらく等身大の)恵美ちゃんの銅像が建っていた。

 確かに、恵美ちゃんが日本人女子テニス選手として、類を見ない活躍をしているのは事実だ。

 ……でも、銅像まで建てなくていいのにと思うけど。

 

「見学の方ですか? あ、もしかして、篠原先輩ですよね!」

 

 女子部員の1人があたしに話しかけてくる。

 

「え!? うん、そうだけど」

 

 恵美ちゃんの銅像のインパクトがすごすぎて、ごまかす気力がなくなってしまった。

 

「確かに俺たち、ここの卒業生で篠原だけど」

 

「あはは、そうですよね。今この学校で、田村先輩の銅像に驚く人はいませんって。これは田村先輩の世界ランキング1位を記念して、わが小谷学園の美術部が作ったものなんですよ! あ、もちろん田村先輩に許可は取ってますよ!」

 

 やっぱり、世間一般には、小谷学園の出身有名人と言えば恵美ちゃんなのよね。

 いや、あたしだってこれだけ世間でも有名になったしそろそろ、インターネットの某百科事典に自分の項目が出来てもいい頃合いだと思うけど、それでも恵美ちゃんほどには長くならないだろうし。

 ちなみに、あたしの知人の中で、恵美ちゃんの他に項目があるのは、政府関係者を除けば、蓬莱教授と河毛教授、更に何人かの佐和山大学の教授たちに、ブライト桜の高島さん、後は協会関係者として、人類最高齢の人物として永原先生、そして永原先生の他には、比良さんと余呉さんを始め、江戸生まれの正会員たちがそれぞれ「江戸時代生まれの存命人物」という特筆性を持って、自分の項目を持っている。

 あたしも、協会の広報部長として、フェミニズムを潰したり色々してきたんだけどねえ。今後次第かしら?

 

「にしたって、銅像はやりすぎだろう」

 

 浩介くんがいかにも苦々しそうに苦言を呈する。

 

「小谷学園は昔から自由な校風と引き換えに、体育会系は徹底的に排除されてきたんですよ」

 

 小谷学園は、体育会系的なノリと物凄く相性が悪い。

 もちろん、部活はどれもあたしたちがいた時の天文部みたいなもので、恵美ちゃんがいた頃のテニス部は例外中の例外だった。

 

「今だって、田村先輩効果で入部してくる部員はそれなりにいるんですけど、学校全体を覆うゆるゆるな雰囲気のお陰で、真剣にやりたい人は近くのテニススクールに通うことになってます」

 

 女子部員さんが詳しく説明してくれる。

 つまり、恵美ちゃんが抜けて、小谷学園のテニス部は元の弱小テニス部に戻っちゃったわけね。

 

「あれ!? 篠原先輩の旦那さんって……たしか田村先輩と!」

 

 女子部員が、頭の上に電球が点ったような顔をする。

 おそらく、球技大会のことを思い出したんだと思う。

 

「え、ああ。確かに3年の球技大会の時に田村とは試合したけど」

 

「え!? やっぱり、やっぱり篠原先輩ですよ! ねえみんなー」

 

 女子部員が、部員仲間を呼びにテニスコートへと入っていく。

 

 そう、4年前の6月の小谷学園での球技大会、1ヶ月練習した浩介くんと、恐らく当時既に世界ランキング数百位レベルだった恵美ちゃんが、球技大会を5セットマッチでテニス対決したことがあった。

 浩介くん自身は当初は難色を示していたが、結果的に試合を受けることになった。ちなみに、試合を提案したのは幸子さんだった。

 

 結果を言えば、浩介くんが勝った。

 序盤は恵美ちゃんが一方的に押していたけれど、浩介くんの男という性別に任せたパワーと体力による持久戦術で、第2セットは後半に追い付かれた末にタイブレークで浩介くんがセットを取り、第3セットもほぼ浩介くんが圧倒し、最終セットに至っては浩介くんが1ゲームも与えずにベーグルで完封した試合だった。

 あの時の恵美ちゃんは、色々な意味で印象に残っていた。

 ラケットを叩き壊した所や、棄権を勧めた部員を叱りつけて、負けが決まった時にはコートの真ん中で大きな声をあげて泣いていた。

 恵美ちゃんが泣くのを見たのは、あの時が最初で最後だった。

 プロになってからは、恵美ちゃんはコートマナーがいい選手として知られている。

 

 あの後、スポーツアカデミーが、既に進路が決まっていた浩介くんをしつこく勧誘していて、あたしと別れるように仕向けようとしたのが浩介くんの怒りを買って、結構大きな騒動にもなったりしたのよね。

 

 やがて、文化祭用に活動していたテニス部員たちが全員集まってきた。

 

「篠原先輩、この田村先輩の銅像、見覚えありませんか?」

 

 女子部員が目を輝かせながら言う。

 

「見覚えって……そりゃあまあ、田村だわな」

 

 浩介くんが要領を得ない回答をする。

 

「そうじゃないですよ! 実はこの田村先輩の銅像は、4年前の球技大会で篠原先輩と対決した時のものなんですよ! 最終セットで篠原先輩のサーブを返しきれずに弾いちゃった場面です」

 

 確かに、銅像の中の恵美ちゃんは苦しそうにボールを返そうとしているわね。

 もちろん実際には、そのままラケットを弾いちゃうわけだけど。

 

「あー、あそこか。でも何でそんな場面に、もっと序盤で押してた時とかあるだろうに」

 

 浩介くんが苦々しい表情で疑問符をつける。

 うん、こんな場面じゃなくて、もっとかっこいい、例えばスマッシュを打つ場面を選んであげればよかったのに。

 

「それはですね、田村先輩たっての希望なんですよ!」

 

「「ええ!?」」

 

 あたしたちは、ほぼ同時に驚きの声をあげてしまう。

 いやだって、普通そんな場面を希望しないわよね。

 

「ほら、ここを見てください!」

 

 テニス部員が指差したのは、銅像の横にあったレリーフで、そこには、「世界的にも有名なテニスの田村恵美選手が、3年生の球技大会の時に、同じクラスの男子と試合した。序盤こそ田村選手は一方的に押していたものの、徐々に相手選手による体力勝負に押され、最終セットは一方的展開になった。この銅像は、その最終セットで疲労困憊した田村選手が相手のサーブを返そうとしてラケットごと弾いてしまう場面である」と書いてあった。

 

「本当だわ」

 

 それは紛れも無く、あのシーンを指していることは明白だった。

 

「田村先輩にとって、テニス半生を振り返った中でもっとも悔しく恥ずかしかった試合だったと言ってました」

 

 確かに、恵美ちゃんにとっては男女の力の差を思い知らされた試合でもあった。

 自分のテニス人生で努力に努力を重ね、全国でも圧倒的強さを誇っていた恵美ちゃんは、いくら力自慢でしかも女子の苦手な5セットとはいえ、1ヶ月の付け焼き刃で試合に臨んだ浩介くんに、最終セットは1ゲームも取れずに負けてしまった。

 

「どれだけ地位を重ねても、決しておごりたくないということで……ほら、この銅像、道路からも見えるんです」

 

 そういえば、そうだったわね。

 

「田村先輩は、今でもここに来るそうです。それはかつて篠原先輩に負けた試合のことを思い出し、謙虚になりたいんだと思います」

 

 恵美ちゃんは、テニスでの男女問題に殆んど口を出さない。

 そもそも、恵美ちゃんが世界ランキング1位になった頃には、あたしたち協会が、フェミニズムを壊滅させてしまった。

 恵美ちゃん自身、この試合があったからこそ「テニスで男女平等は無理」と思ったんだと思う。

 

「篠原先輩、優子先輩に聞きたいんです。男と女は、差があるんですよね?」

 

 別の女子部員が、あたしに質問してくる。

 もちろん、この質問の答えは、TS病になれば1週間もしないうちに嫌でも答えが分かる。

 

「ええ、とっても差がありますよ。特に身体能力なんて、TS病になったら、男女平等がどれだけ愚かな思想なのか、嫌でも思い知らされますから」

 

 あたしが優しく諭すように話す。

 そう、不可能なものは不可能なのよ。

 

「だから、男性にできないことを見つけるといいわ。わざわざ相手に地の利があることで、張り合わなくてもいいのよ。もちろん、女性同士で争うのはいいけどね」

 

 あたしの言葉に、女子部員たちがうなずく。

 そう、無理に男子と争う必要はない。

 勝てるわけがないんだし、余計な対立を生むしでいいことはない。

 

「ええ」

 

 女子部員たちは、あたしの話に純朴そうに頷いている。

 あたしの中で、ちょっと悪戯心が湧く。

 

「そうよ、女性の良さを活かさなきゃ。例えば、みんなも男の子にはあるけど、女の子には存在しないものは大好きでしょ!?」

 

 あたしが、露骨に浩介くんの下半身を見つめながら言う。

 すると女性部員たちが一気に赤くなる。

 

「な、何言ってるんですか!」

 

「ゆ、優子ちゃん!」

 

 浩介くんも、顔を赤くしているわね。

 

「ふふ、無理に否定しなくていいのよ。そういうのだって、立派な男女の違いよ。自分達に存在しないものに興味を惹かれるのは誰だって同じことだわ。浩介くんだって、あたしの胸が大好きなのよ」

 

「う、うん……」

 

「うー、優子ちゃん、否定はしないけど恥ずかしいって!」

 

 否定はしないのよね。

 

「さ、ここはこの辺にして、次に行きましょ」

 

「あ、ああ」

 

「ありがとうございました」

 

 時間的な都合もあるし、あたしたちは急いで最後の目的地、野球部のある野球場へと進む。

 

 野球場では、坊主頭の部員が何人もいた。

 パット見た感じでは、試合ができるかは分からないけど、それでもさくらちゃんが崩壊させた時と比べれば、大分復興が進んでいた。

 

「あ、篠原先輩ですよね!?」

 

「え、ええ」

 

 入り口にいた野球部員が声をかけてくれる。

 

「どうぞ見ていってください。練習の様子です」

 

「今部員は何人いるのかしら?」

 

 あたしが部員さんに聞いてみる。

 

「15人です」

 

 部員さんが淡々と答える。

 

「へー、じゃあ試合もできるわね」

 

「ええ、後3人増やして、紅白戦ができるようになるのが目標です」

 

 部員さんが生き生きと答える。

 練習の雰囲気も、とても和気あいあいとしていた。

 

「へー頑張ってるわね」

 

「まあ、大会は相変わらず、県大会の最初の試合で敗退してるんですけどね。以前と同じように、うちは殆んど草野球の遊びに近いですから」

 

 部員さんが苦笑いして答える。

 まあ、小谷学園は勝つために死に物狂いみたいな学校じゃないものね。

 

「ええ、それでいいのよね。ブラック部活なんて誰も望んでいないもの」

 

「何分校風が校風ですから」

 

 あたしたちが現役の頃、世間では「ブラック部活」という言葉が流行った。

 要するに非常識にきつい部活のことで、部活を苦に自殺する生徒までいたから驚きだ。

 ちなみに、この「ブラック部活」は、教員にとってもブラックな環境だったらしい。

 

 もちろん、最近はそういうのも無くなってきたけど。

 それでも、小谷学園のように自由奔放な学校は少ない。

 

「ふう、でも、野球部が復興しているみたいでよかったわ」

 

「?」

 

 あたしがそう呟くと、野球部員が頭に「?」マークを浮かべた。

 

「あーうん、あたしが3年生だった時は、9人いなかったのよこの野球部」

 

 あたしがこの事を話す時、さくらちゃんとのエピソードを思い出さずにはいられない。

 あの時は「さくらちゃんは魔性の女」と思ったけど、今思えばあたしも似たようなものだったわね。

 

「え!? そうだったんですか!?」

 

 まあ、あたしたちが卒業して、1回入れ替わってるものね。

 

「ええ、よくここまで持ち直したものよ」

 

「だなあ。18人いれば、それなりに強くはなるんじゃねーか?」

 

 もちろん、勝つために厳しい部活にしちゃったらあっという間に人が引いちゃうけどね。

 小谷学園の生徒に限ってそういうこともないだろう。

 

「はい」

 

 あたしたちは、他の運動部もざっと見ていく。

 校庭を陣取ってた陸上部もゆったりまったりとした雰囲気を全面に押し出している。

 これを見て分かったが、小谷学園は他の学校との差別化として、むしろ「弱い運動部」を売りにしているんじゃないかとさえ思えてくる。

 普通、学校のアピールでは「強い運動部」として、競争する傾向にあり、それは保護者も煽っていく。

 小谷学園はそうしたきつい運動部にならないようになっているんじゃないかと思う。

 つまりそういう運動部が欲しいなら、他の高校に行ってくれと言うことよね。

 

「ふう、優子ちゃん、どうする?」

 

 一通りざっと見終わった浩介くんが、今後のことについて相談してくる。

 

「そろそろミスコンの結果発表よ」

 

「おっといけねえ、投票しなきゃ!」

 

 浩介くんが慌てたように言う。

 

「いけない! 急がなきゃ締め切りになっちゃうわ!」

 

 あたしたちは小走りで体育館へと向かう。

 体育館のミスコンの投票は「まもなく締め切り」となっていて、駆け込みでの投票者が多く混雑していた。

 

「すみません、えっと一般2人で」

 

 生徒手帳はもちろん持ってないし、卒業して無効なのでこう答えるしかない。

 こことばかりは、潜りがバレてしまうのは致し方ないわね。

 

「はーい、篠原先輩ですね、よろしくお願いします」

 

 生徒会の人があたしたちに投票用紙を渡してくれる。

 あたしたちはそのまま、「稲枝弘子」という名前を書いて、投票箱へ入れる。

 

 投票締め切り後、しばらく開票に時間をかけ、結果発表になっている。

 

 ミスコンの結果はというと、あたしが出た時ほどではないが、それなりに接戦になった。

 とはいえ、最後の最後まで分からないというわけではなく、弘子さんの優勝は途中でほぼ確実視され、逆に準ミス争いが激しかった。

 最後の数票までもつれ込んだが、最終的に色仕掛けをした「スカートめくられヒロイン」が準ミスになった。

 生徒会長さんも美人なんだけど、やっぱりもっと露骨に男受けを狙わなきゃ勝てなかったわよね。

 

 一方で、余裕をもって優勝した弘子さんは、やや困惑しつつも満足した表情を浮かべていた。

 これで、この学校にいるTS病患者は、3人ともミスコンで優勝したわね。

 

 表彰式に参加者紹介にと、ミスコンの大まかな流れは、あたしたちが現役の頃と変わらなかった。

 

「さ、ミスコンも終わったし、先に弘子さんの所に行くわね」

 

 時間的にも、相談室の前に行けばちょうどよくなるはずだし、何分あたしがあそこに入ってったら大騒ぎは必死だわ。

 

「分かった。その方がいいだろう」

 

 あたしたちは喧騒に背を向けて校舎に戻り、ミスコンが終わったばかりの学園祭の喧騒を背景に、職員室のそばにある相談室の前へと向かう。

 そこは在学中の3年間の文化祭では行ったことのない場所で、信じられないくらいに静まり返っていた。

 まあ、教師たちも殆んど仕事に出ているし、ここに何か特別なものがあるわけでもない。

 文化祭中に流れている音楽が、どこか間抜けな印象だった。

 まあ、ミスコン終わったばかりだし、多少はね。


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