永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「んじゃ、さっきの集合場所でな」
「ええ」
男湯と女湯の分かれ道の前。
あたしは浩介くんと別れ、あたしは女湯の暖簾を潜って脱衣場へと行く。
あたしは適当な番号のロッカーを見つけて服と頭の白いリボンを全て脱ぎ、タオルを巻いて、最後にストレートロングの髪をお団子にまとめあげる。
この辺は全て温泉地帯で施設が分散しているということや、平日ということもあって、人の数はとても少なく、またお客さんの殆どは中年女性たちだったので、あたしのような若い女の子は、とても目立つ存在だ。
特に胸に関してはやはりというか何というか、おば様方の嫉妬の目線が凄まじいわね。
あたしはそんな嫉妬をエネルギーに変えつつ、まずはかけ湯を流し、洗面台に向かって一直線に歩いていく。
ちなみに、温泉は結構熱いお湯だった。
「ふう」
普段からそうだけど、あたしくらいに髪が長くなると、髪の毛を洗うのがとにかく大変だわ。
お団子ヘアーも、一時的にほどかなきゃいけない。
かといって、最初からこのままだと、かけ湯の時に、温泉が髪につく問題があるし、かけ湯なしで洗面台にに行くと、それもそれでまた急激な温度変化を受けやすい。
とは言え、あたしの中で髪を切るという選択肢はない。
何だかんだで、この黒髪のストレートロングのヘアスタイルも、5年間馴染んでいることや、何より男性から、特に浩介くんからの受けがいいもの。
男の子に好かれる嬉しさに比べれば、こんな苦労なんてことない。
そう思える女性になれて、本当に良かったわ。
「っ……!」
あたしは髪の毛の手入れを終え、もう一度髪型を整えてから、タオルを脱いで温泉の中へと入る。
やっぱりお湯は少し熱くて、あたしはゆっくりと中へ入ることにした。
「ふー」
温泉に入ることで、さっきの休憩では取れなかった疲れが取れていく。
ちなみに、温泉で疲れを癒すには、さっきみたいに一旦休んでから温泉に入るといいらしい。
ふと下を見ると、あたしの胸がお湯の上でゆらゆらと揺れているのが見えた。
おっぱいというのは脂肪の塊で、2年前に体脂肪率を測ったら30%って出ちゃったけど、間違いなくそのうちの5-10%くらいはこの胸に集中していると思う。
浩介くんにもこの体型は受けがいいし、とにかくダイエットはせずに現状維持を続けていきたいわね。
熱いお湯が、あたしの中の体を暖めてくれる。
これから先は、本格的に山岳地帯を進むことになっている。
もちろん、明日ほど高地には進まないとはいえ、服装も動きやすさ重視になってるから、ちょっと寒くなるかもしれないわね。
「ふー、んーっ」
お風呂に浸かり続けて、ちょっとのぼせぎみになったので、湯船から出て休憩する。
うーん、やっぱりおばさんたちの嫉妬の視線がすごいわ。この年であたしに嫉妬しちゃってもしょうがないと思うんだけど。まあ、女性の性だから仕方ないわね。
「露天風呂に行こうっと」
あたしは、一往復浸かったらタオルを巻き直して露天風呂へ行くことにした。
そう言えば、この共同浴場、あたしとしてはクラスメートたちと入った林間学校を除けば、幸子さんと東京を巡った時が初めてだけど、TS病になった女の子が最初に「女の子体験」として入れられるのよね。
まあ、その「女の子体験」も、幸子さんとの東京巡りが原点にはなってるけど。
今のあたしはもちろん平気だけど、案外女の子になったばかりの患者さんも、この高そうなハードルを拒否する人はいない。
体験プログラムの手法は、女の子になったばかりの患者に対して、興味を誘って女性専用スペースに入れて、最後には女湯にも入らせて退路を断つという、悪い言い方をすれば麻薬商法まがいのやり方でもある。
あたし自身がそうだったように、カリキュラムさえ受けてないレベルでの女の子になったばかりの時は、精神はバリバリ男だったりする。
そんな折りに、「体が女だから、女湯に合法的に入れる。せっかく女になったんだから、一回くらいは入ってみたら?」何て呟かれたら、そりゃあエロのことばかり考えている男の思考回路で拒否するわけがないものね。
もちろん、女湯にも「理想と現実のギャップ」というものがあるわけだけれど、一度入ってしまえば、「女湯に入ってしまった以上、もう男には戻れない」と言ってしまえる訳で、実際このプログラムを受けた患者さんは実利面でも「女性は得なんだ」と思わせる側面もあるから、この体験プログラムを導入したことで自殺率が減るのも納得だわ。
あたしは、もう一度身体を温め直し終わったので、満を持して露天風呂への扉を開く。
「うっ……」
やはり、露天風呂へは温度変化が体に響く。
男の頃はこの温度変化もほどよく気持ちよかったと思ったんだけどねえ。
やっぱり冷えに弱くなるのは女の子の特徴よね。
「ありがとうございます」
あたしは後ろにいた女性のためにドアを開けたままにしておき、引き継いだら露天風呂へと入る。
「温かいわー」
あー気持ちいいわー。
よく耳を済ませてみると、60代くらいのおばちゃんたちが笑いながら雑談している音に混じって、温泉のお湯の音や、小鳥のさえずり声も聞こえてくる。
のどかな温泉街の、ささやかな温泉はとても素敵な存在だった。
露天風呂から出たらもう一度大浴場でゆっくり暖まり、あたしも気分よく温泉を出ることが出来た。
もう一度着ていた服を着直して、うん完成だわ。
あたしは、脱衣場にあった串で髪をほぐしていると、心なしか顔が笑顔になっているのに気づいた。
何だか、浩介くんと結婚してから、ますます笑顔が増えた気がするわ。
女の子は、恋をするとかわいくなるというのはひしひしと痛感するけど、冷めない恋を続けていれば、こうやって笑顔になるのも当然なのかな?
温泉にマッサージ、更に浩介くんとの夜の生活、浩介くんと結婚してからは、気持ちいい思いをすることも増えたものね。
「お、優子ちゃん」
集合場所に行くと、浩介くんがあたしを待っていてくれた。
「あなたお待たせ、待った?」
「えっと……4分13秒ほど」
浩介くんが時計のある方向を見ながら言う。
「あはは……」
いつになく細かい浩介くんに、あたしも思わず笑みが浮かんでしまう。
いつもはこういうことがないので、ノリで遊んでいるだけだと分かる。
「じゃあ、食事処に行こうか」
「おう」
あたしはくるりと体を回転させ、お食事処に行く。
あれ? 浩介くん、横に並ばないわね。
「どうしたの浩介くん? いつもは横に並ぶのに」
「おっとごめん」
あたしの声を聞いた浩介くんが慌てて横へと並んでくる。
うーん、別のことに気を取られていたのかしら? まあいいわ。
「で、どれにする?」
「うーん、せっかく山の中だし、山菜そばにするか」
「じゃああたしは、たぬきそばで」
券売機には並ばずに買えたので、あたしは受付で食券を渡す。
「で、浩介くん、どうして横に並ばなかったのかしら?」
あたしは、大体は想像つくけど、意地悪して浩介くんに問い詰めることにする。
「えっとその、優子ちゃんの服、お尻にぴったりフィットしててその……」
つまりあたしのお尻に見とれてたということね。
「浩介くん相変わらず性のことばかり考えているのね」
あたしがちょっとだけにこりと笑顔で浩介くんを詰問する。
浩介くんはあたしの無言の圧力に、ちょっとだけ冷や汗をかいている。
「だって、優子ちゃんだし」
「ふふ、しょうがないわね。あたしもそんな浩介くんが好きだから、蓬莱の薬を完成させようね」
ここで拒絶反応を見せるのが、女性がやりがちな大きなミス。
あたしは男として生きてきたこともあるので、浩介くんの愛情が性欲に結び付くことにも理解を示すことができる。
「あ、ああ……」
今の浩介くんは、普通の人の8分の1程度とはいえ、老化をしている。
はじめて蓬莱の薬を飲んだのが大学1年の時で、以前の薬の性能も合わせれば、そろそろ高校卒業時から1歳歳を取った外見年齢になっていると思う。
「お待たせいたしました、山菜そばとたぬきそばのお客様ー!」
「あ、あなた」
「おう」
呼ばれた声を聞いて、あたしたちはほぼ同時に席を立ち、そばを受け取った。
そばの味は悪くはなかったけど、特段よいというわけではない。
まあ、ここはあくまで共同浴場であって、専門料理店ではないのでそこまでの贅沢は言ってはいけないわね。
「ふー、食った食ったー。優子ちゃん、食べながら聞いてくれるか?」
「うん」
浩介くんがいつものように先に食べ終わり、あたしに話しかけてくる。
「これから乗る『黒部峡谷鉄道本線』何だけど、結構危険なトンネルを通るから、身を乗り出したりとか絶対にしないでくれ」
「もー、子供じゃないのよ」
浩介くんの釈迦に説法な話に、あたしも苦笑いしながら答える。
まあ、確かにTS病のあたしにとっては寿命に直結する重要なことではあるけどね。
「ああ、うん。分かってるとは思うけど、元々は電力会社の作業員のための列車なんだ」
「そうなの?」
あたしは、そばを食べながら浩介くんと会話する。
「ああ、言うなれば、工事建設現場の鉄道に便乗しているようなものだ。今は観光鉄道にもなってるけれど、便乗が始まったばかりの頃には、『生命の保証はできません』って切符に書いてあったぐらいなんだぜ」
浩介くんが、驚くべき情報を教えてくれる。
「ふえー、そんなに危険なの!?」
そうともなると、乗るのはちょっとためらわれるわね。
「もちろん、今は改善されているから、安全性は増しているし、事故もないから大丈夫だよ」
浩介くんが、安心させるように言う。
まあ、確かに時刻表にも出てるし、旅番組とかにも取材されるって聞いてるから、安心して乗れるとは思うけどね。
「う、うん」
とは言え、やはり気を付けておいて損はないわね。
温泉施設を出たあたしたちは、黒部峡谷鉄道本線の宇奈月駅を目指して歩く。
富山地方鉄道線との接続もあって、空いた時間になっている。
富山地方鉄道線の宇奈月温泉駅とは、少しだけ離れているみたいね。
「すいません、往復2名お願いします」
「はい」
浩介くんが窓口の人に言われた通りの値段を支払う。
結構、というよりも、物凄く高い。
観光鉄道な上に、電力会社のための鉄道が本業だから当たり前と言えば当たり前だけど。
「観光地と安全の維持のためには、お金が必要なんだろうね」
「ええそうね」
あたしたちが高校生の頃までは、値上げとか高価と言うとネガティブなイメージが強かったけど、今の時代ではサービスの対価としての価格転移は、かなり受け入れられている。
更に政府の方針として、蓬莱の薬の実現により、不老人間が増えれば、社会保障費の大幅圧縮による大減税が実現される上に、今まで支払ってきた年金も大部分が帰ってくる予定になっていることが公表されている。
人間とは現金なもので、こうした不老における実利的メリットが報道されるにつれ、今や世論調査では圧倒的に不老社会に賛成になっているし、特に若い世代では97%が不老社会の到来に賛成となっている。
さて、しばらく待合室で待っていると、向こう側からトロッコ列車がやって来た。よく見ると窓のない吹き抜けになっていて、なるほど浩介くんが言ってたのも頷けるわね。
これに乗るわけね。
「宇奈月、宇奈月です」
放送と共に、欅平からのお客さんが降りていき、入れ替わりで、あたしと他のお客さんが入る。
ちなみに、あたしたちは普通客車を選んでいて、中には簡素な椅子があった。
「結構固いわね」
座り心地は、木の椅子という感じだわ。
「まあそんなもんだろ」
そして編成の一番前には、オレンジ色の独特の機関車も見える。
心なしか、車体も少し小さいイメージだ。
「この鉄道路線は、一般の鉄道よりも線路幅が小さいらしいな」
「そうなの?」
「ああ、永原先生のメモに書いてあった」
浩介くんがメモ帳を開き、あたしに見せてくれる。
客車の他にオレンジの車両が2両繋がれていて、それが機関車らしい。
「ふむふむ、途中は川沿いに多くのダムが見えて風光明媚らしいな」
川でダム、電力会社、つまり水力発電かしら?
「もしかして電力会社って言うのは?」
「ああ、水力発電らしい。冬は営業していなくて、近くにある徒歩用のトンネルを歩くそうだ」
浩介くんが、メモ帳を見ながら、左側を向く。
確かに、この山の中、しかも日本海側ともなれば、冬の大雪は容易に想像ができるものね。
とは言え、電力会社にとってみれば、冬にも発電所の作業員は必要なので、鉄道が止まっていたら、歩くしかないと言うわけね。
「黒部ダムから宇奈月まで、多くの水力発電所が軒を連ねているんだ。この列車は欅平までだけど、そこから先も黒部ダムまで鉄道があって、そこは電力会社の専用らしいな」
「ふむふむ」
そんなことを話している間にも、多くの人が乗ってくる。
大半は定年退職して悠々自適の生活を送っている老人や、休暇を取ったと思われる外国人観光客たちだが、ごくたまに夏休み中と思われる大学生と思しき姿もある。
そして、辺り一面はあっという間にうるさい声で包まれていく。
「蓬莱の薬ができたら、こんな光景もなくなるのかね」
浩介くんがポットつぶやく。
「そうでしょうね」
そうなると、観光業界にとっては平日と休日でお客さんの差が激しくなっちゃうリスクがあるわね。
それを補ってあまりあるメリットがあまりにも大きすぎて目立たないだけで、当然蓬莱の薬にもデメリットはあるのよね。
「欅平行きです。まもなく発車いたします。おつかまりください」
しばらく時間が経つと、女性の放送が聞こえてきた。でも車掌さんなのかな? 口調はそんな感じじゃないわね。
ガッタン
そして小さな衝撃と共に、列車がゆっくりと動き出した。
さて、永原先生が薦める黒部峡谷鉄道線、一体どんな感じなのかしら?