永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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クリスマスから2022年へ

 2021年12月24日、あたしたちは結婚して3回目のクリスマスを迎えることになった。

 

 政府間協議は、日程の調整が難航し、ついに4ヶ月後、つまり2022年の3月まで延期された。

 その代わり、その間は多忙なことも少なくなって、あたしたちは再び休息を得ることが出来た。

 あたしが担当した2人の患者さんもすくすく育っていて、この前歩美さんが、平均よりやや遅いながらも最終試験に合格してくれた。

 かつては自分についていたもので本心から興奮できるというのは、なかなか難しい問題でもある。

 歩美さんによれば、「それ以前から男性の下半身をじっと見つめてしまう癖があった。女の子ならそうなるのは自然なんだってことを知ることが出来て嬉しかった」と言っていた。

 もちろん、「それはとってもいい傾向だわ」と、あたしは言っておいた。

 ただし、今後の注意点としては、「彼氏の前で他の男性の下半身は絶対に見ないように」とは警告しておいた。

 それに対して歩美さんは、「善処します」と自信なさげに答えていた。

 うん、気持ちは分かるわ。男性の下についてるのは、乙女にとっては何よりも大好物だものね。それを我慢するのが難しいのは分かるわ。

 でも、好きな人のが一番大好物になれるってことも、覚えておきたいわね。あたしも、浩介くんのが一番の大好物だし。

 

 

 2021年も終りを迎え、今年もクリスマスの季節が訪れた。

 数年前まではクリスマスといえば天皇誕生日と近くて慌ただしかったけど、今は天皇誕生日が2月23日に変更されている。

 

「浩介くん、プレゼント、何買うの?」

 

 大学からの帰り道、あたしは浩介くんとクリスマスプレゼントの話題をする。

 

「ふふ、今年はお楽しみにとっておいてよ」

 

「う、うん」

 

 今年は、大学の帰りに浩介くんと別行動を取って、クリスマスプレゼントを買おうということになった。

 あたしたちは普段の帰り道とは逆の電車を使い、実家の最寄り駅も通りながら、区役所の最寄り駅へと到着する。

 

「じゃあ、プレゼント、いいもの持ってきてよな」

 

「うん」

 

 あたしは駅前で浩介くんと反対方向に進む。

 一旦浩介くんとはここでお別れになる。

 ……さて、どうしようかしら?

 

 あたしは毎年冬に着ていた浩介くんのコートが気になっていた。

 というのも、冬場の浩介くんのコートは高校の頃から同じものを使っていたからだ。

 

「よし、コートにしよう」

 

 少し考えた末、あたしは浩介くんに新しいコートをプレゼントしてあげることにした。

 あたしは、早速街中にあるデパートの中に入っていく。

 

「ここも変わらないわね」

 

 商店街を発展的解消する形で誕生したこのデパートはあたしにとっては特別な愛着がある場所だった。

 

 エスカレーターを登って行き、目的の階を通り過ぎて、あたしは古着屋さんと古本屋さんのフロアに到着してしまった。

 もちろん、中古品じゃプレゼントには不適格だけど、理由もなくここに足を入れてしまった。

 

「休憩所……」

 

 そう、ここはあたしが女の子になってまだ1週間も経ってない時に、ミニスカートで男時代の本と古着を売った所。

 そしてあの時は母さんに尾行されて――

 

「あら? 優子じゃないの!」

 

「え!? か、母さん!」

 

 突然声をかけられてあたしが振り向くと、そこには母さんがいた。

 母さんはあたしが家を出たあの日と殆ど変わらない……いやむしろ若返っている印象さえ受ける。

 あたしももう21歳だけど、あたしにとって実年齢は人生経験の年数程度の意味しか持たない。

 厳密には違うんだろうけど、そう考えてしまう理由としては永原先生や比良さん、余呉さんのような人と長くいたからだと思う。

 

「どうしてここにいるの? 優子、クリスマスプレゼントに中古品はダメでしょう?」

 

 母さんがちょっと不思議そうな目つきであたしを見つめてくる。

 

「うん、ちょっと懐かしくなっちゃって、ね」

 

 ここには、女の子になったばかりの頃の思い出以外にも、桂子ちゃんたちと女の子3人で初めて遊んだ思い出や、浩介くんと恋人として初めてデートした思い出や、卒業式が終わって浩介くんと婚姻届を出した後に初めて寄っていった思い出などもある。

 

「あーそうよね。あの時の優子は今の優子とは違う、荒削りなりのかわいさがあったわね。ふふっ、おしおきのしがいもあったわねー」

 

 母さんは懐かしそうに言う。

 

「もう、思い出したら恥ずかしいよー」

 

 あたしの恥じらいが他の女の子よりも強いのも、間違いなくあの時の影響だと思う。

 

「ふふっ、相変わらずでよかったわ」

 

 でも、そんなあたしを見て、母さんも安心してくれた。

 あたしとしても母さんが健在なのは嬉しいわ。

 あたしが実家に帰る機会は、あまりないけど、母さんからは何も言われない。

 むしろ母さんとしても、頻繁に実家に帰ることはあまり良くないことと判断しているのかもしれないわね。

 

「ところで、母さんはどうしてここに?」

 

「ちょっと本を買いにね。優子も結婚して老後のことを本格的に考えなきゃいけないのよ」

 

 母さんは古本屋さんで買ったと思しき本をビニール袋から吊り下げていた。

 ここからでは、母さんが何を買ったかまでは分からない。

 

「それでここにいたのね」

 

「ふふ、熟年になってもお父さんをちゃんと繋ぎ止めないといけないからね」

 

 母さんが、魔女のような笑みを浮かべる。

 それは、男の人には分からないかもしれないけど、まさに獲物を狙うような仕草で……父さん大丈夫かしら?

 

「そう……」

 

「優子は浩介くんへのプレゼントでしょ?」

 

 もちろん、それ以外にはあり得ない。

 

「う、うん……」

 

「母さんも手伝ってあげるわ」

 

 まあ、せっかくこんな所で偶然会えたものね。

 厚意は素直に受け取っておこう。

 

「ありがとう」

 

「それで、優子は何を考えているの?」

 

 もちろん、プレゼントは新しいコートにすることは決まっている。

 

「うんとね、浩介くんのコートが高校の頃から同じものを使ってたから、冬らしくコートをプレゼントしたいわ」

 

「いいわね。じゃあ早速行きましょう」

 

 母さんも、あたしのプレゼントチョイスには満足してくれたみたいだわ。

 

「はい」

 

 あたしは母さんの誘導で、メンズ服のコーナーにやってきた。

 女の子になってからは、ここに足を踏み入れたことは殆どなくて、遠い昔の記憶になりつつあった。

 

「浩介くんのサイズは把握しているかしら?」

 

「もちろんよ」

 

 洗濯の時に浩介くんの服を担当することもあるからね。

 サイズは嫌でも気になって覚えてしまったわ。

 

「ふふ、どこで覚えたの?」

 

 母さんが怪しげな目つきで聞いてくる。

 

「えっとその……お洗濯の時に――」

 

「ふふ、母さんと同じね。私もお父さんの服のサイズはそうやって覚えたのよ」

 

 あたしが恐る恐る答えると母さんが「私も同じ」と明かしてくれる。

 

「あ、あはは……」

 

「ふふ、やっぱり優子は色っぽくなったわね。ところで優子、まだ妊娠してないみたいだけど」

 

 そして、母さんと言えば当然その話題も出る。

 

「あの、本当に子供はちょっと――」

 

「あらどうして?」

 

 あたしが慌ただしく応えると、母さんが首を傾げながら聞いてくる。

 

「あたしと浩介くんの成績からも大学院への進学も濃厚になっているし、それに今は政府関係者との交渉の席にも呼ばれていて忙しいのよ」

 

 とにかく、浩介くんとの寿命問題の解決が先決だというのがあたしたちの考え方。

 もう蓬莱の薬の効き目のないおばあさんのことまで、正直手が回らないのが実情だわ。

 

「そう言えば、官房副長官と会ったんだって?」

 

 母さんが物凄く驚いたようにしている。

 

「あーうん、実はもっとすごい人とも会ったことがあるんだけど――」

 

「へえ! どんな人と!?」

 

 あたしたちと政府との関係については、あたしの方からではなく、お義母さんを通して話が通されている。

 どうやら、お義母さんは総理大臣とあったことまで話してないらしいわね。

 

「ああうん、実は今度の3月に蓬莱教授と永原会長とあたしたちのいつものメンバーに内閣が総出で出てくるってことになったのよ」

 

 あたしは他の人に聞かれていないか警戒しながら話す。

 

「へえー、優子も出世したわね」

 

 母さんも当然TS病患者の両親として、報道関係はそれなりにチェックしているから、「政府が蓬莱教授の支援を検討している」という所までは、間違いなく知っているはず。

 だけど実際にはすでに支援は確定していて、来る蓬莱の薬の完成を見越した国造りが話し合われていて、あたしと浩介くんも、会議に参加するという形である程度は意見を出し、総理大臣に採用されることもある。

 そう言う意味では、今のあたしたちは国会議員並みかそれ以上に、日本の政治にに影響を与えている。

 

「ねえ母さん、この後実家に寄ってもいいかしら? 話そびれてしまったけど、あたしと浩介くんと、政府との関係について色々と話さないといけないことがあるのよ」

 

「……分かったわ」

 

 母さんは納得したような表情をした後、あたしに向き直る。

 

「さあ、優子、コートを選ぶわよ」

 

 母さんはもう、いつもの柔らかくて、ちょっとだけイタズラ心のある表情に戻っていた。

 

「はい」

 

 あたしたちは、気を取り直してコート選びに邁進した。

 

 

「じゃあ優子、これでいいわね?」

 

「はい」

 

 母さんのアドバイスもあって、あたしは黒くて防寒性に優れたコートを選ぶことが出来た。

 これなら優一に着せても大丈夫かもしれないわね。

 

「じゃあ優子、家に帰ったら話を聞かせてくれるかしら?」

 

「はい」

 

 あたしは、母さんと一緒に電車に乗り、実家へと戻ってきた。

 

 

「お邪魔します」

 

「ふふ、ゆっくりくつろいでいいのよ」

 

 固くなっていたあたしに、母さんが気軽な口調で話してくれる。

 

「はい」

 

「おお優子、どうしたんだ?」

 

 リビングへと上がっていくと、父さんがあたしの突然の訪問に驚いていた。

 

「デパートで母さんとばったり会ったのよ」

 

 嘘は言っていない。

 

「おうそうか」

 

 父さんも、深くは追求して来ない。

 周囲を見渡すと、実家のレイアウトは相変わらずだった。

 また年末年始は、ここに戻ってくるのよね。

 

「で、優子。優子は政府の人と何を話しているのかしら?」

 

 母さんがお茶を汲んで、あたしに出してくれる。

 このおもてなしも、あたしが実家に帰ったら定番になっている。

 

「はい、えっと――」

 

 あたしは、母さんに政府と蓬莱教授、そして協会で何を話しているかを話していく。

 

「へえ、すごいなあ優子」

 

 全て話し終わって2人を見ていると、母さんよりも父さんがかなり驚いている様子だった。

 

 そもそも、大学生のあたしが政府の会議まで呼ばれるようになったのも、協会の広報部長として蓬莱教授と永原先生との間を取り持っていたというところに大きい。

 政府内部はもちろんのこと、永原先生と蓬莱教授の間にも、蓬莱の薬に関する見解の相違があったことが分かったので、結果的にあたしと浩介くんが全体の緩衝材役として政府との会議に参加したのは正解だったわね。

 もちろん、永原先生も蓬莱教授も「大人を超えた大人」と言っていい人だから、最終的には折り合いがついてしこりも残らないとは思うけど、時間的に大きく遅れたことは確かだと思う。

 そう言う意味でも、あたしがあの会議に加われたのは、蓬莱教授たちの情勢をより有利にしたことに違いはないと思う。

 

 

 こういうことが一つ一つ重なって、今の奇跡があるんだと思う。

 1つでも選択肢を間違っていたら、あるいは1つは大丈夫でも2つ3つと間違い続けたら、蓬莱教授の研究は、あたしの未来は、失敗していたかもしれない。

 

 例えば、もしあたしが女の子になろうとせずに自殺の道に突き進んだら?

 母さんの指導が不適切だったら?

 浩介くんのことを許せずに「優子」になれなかったら?

 林間学校の実行委員のくじ引きで浩介くんと一緒にならずに、あるいは添乗員がたまたまナンパしたがりの男じゃなかったら、ナンパされたときにたまたま浩介くんが不在だったら、あるいは最初の協会会合の時に幸子さんのカウンセラーを申し出なかったら? それらのせいで幸子さんが死んでしまっていたら?

 学力のことを考えて佐和山大学以外の大学に進学しようとしていたら?

 あるいは高校卒業時に浩介くんと結婚していなかったら?

 ……多分今のような状態にはならなかったと思う。

 歴史にIFはないとは言うけど、それでも今の選択肢より悪い方向の選択肢を、考えずにはいられないわ。

 

「優子大変ね。でも、蓬莱の薬を一般社会に浸透させるというのはそれだけの困難を伴うのよ」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 あたしは、母さんに出してもらったお茶を全て飲み終わる。

 そして、あたしの話も大方終わりに近づいた。

 

「じゃあ優子、頑張りなさい」

 

「はい」

 

 あたしは母さんに見送られ、実家を後にした。

 

「ただいまー」

 

「お、優子ちゃん帰ってきたか。お、優子ちゃんプレゼント大きそうだな。よし、早速プレゼント交換しようぜ!」

 

 実家から、住んでいる家に戻ると、既にプレゼントを買い終えて帰宅していた浩介くんが、玄関で出迎えてくれた。

 

「うん、あたしから、これ」

 

 あたしは、大きな袋とともに、コードを浩介くんに渡す。

 

「お、コートか。確かに、あれはちょっと古いもんな」

 

 浩介くんが笑いながら、気楽な気持ちでコートを受け取る。

 

「うおー、暖かそうだぜ! ありがとう!」

 

 よかったわ。とっても喜んでくれたみたい。

 

「ふふ、気に入ってもらえてよかったわ」

 

 あたしがホッとした表情で言うと、浩介くんがぐいっと近づいてくる。

 

「でも、優子ちゃんの体のほうが、気持ちよく暖まることができるけどね」

 

 浩介くんが、さらりとセクハラ発言をしてくる。

 

「もう、バカ……」

 

 浩介くんのセリフに対して、あたしは顔を真っ赤にして、下を向くしか無かった。

 

「おっと、それよりも俺からのプレゼントもあるぜ」

 

 浩介くんが、あたしから離れると、持っていた鞄をあさり始めた。

 

「はい、これ」

 

 浩介くんが渡してきたのは、あたしとは対照的に小さい小物入れだった。

 

「うん、開けていいかしら?」

 

「もちろん」

 

 浩介くんに促され、あたしが袋を開ける。

 

「これもしかして?」

 

 中に入っていたのは、白の大きなカチューシャだった。

 右上の方には白いリボンの髪飾りが付いていて、つけたら頭の天辺でリボンをしているようにも見える。

 

「うん、優子ちゃん、いつも白いリボンでしょ? もちろんかわいいんだけど、カチューシャも似合うかなって? どうかな?」

 

「うん、ありがとう!」

 

 あたしは、早速頭にカチューシャを付けてみる。

 

「うんうん、真っ黒の優子ちゃんの髪には、白い飾りは似合うよね」

 

 浩介くんが、そんなことを言う。

 それは確かに、女の子になったばかりの頃に母さんからも言われていた。

 黒くて長いこの髪は、この大きな胸と並んであたしの象徴だものね。

 

「あはは」

 

「さあ、行こうぜ」

 

「うん」

 

 浩介くんに促され、あたしはリビングルームに向かう。

 お義母さんからは「あら? カチューシャ浩介のプレゼント?」と聞かれた。

 あたしが「うん」と答えると、母さんに「似合っているわよ」と言われたのがとても嬉しかった。

 浩介くんのプレゼント、大切に取っておいて、いざという時に使おうかしら?

 

 その日の夜は、去年生理でうまく行かなかったクリスマスのうっぷんを晴らすかのように、浩介くんの愛をたっぷりと受け取った。

 多分他のカップルも、同じことをしていると思う。

 

 

 クリスマスが終わり、1週間すれば年末年始になる。

 実はキリストの誕生日は分かっていなくて、「1番夜の長い日にしておけばいい」程度のものだったらしい。

 まあ、それも4日ずれているし、そもそも西暦のキリストだってずれているしで、まあ昔のいい加減さがあるわよね。

 2022年は去年一昨年と同じように、あたしは実家へと帰省した。1週間ぶりの帰省だったけど、それでも懐かしい。

 でも帰る頃には、やっぱり浩介くんとの結婚生活に思いが入ってしまうのよね。

 4月からは、あたしはとうとう大学4年生となり、「蓬莱の研究棟」に配属になる。

 これまで以上に、蓬莱教授との関係は密になる。

 卒業論文を提出し、卒業要件を満たせば、恐らくあたしと浩介くんは大学院に進学することになる。

 最も、その前にまずは3年次の後期期末試験を受けないといけないわね。


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