永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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嫉妬との付き合い方

 新しい患者さんが現れ、あたしが担当カウンセラーになったことで、大学の試験勉強とも重なって久々に大忙しの日々を送った。

 幸いにも、新しい患者さんはあたしと同い年なので、大学の放課後を利用して「女の子体験プログラム」を実施することができた。

 

 ちなみに、その患者さんは成人式に行こうとして前日準備していたら倒れたとのことだったので、あたしは、家族に即座に女性ものの振袖を買うように指示し、記念撮影することにした。

 患者さんは抵抗感があるとのことだったので、まずは無理せず、体験プログラムを受けてもらった。

 最後の女湯に入るのは、かなりの抵抗感を示したけど、言葉巧みに誘導することで女湯に入れることに成功した。

 ちなみに、1回入ってしまえばその患者さんも女性になることへの抵抗感も薄れてしまうらしい。

 女湯というのは、どうもあたしが考えていた以上に「超えてはいけない一線」らしく、男の心が色濃く残っている患者さんにとっては「女湯に入っても叫ばれない」というのはかなりショッキングな体験らしいわね。

 

 その後は、彼女も女性としての人生と、女性としての新しい名前を自分で考え、本格的なカリキュラムに入ることに同意してくれた。

 彼女は、男らしくなれないと言う悩みを解決し、「今度はちゃんと女の子らしくなりたい」と、カリキュラムに前向きに取り組んでくれるようになった。

 

 1月末には、友人たちからも、女子として受け入れてくれるようになったと言う。

 ただ、患者さんの悩みとして、「最近、男友達同士の仲が悪い気がする」と言っていた。

 ふふ、そこで男を惑わして、一番いい男を手にいれるのが、「魔性の女」なのよね。

 やっぱり女の子としては一途に愛するのもいいけど、さくらちゃんみたいに多くの男を手玉にとることにも、憧れがあるのよね。

 もちろん、胸の奥深くに封印するべき事柄だし、今の患者さんには難しすぎるから話さないけどね。

 

 さて、大学2年生終盤のこの時期、次なるイベントはバレンタインデーと期末試験、そして結婚記念日となっている。

 講義の内容は1年生の着実に難しくなってきて、「単位を落とした」「留年しないようにしないと」といった切羽詰まった会話もちらほらと聞こえてくる。

 でもあたしと浩介くんは、夫婦二人三脚で悠々と乗り越えてきた。大変なのは相変わらず実験だった。

 

 バレンタインデーはほぼ去年と同じで、桂子ちゃん、龍香ちゃん、そして歩美さんに義理チョコをあげることになった。

 ちなみに、天文部の男子は浩介くんが嫉妬するのでもちろんなし。

 また家族枠として、実両親と義両親に義理チョコがあるので、義理チョコをあげる対象は7人となった。

 そして何よりも、愛する旦那、浩介くんに渡す本命チョコを準備した。

 

 今年のバレンタインは、歩美さんにとって初めて彼氏に本命チョコを与えるバレンタインデーでもある。

 歩美さんが女子高生になって最初のバレンタインの時は、クラスの女子たちから義理チョコをもらってかなり困惑してしまったらしい。

 義理チョコを持ってきてないと知ったクラスの女子からは、「まあ、歩美ちゃんじゃしょうがないよね」という扱いを受けたそうだ。

 一方で、学校一の美少女になった歩美さんからチョコをもらえないと知った男子たちの落胆は相当なものだったらしい。

 高校3年生の時は、クラスの女子向けに義理チョコは配ったけど、まだ恋愛についてよく分からなかった歩美さんは、結局男子にはチョコレートを渡さなかった。

 

 そして、今年もバレンタインの季節がやって来たのだけど──

 

「あ、あの! 大智くん!」

 

「あ、歩美ちゃん」

 

 女子3人があらかた義理チョコを配り終えると、今度はそれぞれ女子3人が本命チョコを天文部員全員が見ている前で渡す儀式を行うことになった。ちなみに、そうなったのも桂子ちゃんの気まぐれ。

 正直、公開羞恥プレーだけど、あたしも桂子ちゃんもしなきゃいけないということでは平等ではあった。

 

「んっ……そ、その……うー、恥ずかしい……その、大智くん、これ……」

 

 歩美さんは初々しい恋する乙女らしく、ハート型の包装紙に包まれたチョコレートを大智さんに渡す。

 

「うっ、あ、ああ。ありがとう」

 

  パチパチパチパチ

 

 あたしたちが拍手をすると、大智さんも歩美さんも、顔が耳まで真っ赤になっていた。

 

「ふー、次は私ね」

 

 今度は、桂子ちゃんが一歩前に出る。

 

「たっちゃん!」

 

「うっ!」

 

 桂子ちゃんは、去年夏辺りから、呼び方を「たっちゃん」に変えた。

 夏休みが開けて呼び方が変わっていてあたしたちは驚いた。

 達也さんは、来るとわかってるのにドキッとしてしまっている。ちらっと浩介くんにも視線を移すと、浩介くんも落ち着かない様子みたいね。

 

「はい、これ。バレンタインデーチョコレートよ」

 

「お、おう……あ、ありがとう桂子ちゃん」

 

 達也さんが顔を真っ赤にして、ぎこちなく頷いている。

 

「ふふ、たっちゃんったらかわいいわ」

 

「うーっ!」

 

 桂子ちゃんと達也さんのカップルは、桂子ちゃんが年上なことに加え、天文の知識については桂子ちゃんが教えたことや、達也さんの天文部への入部経緯もあって、圧倒的に桂子ちゃんが主導権を握っている。

 ここでも、さっきは2人揃って顔を赤くしたのとは対照的に、達也さんの顔は真っ赤になっているけれど、桂子ちゃんは余裕綽々の表情を浮かべている。

 うふふ、このまま行けば、達也さんは間違いなく桂子ちゃんの尻に敷かれちゃうわね。

 

「さ、最後に優子ちゃんよ」

 

 余裕の表情でチョコレートを渡し終えた桂子ちゃんが、あたしにそう告げる。

 

「う、うん……」

 

 うー、いざ自分の番になると恥ずかしいわね。

 トリを引いたのは失敗だったかしら?

 

「こ、浩介くん」

 

「あ、ああ……」

 

 あたしは、浩介くんと見つめあって目が合ってしまう。

 はうー、浩介くん素敵……って、早くチョコレート渡さないと。

 

「その、ね。いつもありがとう、愛してるわ」

 

「「「おー!!!」」」

 

 何を血迷ったのか、夫婦ではないカップルに負けたくないとの思いが強くなりすぎて、あたしはついつい公衆の面前で愛の言葉を言ってしまう。

 周囲の歓声はよそに、あたしは浩介くんのことを見つめ続けている。

 

「あの、このチョコレート」

 

 あたしが、恐る恐る浩介くんにチョコレートを渡す。

 うー、いつもより恥ずかしいわ。

 

「おう、開けていいか?」

 

「はい……」

 

 周囲の視線も声も、気にならない。

 今はもう、浩介くんのことしか見えないわ。

 ……そういえば、プロポーズの時も、こんな感覚だったっけ?

 

「ねえ優子ちゃん」

 

 浩介くんもそれは同じだったみたいで、口に小さくハート型のチョコレートを加えてアピールする。

 

「はい」

 

 あたしは、もう片方の方に口を進めていく。

 そして、ハートの真ん中で、口同士が落ち合って──

 

「ちゅっ……じゅるっ……れろっ……」

 

「ぴちゅ……じゅううぅ………んんっ……」

 

「うわあ、大胆! これが夫婦のなせる技か!」

 

 あー、雑音がほんのりと心地いいわ。

 

「「じゅるるるる……ぷはーっ!」」

 

 あたしたちの夫婦生活にディープキスは欠かせないけど、バレンタインデーのディープキスは、年に一度だけ、甘い茶色が混ざった混合液の糸を作り出す。

 

「……」

 

  ぷにっ

 

「んっ!!!」

 

 興奮した様子の浩介くんに、胸を揉まれてしまう。

 体を引き寄せられ、お尻もスカートの上からしっかりと鷲掴みにさせられる。

 

「あなた、そんなことされたらあたし……」

 

「いいんだよ、ほら、おいで……」

 

「はい、あなた……」

 

 

「ちょ、ちょっとストーップ!!!」

 

「「!!!」」

 

 いきなり大きな声が聞こえてきて、あたしたちは急激に現実へと引き戻される。

 胸とお尻を掴まれながら、あたしは固まってしまう。

 

「優子ちゃん、浩介! ここ、天文サークルの部室よ!」

 

「あ、木ノ本、すまん」

 

「ごめんなさい、浩介くんについ夢中で」

 

 桂子ちゃんに怒られたあたしたちは、シュンとなりながらごめんなさいをする。

 そうだった、みんなが見ている前だったんだわ。

 

「もう、気持ちは分かるけどね。さ、チョコレートも出し終わったし、天文サークルの活動をするわよ」

 

「「はい」」

 

 桂子ちゃんの一声で、は天文サークルの活動が再開される。

 

 その夜、浩介くんは残ったもう一個のチョコレートを口に含んでからの夫婦生活になった。

 浩介くん曰く、「いつも美味しく食べてたけど、チョコレートを混ぜて食べる味もとってもよかった」と、満足そうな表情を浮かべていた。

 本当にもう、浩介くんってこういう変態チックなことを考える才能が凄いわよね。

 

 さて、そんなバレンタインデーと共に行われた大学の期末試験は、概ね良好な手応えだった。

 浩介くんは2、3点の不安があるというけど、進級等に影響はしないだろうと読んでいる。

 あたしたちは、残りの単位数からして、来年度はこれまでより多くの履修は必要ないと踏んでいた。

 もちろん、来年度は専門科目中心となって、卒業論文を除く全ての講義の受講が解禁される。

 必修科目や選択必修は大分終わっていて、むしろ自由な選択科目に悩む時期になっている。

 とはいえ、来年度の卒業論文は、蓬莱教授の指導もあるから、3年次のうちに多く履修するのも手だけどね。

 

 大学の成績の判断には、GPAというのがあるので、「単位を多目に履修して取捨選択する」作戦も使いにくい。

 なので、予備の講義を履修するのは4年次のラストにとどめておきたい。最も、あたしたちの場合は「蓬莱の研究棟」への所属がほぼ確定しているから、気にしなくてもいいんだけどね。やはり世間体というのがあるもの。

 

「それで浩介くんはこっち受ける?」

 

「ああいや、こっちはあんまりかなあ?」

 

 期末試験が終われば、もう3年次の講義を読み漁る時間になる。

 もちろん、応用的な講義がほとんどになるから、勉強も大事になってくるんだけど。

 

「こんな所かな?」

 

「うん」

 

 浩介くんと2人で履修科目を確認する。

 結局のところ、あたしと浩介くんはいつも付きっきりになる。

 実験では2人以上でペアになることも多いが、蓬莱教授以外の教授での実験では、あたしは浩介くん以外の男子と実験を組むことが多い。

 この学部は元々女子学生が少ないせいもあるけど、実験でちょっとでも親しそうに話すと、浩介くんが嫉妬しちゃうのよね。

 

「優子ちゃん、今日提出のレポートはどうだった?」

 

「うん、相方の人の実験結果も入力して、全部うまくいったわよ」

 

「ああ、そうかい!」

 

 浩介くんが、また不機嫌になる。

 ふふ、浩介くんったらまた焼きもちやいちゃって。

 

 浩介くん自身は、「行きすぎていると思うし、直したいとも思っているけど、やっぱり優子ちゃんが好きすぎてどうしても嫉妬してしまう」とのことだった。

 浩介くんがそう思ってくれてるのはとても嬉しいので、あたしはついついもっと嫉妬させるようなことを繰り返してしまうのよね。

 まあ、あたしがそういうのを期待しているのを見越して、浩介くんがわざとやってるかもしれないけど。

 

 ともあれ、これにはデメリットも当然あって──

 

「もう我慢ならんぞ! 旦那がいながら他の男に色目使いやがって!」

 

「あ、あたし、そんなつもりじゃ──」

 

「ええい、優子ちゃん、おしおきだ! ついて来い!」

 

 いつものように、嫉妬した浩介くんに引っ張られながら、薄暗い空き教室に連行される。

 これからされるおしおきというのが──

 

「優子ちゃんは俺だけのものだってことを教えてやる!」

 

 椅子に座った浩介くんの膝に、うつ伏せの状態でお腹をのせられる。

 いわゆる「おしりペンペン」の体勢でもある。

 

「うー、ごめんなさい。もうしませんから許してー!」

 

「何度目だ!? 今日という今日は許さんぞ!」

 

「うわーん! ごめんなさいー!」

 

 このやり取りは、悪代官を泳がせて一通り懲らしめた後に印籠を突きつけて断罪する某時代劇並みの定型文と化している。

 やっぱり、浩介くんも浩介くんで、「嫉妬して欲しい」「浩介くんに支配されたい」というあたしの気持ちを読んでやっているのかもしれないわね。

 

  ふぁさ

 

 浩介くんにスカートをめくられ、パンツ丸出しにさせられてしまう。

 

「あーん、恥ずかしいよお!」

 

 これだけでは、絶対に慣れることはない。これからも恥ずかしい思いをしそうだわ。

 

「それ! おしおきだ!」

 

  さわっ!

 

 本来は、ここで思いっきりお尻を叩かれるわけだけど、浩介くんもそれはいけないと分かっているので、あたしの被虐願望を満たすためにお尻をパンツの上から撫でられることで、ペンペンの代わりとしている。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいー!」

 

 ある意味で、叩かれるよりも恥ずかしさが強い。

 

「反省が足らんぞ!」

 

  すりすり

 

「うえーん、ごめんなさい。もう許してー! お願い!」

 

 恥ずかしさに耐えられなくなったあたしが許しを乞う。

 

 浩介くんにスカートをめくられるのは、もう100回は優に越えていると思うけど、何回めくられても慣れるものじゃないし、それどころか最近は以前にも増して、恥ずかしさを強く覚えるようになった。

 

「反省してるか!?」

 

「はい」

 

 浩介くんが、ようやくあたしを解放してくれる。

 

「ふう、このやり取り、何回目だろう?」

 

「あはは……」

 

 浩介くんも浩介くんで、やはり定型化していることは気になる様子みたいね。

 だからあたしは、これだけは伝えておきたい。

 

「あのね、浩介くん。どんなにやり取りが定型化してもね。スカートをめくられて、パンツ見られちゃうのはすっごく恥ずかしいわ」

 

 あたしが、顔を赤くしてそう告白する。

 

「お、そうなのか。確かに、恥ずかしがる所かわいいもんな。優子ちゃん、やっぱり俺を嫉妬させて楽しんでるでしょ?」

 

「……ばか」

 

 浩介くんも浩介くんで、あたしの気持ちはお見通しだった。

 

「へへ、だてに優子ちゃんと4年もいないって。俺だって優子ちゃんが喜びそうな嫉妬の仕方を考えているんだぜ」

 

 やっぱり、そうだったのね。

 

「あはは……4年かあ……もうすぐ結婚記念日なのよね」

 

「ああ、去年は制服着たっけ?」

 

「うん」

 

 去年の結婚記念日のデートのことを思い出す。

 あれからもうすぐ1年、長いようで短く、短いようで長かったわ。

 

「今年は……家の中にするか」

 

「そうね」

 

 あたしたちは、結婚記念日の日のことを話しながら、大学2年生を無事に終えることができた。

 

 

 春休み中に訪れた結婚2年目の日、この日はどうしても、昔を振り返ることになる。

 今年もまたあたしは特に意味もなく、小谷学園の卒業証書を見ていた。

 そこに書いてある宛名は、「石山優子」、そして、あたしが実家から持ってきた机の奥にあった、1年生の頃の教科書とノート、そこには「石山優一」という名前が、今も残っていた。

 あたしは財布から学生証を取り出すと、中には「篠原優子」と書かれたのが見えた。

 結局、今のあたしが最初の名前から受け継いだ文字は、「優」だけだった。

 でも、この文字があたしの名前の中で、最も大きな意味を持っていた。

 何故なら「優しい人に育って欲しい」という願いがこもっているから。

 優一は、「一番優しい人」に、これは無理だったけど、「優子」は、「はじめから終わりまで、優しい子に」にという願いが込められている。

 あたしは、多分優しい子に、少し離れていると思う。

 

「優子ちゃーん! 準備できたぞ!」

 

「はーい!」

 

 あたしは浩介くんに呼ばれ、かつての思い出を元の場所に戻してから、部屋を出る。

 毎年この日は、昔を振り替えることになるとは思うけど、あたしは今が一番幸せだと分かっているから、「昔に戻りたい」とは思わない。

 今日のこれからは、また温故知新を繰り返していくことになると思う。

 

 結局今年の結婚記念日は、ロウソクをまた燃やしたことよりも、その夜の制服プレイがとっても激しかったことがいつまでも印象に残り続けていた。


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