永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
成人式もいよいよ最後の撮影会に入る。あたしたちが恵美ちゃんの「護衛」となったため、マスコミはついに取材することができなさそうで気の毒だった。
「ふう、優子すげえな。あたいらじゃああはいかねえぜ」
諦めて帰るマスコミ関係者も多く、恵美ちゃんも久々にゆっくりできそうだった。
「えへへ、ありがとう」
成人式では親御さんなどが撮影者になることもあるし、自分達で撮影することもある。
スマホで撮影する人も増えているけど、あたしたちは、自前のカメラを使って撮影する。
「よし、優子たちはあたいが撮影するぜ」
恵美ちゃんが撮影役になってくれたので、すんなりと撮影が終了した。
あたしも、振袖姿の恵美ちゃんを撮影した。
「お、あれは桂子じゃねえか?」
「ん?」
そこには、初詣の時によく見る振袖姿の桂子ちゃんだった。
隣で話していたのは桂子ちゃんのお母さんだった。
「桂子ちゃん」
「あ、優子ちゃんに浩介。それに恵美まで。成人式おめでとう」
「うん」
桂子ちゃんと、挨拶をする。
「あらあら、皆さんお揃いですか」
「はい、ご無沙汰しております」
桂子ちゃんのお母さんとも、きちんと礼儀正しくを心がけて挨拶する。
「桂子、成人式おめでとうな」
「ええ」
あたしたちは、とりあえずまずは振袖から着替えるために、区役所が用意した大きな更衣室を借りることにした。
「じゃあ浩介くん、またね」
「ああ」
「にしても、他の奴らはどうしたんだ?」
更衣室で、見かけない顔について恵美ちゃんが話す。
「龍香は多分午後の同窓会には来ると思うわ」
桂子ちゃんから朝来た情報によれば、龍香ちゃんは午前中は彼氏との家デートの約束をしているらしい。
今頃、振袖姿で色々なプレイをさせられてる頃合いね。
あたしも振袖ではないけど、新婚旅行のホテルの浴衣でノーパンにさせられちゃったことはあったし多分あんな感じだと思う。
「龍香ちゃん、またかわいくなってるかしら?」
「でしょうねえ」
桂子ちゃんが遠くを見るような感じで言う。
龍香ちゃんは同じ大学だけど、高校までの時みたいに気軽に会えるわけではない。もちろん、たまに天文サークルに顔出してくるから疎遠というわけではないけど。
「ところで桂子、あんたは彼氏と上手くいってるんか?」
恵美ちゃんが桂子ちゃんに話題を移す。
「ええ、天文趣味で、上手くいってるわ」
「それはよかった。優子は? 旦那はどうなんだ?」
恵美ちゃん、嫌にがっつくわね。
まあ、恵美ちゃんも恋話が大好きな女の子という生き物だからしょうがないとは思うけど。
「え!? ああうん、浩介くんなら大丈夫よ」
「あいつは家事とかちゃんと手伝ってるのか?」
「あーうん、うちはほら、お義母さんもいるから」
「あそっか、元から2人いるもんな」
それに、家事手伝いを頼んだら「ご褒美」としてスカートめくられて浩介くんにパンツ見られないといけないし。
恥ずかしいのでよっぽど困ってる時だけ頼みたいけど、あんまり拒否しちゃうと不機嫌になるから、たまに浩介くんのために「手伝わせてあげる」ようにしないといけないのよね。
「どうしたんだ優子? 顔が赤いぞ」
「ああうん、何でもないわ」
いけないいけない、この前お義母さんが出掛けてるときに家事を手伝ってもらって、その後におへそまでガバッとめくられて前から後ろからパンツ見られた時のことを思い出しちゃったわ。
とにかく、着替え終わったら浩介くんたちと合流して、同窓会の会場にいかなきゃ。
「お、優子ちゃんお疲れ様」
「あ、浩介くん、高月くんも」
高月くんがいつの間にか浩介くんと合流していた。
「優子ちゃん久しぶり。うー、桂子ちゃんにも彼氏できちまったんだよなあ」
高月くんは、相変わらず性欲のことばかり考えているわね。
まあ、それが男のパワーの源だし、仕方ないかな?
「何だ高月? あたいは眼中にねえってか?」
「いやだって、田村は世界的なテニス選手だろ? そもそも恋愛にかまけてる暇ねえんじゃねえか?」
「うぐっ」
高月くんのとっさの言葉に、恵美ちゃんがぐさりと来る。
「恵美ちゃん?」
「くー、高月に非の打ち所の無い正論を言われて反論できねえぜ」
どうやら、恵美ちゃんにはよっぽどのウィークポイントだったらしいわね。
「まあいいや、同窓会の会場に行こうぜ」
「おう」
恵美ちゃんが、強引に話を終わらせる。
ちなみに、今日の恵美ちゃんは久々に見たスカート姿だった。
丈もこの冬にしては短めで、恵美ちゃんの私服のスカート自体が珍しいことを鑑みれば、中々新鮮だと思う。
「よし、ここだ」
今回の同窓会の幹事は高月くんなので、高月くんの先導で目的の店へと到着する。
そのお店はいわゆる居酒屋さんで、今日は成人式の日なので特別に営業中になっている。
まあ、あたしたちの予約で、席はほぼ埋まっているんだけどね。
「いらっしゃいませー」
「予約しました小谷学園同窓会です」
営業スマイルの店員さんに、幹事の高月くんが代表して応対する。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞー!」
するとそこには──
「あ、永原先生」
永原先生が、一番乗りをしていた。
「あ、篠原さんに篠原君、それから高月君、田村さんに木ノ本さん、こんにちは」
永原先生が座っていた席の回りに、あたしたちも座る。
「こんにちは」
「田村さん、テニスどう?」
「ああ、今度の全豪もいただきだぜ!」
恵美ちゃんは、かなり自信をつかんだ。
蓬莱の薬に身体能力の強化があるのかと言えば、どうやらそういうわけでもなく、浩介くんの性欲が増したのも含め、蓬莱の薬で当面の老化から逃れることができたことによる精神的な余裕が極めて大きいと結論付けられた。
まあ、あたしがこんなに運動神経が壊滅的な時点で、「蓬莱の薬が身体能力を上昇させる」という仮説は苦しいと個人的には思っていたけどね。
ガチャッ
「いらっしゃいませー」
どうやら、誰かが来たらしいわね。
「お、あれは龍香じゃない。こっちこっちー!」
桂子ちゃんが、来たのが龍香ちゃんだと確認すると、手をあげて手招きし、それに気付いた龍香ちゃんがあたしたちの側に座る。
「あら、まだこれだけですか?」
「龍香ちゃん、見かけなかったけど、成人式どうしたの?」
あたしが一応聞いてみる。
「あー、参加してないです」
予想通りの回答が帰ってくる。
「もしかして?」
「はい、彼と家デートしてました。彼ったら他の男に私の晴れ舞台を見せたくないって!」
龍香ちゃんが、彼氏に独占される嬉しさを語っている。
「うげえ、龍香の彼氏、束縛強いよねー」
「それがいいんですよ! 私も、彼氏は独占したいですから」
なるほど、いわゆる「ヤンデレ」同士でくっつくと、こういうバカップルになるのね。
って、あたしたちも人のこと言えないかも。
「それでですね、今日は久々に彼から『おしおき』されちゃいました!」
龍香ちゃんが、おしおきされたことを嬉しそうな表情で語る。
「え? おしおき?」
あたしもおしおきされたことはあるけど、それは女の子になったばかりの頃に、あたしが女の子らしくない行動をとったことによる、文字通り「反省」や「自覚」をさせるためのおしおきだったから、龍香ちゃんのような言葉には少し違和感がある。
まあ、あたしも浩介くんに似たようなシチュエーションを受けたことはあるけど。
「はい、振袖になったんですけど、彼氏に『下着のラインが出てみっともない。罰としてノーパン』って言われちゃいました!」
うっ、まずい。龍香ちゃんの暴走が始まったわ。
「もー私の彼ったら振袖めくって丸出しにさせられちゃいまして、キャー!」
「龍香ちゃん、うん、皆まで言わなくていいわ」
あたしが必死に暴走した龍香ちゃんをなだめる。
「河瀬も相変わらずだなあ……」
あの高月くんでさえ、龍香ちゃんのこの態度には、かなり困惑しているわね。
「えへへ、もう身も心も彼から離れられません。大学卒業したら、すぐに結婚予定ですよ!」
龍香ちゃんがそう言うと、左手薬指の婚約指輪を見せてくれる。
「おー、河瀬おめでとう!」
「龍香ちゃんおめでとう!」
「えへへ、ありがとうございます」
すかさず、全員で祝福の声をあげる。
これで、このクラスで指輪持ちは、あたしたちに続いて2組目ね。まあ、あたしは結婚指輪で龍香ちゃんはまだ婚約指輪だけど。
「うー、俺も彼女欲しいなあ……」
高月くんが、うなだれた表情で下を向きながら愚痴を言う。
高月くんは、父親の整形外科を継ぐために、現在医学部で勉強中となっている。
「大丈夫よ高月君、医学部で医師なら、引く手あまたよ」
「うー、やっぱ金かあ……やっぱそこが大事なのかなあ……」
「そうよ、篠原さんや河瀬さんみたいなケースはむしろ少数かもしれないわよ」
永原先生が高月くんを慰めるように言う。
それに、蓬莱の薬のことを考えると、今後整形外科医は相対的に需要が上がっていくと思うし。
「よし、俺も勉強頑張るか」
高月くんも、何とかご機嫌を取り戻す。
その後も、同窓会のメンバーが続々と集まっていく。
さくらちゃんはちょっと彼氏と喧嘩しちゃって、仲直りに奔走していたとか。
「さて、おほんっ、本日は、我が小谷学園2018年度卒業3年1組の同窓会にご出席いただき、誠にありがとうございます!」
出席者が全員集まると、高月くんが席を立ち、最初の挨拶をする。
パチパチパチパチパチ!!!
高月くんが着席すると、他のメンバーが拍手をする。
「またですね、折に触れて、同窓会をし続けていきたいと思っています! では、長ったらしい話はやめて、乾杯!」
「「「乾杯ー!!!」」」
チンッチンッ
コップのグラス同士があちこちで鳴り響く音がして、あたしたちは食事を食べることにした。
成人式の同窓会らしく、お酒も振る舞われている。
「ビールで!」
「梅酒で!」
成人式の後とあって、みんなお酒を頼む人が多い。
「あたしはオレンジジュース」
「リンゴジュース」
「俺は烏龍茶」
「私も烏龍茶で」
あたしたち禁酒組は、恐らくまだ誕生日を迎えてない人でさえお酒を頼んでいるだろうこんな場所でも律儀にそれを守っていた。
「優子ちゃんと先生はお酒飲まないの?」
桂子ちゃんがそう疑問を口にする。
そういう桂子ちゃんだって、リンゴジュース頼んでいるのに。
「あーあたしたちは酒いいわ」
「私も」
桂子ちゃんの問いかけに、あたしと永原先生がそう答える。
「そう? どうして? いいじゃないこの時くらい」
「あーうん、酔っぱらうと生存能力落ちるからね。私たちにとっては深刻なのよ」
永原先生が「安全講習」で言っていたことと同じことを言う。
「あー、やっぱり?」
ちなみに、恵美ちゃんもコンディションに関わるからか、オレンジジュースで済ませている。
「というよりも、木ノ本さんも蓬莱先生の薬を飲んでいるんでしょ? 寿命が長くなってるの自覚しなさいよ」
「はい、分かってます」
永原先生の注意に、桂子ちゃんもはっとした様子で応対する。
それにしても、蓬莱の薬が普及すると、みんな事故になるのを嫌って自家用車や居酒屋なんかにも影響しそうだわ。
「あら? 篠原さん考えごと?」
浩介くんが今の会話を聞いてうつむきながら何かを考えていた。
「あーうん、蓬莱の薬ができたら、居酒屋さんの売り上げにも影響するかなって」
永原先生の安全講習でも、禁酒が唱われているし。
「いや、俺はそうも思わねえぜ」
浩介くんがあたしの意見に異を唱える。
「え!? あなた、どうして?」
「俺たちは不老というのが死から免れるものではないと知ってはいる。とはいえ、若いままでいると言うことには代わりはないだろ? 俺達の価値観じゃ警戒するのが当然と言っても、蓬莱の薬が普及したとして『長生きするために少しでも死に繋がりそうなことは避けよう』と考える人ばかりじゃないってことだよ」
「うん、私も、篠原君の方に1票かな?」
永原先生が、浩介くんの意見に味方をする。
「『若気の至り』って言うじゃない? 人間、どうしても『自分だけは例外』とか、『自分だけは大丈夫』って考えがちなのよ」
「うーん、確かに、TS病になった患者さんも、そういう思考に陥る人が多いわよね」
最も、最近ではあたしの新教育のお陰で、そういった考えに凝り固まって自殺への道に至る患者さんは極めて少なくなったけどね。
もちろんあたしが協会に関わる以前は自殺への道から引き戻そうとして失敗するケースも多く、その時には、彼女たちは皆、「自分は例外」と思っていた。
「それに、こういうのは、今の人間にして見ると超長期スパンだからね。いまいちイメージがつかないと思うのよ。私は500歳超えてるし、TS病の正会員は篠原さん以外は歳行っているからTS病の患者はこういうのもイメージつきやすいけどね」
永原先生が鋭い指摘をする。
確かに、若いうちに数百年単位のことを考えるのは至難の技なのかもしれない。
あたしはそういう感じでもなかったけど。
その後も、同窓会では昔話や近況の話、将来の話などをして盛り上がった。
「えー皆さん、本日はこれにてお開きとなります。2次会3次会行かれる方は気をつけて下さい。以上、解散です」
最後、高月くんがそう挨拶して、あたしたちは思い思いに居酒屋さんを出て道路に行く。
幸い、酔いつぶれてしまった人はいないみたいでよかったわ。
「ふう、篠原さんそれじゃあ──」
ピピピピッ……ピピピピッ……
「あ、ごめんなさい」
永原先生と挨拶を交わそうとすると、突然永原先生の携帯電話が鳴った。
ピッ
「はい、永原です……はい……はい……え!? はい……はい……今は、はい、いますけど……はい、はい……分かりました」
ピッ
「篠原さん、成人式前日に倒れた患者さんがいるって」
「え!? はい、場所は?」
もう、何もこんな時に新しい患者さんがでなくてもいいのに。
「それがね──」
「え!? 近いわね」
ちょうどそれは沿線の終点から、海の方向とは逆方向に電車に乗ったときに到着する場所だった。
「篠原さん、カウンセラー、お願いしていいかしら?」
やっぱり、そりゃああたしにお鉢が回ってくるわね。これで広報部長と初動カウンセラーを初めて兼務することになるわね。
「うん、分かったわ。浩介くん!」
あたしは、高月くんと雑談していた浩介くんに話しかける。
「ん? どうした?」
「新しい患者さんが出たから、あたしそっちに行くわね。悪いけど、先に帰っててお義母さんに説明してくれる?」
「おう、分かった」
浩介くんにへの連絡は、すんなりと終了した。
「それじゃあ篠原さん、私も行くわね」
「え!? いいんですか?」
「ええ、どうせ休みですし、せっかくですから」
永原先生が、軽い口調で答える。
「ありがとうございます」
こうして、あたしたちは目的の患者が入院中の病院に直行した。
「お世話になります。新しい名前、自分で考えられる?」
患者さんのお母さんが、動揺の色を隠せない本人に優しく声をかける。
「う、うん……もう、男に戻れないんだよね?」
今回の患者さんは、元々気が弱くて、また声も高くて顔も女顔に近く、男らしくない自分に悩んでいたという。
あたしは、「これからは女の子らしくを目標にしなさい」と優しく声をかけ、患者さんを説得することにした。
こういったタイプのTS病は結構珍しいらしい。
永原先生曰く、「過去の未練を捨てられれば、気持ちを切り替えられやすく、案外割りきるのが早い」のだと言う。そのため、ミニスカートなどの女の子らしい服を早めに穿かせるといいとかなんとか。
このタイプの自殺率は平均より少し高いレベルだけど、今の時代ならそこまで恐れるべきことではないとのこと。
自殺率が平均以上という声に、少しだけ家族の人はぎょっとしていたけど、あたしはこれよりも数段状況が悪い患者さんを救ったこともあるのと、最近は劇的に自殺率が改善されているデータを見せてあげて、その辺は心配しないでいいとは言っておいた。
ちなみに、患者さんもあたしや永原先生のことは知っていたらしく、患者さんも第一声は「本物だ」だった。
患者さんはあたしや永原先生のことを「写真よりも美人でかわいい」と言ってくれたけど、患者さんだってあたしには負けるかもしれないけど、かなりの美人には代わりはない。
「ただいまー」
「あ、優子ちゃんお帰り。新しい患者はどうだった?」
家に帰ると、浩介くんがあたしを出迎えてくれる。
「今回は男だった時に自分は男らしくないって悩んでた子で」
「ふむふむ、また新しいタイプなんだな」
浩介くんが感心している。
「TS病にも色々あるのよ。このタイプは早めに女の子の服を着せてあげるのがいいのよ」
「ふーん、まあいいや上がってよ」
お義母さんと食材などの買い物に行く時には、浩介くんがこうして出迎えてくれることが増えた。それはあたしがしてほしいことでもあった。
あたしが嫁入りしたばかりの時とは違い、今ではあたしは篠原家の一員として家庭内の不文律を作る側にも回っていた。
それから時間が経ち、あたしたち一家の関係に、ちょっとだけ変化の兆しが現れたという意味でも合った。