永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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初めての家族旅行 2日目 486の道

「さ、私たちも写真撮ったら行きましょう」

 

「ええ」

 

 お義母さんの先導で、あたしたちはそれぞれ思い思いにトンネル内の暗い駅の様子を撮影する。

 そして、あらかた撮影し終わって最後に残ったのが、この長い長い階段だった。左側には、不自然なスペースが開いていて、「日本一のモグラ駅」という文字が見え、何かの案内が書かれている。

 

「ど、どこまで続いているのかしら?」

 

 あたしは、不安な表情になる。

 

「優子ちゃん、荷物は俺が持つよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 また浩介くんが、荷物を持ってくれる。

 こうした気遣いをさらりと出来る男性って素敵だわ。

 

「さ、行くわよ」

 

 お義母さんの声を受けて、あたしたちは階段を1段1段上る。

 

「すげえなあ、全然出口が見えねえぜ」

 

 浩介くんが遥か上を見上げて言う。

 

「うん、そうだね。はぁ……はぁ……」

 

 数十段上ったところで、あたしは息を切らせてしまう。

 幸いにして踊り場も多く、今何段目かも階段の左側に数字が書かれている。

 その数字によれば、まだまだ殆ど進んでいないことが分かる。

 

「優子ちゃん、私たち先に行ってるから、気にしないでね」

 

「あ、うん」

 

 先行するお義母さんがあたしに気を使ってくれる。

 

「浩介、ちゃんと優子ちゃんを守るのよ」

 

「言われなくても分かってるぜ」

 

 何か、はめられている気がするけど、まあいいわ。

 

「さ、荷物は私たちで預かるから、頑張りなさい」

 

「はーい」

 

 義両親に荷物を持ってもらうのは情けない気もするけど、浩介くんにおんぶしてもらうためには仕方ないわね。

 

「ほれ優子ちゃん、俺の背中に乗りな」

 

「うん、ありがとう」

 

 浩介くんが、しゃがみこんでくれる。

 林間学校の時を、思い出すわね。あの時は

 

「さっき見た所、この階段は462段あって、更に24段別の階段があるから正味486段ってとこだな」

 

「それは大変だわ」

 

 浩介くんの背中に乗せて貰うと、再び階段を登り続ける。

 浩介くんはちょっとだけそわそわしている。背中に胸が当たっているのが気になってるのね。ふふ、あの時のままだわ。

 

「お、100段目だ」

 

「うん」

 

 比較的すぐに、100という数字が見える。これでもまだ、386段もあるのよね。

 極めて規則的に、5段ごとに踊り場、10段ごとに数字が貼り付けられ続けている。

 

「ふー、お、ベンチがあるじゃん」

 

「あ、本当だわ」

 

 踊り場に、ベンチが置かれている場所を見つけた。要するにここが休憩所になっているのね。

 義両親の背中が近付いたと思ったら、どうやらここで休憩を取れたかららしい。

 

「さて、休むか」

 

「うん」

 

 あたしは浩介くんに、背中から下ろしてもらってベンチに腰かける。

 おんぶしてもらったお陰で、大分体力も回復してきた。

 そういえば、お水がないわね。

 

「あー、お袋たちに荷物取られちゃってたんだっけ?」

 

「そうみたいね」

 

 つまり、水なしでここを登らなきゃいけないということね。

 まあ、浩介くんなら問題ないとは思うけど。

 

「ちょっと俺は疲れたから横になるよ。優子ちゃん、先に行ってていいよ。あ、できればスカート折って短くしてくれる? 思ったよりこの階段緩いし」

 

 もう、浩介くん、いくらなんでもそれは露骨すぎるわよ。

 

「もー、浩介くん。必死すぎよ」

 

「いやほら、階段を上る優子ちゃんのスカートの中を、下から見上げるってのはまた違う魅力があるじゃん。ヒラヒラ揺れてパンツがチラチラと見えるってのもいいじゃない?」

 

「だーめ」

 

 あたしはやんわりと浩介くんを拒否する。

 

「えー、いいじゃないか。まだ200段以上残ってるけど、おんぶしてあげないぞ」

 

「うっ」

 

 浩介くんが、優しく脅迫してくる。

 むむむ、そうだわ!

 

「ねえあなた」

 

「何?」

 

 あたしが甘い声で言う。

 

「いつもあたしを守ってくれてありがとう」

 

「うっ、な、なんだよいきなり」

 

 浩介くんの顔が一瞬で真っ赤になる。

 ふふ、やっぱり男ってちょろいわね。

 

「愛してるわ……ちゅっ」

 

 あたしは、女の子とは違う浩介くんのほっぺたにキスをする。

 

「うほほほほほ!!! えへへ」

 

 すると浩介くんは簡単にへなへなになってしまう。

 やっぱりほっぺたにキスは効くわね。

 

「ねえー! あなたー、おんぶしてー」

 

「うっ、いよっしゃああああああ!!! 優子ちゃんを上まで運ぶぞー!!!」

 

 甘い口調であたしが言うと、浩介くんがいきなり立ち上がり、体を前屈みにしていく。

 ふふっ、あたし、何もかも思い通りだわ。

 

「うふふ、お願いね」

 

  むにんっ

 

 あたしは、もう一度浩介くんにおんぶさせてもらい、さっきよりも胸を深く当てる。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

「わわっ、きゃあっ!」

 

 気合を入れた浩介くんが、ものすごい勢いで階段をかけ上がっていく。

 あたしも、振り落とされないようにしがみつく。

 

「あなた、もっとゆっくり!」

 

「ああうん、わ、分かった」

 

 あたしが浩介くんにそう言うと、浩介くんが少し速度を落としてくれる。

 浩介くんの気合いもあって、あっという間に450段まで登ってしまった。

 ここまで来ると、もう地上の明かりが間近に見える。

 

「さ、残りの12段は優子ちゃんで登りなよ」

 

 正確には36段だけどね。

 

「うん、覗かないでね」

 

「大丈夫だって、この緩い階段じゃ見えないから」

 

 うん、あたしも女の子を3年近くやってるからそれくらい分かる。

 あたしたちは、残りの階段を登り始める。

 

「それもそうよね。それにしても、あたしにミニスカート求めたのって?」

 

「うん、お袋は今日階段の長い駅に行くって言うから、優子ちゃんのパンツを下から鑑賞しようと思って」

 

 最近の浩介くんは、スケベ心を隠そうともしないわね。

 

「何かどんどん堂々とするようになってるわね」

 

「まあほら、俺たち結婚しちゃったし」

 

「ま、まあね」

 

 確かに、あたし自身の魅力もあるけど、他の女になびかないなら、あたし限定ならちょっと変態なくらい、妻としても許してあげないといけないわよね。

 

「ふう」

 

 階段を462段登り終えると、道が右にカーブして、廊下上になっていた。

 そうそう、確かここから更に歩くと、24段の階段があるんだっけ?

 

「よし、あとはここだけだな」

 

 やはり、少しだけ階段があった。

 

「うん」

 

 さっきよりも角度が急だけど、浩介くんはさっきキスしたお陰か、先に行くようには言わない。

 

「よし、もう少しだな」

 

 486という数字を見る。どうやらここが終点らしい。

 

「なあ思ったんだけど」

 

「うん」

 

 全て登り終えると、浩介くんがあたしに向き直って言う。

 

「もし、さっきの階段を1年に1段しか登らなかったとしても、永原先生の人生の方が長いんだなって」

 

「あ、そういえばそうよね」

 

 永原先生の方が、更に16段分長い。逆に言えば、あたしたちが生まれた頃は、1年1段としたらまだこの階段の方が長かったわけだけど。

 どちらにしても、あの果てしない階段を、1年にたった1段という途方もないペースで上ったとしても、永原先生の人生はそれよりも長い。

 今までもそうだったけど、永原先生の人生の長さは、様々なことに例えられるのね。

 

「さて、上りホームはこっちらしい」

 

 どうやらこの駅は、東京方面は地上にホームがあって、新潟方面の地下ホームは486段の階段を使う必要がある。これほどに遠いのは珍し……というよりは他にないわよね。

 

「あ、優子ちゃんお疲れ」

 

 上りホームの近くのスペースに近付くと、義両親が自販機の前で飲み物を買っていた。

 待合室はどうも閉鎖されているらしい。

 

 上りホームには、さっきの鉄道マニアと思われる軽装の男性が立ち尽くしていた。おそらく、上り電車をのんびりと待っているのかもしれない。

 上りのホームは、平凡な地上駅という感じだけど、下りホームのインパクトを知った後では感慨深いわね。

 

「さ、優子ちゃん、駅前に行くわよ」

 

「うん」

 

 あたしたちは、駅を出て土合の駅舎を見る。駅の周囲は山になっていて、民家のひとつもない。

 まあ、登山客向けの駅だから仕方ないのかな?

 一方で、駅までの駐車場には、車がかなり止まっていた。

 

「谷川岳の最寄り駅だけど、今は車の他にも水上駅からのツアーなんかもあって、あえてこの駅を使うのは少ないわね。この車たちも、おそらく谷川岳が目的よ」

 

 お義母さんが駅について解説してくれる。

 

「まあ、そうよね。登山の前にあんな階段上らなきゃいけないなんて」

 

「昔は賑わってたのよ。それに、登山者にとっては『ウォーミングアップ』にもなるわけだもの」

 

「あー、なるほどなあ」

 

 確かに、階段としては緩いものね。

 

「そして、この駅は穴場になったのよ。登山家の中にもあえてこの駅を使う人はいるけど、いかんせん1日に上下5本しか電車が来ないもの。谷川岳への観光客の大半は、別ルートを使って、この駅はまさに『知る人ぞ知る』となったわ」

 

 確かに、この駅で降りた登山客も比較的中高年が多かったし、喧騒とはかけ離れた駅なのは確かね。

 ちなみに、夏よりも冬の方が列車が増発されるらしい。確かに、いかにも冬は雪が凄そうだものね。

 

「さ、次の列車まで後40分程度よ。降りる所要時間は10分が目安だけど、優子ちゃんのことを考えて20分前には戻るわよ」

 

「あ、うん、分かったわ」

 

 大事を取るのはいいわね。

 

「それにしても、やっぱりこの駅って不思議だわ」

 

「ああ」

 

 あたしたちは、駅構内の散策もそこそこに、今度はもと来た道を下って戻ることにした。

 下りの通路は、上りと比べてもはるかに楽で、あたしは荷物を持ちながら、ゆっくりと余裕をもって、ホームへと戻ることができた。

 ホームは、さっきよりも閑散としていて、まさに静寂の時間になっていた。

 

「ふう、すごい駅だったわ」

 

「そう? じゃあ次に訪問する駅も、きっと優子ちゃんのお気に召すと思うわよ」

 

 どうやら、まだもう一箇所、訪問するところがあるらしい。

 

「へー、どこの駅なの?」

 

「それは来てのお楽しみよ」

 

 お義母さんは、またも秘密にしたいらしいわね。

 まあ、いいわ。楽しみに待つことにしよう。

 

 土合駅の地下ホームに立っているのはあたしたちだけ。

 ゴールデンウィークならもっといてもいいとは思うんだけど、何だかんだでまだ朝早いのかしら?

 

 かなり時間に余裕を持ったので、次の電車までが長く感じたけど、それでも比較的すぐに電車が来た。

 

 来た電車はさっきと同じタイプの車両で、車内はさっきと同じくらいの混雑度だった。

 扉が開く音と共にさっきよりもかなりまとまった人数の乗客が降りる。もちろん、そのほとんどは登山客だった。

 なるほど、首都圏から乗るとちょうど今頃ここにつくせいなのかもしれないわね。

 

 あたしたちは、容易に空いたボックスを1つ手にいれることが出来た。

 

 

「次は土樽、土樽です。The next station is Tsuchitaru.」

 

 相変わらずの車内放送と共に、電車はトンネルの中を更に進む。

 もしかしたら、次の土樽駅もトンネルの中かなと思ったけど、それは間違いで、トンネルを出てすぐに駅に止まった。

 あ、ちなみにトンネルを出ても雪はとっくに溶けていました。

 駅から出ると、車窓には「土樽PA」も見える。

 

「真冬だったら、車窓ががらんと変わって感動ものなのかな?」

 

 浩介くんが小声でそう呟く。

 

「うーん、真冬だと、水上の時点で雪国なんじゃない? よく冬の雪のニュースでも出てくるし」

 

 あたしが、身も蓋もない突っ込みをしてしまう。

 

「あはは、違いねえな」

 

「次は、越後中里、越後中里です。The next station is Echigo-Nakazato.」

 

 土樽駅を過ぎ、越後中里駅に近付くに連れ、山奥を抜けて本格的に、列車は新潟県に入った事が分かる。そしてその次の駅は「岩原スキー場前」だけど、今は多分営業はしてないかな?

 

「昔はゴールデンウィークまでスキーは楽しめたけど、今は5月ともなるとよっぽど盛況な所でもない限り営業はしてねえぜ。まあ、ガーラ湯沢ならやってるとは思うけど」

 

 スキーが得意な浩介くんが、スキーについて解説してくれる。

 ちなみに、車内放送では、次は越後湯沢駅で、上越新幹線への乗り換え案内を行っていた。

 

「そうなのね。ねえ浩介くん、『ガーラ湯沢』って何?」

 

「この次の駅の越後湯沢駅のちょっと先にあるスキー場さ。ほら、冬になると『新幹線で行けるスキー場』ってことでよく宣伝してるだろ?」

 

「あー、そういえばあったわね」

 

 列車は、春の新緑の香りが残る新潟を北上していく。

 しかし、それもやがて終わった。

 

 越後湯沢駅から5駅目の「六日町駅」で、お義母さんが「優子ちゃん、降りるわよ」とあたしに言ってきたからだった。

 

「もしかして、ほくほく線に乗り換えるの?」

 

 さっきも「『北越急行ほくほく線』はお乗り換え」って言ってたし。

 

「ええそうよ。2つ目の『美佐島』で途中下車するわ」

 

「う、うん。分かったわ」

 

 あたしたちは、ホームに止まっていた青い色の電車に乗り込む。電車の側面には独特のうさぎさんの絵があった。

 

「この電車は、後ろ乗り前降り、ほくほく線経由、犀潟行きです。整理券をお取りください」

 

 ワンマン列車の自動放送は、JRなどと違って男性の声だった。

 車内は、地元住民と思われる人たちでそれなりに賑わっていた。

 

 車内はよく見ると地方に装備されているトイレの類いはなく、また横の向い合わせのシートと、ボックスシートが混在する作りになっていた。

 ボックスはすべて埋まっていたので、あたしたちは横長のロングシート部分に腰かける。

 

「お義母さん、『美佐島』には何があるの?」

 

「ふふ、見てのお楽しみよ」

 

 今はシーズンではないけど、車内の案内に、「青春18きっぷはご利用になれません」という案内もあった。

 

「ここはJRではないのよ」

 

「あー、何か雰囲気的にそうよね」

 

 ほくほく線何て名前、JRはつけそうにないし、電車のデザインもちょっとだけ独特な上に古めかしいし。

 

「元々は越後湯沢駅から北陸方面に特急列車が通ってて、地方の第三セクターとしては珍しく黒字経営だったのよ」

 

「だった?」

 

 つまり今は赤字ってことかしら?

 

「北陸新幹線が出来て、特急はくたかは廃止、もとい北陸新幹線に転身したわ。だから今ではここもローカル線よ。でも、真冬でも遅延と運休がJRよりも少ないとあって、地元住民からの支持は高いわ」

 

「なるほどねえ」

 

 お義母さん、というよりも、永原先生の話を聞いたお義母さんによれば、ほくほく線は難工事の連続で、一方でこの路線は踏み切りがないこともあって特急列車は最高速度が160キロで走っていて、日本の在来線では最速を誇ったそうだ。

 

「間もなく発車いたします。閉まるドアにご注意下さい」

 

 運転士さんの放送と共に、ドアが閉められ電車が発車する。

 

  ピーポーン

 

「次は、魚沼丘陵、魚沼丘陵です。後ろの車のドアは開きません──」

 

 そして、やはりJRとは違う独特のワンマン放送が流れていく。

 列車はやがて高架を進み左に大きくくカーブする。上越線と違い、単線になっている。

 眼下には、稲作の盛んな新潟県らしく見事な田んぼが広がっていた。

 秋にはおそらく、辺り一面が黄金に輝くんだと思う。

 

 魚沼丘陵駅では、乗客が1人だけ降りた。そして間もなくすると、また電車がトンネルの中に入った。

 

「このトンネルは難工事だったのよ」

 

「確かに、何かそんな気がするわね」

 

 トンネルはどこまでも続いていて、途中なぜか右側が空いていた。

 線路がガタンゴトンといったので、恐らくは単線での行き違い用の場所だと思う。

 確かに、トンネル長いものね。

 

  ピーポーン

 

「間もなく、美佐島、美佐島です。運賃、きっぷは、整理券と一緒に運賃箱にお入れください──」

 

 先程と同様の感じの放送が流れ、列車はブレーキと共に減速していく。

 やはり、ここもさっきと同じくトンネルの中の駅という訳ね。

 

「さ、運賃はこの袋にいれてあるわ。降りましょう」

 

 お義母さんがそういうと、あたしたちはこの駅で降りるために列車を立ち上がることにした。


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