永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「すみませんでした!」
今日の授業が終わった後、桂子ちゃんと一緒に天文部に行こうとしたら、男子の一人が私に謝ってきた。
それだけならばまだいいんだが、数人の男子が列をなして私に謝りに来ている。
一体何が起きたのか? 私もよく分からなかったため、困惑しながら対応する。一人ひとり謝罪が丁寧ということもあって、長くなりそうなので桂子ちゃんには先に行ってもらった。
「これからは女の子として見るから、どうか許してくれ!」「実は最初の時から女の子にしか見えなかった、だけどみんなが男扱いするから、本音を言えなかった」「不覚にも一目見てヤりたいと思った、おっぱい揉みたいと思った。だけど中身が石山だと思うと……それで無理やり男扱いして気持ちを整理しようとした」「石山には何もしてないけど擁護もしなかった俺も同罪だ」
男子それぞれが思い思いに言い訳を披露する。これがまた面白い。
……というか、明らかに最初から静観していた男子が嘘の罪を自白しているケースさえもあったから複雑な思いだ。
さすがに、嘘の罪で謝罪をされても逆にこちらも対応に困るので、そういう人には、「あなた何もしてないよね? 大丈夫?」と声をかけたが、ますます虚偽の罪を自白するばかりで困ってしまった。謎の団結力だ。
ともあれ、後ろもつかえているのその男子にはひとまず「身に覚えはないけどとりあえず受け取ってておく」ということで、何とかお帰りいただいた。
謝罪した男子の人数は多く、何だかんだで篠原と、最初から静観を決め込んでいた男子3人以外の全員から謝罪を受け取った。
……で、その謝罪の列の最後尾。篠原が最後の最後に並んでいた。
何分、私を殴ろうとした篠原の謝罪だ。その場に居たクラス全員の注目が集まっている。
「す、すまねえ!!! 本当にすまねえ!!!」
篠原は漫画のような表現そのままに、「ジャンピング土下座」して来た。
「俺は……俺は最低な男だ!!! クラスで一番ひどいことしておきながら、一番最後まで謝れねえで……!!!」
「優子さんに、ひどいことばっかり……あんな弱くなったのに、復讐ばっか考えて……」
頭を思いっきり地面に擦り付けながら、涙声で罪の告白をする。私はどちらかと言えば、高月の方に悪感情があったんだが、どっちにしてもちょっとだけ優越感にひたれた気分だ。
男子がエロの塊であることは分かっていたため、スカートを覗こうとしないように、前かがみになる。
だけど、篠原の謝罪はちゃんと受け止めないといけない。
「女を殴っちゃいけねえなんて……当たり前のことなのに……仕返しできればなんでもいいなんて……高月でさえ止めたのに……俺は……!」
でも、篠原の言い分もわかる。私も男の頃、随分この男にひどいことしたんだから。
「……うん、もういいわよ。私こそ、ひどく怒鳴ったり無理やり要求したりしてごめんね」
「え?」
「ほら、もう立っていいわよ。私だって悪かったんだから、少し仕返しされても当然だもの。だから、もうこれで『手打ち』よ」
実際、篠原は一年の時から怒鳴ってた。2週間のいじめで大泣きした私に謝るのは、今になって冷静に考えれば、いくら男が女に対していじめているとはいっても、釣り合ってない。
「で、でもよお、一発、一発殴ってくれねえと収まりがつかねえんだよ……!」
「……」
「な、なあ……!」
やっぱり、本来の篠原は責任感が強い人だ。
でもやっぱり、あまり殴るのはしたくない。
「うーん、じゃあ立ってくれる?」
「う、うん」
篠原君が立ち上がる。もちろんスカートは覗かれないように警戒する。
見下げる格好が見上げる格好になった。男の頃とは身長差が逆転している。
「えいっ!」
私は篠原君の頬に向かってビンタを浴びせようとした。
ペチッ!
思いっきりビンタしたけど、いつぞやの桂子ちゃんよりずっと弱いビンタ。篠原はびくともしない。
「篠原君のえっち!」
「え?」
「土下座にかこつけて、私のパンツ見ようとしたでしょ?」
教室から「うわ~スケベ~」「変態~」という声が上がる。
「え? い、いやそんなことは……!」
「……はい、これでおしまいよ! 私、桂子ちゃんに呼ばれてるから、じゃあね~」
「あ、ああ……」
私は流れるように教室から出て、桂子ちゃんの待つ天文部へと駆けていった。
そういえば、篠原君の顔、ちょっと赤かったかも。
篠原は本当は気が弱くて根はとってもいい人だった。私も男の頃、傍目でそういう篠原を見てきた。だけど、私が男の頃にひどいことしたから、2年生になってから特に性格が歪んだ。でも、過去の精算も終わったら仲良くなれるかもしれない。
そんな淡い期待を懐きながらも、私は桂子ちゃんと坂田部長のいる天文部へと向かっていく。
「こんにちはー」
「ああ、優子ちゃん、遅かったじゃない」
「ごめんごめん、男子が殆どみんな謝ってくるから」
「石山さん、大変でしたわね」
「優子ちゃんにとって、今月は一生忘れられない月になると思うよ」
「そうね、あの日は人生最大の転機よ」
「でもすごいですわねえ、一ヶ月足らずで人間ここまで変わるものですか……」
「部長、女の子になったら女の子らしくなるためのプログラムがあるんですよ。私も受けました。そこでは……少しでもがさつな態度したり、女の子らしくない言動したら怒られるんですよ」
「へえ、大変そうですわね……」
「でも、何より優子ちゃんが変わろうとしたのが大きいよね」
「……そうね、永原先生によると、『成績不良者』と言って半端な覚悟でプログラムを受けた人は、女の子らしくなれないらしいのよ」
「そこで何故、永原先生の名前が出るのですか? ……詳しく聞いてみたい気もしますが……長くなりそうですからこの辺で切り上げまして……今日も天文部の活動を始めますわよ」
「「はーい!」」
こうして、天文部の日常が始まった。
「あ、部長、例の計画の件はどうなりました?」
「ええ、順調みたいですわ」
「楽しみですよねー」
「でも実際に打ち上げるとなると、相当先の話ですわね」
「それに、プロキシマまで付くのにも時間がかかりますし」
私がJAXAなどのホームページを巡回中、桂子ちゃんと坂田部長がまたよく分からない話をしている。
「……何の話をしてるの?」
「実は切手サイズの宇宙船探査機を光速の20%まで加速させて、4.25光年離れたプロキシマ・ケンタウリの惑星を探査させようっていう計画があるのよ」
「ご、ごめんなさい。何を言っているのかさっぱり分からないんだけど……」
「あ、ごめんごめん。じゃあ順を追って説明するよ」
「『プロキシマ・ケンタウリ』っていうのは太陽系から一番近い恒星のことよ。太陽のお隣さんだと思えばいいわ」
「うん、それで?」
「それが4.25光年離れているのよ」
「光年は確か理科でやったわね、光は1秒間に30万キロ弱だっけ?」
「そうそう、だいたい1.3秒で月まで届く。あるいは1秒で地球を7週半すると言ってもいいわね」
「それだけの速度で行っても4年と4か月近くかかるのねえ」
「キロになおすと40兆0280億キロくらいよ。太陽と地球までの距離で1億4960万キロ、人類が行った月までの距離が38万4400キロなのと比べると、人類の勢力圏は本当に小さいのよね。でも、プロキシマ・ケンタウリだって宇宙から見るとすごい近い距離なんだけどね」
想像を絶する遠さだけど、これでも宇宙ではご近所だというのだから驚きだ。
「で、そんな星がどうしたの?」
「そうそう、この度、このプロキシマに探査機を送り込む計画があるのよ」
「ええ!? そんな遠くに? 人間のスケールじゃ無理でしょ?」
「レーザーで加速する特殊な素材を使うことで、極限まで軽量化させて光速の20%まで加速するのよ。すると22年くらいでプロキシマに着けるのよ」
「でも光の速度でも命令を発して返ってくるまでに往復で8年半かかるから……」
「とんでもない話ね」
「準備期間も含めて、観測結果を得られるのは早くて50年後みたいよ」
「50年後ですかあ、私たちは……高齢者ですわね」
「そうだよねえ、それに、予定通り行くかと言えばそうでもないでしょうし……」
「技術的問題点かあ……確かに光速の20%でも6秒くらいで月に行くって速度よね……そんな速度で制御できるのかとか……」
「……あーあ、寿命がない優子ちゃんが羨ましいよ」
桂子ちゃんがため息をつく。
「そうねえ、私も天文部だから、気持ちが分かりますわ」
「50年後……今のあたしにとっては遠い将来だけど……」
「優子ちゃんも永原先生くらいの年齢になればあっという間に感じるかもよ?」
「え? 木ノ本さん、永原先生って古典の先生ですよね? あの先生って若い先生でしょ?」
「あーすみません、部長、なんでもありません」
「そ、そう?」
遠い将来の話題になり、私はほんの少しだけ、疎外感を感じる。
もちろん、男子にいじめられていた頃に比べればとても些細なこと。
だけど、これとばかりはどうしようもない。私に課せられた、もう一つの大きな運命なんだから。
「にしても、惑星探査でも大変なのに、恒星探査なんてやろうとするんだから驚きよ」
「桂子ちゃん、人類はどうしてそこまでして宇宙を開発するの?」
私は以前より気になっていた疑問を桂子ちゃんにぶつけてみることにした。
「優子ちゃん……それはね、地球は……永遠に住めるわけじゃないからだよ」
「そういえば、理科の時間でやってたっけ?」
「そうそう、太陽だって永遠に持つわけじゃないから、将来的には別の星に行かなきゃいけないということよ」
「なるほどねえ」
「それに二つの星に人類が住んでれば地球がダメになっても、もう一個の星で生きていけるでしょ? 宇宙開発の意義というのは突き詰めるとそこに集約されるのよ。もちろん、他にも科学的貢献は多いんだけどね」
「そ、そうなんだ……」
「たまにロマンだなんて語る人もいるけど、ロマンだけならNASAがあんな予算を受けられるわけないでしょ? ちゃんと理由があるのよ」
「むしろ、私に言わせればロマンなんて言ってはぐらかそうとするのは『無能な味方』だと思うのよ」
桂子ちゃんがやや強い口調で言う。
「相変わらず、木ノ本さんは宇宙に関しては手厳しいですわね」
「そういえば、部長は後輩の私や桂子ちゃんにもやけに丁寧ですけど」
「ああ、この人そういう人だから――」
「いえ、私、木ノ本さん尊敬してますのよ?」
さらりととんどもないことを言う。
「えええ!? 私も今知ったんだけど?」
桂子ちゃんもびっくりしている。
「ええ、私は天文部の部長です。私も天文を志すファンの端くれですわよ。知識も技量も上の人を尊敬するのは当然のことではありませんこと? それに、天文の世界での1年なんて、超新星でもない限り些細なことですわよ」
「う、うん」
まあ確かに、坂田部長の話は理屈では納得がいく話だ。一理どころか二理も三理もある話だ。もやもやしてもしょうがない。
この会話は一旦途切れ、再び天文部の情報収集に戻る。
「……そういえば、桂子ちゃん、この大きな箱みたいなのは何なの?」
無理やり気にしないでいたけど、やはりこの直径3m強はある巨大な置物について、そろそろ話題にしようかな。
「あーこれ、先輩が作って私が改良した太陽系のミニチュアよ」
内側のすごく小さいところに密集しているが水星金星地球火星かな? 物凄い見にくいけど水星の軌道がちょっといびつに傾いてる。
木星、土星がその少し外側に、天王星と海王星と思わしき惑星がかなり離れている。
「日にちを進めると……って昨日進め忘れてた!」
日にちが金曜日になっている。
「まあちょうどいいわ、こうやって、年月日を合わせると……」
桂子ちゃんがダイヤルを回すと、星のミニチュアがわずかに動いた。天王星と海王星はわからなかったけど。
「へえ、すごいなあ……」
「そうそう、将来的にはエリス、冥王星、ハレー彗星あたりも加えたいんだけど、どうしても縮尺に合わないのよね……」
「冥王星やエリスは遠すぎてこの箱には収まらないんですの……もともと最初にできた時も、この模型は土星までだったんですが、それを木ノ本さんが改造したんですわ」
実際このミニチュア、かなり大きい。これ以上の拡張は難しそうだ。
「今回の拡張版のほかにも、いくつか新しい作品を作って文化祭で展示したいんだけど、他にいい案ない?」
「うーん、あたし、まだ宇宙のこと全然わからないからなあ……」
「だからこそよ。優子ちゃんは真っ白だからこそ、発想力があるのよ」
「といっても、本当に知識なかったら何もできないよー」
「うぐっ、ううん……やっぱりもう少し勉強が必要かな」
「う、うん。お手柔らかにお願いします……」
「分かったわ、優子ちゃんには学校の理科でやらない範囲で、教えていくわね」
「ありがとう」
「ふふっ、やっぱり新しい仲間っていいですわね」
「そうね……天文部、少なくなっちゃいましたし、私が卒業したらなくなるなって思ったんだけど」
「後輩が入部してくれないとだめですわね……」
「そういう意味で、文化祭は大事なんですわ。来年入って来ようとする志願者とかも来ますから。私にとっても最後の文化祭ですし」
部長がやる気を見せている。
「それじゃあ、アイデアを考えつつ、私が宇宙についていろいろ話すわね」
「ところで、さっきの話だけど、冥王星は知ってるけどエリス、ハレー彗星って何?」
「そこからね、エリスっていうのは……」
桂子ちゃんの宇宙談議が始まった。私も、興味深く耳を傾ける。
壮大な話で好きになりそうだ。