永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
バーベキューが終わり、後片付けは、パワーの余っている男たちの仕事になった。
することがなくなったあたしたちは、幸子さんと歩美さんの3人で浜辺で寝転がりながらくつろぐ。
「のどかだわ」
「ええ、そうね」
ふいに、左端にいたあたしが左を向く。そこには、海の家が見えて2年前と同じく焼きそばが売られていて、買い求めるお客さんたちで長蛇の列ができていた。
「優子さん、どうしたの? 海の家なんか見つめて」
幸子さんがあたしに気付いてそう声をかけてくる。
「あーうん、ここの海には、忘れられない思い出があるのよ。あそこの焼きそばもそうよ」
「え、どんな何ですか?」
幸子さんと歩美さんは、その事が気になる様子、うん、後のことのためにも、話しておかないといけないわね。
「2年前のちょうど今ごろよ。あたしは浩介くん、今の旦那さんと一緒にああやって列に並んでいたわ」
「……」
2人とも、あたしの話に真剣に耳を傾けてくれる。
「そしたらね、3人組の男にナンパされたのよ」
「うへえ、優子さんナンパされたことあるんですか!?」
幸子さんがかなり驚いている。
「ええ、幸子さんはそういう経験ないの?」
「あはは、私はあいにくないわねえ……」
「私も、ナンパされたらパニックになりそう」
どうやら、2人ともナンパの経験はないらしい。
これだけかわいくて美人なのに、やっぱり最近は草食系男子って増えてるのかな?
「で、断ったら逆ギレされちゃって、最終的には浩介くんが3人相手に喧嘩して勝ったのよ」
「へー、あの人かっこいいだけじゃなくて喧嘩強いんだ」
歩美さんが浩介くんについて感心したように言う。
ふふ、あげないわよ。
「うん、あたしを守るために鍛えるんだって」
鍛え始めた本当の理由は伏せておく。
「そ、そうなんだ」
「素敵な話ねー」
何となく相槌を打っている歩美さんと、共感を覚える幸子さん。さっきのお花摘みに行く時もそうだったけど、同じあたしの患者でも成長度合いで反応が違うのがよく分かるわ。
男性に守ってもらえるのって、それだけで惚れちゃう理由になるのよね。
「えへへ、直哉さんも、そんな男性になるといいわね」
「うん」
「ねえ、ちょっとそこのお姉ちゃんたち」
「「「え!?」」」
突然の知らない男の人の声に、あたしたちはほぼ同時に顔を見上げる。
「ねえ、お兄ちゃんたちと遊ばない? 今なら全部おごってやるからさ」
やっぱりだわ、いかにもチャラチャラした感じで、あたしたちにナンパしてくる2人組の男。
「ね、ねえ優子さん」
幸子さんが不安そうな表情であたしを見る。
「お断りします。あたし、これでも既婚者ですから」
「はぁ!? お前何言ってんだ!?」
あたしの言葉に、男2人組は口調を強める。
「とにかく、ナンパなら受ける気はありませんから」
「んだよ、固いこと言うなよ!」
男の一人が幸子さんに掴みかかろうとする。
「や、やめてください!」
幸子さんが怯えた表情を見せている。
「いーじゃんかよーそんなかわいい水着着て、誘ってるんだろ!?」
もう一人の男があたしの胸にめがけて手を出そうとする。
話は通じそうにないわね、仕方ないわ。
「きゃあああああああああ!!!!! 誰かああああああああああああーーーーー!!!!!」
「やべっ!」
あたしが迷わず叫ぶと、男たちが怯む。
すぐに後ろから、ものすごい勢いで走る音が聞こえてくる。
「優子ちゃん!!!」
「幸子ちゃん!!!」
予想通り浩介くんと直哉さんだった。
「おい、ずらがるぞ」
「ああ」
ナンパ男たちは、2人の男が救援に来たのを見て、慌ててその場から立ち去る。
周囲も周囲で「何事か」という感じでざわついている。
「はぁ……はぁ……優子ちゃん大丈夫?」
「うん、誰も怪我はないわよ」
浩介くんにあたしは優しく声をかける。
正直言うと、今のあたしはかなり興奮してたりする。やっぱり好きな男の子に守られる時以上に興奮することはないわ。
「幸子ちゃん! 大丈夫か?」
「うん、ちょっと掴まれそうになっただけ」
「はーよかった! やっぱり幸子ちゃんみたいにかわいい彼女だとナンパあるよなあー」
あたしにとっては、2年ぶり3回目のナンパ。やっぱり海と言う場所は開放的になるから、こういうことも起きるわよね。
「何か寂しいなあ……」
一方で、誰も駆けつけてくれなかった歩美さんは浮かない表情だった。
「ふふ、歩美さん、悔しかったら早く恋愛を覚えて、男の子の恋人を作るのよ」
「うん、分かってる」
歩美さんは、彼氏が自分にだけいないことがちょっとコンプレックスらしい。いい傾向だわ。
「いい? 女の子らしい叫び方を覚えれば、男も守りたくなるものよ」
「「そ、そうなんだ……」」
歩美さんと浩介くんが、同時に驚いている。
「あーん、直哉素敵ー!」
一方で幸子さんの方は目がハートになっていて、どうやら心配なさそうね。
あたしたちは、もう一度テントの方へ戻る。
このことは永原先生にも報告した方がいいわね。
「篠原さん、どうしたの大声で叫んだりして?」
永原先生に報告する前に、彼女の方からあたしたちを心配して声をかけてくれた。
「あーうん、2人組の男に強引にナンパされちゃって」
「あー多いわよねえ」
TS病患者にとって、ナンパは大きなイベントにもなる。
あたしも、浩介くんに恋した直接の原因は、ナンパから身を守ってくれたことだったし、幸子さんも、自分の身を守ろうとしてくれた彼氏にデレデレに惚れている。
恐らく愛を深める大きなきっかけになったと思うし、歩美さんはより一層恋愛にたいする関心を深めている。
女の子になったばかりの時に男にナンパされた場合、当人に女性としての自覚を深く植え付けるけれど、一方で精神がより不安定にもなるため、TS病患者、特に発病直後の患者にとっては、「諸刃の剣」の代名詞的な存在にもなっている。
「以前も海でナンパされちゃったし、海は鬼門だわ」
「まあ、篠原さんの水着姿見たらナンパしたくなるのもしょうがないと思うけど」
比良さんはあっさりとした表情で言う。
明らかに「何度も経験あります」という様子だった。
「やっぱり、副会長さんも?」
「ええ何度もあるわよ。特に女になったばかりの幕末は酷いの何のって」
比良さんはやや疲れた表情で言う。よっぽどひどい思い出みたいね。
「どんな感じだったんですか?」
「ええ」
比良さん曰く、断ったら斬られそうな勢いになったので、全速力で逃げて近くの人に助けを求めたりしたらしい。
なんかめちゃくちゃ喧嘩っ早い話よね。
「それでも、私が生きてた戦乱の時代よりはマシなのよ」
側で話を聞いていた永原先生がそんなことを言う。
「そりゃあまあ、あの時代は最悪の時代ですからねえ」
「ええ、些細なことから大喧嘩になって延々と復讐が連鎖することも珍しくなかったわよ。例えば天正中期……太閤殿下、時の羽柴筑前守殿が天下統一に進まれていた頃、私は京都の商家に仕えていたのよ。その時に私が客の侍にナンパされたのを断ったのをきっかけに私は散々に殴られて店主がそれを聞きつけてその侍をリンチして、そこから場外乱闘が連鎖して最終的には両家の主家の足軽たちが総出で威嚇しあって殺しあいになりかけたこともあったわよ」
「な、何よそれ」
そもそも何でそんなことでそんな大騒動になるのよ。
「他にも、『少し体勢を崩したのを笑われた』とかなんとかで通行人が武士に辻斬りされたとか、真田の村にいた時も『我が畑に勝手に侵入して作物を踏んだ』というきっかけで農民同士が一家総出で農具で殴り合いになって、最終的には城の人が出てきて仲裁する騒ぎになったこともあったわよ」
永原先生が昔話をしてくる。
戦乱の時代というのは殴られたので殺す、仲間が1人殺されたから2人殺す、じゃあ今度は3人などという事が日常的に起きる世界で、復讐が連鎖する相手も、親類縁者ならまだいい方で、その家の家来だったとか、ひどいのだとたまたま近くを通りかかっていたという理由で、一方的に敵視されて仕返しの対象になることさえあったらしい。
「どんだけ沸点が低いのよ」
あたしが、半ば呆れる感じで言う。
「あの時代の人はみんなあんな感じよ。面子と感情で食べているような人ばかりだったわ。今の『キレる老人』とか問題にさえならないわよ」
やっぱり、戦乱の時代というのは、ろくでもない時代だったのは確かみたいね。逆に言えば、戦乱が続くと人間というのはここまで荒っぽくなれるということでもあるのよね。
「泰平の世になって、私が江戸の家に住む頃でさえも、それはもう江戸はともかく他の村や他の町では辻斬りだらけだったわ。5代様の『生類憐れみの令』がなければ、どうなっていたことか分からないわ」
江戸幕府5代将軍、生類憐れみの令と言えば徳川綱吉よね。
そう言えば、赤穂浪士と吉良家との処分に対しても、永原先生は持ち出していたっけ?
「生類憐れみの令……あれって『天下の悪法』じゃなかったっけ?」
歩美さんが当然の疑問を話す。確かに学校ではそう習うものね。
「山科さん、戦乱の時代から生きている私からすれば……確かにやり過ぎな面はあったかもしれないけど、当時の人の人命軽視っぷりを考えたらあれは必要な法律だったわ」
確かに、さっきの話を聞いたら、これくらいしないといけないのかもしれないわね。
「へえ、でも確かにそうかもしれないよなあ。切り捨て御免とかもあったって聞くし」
「ふふ、切り捨て御免はリスクも高くて、証明できずに逆に自分が処分されることも多かったわ。平和な時代が定着した江戸後期には殆ど見られなくなったわね」
永原先生がまた諭すように言う。また永原先生曰く、他の領地の住人を斬るとその藩の大名とのトラブルになるし、特に直轄領だった江戸などでは下手すると幕府への反逆とみなされる危険性もあったので、江戸の町人の中には無礼を受けても斬れない事情を逆手に取りわざと武士を挑発して面白がる遊びが流行したとか。
とにかく江戸城で歴史の中心を常に見てきた永原先生はとても強いわね。
「へえ、江戸時代って結構複雑なんだな」
「ええ、何もかも最悪だった、血で血を洗う戦乱の時代に比べたら、江戸時代は極楽浄土よ。まあその江戸時代でも、今と比べたら生活水準はあまりにも悪かったわ」
永原先生によれば、衛生環境という意味では江戸時代は意外としっかりしていて、死体がそこらじゅうに転がっていた戦乱の時代と、工場などの有害物質によるかつてない公害が頻発した昭和30年代が最悪の双璧で、治安面では戦乱の時代から江戸初期が最悪で、次いで悪いのは幕末、そしてその次が終戦直後から昭和40年代だとか。
一方で、治安の良さでは現代が圧勝で、次いで喧嘩に明け暮れてはいたが、幕府が置かれていて、武士の多かった江戸の中期の江戸の町が、比較的マシだと言う。
「総じて、今の時代が一番暮らしやすいわね。日本は治安がいいけど息苦しいなんて言う人がいるけどとんでもないわ。そんなことを言ったら戦乱の時代なんて、それこそ何でもありに近いくらい開放的だったけど、すぐに喧嘩して、大抵のことは力ずくで解決して、略奪でさえ日常の1ページで、乱暴な喧嘩両成敗が横行せざるを得なくて、最悪な時代だったもの」
永原先生が言うと、説得力が半端ない。
「ええそうね、昭和の高度経済性長期だって、今から見れば本当にひどい時代だったわよ」
比良さんがそう付け加える。
「希望があったなんて言う人もいるけど、ひどい環境だったから上に上がりやすかっただけよ」
余呉さんの言葉には重みがある。
「なるほどねえ、もしかして息苦しい国ほど治安がいいのかな?」
「ええそうよ、逆に言えば、開放的な国や地域ほど治安が悪いわ。開放的だからと言って、些細な理由で大騒動になって斬り合いになる時代なんかゴメンだものね」
幸子さんの言葉に、永原先生が同意する。
そう言えば数年前に流行った某イスラムテロ集団だって、開放的と言えば開放的だもんね。
「ええそうね、息苦しいのは嫌だなんて言う人がいるけど、犯罪に巻き込まれるよりかはよっぽどいいことだわ。特に私たちにとっては、寿命にも関わることですから」
比良さんの言葉は、あたしたちよりもずっと重みが違う。
なぜなら比良さんもまた、江戸の泰平の時代と、動乱の幕末期を潜り抜けてきた人だから。
「ええそうね、それに昔は性犯罪だらけでしたし」
「そう言えば以前、江戸時代の痴漢の話をしてくれましたね?」
そう、確かあれは修学旅行の時だったわね。
「えー! 江戸時代に痴漢ですか?」
幸子さんが驚いている。
「でも銭湯が混浴だったなら、かなりいそうだと思うけど。電気もない時代だし」
一方で、歩美さんは結構冷静に話す。
「ええそうよ、例えば──」
永原先生が、あの時と同じように江戸時代の痴漢について話す。
「あの時代、女が1人で夏祭りにいくのは痴漢されたくて行くようなものよ。今は違うけど、あの時はお尻触られたら魅力的な女ということで上機嫌になったものよ」
「うへえ、すげえ話だ」
「へー、じゃあもし幸子ちゃんが江戸時代なら」
「え!?」
突然、幸子さんの背後から直哉さんの声がする。
「こうしたら喜ぶのかな!?」
むにんっ!
「きゃあ!」
幸子さんが背後から両胸を鷲掴みにさせられる。
幸子さん、いい悲鳴をあげているわね。
べちーん!
「もう! やめて!」
幸子さんが、顔を真っ赤にしながら直哉さんの頬をひっぱたく。あたしのそれより威力が強く、直哉さんは少しよろめき、頬には手の跡も残っている。
「悪い悪い。江戸時代の痴漢の話を聞いてたらつい」
「もー! 今は江戸時代じゃないよ!」
「よし、俺も!」
さらーり!
「きゃあ!」
別の声がしたかと思えば、浩介くんに胸を撫で付けるように触られていた。
「あーん、今はダメよ。後でまた、ね」
「うっ……」
本来なら幸子さんと同じようにビンタしてひっぱたくところだけど、今はちょっと趣を変える。
浩介くんったらまた水着を元気にしているわね。
「あはは、まるで弥次郎兵衛と喜多八みたいだわ」
永原先生が笑っている。
「弥次郎兵衛? 喜多八?」
幸子さんが頭に疑問符を浮かべている。
「あー、弥次さんと喜多さんって言った方がいいかしら?」
「え!? あれって確か十返舎一九の東海道中膝栗毛に出てくる!?」
あたしが思わず幸子さんに先んじて言う。
「ええ、そもそもあれはエロオヤジの買春ツアーの物語で、旅先で老若問わず女に手を出しまくっては失敗する作品なのよ」
「そ、そうなの?」
初耳だわ。
「ええ、例えば2人が茶屋ではまぐりを食べた時に茶屋の女性に対して『お前のはまぐりならなおうまかろう』と言ってお尻を触って怒られるとか、宿屋の娘に夜中に手を出そうとして成敗されるとか、そういうのを繰り返していたのよ」
「うげえ、知りたくなかったわね」
歩美さんが嫌そうな声をする。
そもそも、「お前のはまぐりならなおうまかろう」って、思いっきりセクハラだよね?
「私の家に江戸時代に買った本があるわよ。見てみる?」
「うーん、遠慮しておく」
幸子さんは申し訳なさそうに言う。
「え、家にあるんですか?」
逆に、歩美さんは興味津々に食らいつく。
「ええ、今の値段だと300円くらいで買った浮世絵とか、その手の書物とか、後は江戸城で着ていた着物、戦乱の時代から使ってた食器とか、4代様より譲り受けた食器もいくつか残っているわよ」
「ええー!? それってどれもものすごい価値のあるものなんじゃ──」
「うーん、多分大したことないものばかりよ。あー中にはまず間違いなくとんでもない値段がつく着物もあるけどね」
おそらく、吉良上野介にもらった着物のことね。
「えーでも、会長さん、鑑定番組に出てみたら?」
「うーん、私は全部本物だってわかっているけど、偽物とか言われるの嫌なのよ」
歩美さんの提案に対して、永原先生が渋る。
そもそも、実際当時を生きてその時代に買ったもの何だから、後世の偽物な訳がない。最初から全部本物と判りきってたら鑑定番組にならないし、万一鑑定士が偽物判定してしまったら、永原先生の顔に泥を塗りかねないし、場合によっては面目を回復させるために、永原先生が別の鑑定士を呼んで、泥仕合に発展してしまう可能性もある。
「あーそうねえ……でもやっぱり、広報部員としては、個人として番組に出るならありだと思うのよ」
「個人としてねえ……」
幸子さんの提案に、永原先生が腕を組む。
「確かに、あくまで個人としてなら、例え会長でも協会が口を挟むことはないわね」
「ええ、私も、特に異論はありません」
比良さんと余呉さんも賛意を示す。
「あたしも、一度永原会長の家宝や資産について知りたいですから」
「篠原さんまで……ええ、分かったわ。あくまで個人としてなら、確かに自分の財産の価値も気になりますから」
こうして、永原先生の、鑑定番組出演計画がスタートした。
「さ、長話もここまでにして、遊びましょう。まだまだ長いわよ」
「ええ!」
あたしたちは、もう一度海に駆け寄っていく。
比良さんと余呉さんも、海の中に入って、あたしたちと海水浴を楽しんだ。
比良さんのマイクロビキニは意外としっかりしていて、あたしの水着の方がポロリしかねなかったのは内緒だったりする。
まあ、緩んでもすぐに気付くから大丈夫だけどね。