永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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浜辺の宴

 さんさんと輝く太陽の下、多くのパラソルで覆われた空間には、あたしを含めて、多くの水着姿の美少女たちが集まり、少人数の男性の姿も見える。

 これが日本性転換症候群協会の団体客であると言うアピールがなければ、下手すれば大学のヤリサーとか、ヤバイ団体と思われていたかもしれないわね。

 

 蓬莱教授よ瀬田助教は分からないけど、その2人を除けば、ここに集まっている男性陣は全員彼女もしくは嫁がいる存在で、その彼女や嫁も全員ここにいる。

 彼らはいわば不老の美少女を射止めた幸せな男ということになる。彼らもまた、「蓬莱の薬」を渇望している人がたくさんいるわよね。

 

 

「さ、みんな揃っているわね。じゃあ早速準備に取り掛かるけど、料理担当は──」

 

 リーダーの永原先生が、担当を割り振っていく。

 ちなみに、あたしは「お皿並べ」、浩介くんは「火おこし」になった。

 あたしとしては、得意のお料理を担当できないのは不本意だけど、仕方ないわね。

 この協会には、女性としての生活が長く、またカリキュラムでは家事をよく教わるために、料理が得意な人が多いので、この中に混じればあたしの女子力家事力も、まだまだという評価なのかもしれないわね。

 実際、江戸や明治大正生まれもたくさん来ているし、まだまだあたしの修行も足りないのね。

 

「それじゃあ、皆さん、各自準備してください」

 

「「「はいっ!」」」

 

 永原先生の声と共に、各自が持ち場へと向かっていく。

 あたしは、まず飲み物を用意することにした。

 男たちが椅子とテーブルを組み立てていて、作業の様子を見ながら終わったところから順番に紙コップと紙皿を並べていく。

 

「篠原さん、その水着セクシーでかわいいわね」

 

 準備をしていると、他の会員の一人からそう声をかけられる。

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 協会の会員からも、あたしは注目の的で、単に水着が似合っているというよりは、若いのに優秀な正会員という評価が大きい。

 特に、国内外のフェミ団体や、「明日の会」を撃退してからは以前よりも更にあたしの名前を高めた。

 この功績は、もちろん永原先生の貢献がもっとも大きいとはいえ、あたしにも多分に功績が大きいのは客観的な事実。

 特に、明日の会側についた患者を早期自殺に追い込んだ件については、協会内でも賛否両論あったが、結果的には被害を最小限に食いとどめたとして、あたしの手腕が他の正会員たちからもとても評価された。

 願わくば、幸子さんと歩美さんの功績にも目を向けてほしいけどね。

 

「うーん、やっぱうちも篠原さんくらいでっかくなりてえよなあ……」

 

「もー、贅沢すぎますって」

 

 別の会員さんがあたしの胸を見てそんなことを言う。

 TS病の女の子の特徴として、「みんなそれなりに胸が大きい」というのがある。

 永原先生と余呉さんは、恐らく身長は150センチを切っていると思うけど、それでも両人とも近くで見るとかなり胸が大きく、永原先生の場合、普段のレディーススーツ姿ではそこまで意識しないけど、水着になるとそれは強調されている。

 

 それでも、あたしの胸の大きさは彼女たちに混じっても群を抜いて大きい。

 なので、こんな感じで他の会員さんからも大きな胸が羨ましがられることが多い。

 海に行くと、特にそれは強調されていて、道行く男性陣はよりどりみどりの巨乳に視線を奪われつつも、最終的にはあたしの胸に視線が集中する。

 

「っ……!」

 

 浩介くんが、また嫌な顔をしている。

 ふふ、また嫉妬しちゃったのね。

 普段なら、後でスカートめくられたり、胸を触られたりして、恥ずかし嬉しな思いで浩介くんのご機嫌を取り戻すんだけど、今日のあたしは肉食系女子なので、家に帰って水着になって、そこで浩介くんを襲うことにする。

 

「よしこんな所かな?」

 

 やがて、準備が完了すると、各テーブルごとに野菜が配られる。

 ちなみに、男性陣は1つのテーブルに隔離し、あたしは永原先生、比良さん、余呉さん、歩美さん、幸子さんの5人テーブルに配属された。

 5人でテーブルにすると、余計にマイクロビキニの比良さんとスクール水着の余呉さんが目立つわね。

 

「ふう」

 

「篠原さん、遊び疲れました?」

 

 余呉さんが話しかけてくる。

 

「ええ、お2人はもしかして?」

 

「ええ、ずっと写真会だったわよ。ふふ、お陰でいい臨時収入になったわ」

 

 比良さんが机の上に箱を出してくれて、中にはとてつもない量の100円玉があった。

 

「うわー、これ全部収入ですか? すごいわね」

 

 幸子さんが驚いている。

 

「ええそうよ」

 

 それにしても、よくずれないわねそのマイクロビキニ。

 本当に心もとないというか、あたしだったら絶対ずれちゃいそうだわ。

 

「へへん、それで、比良さんと余呉さん、トータルではどっちが人気だったかしら?」

 

「え!? そ、それは……」

 

 永原先生の問いかけに、2人は結構動揺している。

 

「いやほら、永原会長も人気あったじゃないですか?」

 

「えっへん、何てったって会長だからね」

 

 永原先生が「どやっ」という感じで胸を張る。

 

「あれ? 永原会長は列整理とかじゃなかったんですか?」

 

 あたしたちが着た時も、そんな感じだったし。

 

「いやー、そのつもりだったんだけど、『どうしても私を撮りたい』ってカメラマンさんが殺到してね。200円に値上げする代わりに、私も被写体になったわよ」

 

 永原先生の胸も強調しつつ、それ以上に幼さを強調した水着は、自分の需要を知り尽くしている水着でもある。

 比良さんのマイクロビキニと、余呉さんのスクール水着と合わさって、かなりシュールな空間になったのは想像に難くないわね。

 

「さ、そろそろ全てのテーブルで準備完了したかしら? うん、いいみたいね。じゃあ焼き始めるわ!」 

 

 そう言うと、永原先生が乾杯の音頭を取るために立ち上がる。

 

「えー皆さん、ただいまより昼食のバーベキューを開始いたします。乾杯!」

 

「「「乾杯!!!」」」

 

 あたしたちは、紙コップを高らかと上げて、乾杯が終わると比良さんが、熱した鉄板の上に野菜を入れ始める。

 

 

「それにしても、篠原さんの協会での評判は上がる一方よ」

 

「えへへ、そうですか?」

 

 バーベキュー中、余呉さんがあたしを誉めてくれる。

 さっきも、似たような話を聞いている。

 

「ええ、塩津さんに彼氏できたんでしょう? ここまで短時間で彼氏できる人は少ないですよ」

 

 幸子さんについて褒められていて、幸子さんもちょっとだけ顔が赤くなっている。

 

「え!? そうですか? 私は半年要りませんでしたけど」

 

「篠原さんは特殊中の特殊よ。ええ、2年以内に恋を経験できれば優秀な部類ですよ」

 

「ええそうね、最終試験だって、本来は年単位必要ですから。本当に篠原さんは優秀ですよ」

 

 永原先生が補足してくれる。

 

「あーでも、新しい患者さんはどうですか?」

 

 例の、積極的に女の子になりたがっているあの子が、かなり優秀だと聞いている。

 

「あの子でも篠原さんほどじゃないわ」

 

「「うんうん」」

 

 比良さんと余呉さんが、同時にうんうんと唸る。

 実際、カリキュラムの成績は、あたしほどに優秀ではなかったらしい。

 

「私、1回振られちゃってて」

 

「そうそう、それでも諦めずに、男が喜ぶ方法でアプローチしたのはすごいと思うわ。普通私達が告白されて振られるなんてことはめったに無いけど、それでもあるとかなりのダメージになるのが普通よ」

 

 幸子さんの言葉に、余呉さんが誉めながらまくし立てる。

 確かに、失恋にもめげず、プライドも持たずに色仕掛けをして、「幸子」をアピールしたのは、生まれつきの女性にはなかなかできないことだとあたしは思う。

 

「はい、やっぱり今の女性としての魅力じゃなくて、昔のことで振られちゃうのは納得がいかなかったのよ」

 

 幸子さんがその時の心境を語る。

 

「ふふ、いい傾向よ」

 

 永原先生がすかさず褒める。

 

「はい」

 

「ところで、幸子さんにはそろそろ最終試験を受けてもいいかなと思ってるんですよ」

 

「……私はもう少し準備してもいいと思います」

 

 余呉さんがそうアドバイスしてくる。

 うん、まあ近くで見ている余呉さんの意見は蔑ろに出来ないものね。

 

「そうですか、じゃあもう少し時間を置いて、それでも問題なさそうならやってみましょうか」

 

「ええ」

 

 とりあえず、幸子さんの最終試験については先送りになった。

 まあ本来は慎重を期すべきものだから、あたしが早まりすぎちゃったのかもしれないわね。反省反省っと。

 

「もう少し先ですか……」

 

 幸子さんがややしょんぼりした感じで言う。

 

「でも、幸子さんは確実に良くなっているわ。心配しないでこの調子でね」

 

「うん! 直哉ともっとデートしたりしたいわ」

 

 あたしの声で、幸子さんはすぐに元気を取り戻す。

 

「あーあ、私も恋ってものを知りたいなあー」

 

 会話を聞いていた歩美さんが、疎外感を感じる口調で話す。

 

「歩美さん、乙女ゲームやってる?」

 

 歩美さんも、あたしが担当している患者さんなので、きめ細やかに見ていかないといけない。

 

「あーうん、主人公の女の子はかわいいし、男の子もたしかにかっこよくて魅力的だとは思うよ。でもなんだかなー」

 

 歩美さんは、まだ発病から1年経っていなくて、言葉遣いもまだまだ使いこなせていない上に、態度も所々で「男」が目立っている。

 元々そこまで積極的に女の子になると言うよりは、精神を壊して自殺という結末だけは回避したいという思いから、行動していた経緯もあって、いまいち成長は遅い傾向にある。

 それでも、さすがに男に戻りたいとか、そういった行動を起こす心配もないので、あたしも安心はしているけどね。

 あたしたちにとって、時間はたっぷりあるから、焦る必要はないもの。

 

「モグモグ……うまいなあこの玉ねぎ」

 

 歩美さんが美味しそうに食べながら言う。

 ちょっとお行儀が悪いわね。

 

「歩美さん、玉ねぎ好きなの?」

 

「あーそういうほどでもないけど、この玉ねぎ甘めえじゃん!」

 

 歩美さんがにーっとにっこり笑う。

 うーん、やっぱり女の子らしさを身に着けたりないわね。

 

「歩美さん、まずはもう少し言葉遣いを直すといいわよ」

 

「えー、そうなのか?」

 

 言葉遣いはカリキュラムでも矯正があるんだけど、それでもあたしみたいにカリキュラム終わればだいたい身につくというのは少数派で、全て身につけるのは意外と大変だったりする。これとばかりは周囲の環境にも左右されがちでもあるからね。

 

「そうよ、ただでさえあたしたちは生まれつきの女の子よりも不安定なのよ。人一倍女の子らしくを意識するくらいでちょうどいいわ」

 

「えっと、じゃあその……」

 

 歩美さんは戸惑いの表情を見せている。久しぶりに指導してあげないといけないわね。

 

「美味しいわねこの玉ねぎ。この玉ねぎ甘いのよ」

 

 あたしが、さっきの歩美さんの言葉を借りて、女の子らしい言葉遣いを指導する。

 

「お、美味しいわねこの玉ねぎ。この玉ねぎ甘いのよ……言えたわ!」

 

 歩美さんがあたしの言葉遣いを真似る。

 ふふ、素晴らしいわ。

 

「うん、今の歩美さん、とっても女の子らしかったわ。特に最後、あたしが言ってない所もちゃんと女の子の言葉になっていたわよ」

 

 こうやってきちんと誉めてあげることが、上達の近道になる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 歩美さんがいかにも嬉しそうな表情で笑顔を見せてくれる。

 うん、その気持ちがあれば大丈夫だわ。

 

「ふふ、すぐにできる人はそうそういないわ。幸子さんだってあたしだって、完全に女の子の言葉になるには時間がかかったもの」

 

「篠原さんは結構すぐに女の子の言葉になっていたわよ」

 

 あたしがそう話すと、永原先生が鋭く指摘する。

 

「あー、そうだったわね」

 

 確かにカリキュラム終わる頃には、言葉遣いで母さんに怒られなくなっていたわね。

 

「でも、塩津さんはそれなりに時間かかってたわよ。確か去年の今頃はまだだったかも」

 

 余呉さんが記憶を便りにそんなことを言う。

 

「あーうん、そうだったかも」

 

 幸子さんも、心当たりはあるらしく、口元に指を当てて空を向いて記憶をたどるような仕草をしている。

 そういえば、去年のあたしのパーティーの時は幸子さんはまだ完全な女言葉にはなってなかったわね。

 いずれにしても、言葉遣いと表面的な女の子の仕草は、患者の精神の女性化の初期段階で、いわば入門編のようなもの。

 これをクリアすると深層面で女の子になりきらないといけなくて、むしろそちらが本番と言ってもいい。

 

「まあどっちにしても、幸子さんもあたしも、永原会長だってまだまだ『男』が出ることはあるのよ。女子力の修行は長いけど、あたしたちは人生も長いのよ。行き急がず気楽にすればいいわ」

 

 無理に成果を急ぐのもそれはそれでよくないというのは、あたし自身の体験から生まれた教訓でもある。

 

「そ、そうだよな、あ、悪い。私トイレに──」

 

「こら! 歩美さん!」

 

 不穏なキーワードと共に、席を立つ歩美さんに向かって、あたしが優しくしかりつける。

 

「え!?」

 

「今のは女の子らしくないわよ」

 

「「「うんうん」」」

 

 あたしの言葉に、比良さんと余呉さんと永原先生の「3長老」が同時に頷く。一方で、幸子さんは「どこに問題があったんだろう?」という感じでキョトンとしている。

 

「え!? どうして?」

 

「いい歩美さん、そう言う時は『あたし、ちょっとお花を摘みに行ってくるわ』って言うのよ」

 

「う、え、えっと……わ、私、ちょっとお花を摘みに行ってくるわ?」

 

 あたしの指導に対して、歩美さんがかなり動揺しながら復唱してくれる。

 

「ふふ、それじゃあちょっとあたしもお花摘みに行ってくるわね」

 

「え、どうして優子さんまで!?」

 

「うーん、何となく?」

 

「ふふ、私もちょっとお花摘みに行こうかしら」

 

 あたしもトイレに行こうとすると、また別の声がかかる。振り替えると比良さんだった。

 

「え、どうして何で???」

 

 トイレに行くと歩美さんが言うと、連鎖的にあたしと比良さんが立ち上がる。

 あたしも理屈は分からないけど、ただ何となくそういう気分なので、立ち上がることにした。

 一方で、歩美さんはかなり動揺していて、幸子さんもとても不思議そうな顔をしている。

 そして余呉さんと永原先生は「我関せず」という顔つきをしている。

 

「ふふ、何となくよ」

 

「ええ、そういう気分なだけだわ」

 

 あたしも比良さんも、具体的には何も言わず、そのまま歩美さんについていく。

 水着で女子トイレに入るのは実はほとんど経験にないのよね。

 紐が単なる飾りなので、普通に下ろすことで対応して、この場は収まった。

 

「ふースッキリしたわ」

 

「あはは、じゃあ戻ろうかしら?」

 

「うん」

 

 あたしたちは、3人で戻る。

 

「ただいまー」

 

「お帰り、さあ今からお肉焼くわよ」

 

 余呉さんの号令と共に、野菜と共にお肉が焼かれることになった。

 考えてみれば、協会にはこういう親睦会も活動内容にあったけど、あたしが入会してからはこういうのははじめてだった。

 

 カウンセリングを無料で行っていたために、その費用で会費だけでは大赤字だった。

 TS病患者は全国に存在し、かつ協会以外ではノウハウもないため、各地方にも支部が必要で、それで費用がかなりかかっている。

 そこを蓬莱教授からの支援金で何とか賄っていたのがこの協会の実情だった。

 

 こうした親睦会を開けるくらいには、協会にも余裕が出てきたことになる。

 蓬莱教授はあたしたちに対しては謙虚な人で、ややもすれば会の実権を全て握れる立場であるにも関わらず、維持会員という立場を崩さず、協会の詳細には一切口を出してこない。

 

 まあ、蓬莱教授からすれば、TS病患者との関係悪化は自分の実験の成否に関わる問題だから当然なのかもしれないわね。

 

「美味しいわねえこのお肉」

 

「うん」

 

 幸子さんと共に、炭火バーベキューの美味しさを堪能する。

 今日は昼間から重いのを食べたので、夜は軽くしたいわね。

 

「うーん、うまい!」

 

 また言葉遣いが乱れてるわね歩美さん。

 

「……わ!」

 

「うん、いい訂正よ歩美さん」

 

 歩美さんと幸子さんとあたし、あたしが2年前の春、幸子さんが秋、歩美さんが去年の秋、もちろん成長速度にも違いがあるけど、それぞれでTS病患者として、女の子としての成長度合いの差が、よく分かる1日でもあったわね。


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