永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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誘爆に次ぐ誘爆

 あれから、永原先生から言われた予言は的中した。

 日本のフェミ団体が、あたしたちに外圧効果を期待して海外のフェミ団体にあたしたちのことを告げ口したらしい。

 とおあれ外圧で揺さぶる作戦に出たが、そこの海外の団体の声明は、日本の団体がいかにマシかということをあたしたちに思い知らしめてくれるだけの結果となった。

 

 ある海外のフェミ団体いわく、「世界に貴重な両方の性別を経験し、その懸け橋となるべき団体が、性差を肯定し、あろうことか男尊女卑を助長させるような声明文を出すというのは、誠に遺憾であり、即刻訂正と謝罪・賠償を求めたい」などと言っていた。

 

 あたしは、もはや目も眩む思いだった。

 そもそも、あたしたちの目的は、「TS病患者同士の交流」「新しい患者の自殺防止」、そして「世間に対して『1人の女性として扱って欲しい』と広める」という3本柱で、そもそも今回の声明だって、2つ目の目的の延長線上でしかない。

 なのでそもそも、「両性の架け橋になるべき」なんていうのは、あたしたちは全く考えたことではない。

 つまり、この発言そのものが大きなお世話である以前に、協会はそもそもそんな目的で動いていない団体なのに、勝手に相手がそう言う団体だと決めつけた上で「目的を果たしてない」と批判しているわけだから、開いた口が塞がらないわ。

 

 蓬莱教授いわく、こういうのを「ストローマン」とか「藁人形論法」と言って、典型的な詭弁なのだという。いずれにしても、非常識なのは同じだと思うわ。

 あたしたちも、反論声明の中で、そのことを出そうと思う。

 

 また、「男尊女卑を助長させる」というのも意味がわからない。

 そもそも、性差を肯定することが即性別の上下関係につながるというのが、全く持っておかしい。

 これについてはもはや何をか言わんやとしか言いようがない。

 あたしたちは、男から女に変わることで、その大きなギャップに苦しみ、多くの人が自殺していく病気にかかっているのに、この期に及んで性差を否定して穴を埋めようとするのは精神や人格が分裂でもしない限り起こり得ないことだわ。

 そもそも「差がある=上か下か」というのが恐ろしく視野狭窄なことだとあたしは思うけどね。

 

 

「優子ちゃーん! ご飯よー!」

 

「はーい!」

 

 あたしは、試験期間中に起きた情報収集のため、今日の夕食はお義母さんに任せてもらうことにした。

 明日からは予定通りあたしも家事に加わることになっている。

 

「優子ちゃん、夏休みどうしようかしら?」

 

「うーん、8月は混んでいるわよねえ」

 

 プールや海に夏祭りと、浩介くんと夏のイベントはそこそこ消化してしまってもいるのよね。

 

「でも9月はうーん……」

 

 大学は高校と違って9月にも夏休みはあるけど、季節的な意味で夏を過ぎてしまっている。特に雨や台風の多い季節なのでリスクは高い。

 ともあれ、今はあまり考えるのはやめて、食事に集中することにした。

 

 

「優子さん、これ見てくださいよ」

 

「え!?」

 

 食事とお風呂が終わった後、いつものように作戦会議兼雑談として幸子さんと歩美さんでチャットをしていると、幸子さんが面白いものを見せてきた。

 どうやら、海外で協会に抗議声明を出したフェミ団体の写真と、あたしたち協会が公開している会員の写真とを比べた写真が、つぶやきサイト上で出回っているらしい。

 

 そして、そこで様々な言語で書かれていた言葉は、翻訳機にかけると予想通り容姿による差別発言だった。

 後ろめたい気持ちがないわけではない。でも、こういうので得できるならするべき。というのが永原先生のスタンスだった。

 

「でですね、他の国ではどうも、『日本人は老けないと言われていたが、その最たるものだ』って言う反応もあるみたいですよ」

 

「あー、日本人は特に若く見られますからね」

 

 実際欧米は無論のこと、中国や東南アジアでも、日本人は若く見られるというものね。

 ましてや、永原先生なんて服装を決めれば女子高生どころか女子中学生に見えてしまう。向こうの価値観だとそれこそ小学生の女児にしか見えないかもしれないわね。

 

「さっき回ってきたんですけど、こんなサイトもあるみたいですよ」

 

 歩美さんが貼ってくれたリンクを見る。

 そこは、あたしたちの顔写真での年齢当てがあって、投票せずに結果を見ると、海外の人にはあたしたちが何歳くらいに見られているかがひと目で分かる。

 

「あたしや幸子さんの写真もあるわね」

 

 そこには、以前「ブライト桜」の記事にあった写真も使われていた。

 あたしの顔だけの写真だと、海外目線では11歳の外見年齢に見られている。

 流石に胸も含めた写真だと14-5歳くらいに見られているけど、それでも実年齢の19歳はもちろんのこと、女の子になったばかりの年齢が17歳に近い16歳だったことを考えれば、実年齢がかなり若く見られているのが分かる。

 反応を見ると、「何故こんな幼いのに胸だけこんなにでかいんだ!?」という驚愕の声が次々に書き込まれていた。

 どうやら、あたしの胸は海外の基準でも大きい部類らしい。って当たり前よね。

 

 一方で、あたしよりは胸が小さい幸子さんの見た目年齢の予想も12歳というのが平均値で、TS病患者がだいたい皆そのくらいに見られているというのが分かる。

 

「すごいですねえ、向こうの人が見たらこんなに若く見えるんですか! 驚きですよ!」

 

 歩美さんが感心している。

 

「しかもその若さは永遠だものね。自信になるわ」

 

 ちなみに、あたしのは胸があるからか「入門編」のクイズで、「上級編」は永原先生の写真で年齢を当てるクイズだった。

 永原先生に至っては、「10歳位に見える」何て回答をしている人までいる。確かに、あたしたちの中でも、永原先生は特に童顔で、制服姿になれば女子高生よりも女子中学生に見えるくらいだから、10歳程度に見られても仕方ないのかもしれないわね。

 あたしは、試しに正解である「501」と入力してみた所、そのサイトからは「Are you Japanese?」と返ってきた。

 

「あはは、これ結構面白いわね」

 

 実年齢よりも若く見られていることに、あたしは言いようのない快感を覚える。女の本能と欲求が満たされていく感覚に襲われていく。

 それは単に優越感というだけにとどまらず、驚いている反応に対する「面白さ」もあるんだと思う。

いわば、「してやったり」とか「騙せた」という感じかもしれないわね。

 

 そして、この年齢の見た目から見えてくることがある。

 つまり、「無垢で幼い可憐な少女の団体に対して、モテないおばさんが寄ってたかっていじめている」という風潮になりつつあった。

 いや、実年齢はあたしを除けば、協会の正会員たちの方が遥かに年上なんだけれども、やっぱり見た目からはそう見えてしまうらしい。

 

 そして、海外でも同じ風潮がすっかり出来上がっていった。

 やはり、美人の集団というのは大きい上に、TS病という病気自体が殆ど知られていない国からすれば、そのような病気が存在すること自体が、驚きを持って迎えられたのだった。

 

 特に、500歳を超えている永原先生の場合、やはり多く衝撃的なニュースが飛び交っていた。

 まだ現地の大手メディアは報じていないものの、蓬莱教授の宣伝部の情報によれば、小さなメディアが色々な報じ方をしているという。

 

 例えばアメリカでは、「ジョージ・ワシントンよりも年上の女性が日本で生きていた」とか、イタリアでは「ガリレオよりも年上の女性が現在も日本で生存中」とか、フランスでは「ナポレオンよりも150歳年上の女性、日本特有ともされる不老の奇病により現在も生存中」とかまあ色々と言われているらしい。

 もちろんこれらは全て永原先生のことを指す。

 いや、比良さんと余呉さんだって、180年くらい前から生きていることを考えればとんでもない話だけど、それでも永原先生のインパクトには負けてしまうのでほとんど報じられていないらしい。

 

「まるで、浮世絵みたいね……」

 

 新しくチャットにログインしてきた永原先生がこれらのニュースを見てそうつぶやく。

 

「浮世絵?」

 

 また、あたしにはよく分からない例えが来たわね。

 

「私の家には浮世絵がたくさんあるわ。どれもとても安い値段で買ったものばかりよ」

 

「と言いますと?」

 

 確かに、安い値段だったというのは聞いている。

 

「浮世絵っていうのは、ものにもよるけど、今の価値に直せば300円とか400円、高くても1000円位で買えた大衆向けの娯楽なのよ。ところが、幕末になって浮世絵がヨーロッパに入ってくると、それはもうとんでもなく非常識な値段がついたのよ」

 

「ふむふむ。つまり海外であまり知られていなかったTS病について知られることで、情報の洪水が起きたんですね」

 

「ええ」

 

 そう、日本では一応TS病は以前から「知る人ぞ知る」という感じだった。

 永原先生のような人がいることは知られていなかったが、日本人に多い病気なので、不老の美少女になるという病気ということで、「名前と概要は知っている」というのが一般人の認識だった。

 

 ところが海外では違う。

 そんなとんでもない病気が実在したとは思いもよらなかった。

 ただ、蓬莱教授により「不老の研究」が行われていたことについて、TS病が大いに参考にされているということが、一部で知られていた程度だった。

 

「人間は興味が無いと意外と浅はかなものよ。蓬莱先生の不老研究は知っていても、それがTS病を使ったものというのは、殆ど知られていなかったということね」

 

 永原先生の意味深な言葉が、深く突き刺さる。

 それは多分、あたしたちにも当てはまることだから。

 

 いずれにしても、あたしたちの画像とフェミ団体の画像の比較画像によって、海外も含めて1日で分かるくらいに世論の形成は一気にあたしたちに傾いた。

 あたしたちは、キャラクターのインパクトがとにかく大きな存在だった。

 特に永原先生は、数百年と生き、更に男から女へと変わった存在だということ、両方の性別を経験した人間は、誰も彼もがそのギャップに驚かされ、誰の一人の例外もなくフェミニストにならない。

 この事実は、要するにフェミニズムそのものが単なる机上の空論にすぎないことを、雄弁に語ってもいた。

 

「蓬莱先生によれば、戦況はいいらしいわ。私達は英語は分からないし、向こうのことは向こうの人に任せて、ともあれ今は国内のフェミ団体を潰していきましょう」

 

「ええ」

 

「分かったわ」

 

 永原先生のチャットでの指示が飛び交い、あたしたちも襟を正す。

 そして、影が薄くなったとは言え、相変わらず「明日の会」の監視も必要になってくる。

 というのも、これを見た明日の会が、海外に活路を見出す可能性も無きにしもあらずだからだ。

 

 日本ではキリスト教はほとんど支持されていないが、海外では違う。

 言うまでもなく世界的にメジャーな宗教であり、最も信徒数が多い。

 なので海外の患者は、基本的に無宗教か、あるいは仏教神道を基盤としているあたしたち協会ではなく、「明日の会」を選ぶ可能性は高い。

 

「とはいえ、孤独感も強く、日本よりも遥かに自殺率の高い海外で、日本でさえ通用しなかった間違ったやり方が通じるとは到底思えません」

 

 幸子さんが冷静な意見を述べる。

 

「ええ、あたしも賛成です。明日の会の海外の患者については、放置するのが肝要かと思います」

 

 すかさず、あたしも賛成の意見を書き込む。

 

「そうでしょうね、私達もそこまでの余裕はありませんし」

 

 あたしも、幸子さんも、永原先生も、明日の会のことは放置することで一致した。

 ただし、自殺した患者を出したことについては、今後も「不適切な対応をした」ということで、何かきっかけでもアレばネチネチと責めていきたいと思う。

 とにかく、この病気は日本人が8割を占め、安定期に限れば9割以上が日本人になっているくらいに偏った病気なので、日本を制すれば世界を制するのは間違いない。

 

「今の患者さんのケアも疎かにしちゃいけないわね。幸子さんと歩美さんもですよ」

 

「分かってますって」

 

「ええ」

 

 幸子さんも歩美さんも、それぞれに恋の悩みを抱えている。あたしもカウンセラーとして、悩みを解決する義務がある。

 幸子さんは、好きな男の子に「男だった頃をおもだしてしまう」と言われて振られてしまい、現在再チャレンジ中で、歩美さんも、思い切って乙女ゲームを買ってプレイすることにしたらしい。

 

 あたしたちを巡る環境は、どんどんと、急激に、かつ確実に大きく変わっていく。

 蓬莱教授の研究が効率化し、小谷学園にいた時以上に、あたしたちが注目されるようになったからだと思う。

 

「歩美さんは、夏休みどうするの?」

 

「あーうん、受験勉強があるよ。学校の夏期講習設けなきゃいけないし」

 

「やっぱり? 大変そうね」

 

「でも、乙女ゲームもやるよ。女の子として生きていくと決めた以上は、やっぱり優子さんや幸子さんみたいに、素敵な王子様を見つけたいもの」

 

「ふふ、いい傾向ね」

 

 歩美さんも、幸子さんよりもゆっくりだけど、確実に女の子として成長してきている。

 あたしのあの緩衝材のお陰で、従来よりも女の子になるまでの時間が短くて済みそうでよかったわ。

 以前なら「成績優秀」に分類されていた子も、今では何だか「普通」という感じでさえあるわね。

 逆に言えば、それだけ協会のTS病に対する対処ノウハウが改善した証拠で、あたしが協会の正会員の一員として、協会に大きく貢献できているという証拠でもある。

 それはやっぱり、とっても嬉しいことでもある。

 

「私、明日もう一回彼に告白するわ。今度は手を取ってみるの。それで胸に当ててね、強く強く『私のこと、ちゃんと女の子として見て』って訴えてみるわ!」

 

「ええ、それがいいわよ」

 

 幸子さんの書き込みからも決心した様子が見て取れる。あたしも、応援することしか出来ないけど、必ず成功して欲しいと願わずにはいられない。

 最初はとても手のかかる子だったけど、ここまで成長してくれたのは、本当に嬉しいわ。

 幸子さんの彼氏さんにも、「蓬莱の薬」をあげたほうがいいかもしれないわね。

 

「ねえ幸子さん」

 

「うん?」

 

「幸子さんに彼氏が出来たら、『蓬莱の薬』いる?」

 

 あたしは、恐る恐る聞いてみる。

 

「うーん、今はまだいいわ」

 

 幸子さんからは意外な言葉が返ってきた。

 

「そう? 老けてからでは遅いわよ」

 

「分かってるわ、でも彼の意思もあるから。それまでは待つわ」

 

「うん、じゃあしばらくは保留にしておくわね」

 

 幸子さんは、蓬莱の薬については保留になった。

 

「篠原さん、蓬莱の薬のことはあまり話さないほうがいいと思うわ」

 

 永原先生が、あたしを注意する。

 

「うーん、蓬莱教授、サンプルは多い方がいいって言ってたから」

 

 あたしは、蓬莱教授を使って弁解する。

 別に言い訳ではなく、これは事実だ。

 

「うん、確かに蓬莱先生はそう言っていたから、篠原さんが悪いというわけではないわ。でも、塩津さんの所は私達の住んでいる場所からは地理的にも離れているし、外部への流出も警戒するべきだと私は思うのよ」

 

「あー、そうかもしれないわね」

 

 実際、外に流出したら間違いなく高値で闇取引される代物だと思うし。

 

「どっちにしても、今は蓬莱の薬は保留にさせてください」

 

「ええ」

 

 幸子さんの発言と共に、新しい被験者を迎え入れる構想はなくなった。


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