永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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「ふぅ」

 

 自室に戻り、パソコンを起動する。

 まずはニュースをチェックする。

 さっき永原先生から連絡があったように、「明日の会」があたしたちに提携を呼び掛ける記者会見のニュースがあった。

 

 そこの記事によれば、「我々「明日の会」は患者の治療を行い、日本性転換症候群協会(以下協会と略す)は、交流会として役割分担したい。現状の協会は『男性だった人が突然女性の肉体になる』という、極めて特異な経歴を持つ人の集まりで、TS病の患者たちだって受け止め方は千差万別であるはずにも関わらず、協会の構成員は女性を受け入れ、女性らしさにこだわる思想の人ばかりで著しく多様性に欠けている。協会側は、『それ以外道がない』と言うが、我々が他の道を切り開いて見せる。だから、敵対はやめて共存と棲み分けをしていきたい」とある。

 

「やっぱり、失敗して貰わないといけないわね」

 

 あたしは決心を新たにそうつぶやく。

 はっきり言えば、こんなのは「大きなお世話」だし、「明日の会」の言っていることは空虚な理想論、いや夢想論と言っていいものだ。

 永原先生も比良さんも、余呉さんも様々な手段を講じながら100年以上もこうした患者を集めていた。

 それにしても、どうしてこんな押し付けがましく、厚かましいことが出来るのか、あたしには理解不能でならない。

 

 どちらにせよ、この病気になると男と女の落差を思い知ることになる。

 どっち付かずな生き方は、男に戻ろうともがくのよりはまだマシでも、結局何処かで破綻をきたし、精神を病んでしまう。むしろ、苦しみ死ぬまでの長さが長い分、ある意味では余計に質が悪い。

 それがあたしたちの出した結論だ。

 そんなことは分かりきっている。現にその生き方をした患者の一人が、つい最近自殺に追い込まれている。

 あたしより後にTS病になって、自殺に追い込まれたのは未だにその彼女1人だけなのに、余計な会のせいで、2人目の犠牲者を出さざるを得なくなってしまった。

 

 言い訳をするような感じにはなっちゃうけど、あたしたちにとって、まさか自分たちに代わる患者のケアの機関が出るとは考えていなかった。

 もともと自殺率が高い上に、ノウハウを独占していて、専門の臨床心理士でも匙を投げるくらいの難病だったから。

 どこぞの素人がそんな団体を仮に作り上げても、どこも相手にしないだろうと思っていた。

 しかし、全て見通しが甘かったわ。あたしたちはそのように総括せざるを得ないわね。

 とはいえ、起きてしまったことは仕方ない。不老人とは言え時間は巻き戻せない。

 

 この記事には、様々な反応が書き込まれていた。

 多くは、「今更何を言っているんだこいつら?」「分断工作をしてるのはお前らじゃねえか」「優子ちゃんを敵に回した時点で、お前らに味方しねえよ」などなどの反応で埋まっている。

 

 あたしは、幸子さんと歩美さんとチャットを開き、対策を協議するくことにした。

 

 

「幸子さん、例の記事、SNSでのクラスの反応はどう?」

 

「ええ、哀れに思う声が多いわね」

 

「というと?」

 

「世間は四面楚歌だもの、今すぐ土下座してでも協会側に降るべきだっていう書き込みが多いわ」

 

 降伏かあ……想定していなかったわね。

 

「うーん、想定外よね」

 

 何せ相手は宗教だし。

 

「でも優子さん、想定しておかないと行けないと思うよ」

 

 歩美さんにも、そう言われてしまう。

 確かに、想定が甘かった。だが、降伏されてしまうとかえって難しい戦況になる。

 間違った初動教育からの挽回は難しい。

 幸子さんはまだ、あたしたち協会のカウンセリングにあったから挽回は出来た。

 

「うん、でも、どうやって挽回しようかしら?」

 

「難しいよね」

 

 挽回出来ないともなれば、もはやその患者の自殺率は100%を意味している。

 もしそうなっているのであれば、むしろ降伏を受け入れてしまえば、かえってあたしたちは苦境に立たされてしまうことになる。

 もちろん、挽回できれば最高の結果だが、それは天文学的に近いような、低確率でもある。

 そうなれば、おそらく今からの挽回はあたしでも困難になってくる。そして同じように自殺に追い込まれれば、自分たちの初動対応のまずさを棚に上げ、あたしたちに責任を被せてくることは容易に想像がつく。

 

「とすると、受け入れを拒否するしかないってことよね」

 

「うーん……でも――」

 

 かと言って、受け入れを拒否してしまえば、相手はまたそれをダシに叩いてくることも、容易に想像がついた。

 さて、どうしたものかしら?

 

「私は、やはり拒否するのが一番いいと思います」

 

 最初にそう切り出してきたのは歩美さんだった。

 

「私は、それでも受け入れるべきだと思います」

 

 それに対して、幸子さんは反対意見。

 

「優子さん、お願いします」

 

 そうなると、必然的に2人のカウンセラーでもあるあたしが、この場を決めるということになる。

 

「……やはり、無難なのは拒絶ということになると思います」

 

 今まであたしたちを無碍に扱ってきたことや、あたしたちの静止を振り切り、怪しい新興団体側についたことを鑑みて、あたしは改めて同情しないことを決定した。

 これなら、一応世間的にも、「不義理は向こう側から」と発信する事が出来る。

 問題は、彼らが既存のメディアを握っているということだけど、それについてはまあ……仕方ないわね。

 

「じゃあ、後で永原会長に報告しておきますね」

 

「お願いします」

 

「ありがとうございます」

 

 あたしは次に、例の記事対策として、永原先生に言われたことを幸子さんと歩美さんに伝える。

 幸子さんもあゆみさんも、真剣に話しを聞いてくれる。

 

「……分かりました。私達も、蓬莱教授の宣伝部に協力しましょう」

 

「TorとVPNでしたわね。心得ています」

 

 幸子さんと歩美さんも、あたしの作戦に乗ってくれた。

 

 あたしは、いくらか雑談しつつ、永原先生に「相手の患者さんがこちらへの鞍替えを申し出ても断る」ということを報告した。

 永原先生は「私もそれでいいと思う」とのことだった。

 ともあれ、これで作戦は整ったわね。

 

 あたしは、もう一度インターネットでの反応を見直してPCを閉じた。

 

「さて、ご飯作らなきゃね」

 

 あたしは、時間も時間になったのでキッチンに移動する。

 さっきまでは、裸で料理しないといけないのかと沈みがちだったけど、今は普通に服を着て料理ができる。

 

 その日のあたしのメニューはいつもの夕ご飯になった。

 1人で夕食を作って思うのは、やっぱり1人と2人では負荷がぜんぜん違うということ。

 特に、身体能力面では、あたしはお義母さんと比べるとかなり劣っていたから、力がいる作業ではやはりお義母さんが欲しくなっていく。

 

 でも、あたしも少しは身体能力つけないとダメよね?

 お義母さんだって……うーん、お義母さんも蓬莱の薬を飲むのかしら?

 ……まあ、そのへんはまだ分からないわね。

 

 今、あたしの周りで蓬莱の薬を飲んでいるのは、浩介くん、蓬莱教授、そして桂子ちゃんの3人、おそらく「蓬莱の研究棟」の人々や治験者たちも飲んでいると思う。

 彼らはいわば、「第一世代」と言ってもいいと思う。

 

 

「あなたーご飯よー」

 

「はーい!」

 

 浩介くんの声が聞こえる。

 あたしは、わざとご飯を並べていない。何故なら――

 

「こ、浩介くん……これ並べてくれる?」

 

「おう、任せとけ!」

 

 浩介くんが、腕まくりをしながら、あたしの家事を手伝ってくれる。

 ああ、やっぱりあたしって、Mよね。

 だって、1人でも運べるのにわざわざ手伝ってもらうってことは……

 

 

「浩介くん、ご褒美……いいわよ……」

 

 これからされることを想像し、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。

 

「うひょー!」

 

  ぺろーり!

 

「あーん!」

 

「ほうれ? 優子ちゃん恥ずかしいかー?」

 

 浩介くんに前からスカートをめくられ、ピンクの縞パンを見られながら、更に言葉でも煽られている。

 

「っ……」

 

 あたしは目を細め、必死に恥じらいをこらえながら、あたしは首をコクコクと縦に2回降る。

 恥ずかしいという意識をすればするほど、あたしはますます恥ずかしくなっていく。

 何回も何回も、もう浩介くんに裸を見られていても、いや、今日の午前なんて浩介くんの突飛な思いつきからお互い全裸でいたのに、こうしてスカートをめくられて、パンツを見られるだけでも、身体が熱くなってしまう。

 多分、カリキュラムの時に刻まれた「パンツ見られたら恥ずかしい」という精神が、今でもあたしに根付いているのだと思う。

 

「さ、冷めないうちに食べようぜ」

 

「うん」

 

 ようやく、解放されたあたしは浩介くんと向かいに座る。

 お昼までの異常が嘘のように、静かな時間が流れていた。

 

「明日もこんな時間になるといいわね」

 

「ああ」

 

 できれば、平穏な時間であって欲しい。

 

「今夜、期待しているわ」

 

「おう、任せとけ」

 

 浩介くんの頼もしい声に、あたしはますます浩介くんへの思い入れを強めていく。

 依存にならないように注意しながらも、あたしは浩介くんを愛していきたい。

 今夜もきっと、あたしは浩介くんに、好きなようにされて、あたしはまた浩介くんの嫁としての存在感増すのだと思う。

 

 ご飯を食べ、後片付けをして、お風呂に入る。

 今日はお風呂に浩介くんは入ってこなかった。

 

 

 翌日、あたしと浩介くんは、昨日までとは打って変わって極めて平穏な1日を過ごした。

 浩介くんとは夫婦生活は新婚らしくとても多いけど、今日みたいに「お休み」の日も設けている。

 浩介くんの負荷は、あたしと比べると格段に高い。

 休む日を設けないと、浩介くんのほうが音を上げてギブアップしてしまう。

 最も、そう言う「安息日」でも――

 

  ぺろりっ、すりすり……

 

「もー! えっちー!」

 

 浩介くんにスカートをめくられ、パンツの上からお尻をさらりさらりと撫でられる。

 

「いやー、優子ちゃん柔らかいなあー」

 

 浩介くんが居心地良さそうにあたしの身体に触れる。

 

「もー! 浩介くん! 今はいいけど家事の邪魔はしないでよ!」

 

「分かってるって!」

 

  わさわさわさ

 

「浩介くんって本当に年がら年中えっちなこと考えてるよね」

 

「だ、だって優子ちゃんみたいな女の子と結婚しちゃったらしょうがないだろ!」

 

 浩介くんが、あたしのお尻を触りながら、あたしに向けてまた同じ言い訳をする。

 

「もう、浩介くんずるいわよ!」

 

 あたしが、たらしこめる浩介くんのセリフに抗議する。

 

「あはは、身体は疲れていても、精神的には性欲満点なんだよ!」

 

「もー、浩介くん以前にも増して性欲がすごいわよ」

 

「ああ、あの薬を飲んで以来どうも以前にも増して性欲が増している気がするんだ」

 

「え!?」

 

 蓬莱の薬って本当に色々なことに効果があるのね。

 それにしても、性欲増強って……まあ、あたしもどっちかと言えば浩介くん限定だけど、「ビッチ」に分類されるし……って、旦那一筋ならビッチとは言わないのかな?

 

「へへん、もちろん身体的にはやっぱりいつもあればかりだと疲れるから、こうやって触って程よい感触を味わうのさー」

 

「いやーん!」

 

 仲睦まじい夫婦が、2人きりの家庭でスキンシップをしていた。

 

 

「「ただいまー!」」

 

「おかえりなさーい!」

 

 寝る前の時間帯、義両親が家に帰ってきた。

 ゴールデンウィークの連休が、明日に終わる。

 明後日5月7日からまた平日になる。

 ゴールデンウィークが終わる時、あたしは去年と同じように、あの日のことを思い出す。

 浩介くんや他の男子たちに乱暴していた、あたしが男だった頃の最悪な日々。

 もしかしたら、あたしが何度「それはだめ」と思っていても、浩介くんの従属物になりたいと心の底で思ってしまうのも、優一の頃の日々の反動なのかもしれないわね。

 

「ふう」

 

「お義父さん、お義母さん、もしかして疲れた?」

 

「うん、優子ちゃんたちも疲れたよね?」

 

 お義母さんがあたしを気遣ってくれる。

 

「あーうん、今日は休んだから大丈夫よ」

 

「そう? 優子は絶対妊娠しやすいと思うから頑張ってね」

 

 ……また始まったわ。

 

「もう! 何を根拠に言ってるのよ!」

 

「あーいや、優子ちゃん。もう一度自分の体を見てみなよ」

 

「いや、確かにあたしの体つきはそうかもしれないけど、妊娠しやすい根拠にはならないわよ!」

 

 あたしは、「優子の知識」を使って反論を試みる。

 

「ああいやほら、優子ちゃんって母性の塊みたいな女の子だし体つきもこう、オスの本能をくすぐるっていうの……」

 

「もう! 浩介くんまで!」

 

「ま、おばあさんも元気そうだったけど、あの年齢じゃいつまで生きているかは分からないからね」

 

 あたしも、浩介くんのおばあさんの話をされると弱い。

 やっぱり名前の通り優しい女の子になりたいから、どうしてもおばあさんのために「ひ孫を産んであげたい」という気持ちになってしまい、罪悪感を覚えてしまう。

 

「とにかく、今日はもう寝るわ。おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

 あたしは、やや強引に話題を終わらせ、寝床についた。

 また、日常が始まるのかな?


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