永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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新たな生活

「わあ!」

 

 扉を開けた先は、あたしが実家で使っていたレイアウトとほぼ同じ部屋だった。

 広々としたベッドに、布団の上にはぬいぐるみさんたちがいて、そしてベッドの下に小さなテーブルとハート型のクッションが健在だった。

 テレビを置いている机の下やパソコン周りにはお人形さんたち、そして鏡付きの机の中には、あたしが愛用しているリボンなどがきちんとあの時と同じ場所にあった。洋服の箪笥の中には、新婚旅行で持っていかなかった服が全て収められていた。

 服は未だに女の子初日にかったものが一番多いけど、女の子になってから買った服もある。特に、幼い感じの服があたしのお気に入り。

 そして本棚も、あたしが読んでいた少女漫画や女性誌がそのままの配置のまま置かれていた。

 カーテンも、明らかにあたしの部屋で使っていたものを使いまわしてくれていた。

 

 これらのレイアウトが、全てドアを開けたらあの時と同じように再現されていた。

 違っていたのはそう、エアコンくらいかな?

 また真冬になったら、暖房器具も違ったものを使う必要がありそうだけど。

 

 どちらにしても、まるで石山家のあたしの部屋をそのまま持ってきたかのようなこの部屋に、あたしはとても感動して、言葉も出ない。

 あたしはもう篠原家の人間で、ここも浩介くんの家なのに、この部屋だけ、実家のような安心感があった。

 

 あたしはおもむろにベッドに腰掛ける。

 

「ふう」

 

 とりあえず休もう。今日はとにかく疲れたわ。

 ここ数日、あたしをめぐる環境が激変している。学校を卒業し、結婚し、初夜を迎え、新婚旅行をして、新しく家に住む。

 おそらく、部屋をなるべく以前と忠実にしたのも、そうした相次ぐ急激な環境変化を、少しでも和らげようとするための配慮だったのかもしれない。

 

 少しだけ眠いけど、夕食のため、我慢する。

 

  コンコン

 

「はい」

 

「優子ちゃん、旅行の荷物、部屋に入れてもいい?」

 

 お義母さんだった。

 

「うん、ありがとうお義母さん」

 

「ふふっ」

 

 お義母さんが部屋に入ってバッグを置いてくれる。

 

「ご飯ももうすぐ出来るから、今日は待ってていいわよ」

 

「ありがとう」

 

 おそらく、これから何回もするであろう何気ない会話だけど、今回のこれは特別な会話になると思う。

 あたしが本当に結婚したんだって思えるから。

 新婚旅行こそし終わったけど、同居生活はこれからになる。

 

 あたしは、キャリーバッグから、持ってきた荷物を整理する。

 小谷学園の制服も、結果的にこの部屋のクローゼットに飾ることになる。

 多分浩介くんからもたまに「着てくれ」って言われるようになると思う。新婚旅行中も、高校生に戻った気分ですることもできたし。

 制服を着続けられるためには、体型を維持しないといけないわね。あ、胸に脂肪が行くのは歓迎かな? 浩介くん、あたしの影響もあっておっぱい星人になっちゃったし。

 

「優子ちゃーん、浩介ー! ご飯よー!」

 

「「はーい!」」

 

 お義母さんの呼び声と共に、あたしたちはリビングへと直行する。

 

「うおっ、やっぱ豪華だな」

 

 今日は義理の祖母も呼んでのあたしの歓迎会ということになっている。

 

「うん」

 

 唐揚げやフライドポテト、更に餃子といった美味しそうな食べ物がたくさん並んでいる。

 でも、最近何だかこの手の食べ物ばかり食べているような?

 ……うーん、まあいっか。

 

「ふふっ、優子ちゃん、改めて、いらっしゃい。今後よろしくね」

 

「今日からはここが我が家だから、リラックスしていいんだぞ」

 

「うん、改めてよろしくお願いします。お義母さん、お義父さん」

 

 義両親と挨拶する。新しい生活が、始まる。

 

「さ、食べようぜ」

 

「「「いただきます!」」」

 

 新しい家族との最初の食事。

 ここでの主役は当然あたし。そう思ってたんだけど――

 

「おう優子ちゃん、婆の部屋を使うんだから、きちんとひ孫を産むんだよ! 浩介も、避妊なんてもっての外だからね!」

 

「「「……」」」

 

 おばあさんも居て、さっきから「子供孕め」「セックスしろ」を壊れたレコードのように繰り返している。普通こんなこと言われると浩介くんとのことをを想像しちゃうけど、あまりにも繰り返されたから、そうは感じない。

 あたしたちは岩手と秋田の山奥から1日で戻ってきたと言うのに。

 

「優子ちゃんも、浩介が甲斐性なしだと思ったら積極的に襲うんだよ! そのでかい胸でうちの死んだ爺さんと同じように浩介をコロコロ転がしてしまうんだよ! 男なんて結局最後は性欲に負ければ簡単に落ちるんだから!」

 

「は、はい……」

 

 老人らしからぬまくし立てるような言い方に、あたしたちも黙り込むしかない。

 もー、本当に困ったおばあさんだわ。そうまでしてひ孫がほしいのね。

 

「優子ちゃんごめんなさいね、結婚式の時もそうだったけど、最近のおばあさんはそればっかりなのよ」

 

「そ、そうなのね。でもあたしたち、大学行って蓬莱教授の研究もあるから」

 

「何かよく分からねえけどよ、わしにとっちゃあ明日生きてるかも分からねえんだわ!」

 

 だ、駄目ねこれ……

 

 でも、ご飯は美味しかった。

 お義母さんもお義母さんで、あたしに家事対決で負けたのをバネに、成長しているのが見受けられる。

 まあ、あたしもあたしで、負けるつもりはないけどね。

 

 

「ふう、ごちそうさまでした」

 

 ゆっくり食べ、全員でごちそうさまをする。

 

「じゃあ、わしは戻るわね。頼むよ2人とも!」

 

「お、おう……」

 

「う、うん……あはは……」

 

 おばあさんは、お義父さんの車で送ってってもらうことになった。

 

「じゃあ、お風呂湧かせてくるわね。優子ちゃんから入ってね」

 

「はい」

 

 どうやら、あたしが一番風呂をいただけるみたいだ。

 明日以降はまた、違ってくるのかもしれないけど。

 

 お風呂が湧いたら、あたしは自室の箪笥からパジャマとヘアゴムを持っていく。

 以前にも、花嫁修業の時に浩介くんの家のお風呂を使ったので勝手は分かっている。

 

 服をすべて脱ぎ、カゴの中へと入れていく。

 髪型を変え、お風呂に入る。

 実家のお風呂とはちょっと違うけど、花嫁修業の時に浩介くんと一緒にも入ったので、特段違和感はない。

 今思ったのは、環境の急変の緩和策として、花嫁修業はとても重要だったということ。花嫁修業無しでこんなに怒涛の変化をしてたら身が持たないものね。

 

「うん、何とか明日以降も、やれそうな気がするわ」

 

 あたしは、楽観的な思いで、お風呂を満喫した。

 

 

「ふう……お義母さん、あたし今日は早めに寝るわね」

 

「そう? 疲れたわよね。色々な意味で」

 

「う、うん……おやすみなさい」

 

 精神的には、さっきのおばあさんの畳み掛けが一番来たけどね。

 とはいえ、今から寝るのは流石に早すぎるので、あたしは、自室に戻ってパソコンを開く。

 一応、動作の確認をしないといけない。

 

 PCのトップ画面は青一色で、ここは優一の頃からずっと同じ。

 

 

  コンコン

 

「はい」

 

  ガチャッ

 

「俺だけど」

 

「あらあなた、どうしたの?」

 

 しばらくパソコンをしていると、部屋がノックされ、入ってきたのは、浩介くんだった。

 

「ああいや、優子ちゃんの部屋、変わらねえな」

 

「うん、すごい再現力よ」

 

 部屋の広さや間取りが殆ど同じだったのもあると思う。

 最も、さすがに太陽の入り方までは再現できていないはずだとは思うけど。

 

「用事はそれだけ? それとも――」

 

「ああいや、その……うん、俺、これから寝るわ」

 

 浩介くんがよそよそしく振る舞う。

 確かに、ご飯もお風呂も終わった夜というと、あたしはどうしてもあのことを思い出してしまう。

 

「そう? じゃあまた明日ね」

 

 浩介くんは自分の部屋に戻っていった。

 

「あたしも寝ようかしら?」

 

 後少しだけインターネットの巡回を済ませると、あたしはPCの電源を切り、部屋の電気を消し、ベッドの中に入って寝ることにした。

 

「ふうー」

 

 大きく一息つき、あたしはゆっくりと睡眠の道を進もうとしていた。

 

 

 

「んぅっ……」

 

 何かが胸に当たる。

 何かがもぞもぞと動いている。

 

「な、何?」

 

 あたしは訳も分からず混乱する。さっきまで寝ていたはずなのに?

 

「ひゃぅっ……!」

 

 真っ暗な闇の中、よく目を凝らすと、真っ暗な中でも分かるくらい布団が不自然に盛り上がっていて、触覚からは、あたしの服が少し脱がされていたのが分かった。

 

「だ、誰……?」

 

 小声で言うが誰も答えない。犯人は分かりきっている。

 おそらく、この世の推理小説で最も簡単な推理小説よりも更に簡単で、おそらく小学生にも解ける話だと思う。

 

「んっ……!」

 

 あたしは、自分の体をいやらしく触る犯人を突き止めるため、布団を剥ぎ取った。

 犯人は、一瞬驚いたけど、あたしのパジャマのズボンに手をかけ始めた。

 

「な、なに浩介くん……!」

 

「ん? 優子ちゃんに夜這いしようと思って」

 

 浩介くんが悪びれもなく答える。

 

「もう! こんな時間に! ほら、こっち来て」

 

 あたしは起き上がって浩介くんの両頬を挟んでつねる。

 

「ひゅへぇひぇ、ぎょめんなひゃい」

 

 浩介くんがバツの悪そうな顔で笑う。

 あたしの手でちょっとだけ歪んだその顔がたまらなく愛おしい。

 えっちな浩介くんを叱りつけても、最後には許してしまうのが悲しき恋する乙女の習性なのよね。

 

「ほら浩介くん……」

 

 体が冷えている。

 そうよね、ぎゅーっと抱きしめあって温め合いたいのよね。

 電気を消したまま、乏しい光を頼りに、あたしたちは手探りで作業を進めることにした。

 

 

 

「んぅ……」

 

 朝日が差し込む。

 目覚まし時計をセットし忘れていた。

 大学の開始まではまだ時間がある。4月1日が佐和山大学の入学式だから、今日が3月21日だからまだ10日以上ある。

 あたしは朝を起きる。

 昨日あれだけ激しかったのに、寝たのが早かったせいかまだ早朝と呼ぶべき時間だった。

 

 隣の浩介くんは、全裸で熟睡していた。お義母さんもお義父さんも起きていない。

 あたしは、浩介くんが起きてくることを意識して、今日の私服をお風呂の脱衣場に持っていきそこで着替えることにする。

 

 今日の服は、まだ外が少し寒いのもあって、膝下丈の落ち着いた色合いのスカートにすることにした。

 もう結婚していて、花嫁修業も済ませていると言っても、やはりまだ入ったばかりだし、いきなり飛ばしすぎるのもよくないだろう。

 

 あたしは早速、家事に取り掛かろうと思ったけど、まだこの家の習慣についてよく分かったわけじゃないし、今後の役割分担も含め、お義母さんとはよく相談しないといけない。

 おそらく実家の時と同様、平日と休日ですることも変わってくるだろうし。

 

 あたしは、リビングでテレビを見る。

 朝の主婦らしく、朝ごはんの準備をしたいけど、我慢をする。

 

  ガチャッ……

 

「あ、優子ちゃん」

 

「おはようお義母さん」

 

 お義母さんが、リビングに入る。

 

「朝ごはん、作りましょう」

 

「ええ」

 

 お義母さんの指示で、家事を始める。

 まずは朝ごはんだ。

 といっても、することは以前と同じ。

 朝ごはんの何を作るか言われたら、すぐにあたしはそれを理解して準備に取り掛かる。

 

 

「お義母さん、ここはこういう風に準備したほうが早いわよ」

 

「あ、言われてみればそうね。うーん、また一本取られてしまったわ」

 

 あたしたちが朝ごはんの支度をしていると、浩介くんやお義父さんが入ってくる。

 

「おはよー」

 

「おはようお母さん、優子ちゃん」

 

「うん、おはよう」

 

「おはよう2人とも」

 

 あたしたちは結婚生活で初めての朝の挨拶をする。

 これから、何度となく訪れる日常だけど、やっぱり最初に来る日常は感慨深いわね。

 

 そして、食事の準備を続ける。

 お義母さんと2人で作る。

 

「ふう、やっぱりいつもより早いわね」

 

 お義母さんが感心したように言う。

 確かに、マンパワーが増せば、早く出来るのは当然よね。

 

「出来たわよー」

 

「「はーい」」

 

 あたしたちの言葉に、男陣が机の上で返事をする。

 どんと構える男たちのご機嫌をとるため、あたしたちは朝ごはんを並べる。

 これに関しては、下手に手伝われるよりもあたしたちが行った方が効率がいいという側面もある。

 気持ちを見せるべきだと言うけど、マイナスよりはゼロの方がいいという場面はたくさんある。

 あたしたちは順序よくご飯を並べていく。やはり身体能力ではお義母さんの方が上手ね。

 

「じゃあ、いただきますしましょう」

 

「おう」

 

「ああ」

 

 浩介くんとお義父さんの返事とともに、あたしたちは朝食を作る。

 

「お、うまい」

 

 浩介くんが開口一番に感嘆の声をあげる。

 

「うん、やっぱり優子ちゃんはいい戦力だな」

 

 花嫁修業や、その前の時に、既に料理の腕は知られていた。

 それでもやはり、あたしはその時は臨時の戦力でしかなかった。

 でも今日からは、あたしはずっと戦力になる。

 浩介くんにとってもあたしとの結婚は大きいけど、お義母さんにだってかなり大きなことになるだろう。

 

 

 その後も、春休み中、あたしの花嫁としての行いは平穏無事に終わった。

 お義母さんと共に家事を手伝い、いや、どちらかと言えば、あたしが師範役で、お義母さんの方が教わる感じになっていた。

 もちろん、篠原家と石山家の違いもある。そのあたりは、あたしも大いに学ばせてもらった。

 姑と嫁の確執は、何も起きなかった。

 美人の嫁が来ると、姑の嫉妬と言うのはよくあったが、やはり花嫁修業の時にお義母さんの言っていた言葉の通りだった。

 あたしは、「お義母さんから見ると、完璧すぎて嫉妬する気にもなれない」と。もちろん、あたしの中ではまだまだ不完全だと思う部分は多いけど、他の人が見るとやはり違うらしい。

 

 結婚生活の中で、浩介くんとの関係もますます良好になった。

 まず、浩介くんとの夫婦生活が解禁されたことで、浩介くんの生活の充実感も、小谷学園にいた時よりも目に見えて良くなっているのが見て取れた。

 普通、高校生カップルは卒業式とともに出会う機会が少なくなって、苦難の道に入り、破局してしまうカップルも多い。あたしたちは、逆に卒業とともにずっと顔を合わせることが出来た。

 

 あたしもあたしで、浩介くんと一緒に居るだけで、疲れも全て取れてしまう気がした。まあ、直後はものすごく疲れちゃうんだけど。

 夫婦の共同作業を、義両親に見つからないかと冷や冷やしているところもあったけど、うまく交わすことが出来た。まあ、気付いていても、気付かないふりかもしれないけどね。

 

 結婚して初めて女の子の日になった時、お義母さんはあたしに家事を休むように言った。

 あたしの母さんからは、「女の子の日でも家事ができないとダメ。もちろん万全には出来ないだろうけど、身の程を知ってきちんと妥協しなさい」と教わっていた。

 それに対してお義母さんは、「何のために2人いると思っているのよ」と言っていた。

 でも、あたしもあたしで「いつまでもお義母さんがいるとは思っていない」と返し、無理をしない範囲で家事手伝いをすることになった。

 

 結果的にこのやり取りは、浩介くんの中であたしの評価を更に上げることになった。

 小谷学園でも、生理の日はとても辛く、特に重い時は保健室で休まなきゃいけなかった。

 もちろん、あたしは休み休みでありながらも、邪魔にならない範囲で、マイナスの貢献にならないように注意しつつ家事をこなしたことは、特に浩介くんの琴線に触れたらしい。

 

 夫婦生活は毎日しても良かったけど、さすがに生理の時はあたしの身を案じてくれて、浩介くんも我慢してくれた。

 その代わり、数日後に収まった時は、フルコースと言うべき状況だったけど。

 

 さて、一方で協会の活動については、幸いにも新婚旅行中に新しい患者が発生したと言ったような大きなニュースは飛び込んでおらず、新生活に馴染むことに集中できたのはよかった。

 また、あたしを取材した高島さんの記事も、蓬莱教授側の都合もあって、もう少し後ろにずれ込むことになった。

 春休みが終われば、あたしは大学生としての生活を始めることになる。

 そうすればまた、家事の分担も大きく変わってくるはず。

 大学生活が近付くに連れ、あたしも浩介くんも、蓬莱教授から貰った本を、また読み直していることが増えた。

 

 あたしは、結婚生活に慣れ始めると、今度は大学生活への対応に迫られたのだった。


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