永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「優子ちゃん、大丈夫?」
ようやく泣き止んだ私に、桂子ちゃんが声をかけてくる。
「大丈夫じゃない」
「そうだよね、うん」
優しく包み込んでくれる。今は甘えたい。
「ねえ、優子ちゃん。4時間目の体育の授業、一緒に着替えよう?」
桂子ちゃんが優しく言う。
「で、でも……」
「大丈夫だって、次古典だろ? あたいらで署名して、永原先生に出しておくからさ」
恵美ちゃんがフォローする。
「うん、うん……!」
「さ、請願書を作るわよ」
「「「はい!」」」
田村のグループの女子と、木ノ本のグループの女子が、あんだけ仲の悪かったクラスのグループの女子が一緒になって、休み時間をわざわざ削って、請願書を作り、署名をしてくれていた。
今日は一番悲しく、一番嬉しい休み時間だった。辛さに耐えられず、泣き出した悲しい時間は、救われたことへの喜びの時間に変わった。
3時間目、古典の授業が終わってからのことだ。
私を含めた女子17人が永原先生に詰め寄った。最も、私は一番後ろだけど。
「あの、先生!」
「あら、どうしたの? クラスの女子が一斉に集まるなんて。もしかして、石山さんのこと? 昼休み随分泣いてたみたいけど、どうしたの?」
「優子ちゃんを、優子ちゃんを私達と一緒に着替えさせてあげて下さい!」
桂子ちゃんが代表して永原先生に用件を言う。
今日は男子が別教室で着替え、ここは女子が着替える場所だ。
「先生、あたいからも頼む。こいつは……優子は、あたいたちにとって、大事な女子の仲間なんだ。過去がどうとかもう関係無い。仲間はずれにしたくねえんだ!」
「で、でも、それは……学年主任の小野先生に言って職員会議にかけないと……」
「そうかい、じゃああたいたちで勝手に受け入れる。うちのクラスの女子は、優子を受け入れたくないなんて言ってるのは一人も居ねえって、小野先生に伝えてくれ!」
「うっ……恵美ちゃん……」
また涙ぐんでしまった。今日は今まで我慢してきた反動もあって、泣いてばかりだ。
「ともかく、あなた達の意思はわかりました。この署名は預かります。それから、私はあなた達の味方だから、それだけは覚えておいてね」
「あ、ああ」
「先生、ありがとうございます」
永原先生が教室を出た。女子が一斉に着替え始める。私は、この場に居ていいんだ。
でもやっぱり少し遠慮して、自然とできていた2つの輪から外れたところで、窓の外を見ながら、まず、上着とブラウスを脱いで体操着を着た。
「優子ちゃん、何してるの? こっちに来なよ」
振り返ると、体操着に着替えている途中で、ブラジャー姿の桂子ちゃんだった。
「ほら、こっちに来いよ。皆待ってるぞ」
恵美ちゃんも声をかける。あれだけ仲の悪かった二人が、私のために……
「う、うん! ありがとう……みんなありがとう……うっ……ぐすっ……えうっ……」
「あーあまた泣いてるよ」
「いいじゃねえか今日くらい。泣かせてやれよ。女の子なんだからさ」
「女の子だ」、そう言ってくれることに対して、今までも嬉しかった。でも、今日の今ほど嬉しい時はない。
泣き止んだら、体操着のズボンを取って女子の輪の中に入る。
ファサッ
木ノ本桂子がスカートをめくってきた。
「やっ! 桂子ちゃんやめて!」
慌ててスカートを抑えるがもちろん間に合っていない。縞パンを見られてしまった。
「ほほう、女の子らしいパンツ穿いてるんだねー安心したよ」
恥ずかしいけど、何か嬉しい……
「桂子ちゃんのえっち!」
そう言いながら、私はスカートを穿いたまま体操着のズボンを着て、スカートを脱いだ。これで完成だ。
「いやーでけえなあ」
今度は田村恵美が私の胸をジロジロ見る。
「ちょ、ちょっと、恵美ちゃん! あんまり見ないでよ……」
女子同士の生々しいセクハラにドギマギしてしまう。
「ああ、悪い悪い。いやまあ、あたいはテニス選手だからさ。胸大きくても駄目って思ってたけどよ、やっぱ優子のを見ると……なあ」
「わ、私も、好きでこうなったんじゃ……」
「分かった悪かったよ。でも、顔もかわいいし髪もきれいだし、さっきの仕草も女の子そのものだな!」
「あ、ありがとう」
「むしろ田村、あんたのが優子ちゃんより男に近いんじゃないの?」
「はっ、木ノ本……てめ……あー、でも言われてみればそうかもしれねえな、悔しいけど一理ある」
「あはははははは」
女子の間で笑い声が聞こえる。分断されていたクラスの女子が一つになっている。
私、今最高に幸せ。理解者に囲まれて、差別されることもなく、受け入れてくれることが、何より喜びだった。
時間も近いので、女子全員で体育館へと移動した。
「でさー優子はどう思う?」
「うーん、分かんない」
「あそこが勝負どころだったと思うんだよ。そこで負けたら勝てる試合も勝てねえぜ」
みんなと一緒に廊下を歩く中で、私にも別け隔てなく話を振ってくれる中で、日本に来たある黒人の野球選手の話を思い出す。
彼が日本に来て、一番嬉しかったこと。それはチームメイトに一緒にお風呂に入れたことだった。
日本はアメリカのように差別がないことに感激していたが、どうも腑に落ちない部分が私の中にあった。
でも、今日のことでようやく、彼の気持ちがわかった。
きっと、性質は全く違うものだけど、今の私も彼と同じ気持ちなんだから。
体育館へと移動すると、体育の先生がこう言った。
「これから6月中旬の球技大会に向けて、練習をします。男子と女子でそれぞれ3種目をしてもらいます。今日は室内フットサルの練習です」
「「「はーい」」」
フットサルのルールは小さなサッカーだが、オフサイドがなく、またファールの反則もサッカーより厳し目のスポーツだ。
プレイする人数が少ないので、より「個の力」が問われるスポーツだという。
本番どおり、2つのチームに分かれて練習試合をする。
私もチームの一人に参加したんだけど……
「はぁ……はぁ……」
ボールをパスしてもらっても、すぐに取られてしまう。パスも威力がなくて簡単にカットされちゃうし、シュートなんて打てもしない。
男だった頃の「勘」を活かそうとしても、単純に身体能力が弱すぎて、身体が追いつかない。
今の私の身体能力、男だった頃は男に混じっても決して悪くなかったけど、今は女子の中でも飛び抜けて悪い。
これじゃ、体育の成績不良で卒業できないんじゃないか?
私はそう感じてしまう。
「優子! 相手がボールを取りに来たときは、『フェイント』をするのよ」
女子の一人がアドバイスしてくれる。確かこの子は
「う、うん。えっと……」
「安曇川よ。安曇川虎姫。サッカー部で恵美ちゃんのグループよ……って、なんかもうあんまりグループ関係ないけどさ」
「な、名前は知ってるよ、そうじゃなくってフェイントの仕方を知りたいの」
「分かった。じゃあまず基本からよ。キックには足の内側で蹴るインサイドでのキックと外側でのアウトサイドのキックがあるでしょ」
「う、うん」
「アウトサイドキックはコントロールが難しいから、逆に言えば裏をかくのにはいいのよ」
「こうやって……こうよ! やってみて」
「う、うん」
何だろう、例の「カリキュラム」を思い出して、ちょっと懐かしい。
「それ、えいっ!」
「うーん、やっぱり遅いけど、でも形にはなってるよ」
「あ、ありがとう」
数周回遅れ程度だが、それでも前に進めているという、確かな実感があった。
運動能力だけじゃない、女の子としてだって、まだまだ本当の女子高生たちに比べたら、周回遅れもいいところだ。
それでも、そんな周回遅れでも、認めてくれたのは、この上ない喜びだった。
「はーい、練習そこまで、もう一度本番形式で試合するぞー!」
体育の先生の笛が鳴り、もう一度試合形式をする。
私はいわゆる控えスタートだ。
一人の女子の息が上がっていて、他の女子とも交代するが、一度は出場するように言われているため、私も出る。
目の前にいた桂子ちゃんがボールを持っている。取りに行こうとする。
桂子ちゃんが右に避けようとしたので反応する、しかし、そのまま吹っ切られ前に居たオフェンスにパスが渡る。
為す術もなく1ゴール。
私達のボールで試合再開。私は前に出て、オープンスペースに入る。このあたりは男時代の「知識」が役に立つ場面だ。
山なりにボールがパスされ、男時代の感覚を頼りに胸でトラップを試みる。
ぼよんっ
が、うまく行かなかった。しまった、おっぱいが大きかったんだ。久々に女子の身体特有のミスをした気がする。
このミスで他の女子にボールを奪われるが、チームメイトがうまく奪い返す。
ゴール前、キーパーと1対1の場面で私にパスが入る。
完全にがら空きになっていたゴールに、インサイドキックで押し込む。
……やった! ゴールだ!
「優子ちゃん! 凄いね!」
「うん、よくやった!」
9割以上は、アシストしてくれた子の手柄なのに、その子も含めて、私をすごく褒めてくれた。
いつの間にか相手チームの女子たちまでが私を囲んで祝福してくれた。
「うっ……」
「わわっ、優子ちゃん、また泣いちゃったよ……」
「ご、ごめんなさい……ただ、今日はどうしても嬉しくて……」
「辛かっただろうしな。今日ぐれーしっかり泣いとけ……でもほら、全員集合だぞ!」
男子と女子に分かれ、集合して先生の話を聞く。球技大会に関する話だ。
先生の話を聞いている間にも、私は思った。
今日はいじめの辛さに耐えられず泣いた。
今日は私をかばってくれて、受け入れてくれた女子たちの優しさに泣いた。
今日は私に復讐しようとした篠原浩介に殴られる恐怖で泣いた。
泣いてばかりの一日だけど、振り返ると色々な理由で泣かされていた。
でも、私はこう思う。
泣いてもいい、弱くてもいい、甘えてもいい、かっこ悪くたっていい。だって私はもう、女の子なんだから。
体育の授業が終わり、女子と一緒にさっき着替えた教室に入る。
さっきとは違い、胸がドキドキしている。さっきあれだけじゃれ合ったのに、女子の下着とかが見えてしまうことに緊張している。
さっきは、受け入れてくれた女子への感謝と感激で心がいっぱいだったのに、いざこうして二回目になると、元男としての緊張感とその名残である下心が出てくる。
人の気持ちとは、なんとも身勝手なものだ。私は呆れるくらいそう思った。
だけど、この気持ちは押し殺さなければいけない。
桂子ちゃんも恵美ちゃんも、私の頑張りを買ってくれたんだ。私が阻害されないために、それぞれの私心を押し殺して受け入れてくれた。
もしここで男のような真似をしたら、それはもう冒涜どころじゃ済まされない。それこそいじめていた男子以上に最低な女になってしまう。
「どうしたの優子ちゃん? 難しい顔して」
「うぁっ……い、いや、その……ちょっと考え事を……!」
「何だ? 今更緊張してるんだろ?」
「え……え?」
「気にすんなよ、あたいたちだって思春期だぜ。同性とはいってもよ。やっぱ緊張はするもんよ」
恵美ちゃんがそう言う。
「そうそう、だから女子トークとかで場をなごませるのよ。優子ちゃんにはまだ難しいの分かってるけど、一生懸命頑張ってくれればいいのよ」
さっきのセクハラも、彼女たちなりの配慮だったのね。
「そうそう、優子さんはまだ成り立てなんだから、いきなり全ては、あたし達も無理だって分かってるわよ」
「女子として扱うことと、『元男子』として扱うことは矛盾しないわよ、それに『元男子』なのは事実でしょ? 今の優子ちゃんが女の子ってことには変わりないんだから、優子ちゃんもそっちの方がいいでしょ?」
「け、桂子ちゃん、龍香ちゃん……! うん、ありがとう!」
なんだ、杞憂だったんだ……!
こうして、私は安心した気持ちで、リラックスして女子更衣室に入ることが出来た。
ともあれ、体操着から私の机のところの制服に着替えなければならない。
まずスカートを着て体操服のズボンを脱ぎ、次いでジャージを脱いでブラウスを着る。
そんな中で、女子たちは女子トークをしている。まだ私は、いまいち話に割り込めず、沈黙している。
「ねえ優子さん」
着替えていると河瀬龍香が声をかけてくる。
ブラジャー姿を見られてちょっと恥ずかしい。
「龍香ちゃん、どうしたの?」
努めて冷静に声を出す。
「女の子になるカリキュラムってあるんでしょ? 気になるのよ」
「あ、それあたいも気になるぜ」
「あたしも」
田村グループの虎姫ちゃんも含めて女子たちが食いついてくる。
今日は助けてもらったお礼だ。少し教えてあげよう。
「そ、その……家事とか。掃除洗濯料理、あとは少女漫画読んで感想文書いたりしたよ」
「へー、なんか私も受けてみたい」
「で、でも厳しいよ?」
「そ、そうなの?」
「男っぽい言葉遣いやがさつな態度したら都度訂正しなきゃいけないし、その度に『私は女の子』って暗示をかけさせられるわよ」
スカートめくられたおしおきのことは話さないでおこう。
「へー」
話しながら器用に着替えていく女子たち。私も制服は上着を着て完成だ。これももうすぐ夏服になる予定だ。
「それから、男だった頃の持ち物を、中古屋さんに売るっていう課題があって――」
ドンドン!
楽しく話していると扉が叩かれていた。
「おい女子! 遅いぞ!」
「あ、ごめーん!」
桂子ちゃんが声をかける。
「みんな着替え終わってる?」
みんなで見渡す、全員大丈夫だ。
「じゃあ優子さん、声かけてみて!」
「う、うん!」
「入っていいわよー!」
私が声をかける。
すると驚いた様子で男子が入ってくる。
そうだ、男子はまだ、私が女子とも男子とも違う場所で着替えているものとばっかり思っていたからだ。
でも、反応を見るにこの効果は大きかった。
着替えという場で、女子に受け入れられている私を見せることで、私を男扱いできなくする、大義名分になり得たからだ。
「はーい、帰りのホームルーム終わりまーす。石山さんはちょっと私のところに来てくれるかな?」
永原先生に呼び出された。多分、今日の件だ。
「ここじゃ話し辛いとおもうから、相談室に行きましょう」
「は、はい」
月曜日に使った相談室と同じ部屋。永原先生が「使用中」に合わせる。
「じゃあ座ってくれる?」
「はい」
「複数の人から聞いたわよ。石山さん、教室で大泣きしていたって」
「う、うん」
「何があったの? 今日もあんなに仲悪かった女子が、団結して請願書を出していたし……」
「そ、その……実は……」
あの後下駄箱の靴を隠された他にも、教科書やロッカーの名前欄を「優一」に書き換えられていたこと、今までも泣きたかったが無理に我慢していて、ついに我慢しきれなくなってしまったこと、桂子ちゃんと恵美ちゃんが私をかばってくれたこと、私が男子だった頃、特に怒鳴っていた篠原に殴られかかったこと。
念のため、恵美ちゃんと桂子ちゃんが高月と篠原を殴ったりしたことは伏せておいた。
「そうだったのね。石山さん、辛いなら学校休んでも良かったのよ」
「……いえ、いいんです。それに、今は救われましたから」
「この請願書のことは、職員会議にかけます。ですが、小野先生がどう出るかは分かりません」
「でも、クラスの女子全員の署名が入っている」
「それは認めるわ。私が見た限り、同調圧力で嫌々ながらって子は一人も居なかったわ」
「でも、職員が認めるかは分からないわよ」
「……でも、今日ももう女子と一緒に着替えちゃいましたし、認めないなら勝手に着替えさせるとも言ってましたよね?」
「……そうね」
「とりあえず、あたしはもう大丈夫です。男子も、さすがにもう私をいじめることはないと思います」
男子だって女子の好感度は気にする。
むしろそれは女子以上だ。
桂子ちゃん、恵美ちゃんの両方から嫌われるというのは、男子として致命的だ。しかも、お互い反目しあってた二人が、私については団結するとまで言っているのだ。
「そうね、クラスの女子全員を敵に回すわけですもの」
「よくわかったわ、今日は帰っていいわよ。今日のこと、念のため親御さんにも話しておくわよ。他の人にも証言は聞くし、いじめてた子の処分も追って決めるから後は教師陣に任せてちょうだい」
「あの、私にも原因があるので、あまり強い処分には――」
「分かったわ。伝えておくわよ、今日は辛かったと思うし、速く帰ったほうがいいわよ」
「はーい……失礼します」
「気をつけてね」
「はい」
私は相談室から出る。
そして下駄箱に行く。一瞬「ローファーがない」と思ったが、鞄の中に自分で入れておいたことを思い出し、そこから取り出して、上履きだけを中に入れて、ローファーを履き、下校する。
いつもより少し遅い電車、先生と話していたせいだ。
「ただいまー」
「おかえりー遅かったね。先生から聞いたわよ。本当にもう大丈夫なの?」
「うん。みんなあたしの味方をしてくれたから」
「いい? 辛いことがあったら、もっと早く言いなさい。優子は一人じゃないんだから」
「うん」
私は一人じゃない。なんてバカなんだろう。こんなこと、ずっと前から知っていたはずなのに。それどころか、味方はたくさんいたのに。
やっぱり大事なのは「ほうれんそう」だ。そう感じながら、明日の休日に向けて眠りについた。