永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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3年1組 永原マキノちゃん

 あれから、永原先生はクラスの男子たちにも受け入れられ始めた。

 そして分かったのは、やはり永原先生は、古典以外の教科もかなり成績がいいということだった。

 一方で、他のクラスはというと……

 

 

「なあなあ、永原先生は何で制服になってるんだ?」

 

「知らねえのか? 今は3年1組に転校したんだよ」

 

「え!? でも、先生が何で生徒なんかになってんだよ!?」

 

「ほら、永原先生って戦国時代生まれだろ? だから江戸時代の寺子屋も含めて、ろくに学生生活を送ったことがなくて、それが強いコンプレックスだったんだよ」

 

「あーなるほど、でもいくら小谷学園だからって、こんなわがまま通るんか?」

 

「それがよ、聞いて驚くなよ? そもそもこの企画を最初に発案したの、なんと校長先生らしいぜ!」

 

「ええ!? マジかよ! よりにもよって校長先生が言い出したのかよ!」

 

「小谷学園はフリーダムとは聞いてたけど、予想以上だよなあ……あー、今日から永原先輩って呼ばなきゃいけねえのか」

 

「2週間限定だけどな」

 

 

 そして火曜日になった2日目以降は、永原先生がどうやら校長先生の発案で3年1組の女子生徒になっていることも、全校に知られてきた。

 最初は全校生徒の動揺も大きかったけど、3日目には慣れちゃったし、何よりも校長先生の発案だということが広ったのがよかった。

 まあ、校長先生が出席簿持って3年1組の教室に行ってるもんね。

 

 

  ガラララ……

 

「おはよー」

 

 教室の扉が開き、永原先生が元気よく挨拶をする。

 

「マキノちゃんおはよう」

 

「優子ちゃんも、おはよう」

 

 この日になると、朝の挨拶もすっかりこなれてきた様子。

 永原先生にはロッカーがないので、教科書を机の下に置いて行っている。

 防犯上は好ましくないけど、まあ仕方ないよね。

 

 学校生活上の永原先生は、ふざけあったり遊んだりもするけど、授業中はまじめな生徒になっていた。

 先生に怒られてみたいという欲望ももしかしたらあるかもしれないけど、それはクラスの迷惑になるから、しないでいるのは普通のことだろう。

 

「えーっと、では……次の問題ですが……田村!」

 

「はい」

 

 数学の時間、小野先生はやはりやりにくいのか、永原先生を当ててこない。

 永原先生がちょっとだけ不満そうな顔をして、手を上げて質問していて、小野先生の反応がやけに面白かった。

 それでも、やはり「恩師の願い」ということもあって、授業の終わり頃には何とか「永原」と呼ぶことに成功していた。

 その時の永原先生は泣きそうになるくらい嬉しそうな顔をしていた。永原先生が、この生活をどれだけ憧れていたかが分かる。

 

 永原先生は、数学が苦手なんて言っていたけど、もう一つ苦手科目があった。

 それは美術だった。

 永原先生は絵をとりあえず書いてみたりしてみたものの、どうしても絵のバランスを崩してうまくいかなかった。

 永原先生は伝令役の足軽だったとはいえ、500年近く前の当時求められたものと現在の学校でやっている美術は、全くの別物だということだろう。

 

 しかし、それ以外の科目は概ね好成績だった。

 以前、永原先生は小中高いずれでも教えられると言っていた。

 実際に、小野先生が小学生だった時に、永原先生は当時の担任になっていた。

 もちろん古典が一番の得意分野とは言え、常に古典の先生で応募するわけにも行かないんだろうとは思う。

 永原先生も「最近、『古典を学ぶ意味』について疑問視する声が増えている」何て言っていたし、そのあたりの世渡り術として、高校レベルまでは、苦手の数学と美術以外は教えられるようにしているのかもしれない。

 

「ふう、やっぱりどうしても絵は描けないのよねえ……」

 

 永原先生が悩んだ風に言う。

 

「えっとその、マキノちゃんは浮世絵とか描かないの?」

 

 もしかしたら地雷かもしれないけど、一応聞いてみる。

 

「私はやったこと無いわよ、でも、家には二束三文……実際には20文足らずで買った浮世絵が山のようにあるわよ。どれも、今の価値でも500円としない値段だったわ」

 

 どうやら、昔話はタブーではないらしい。

 それにしても、今それらを売ったらどれくらいの値段になるんだろう?

 

「さ、皆さん、課題を提出してください……永原は……まあ落ち込まないでいいですよ。人間誰にも得手不得手はありますから」

 

 美術の先生が永原先生に気を遣って言う。

 おそらく校長先生の通達によって、永原先生を他の生徒と分け隔てなく扱うように言われているんだろう。

 それでも、あたしたちと同様、普段先生の同僚として接していた永原先生の扱いを変えるのは先生にとっても容易ではない。

 そう考えると、よく校長先生の発案が通ったものだとも思う。

 

 

「マキノちゃん、試験終わったら天文部に行く?」

 

 昼休みの学食で、あたしは桂子ちゃん、浩介くん、永原先生と学食で食べている時に言う。

 

「うん、そうさせてもらえる?」

 

 学園生活を送る上でも、やっぱり部活を楽しむのは欠かせない。今は期末試験前だから部活はないけど、試験が終われば、短い間だけど、永原先生も部活を楽しむことができる。

 

「うん、試験後が楽しみね」

 

 桂子ちゃんが張り切って言う。

 

「しっかし、すっかり馴染んだな」

 

 浩介くんも柔らかい表情で言う。

 

「うん、私幸せすぎて……このまま死んじゃってもいいなんて思えたの、うん……人生で初めてかもしれないわ」

 

 永原先生から、また一筋の涙がこぼれる。

 永原先生の口からその言葉が出るのはとても重大な意味を持つ。

 それくらい、永原先生の中で、「学生生活を送りたい」というのは、強い願望になっていたのだ。

 

「何てね、もちろん私は死ぬつもりはないわよ。ただちょっとだけ、そう思えただけよ」

 

 永原先生が、ちょっとだけ笑う。

 でも、あれだけ死ぬことを嫌っていたのに、こんな風に思える日が来るなんて、永原先生自身も思っても見なかっただろう。

 

「マキノちゃん……その……」

 

「あはは、私はTS病だからね。どうせなら神話以上に長生きしたいわよ。それに、今はもう、死んだら失うものができすぎたわ。男だった頃なんて、それこそ失うものなんて何もなかったのにね。だから主君に尽くせたのよ」

 

 永原先生が遠い懐かしい顔をする。そうよね、永原先生は死んでしまえば失うものが多すぎるもの。

 数多くの時代を生き抜いて、永原先生が欲したのは素朴な学生生活だった。

 あたしたちは、永原先生の話をゆっくりと聞く。

 

「あっ……ごめんなさい、今の私は高校3年生の女の子だもんね。昔話をしてもまずいわね」

 

 昔話を続けていた永原先生がバツの悪そうな顔をする。

 

「別にいいわよ。それがマキノちゃんの個性でしょ?」

 

 あたしが優しい口調で言う。

 いくら高校生になれたと言っても、永原先生の本当の年齢は動かせない。

 だったら、501歳という年齢を「個性」として受け止めてあげたい、今はクラスメイトなんだから。

 

 

 永原先生との昼食も終わり、あたしたちは教室で遊ぶ。

 あたしの昼休みは浩介くんと遊ぶことも多いけど、基本的に他の男子とは遊ばない。

 それは浩介くんの嫉妬心への配慮からで、たまに遊んでしまったら、浩介くんの嫉妬を治すために、屋上でスカートをめくられて、嫉妬心を沈めてあげないといけない。

 ……たまに浩介くんにエッチなことされたくなっちゃって、わざとすることも多いけどね。

 

 ともあれ、今日の昼休みはあたし、浩介くん、高月くん、永原先生の4人でのトランプ対決になった。

 高月くんは頭数要員だけど、まあ楽しんでくれるかな?

 で、今回やるのは大富豪、あるいは大貧民ともいわれているゲームで、ローカルルールは複雑になるのでオーソドックスな感じで行うことになった。

 

 

「それ革命!」

 

「わあ優子ちゃん凄いわね、でも……」

 

「ヒエー革命返し!」

 

 最初のゲーム、あたしの策略であった渾身の革命も、永原先生に返されてしまい、最終的にあたしが最下位で負けてしまった。

 そして、このゲームは大貧民になると中々抜け出せないように、カードを交換しないといけない。

 

「はい、これとこれ」

 

「うー」

 

 大富豪になった永原先生に2のカードを2枚取られてしまう。

 そして、永原先生から3と4を押し付けられてしまう。

 

「さて、じゃあ再開ね」

 

 こうして、次なるゲームが始まった。

 ともあれ、せめて最下位だけは避けられれば、少しはマシにはなると思う。

 トランプのこのゲームは身体能力差は関係ないからハンデはなしになる。

 あんまりに表情に出る人の場合、仮面を付けることでハンデにできるとは思うけど。

 

 

「あ、もうこんな時間だ」

 

「そうね、このあたりにしておくわね」

 

 結局、休み時間中ではあたしは1回も貧民からは抜け出せなかった。

 ボーっとしていると長い休み時間でも、トランプやゲームで遊ぶとかなりあっという間に感じてしまう。

 そういえば、それが相対性なんだっけ?

 

「さて……」

 

 中途半端な時間が残ったので、あたしたちは教室でボーっとする。

 永原先生も、机に突っ伏して休んでいる。その様子は、いかにも「今日が女の子の日です」といっているようなものだった。

 普段の永原先生は生理中のことを隠すのがとてもうまい。

 人によって軽い重い違うんだろうけど、それにしたってあたしには分からない。

 桂子ちゃんでさえも、あたし程じゃないけど女の子の日は気分悪そうにしていて、男子は気付かなくてもあたしには分かるのに。

 

「ふう」

 

 あたしは予鈴前に午後の授業の支度を行い、そのまま休むことにした。

 

 

「えーでは、来週からは期末試験です。大学への入学試験が既に終わっている人も多いと思いますが、卒業に向けての大事な試験でもありますので、決して気を抜かないようにお願いします」

 

 3月になった金曜日の最後、あたしは校長先生のホームルームが終わり、帰宅の準備をする。

 期末試験前、あたしも勉強をしたい。

 

「ねえねえ、優子ちゃん勉強会しようよ」

 

「え!? いいのマキノちゃん?」

 

 永原先生が、勉強会を提案してきた。

 確かに、以前話したように勉強会はしてみたいけど。

 

「ええ、私の家……ではないですけど、ビルの一室がありますので、そちらで勉強会が出来るわよ」

 

 おそらく、協会本部のことだと思う。

 

「え!? 何々? 勉強会ですか?」

 

 あたしたちの話に、龍香ちゃんが噛みついてきた。

 

「お、じゃあ私も混ぜてくれる?」

 

 そして今度は桂子ちゃんだ。

 

「うんいいわよ、4人で行きましょう」

 

 というわけで、今日は浩介くんとは一緒には帰らず、協会本部まで電車で移動することになる。

 母さんには「女友達と期末試験前の勉強会をすることになったので遅くなる」とだけメールで送っておいた。

 桂子ちゃんと龍香ちゃんも、各自で似たようなメールを出しているはず。

 

 あたしたちは、制服で協会本部に行ったことはあるけど、永原先生にとっては多分初めてのこと。

 

「マキノちゃん、そのビルには誰かいるの?」

 

 あたしが来た時には、協会本部にはいつも誰かがいたことを思い出し、ちょっと不安に思う。

 

「うーん、今の時間帯は誰もいないはずだから大丈夫よ」

 

 永原先生が笑顔で言う。

 どうやら、事前に人払いしてあったみたいね。

 

 

「それでそれで、マキノさん、『近世日本語』って何ですか?」

 

 電車の中で、龍香ちゃんが興味津々に聞いてくる。

 

「古典と言っても奈良時代やそれ以前のものから江戸時代まで幅広いのよ、近世日本語、近代日本語というのは、主に室町後期から江戸時代の言葉で、今の日本語にかなり近いわよ。古典の授業で主に行う平安時代の言葉は、結構今とは違っているわ」

 

 普段は倣わないことでも、生徒同士ならうまく話せるという事例よね。

 

「その、戦国時代の言葉と今の言葉と、戦国時代と平安時代の言葉だと……」

 

「うーん、江戸時代の中期ぐらいなら、確実に今の言葉の方が近いとは思うけど……外来語には注意しないとダメよ」

 

「あー、そりゃあそうだよなあ」

 

 漢語でも、明治以降に作られた造語がとても多いらしく、それらは通じないらしい。

 一方で、「カステラ」は戦国時代でも、「マジかよ」は江戸時代の中頃なら「本当に」という意味で通じるらしい。

 正直言って、そっちの方が「マジかよ」って感じだけど。

 

「古典の授業であった少数派の活用として上一段下一段活用ってあるでしょ? あれは元々多くが上二段下二段活用だったのよ。私たちの時代だと、『蹴る』以外にもいくつもの動詞が下一段で通じたわよ」

 

「え? 下一段は『蹴る』だけって古典の先生が言ってましたよ」

 

 この「古典の先生」とは文字通り目の前の人だけど。

 

「あはは、それが通じたのは私が生まれるより更に数百年くらい前の、平安時代の話よ」

 

 他にも、今使っている命令形は、元々は東日本方言だったものが、江戸時代になって江戸が文化の中心になるにつれて共通語化したらしい。

 

 

「さ、ついたわよ」

 

 永原先生の古典話を聞きながら、電車を乗り換えて、あたしたちは協会本部のビルに到着する。

 ここから49階までボタンを押し、あたしたちは永原先生ののカードキーでビルに入る。

 部屋の中は静まり返っていて、誰もいない。

 そんな中で、永原先生は小さな「会議室」を開ける。

 

「まあ座ってよ」

 

 永原先生が、あたしたちを先に通す、あたしと龍香ちゃんが奥に座る。

 

「桂子ちゃんも、ほら」

 

  ぶわっ!

 

「きゃー!」

 

 桂子ちゃんが部屋への入り際に、にやけつた顔で永原先生のスカートをめくり上げて、パンツを露出させる。

 あ、色はこの前の体育と同じで、白でした。

 

「んもう! 桂子ちゃんって結構えっちだよね!?」

 

 永原先生が言う。でも、桂子ちゃんはそういう感じではない。

 桂子ちゃんは、もしかしたらちょっといたずら好きなのかも。

 

「あはは、まだまだ私たちとマキノちゃんとの間に壁を感じたからね。私たちはいいんだいけど、マキノちゃんはまだ遠慮していた気がしたし」

 

「そう……私もやっぱり、壁を作っちゃってたのね」

 

 永原先生が少し落ち込んだ風に言う。

 

「まあ、深く考えすぎないでください。今回の勉強会でも、親睦は深まるとは思います」

 

 龍香ちゃんの励ましに、永原先生も表情が綻ぶ。

 ともあれ、あたしたちは、普段は協会本部として使っているオフィスで、勉強会を始めた。

 

「えっと、この化学式は……」

 

「あ、これはね、ここをこうするのよ」

 

「へー、マキノさん、理系もすごいですねー」

 

 永原先生は、授業で見せた通り、いろいろな科目に精通していた。生徒になることで、先生としては教えにくいことでも、教えることができる。

 また、永原先生自身にとっても、そう言ったことを知ることができる。

 そういう意味でも、この勉強会は、「生徒としての永原先生」にとっても、「教師としての永原先生」にとっても、有益な情報だった。

 あたしたちにとって以上に、この勉強会は永原先生にとっての意味が大きい。

 

「ねえこの問題が分からないわ」

 

「あーうん、マキノちゃん、この複素平面はね……」

 

 一方で、永原先生は数学が苦手で、数学に関してだけは、あたしたちに教えを受けていた。

 でも、いつしかそれも、違和感を感じなくなってきた。

 勉強会は長続きし、私たちは日が落ちるまで勉強しつくした。これで期末試験もばっちりね。

 

 とにかくあたしとしては、小谷学園はもう、卒業さえできれば問題ない。

 まあ、大抵の生徒はそうなんだけど、成績が悪いと、卒業式までに、土日で補修とか受けないといけない。

 それは避けたいものね。

 月曜日はもう、2月最終週、卒業式まで、後3週間に迫っていた。

 あたしにとって、それは大きな人生の転換点を迎える日が近いことも意味した。

 結婚式場の予約も正式に取られ、期末試験が終わったら、あたしは卒業式のリハーサルだけではなく、結婚式のリハーサルや、ウェディングドレスのサイズ決め、そして婚姻届は間違っていないかを特に気を付けなければならない。

 念のために、区役所の複数の人にチェックしてもらう予定になっている。


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