永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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クリスマスイブ 帰省

「お邪魔しまーす」

 

「あ、浩介くんいらっしゃい」

 

 家に帰ってきて、早速母さんが浩介くんを出迎えてくれた。

 

「えっと、ただいま?」

 

「うん、『ただいま』でもいいけど、今の優子は石山じゃなくて篠原よ」

 

 母さんがやんわりと注意するように言う。

 様子を見るに、そこまでこだわらなくてもいい場面みたいね。

 とは言え、今は「帰省の練習」も兼ねているし、ちゃんとしないと。

 

「えっとじゃあ……お邪魔します?」

 

 やっぱり、まだ違和感がある。

 

「うん、それでもOKよ。どっちを使うかは優子次第ね」

 

「うーん……」

 

 確かに、今は浩介くんの嫁という設定だけど、これはあくまで訓練。本当の夫婦になった時はまた変わってくる。

 とは言っても、あたしの部屋も、まだ普段使っているままだし、どこまでが帰省の練習になるかはわからない。

 

「さ、ともあれ上がってちょうだい。優子と浩介くんは疲れたでしょ? 部屋で休んでていいわよ」

 

「「はーい」」

 

 普段なら休みの日は家事手伝いだけど、今日は帰省なのでそれはない。

 母さんの好意に甘え、あたしと浩介くんはあたしの部屋の中に入る。

 

「久しぶりだな」

 

 浩介くんがつぶやく。

 

「うん、でもここももうすぐ見納めよ」

 

 卒業式の日にそのまま入籍と結婚式をすることになっているから、少なくともその日まではこの部屋は使われるけど。

 

「といっても、部屋の中のものは持ってくんだろ?」

 

「うん」

 

 今では嫁入り後のことも含め、両家でかなり調整が進んでいる。

 あたしの持っている荷物などは、浩介くんの家の一室に持っていくことになっている。

 結婚を急かした代わりに、こうした結婚に関する手続きは両親が面倒を見てくれている。

 いいのかなとも思ったけど、「無理を言ったのは両親の方」ということで納得することにした。

 

「それで、浩介くん」

 

「ん?」

 

「新婚旅行、どうする? あたしは、あまり時期までは考えてないわ」

 

 婚姻届と結婚式の日程は決まりつつある。

 次に決めるのは新婚旅行の話だ。

 

「あーそれなら、式の終わった翌日からでいいと思う」

 

 浩介くんがあっさりと言う。

 確かに、一番理想的だとは思うけど。

 

「え? でも……」

 

「ホテルだろ? もしかしたら、何人か泊まってくれて、そのまま送り出してくれるかもよ」

 

 浩介くんがその後のことを考えてくれる。

 確かに、結婚式が終わってすぐに新婚旅行なら、気分も盛り上がるのは確かだとは思うけど。

 

「ふむふむ」

 

 ちなみに、あらかじめ2次会等は断るようにしてある。初めての夜は二人っきりで長く過ごすと決めてあるから。

 せっかくの新婚初夜なのに疲れ切って眠ってしまったでは台無しになっちゃうものね。ただでさえ学校の卒業式の夜に式が行われるんだし。

 ともあれ、結婚式位の翌日、そのまま新婚旅行に出て、帰ってきた時は浩介くんの家、そのまま新婚生活が始まる。というのが浩介くんの考えている段取りで、その後の春休みで、改めて祝福してもらうという感じになる。

 

「とまあ、こんな所だ」

 

「うーん、あたしは特に異論はないけど、じゃあ新婚旅行はどこにする? あたしは別に海外旅行じゃなくてもいいけど」

 

 日程には異論はないので、次は具体的にどこに行くかだけど……

 

「うん、静かな温泉でのんびりしたいな」

 

 夫婦水入らずという意味では、確かに理想の場所だわ。

 

「あーいいわね。でも、そう言う所あるのかな?」

 

 穴場を探したい所だけど、外国人観光客の急増に更に日本人観光客の海外旅行離れというダブルパンチもあって、今の観光地はどこも混んでいる。

 ということは、つまりそれなりに静かな場所が求められているわね。

 

「うーん、ともあれ、そろそろ考えたほうがいいよなあこれも」

 

「うん」

 

 いつまでも、考えないわけにも行かない。

 今やクリスマス。来年はもうすぐそこで、卒業式の日も考えれば後3ヶ月で予定は決まってしまう。

 

「ねえ、母さんと話し合うのはどうかしら?」

 

 とりあえず、あたしたちだけで話しても仕方ないわね。

 

「ああ、それがいいな」

 

 浩介くんの賛同を得て、あたしたちはリビングに向かう。

 

「あら? どうしたの2人とも」

 

 テレビを見て休憩をしていた母さんがあたしたちに気付いて向き直ってくれる。

 

「あの、実は――」

 

 あたしたちは、新婚旅行の行き先について悩んでいることを話す。

 日程は結婚式の翌日からで、行き先についてはどこか温泉でのんびりとしたいというのが本当のところだけど、そこが具体的にどこかはわからないことを話す。

 

「分かったわ。母さんたちの方でも調べておくわ。あ、候補を複数にしておいて、最終的には優子たちに決めてもらうって感じでいいかしら?」

 

「うん」

 

 まあ、確かにそれが妥当だと思う。

 候補を複数にしておいて、あたしたちが選ぶ形なら、そこまでおんぶ抱っこという感じでもなくなる。

 ともあれ、新婚旅行についてもあたしたちは障害を乗り越えた。

 

「母さん、ありがとう」

 

「どういたしまして、また何か悩みがあったら相談してね」

 

 母さんに見送られて、あたしたちはもう一度自分たちの部屋に戻る。

 さて、どうしようかな?

 

「浩介くん、テレビ見る?」

 

 とりあえず、テレビでも一緒に見ようかと提案する。

 

「あーうん頼む。で、どれを見ようか?」

 

「ともあれ、見てみましょう」

 

 あたしはテレビのリモコンを取り出して、テレビをつける。

 まずは一旦、ざっとチャンネルを見てみたけど、どこもクリスマスの特集をやっている。

 その中では、カップルに取材しているテレビ局も多い。

 テレビカメラの前でも、カップルたちはとにかくいちゃついているのが分かる。

 

「甘々よねえ……」

 

「でも、俺達も似たようなものだろ?」

 

 浩介くんが軽そうな顔で突っ込んでくる。

 

「そうかも」

 

 あたしたちも似た者同士なのは、事実だと思う。

 確かに、彼・彼女はとっても幸せそうに見える。

 それだけではない、このテレビ番組では、少し年齢の行ったおじさんおばさんのクリスマス何ていうのもやっている。

 

「いい年して何だかなあって思うよなあ」

 

 浩介くんがやや苦言を呈するように言う。

 

「うーんテレビ局も既存客のつなぎとめに必死なのよね」

 

「でも、これじゃ若い人はついてこないだろ?」

 

 最近は若者が「テレビ離れ」なんて言われていて、ますます中高年にターゲットを絞っているコーナーも多く、これによってますます若者がテレビから離れていくという現象が起きている。あたしたちみたいに10代でこうやってテレビを見ているのも珍しいかもしれない。

 それにしても、何だか悪循環よね。

 

「まあね、でも、いい年してって言うけど、そのうちその概念もなくなるわよ」

 

「ああ、そうだな」

 

 あたしはあえて断定して言う。

 蓬莱教授の研究は「成功して欲しい」ではない。

 むしろ「あたしたちが成功させる」という覚悟で臨んだ方がいい。

 あたしと浩介くんの未来の為にも、それがいいことは分かっている。いつまでも、若いままでいられるものね。

 

「でも、それじゃあさ」

 

「ん?」

 

 浩介くんがちょっとだけ首をひねりながら言う。

 

「今のこれって、後の時代にはさ、貴重映像になるんじゃねえか?」

 

 さらりと浩介くんが面白いことを言うけど、あたしは異議がある。

 

「あはは、もう映像自体はたくさんあるし、みんながすぐに不老になるわけでもないからそうはならないんじゃない?」

 

「あー、そうかもしれねえな」

 

 あたしの突っ込みに対して、浩介くんが納得したように言う。

 動画映像自体は昔からある。カラーではなくても白黒映像なら、明治時代のものだって一応残っている。

 もちろん、永原先生の時代は写真もなかったし、日本に写真が入ってきたのも幕末だけど、それでも様々な記録から、当時の様子を窺い知ることが出来る。

 

 とは言え、蓬莱教授が言っていたように、不老人類でこの世が埋め尽くされたとしたら?

 遠い未来、老人という存在そのものが奇特に見られるかもしれない。

 

 蓬莱教授も、「不老人類は、それまでの人類よりも圧倒的に強いから、もし不老の両親に生まれた子供が不老だとすれば、今の人類が淘汰されるのも時間の問題になるだろう」と言っていたことがある。

 だから、生で見るのは貴重な経験なのかもしれないわね。

 

「ま、兎にも角にも、今は蓬莱教授の研究を信じねえとな」

 

「うん」

 

 テレビのクリスマス特集、こうした中高年へとターゲットを絞るのは、おそらくスポンサー側の思惑もあるのかもしれないわね。

 小谷学園の小野先生にしても、教頭先生にしても、あるいは歩美さんの学校の上層部にしても、協会のこうした対応に無理解なのは中高年層が多かった気がする。

 

 彼らはインターネットにも疎くて、中々協会や蓬莱教授の宣伝を届けることが出来ない。このあたり、どうにかしないといけないと思うけど……

 そう言えば、蓬莱教授はテレビ番組のスポンサーにならないのかしら?

 寄付金だけで資産10億ドル、1000数百億円もお金があるんだし、テレビ局の番組スポンサーになるという手はあるんじゃないかしら?

 

「優子ちゃん、何考えてたの?」

 

「あーうん、蓬莱教授がテレビ番組のスポンサーにでもなればうまくいくんじゃないかなって?」

 

「うーん、でもいくら蓬莱教授でも、個人じゃどうにもならんでしょ」

 

 あたしの思考に対して、浩介くんが「無理じゃないか?」という顔をする。

 確かに、テレビのスポンサーはどこもそれなりにメジャーな企業が多いものね。いくら10億ドルの資産があるからと言って、テレビのCMを打つのは至難の業だ。

 それに、CMで蓬莱教授は何を宣伝するのかという問題もある。

 ただお金出すだけじゃスポンサーじゃなくて単なる金づるになっちゃうし。

 

「とは言っても、やっぱり高島さんの所だけじゃあ限界よね」

 

 ブライト桜はインターネット専門のメディアで、新聞などはない。

 

「かと言って、協会が取材を受けるわけにも行かねえしなあ……」

 

 やはり権威というのは怖い、まるで「嘘も百回言えば本当になる」を本気で実践し、こちらから取材を申し込ませようという算段なのが分かる。

 そうすれば最期、印象操作を受けてますますこき下ろされるだけだわ。

 

「本当にどうしたものかしら?」

 

 情報力というのは恐ろしい。一般人のあたしたちに出来ることは殆ど無い。

 

「でもなあ、どうかしなければならんよなあ。放置するわけにも行かねえし」

 

 そう、歩美さんの更衣室問題では、最終的にあたしたちが無視を決め込んだのと、学校側が「もうそっとしておいてくれ」と言ってくれたおかげで収束したけど、そう何度も同じ手が通じるとは思えない。

 

「まあ、そのへんは蓬莱教授と高島さんに頼るしか無いわよ」

 

「うーむ」

 

 結局、始まったばかりの蓬莱教授の宣伝部と、高島さんのブライト桜だった。

 つまり、現状維持しか無いというのが結論になった。

 

 つまりそれは、時間を稼ぐという手でもある。

 インターネットの普及により、旧世代からの世代交代を待つという手もある。

 とはいえ、それはあまりにも長過ぎる。

 

「ともあれ、今は現状維持しかねえな」

 

「うん」

 

 テレビでは、相変わらず「クリスマスにおすすめの新しいレストラン」なんかを紹介していて、あまり面白くない。

 そして別のチャンネルも似たようなものだった。

 最近、あたしはテレビをあまり見なくなってしまった。それでも、浩介くんと2人っきりならそれなりに見続けている。

 

 

「ご飯よー!!!」

 

 浩介くんとテレビを見ていると、母さんの呼ぶ声が聞こえる。

 

「「はーい!」」

 

 あたしたちはリビングに行く、いつもは3人でのご飯だけど、今日は4人で食べる。

 そして食卓も、今日がクリスマスイブということで、特別なメニューになっている。

 

「「「いただきまーす!!!」」」

 

 あたしたちは一斉に「いただきます」をして、食べ始める。

 

「さあ、遠慮しないでたくさん食べてね」

 

「う、うん……」

 

 クリスマス、浩介くんと2人でのクリスマスは去年と同じ。

 違うのは、母さんたちもいること。

 

 結局、「帰省の訓練」という名目にはなっているけど、やはりいつもとあまり変わらなかった。

 もちろん食べ物はいつもと違うけど。

 

「いい優子? 今日はいいけれども、本当の帰省の時は母さんの家事を手伝うのよ。それから、これから母さんが老いて弱っていくとしたら、実家にちゃんと帰るのよ」

 

「うん、分かってるわ」

 

 母さんがあたしに教えるように言う。

 

「俺も、出来る限りのことはしたい」

 

「後は……優子たちには遺産相続のことも教えないとなあ」

 

 父さんが口を開く。

 母さんからは、家計簿をつけたり、やりくりする。そういうのは奥さんの役目だから、ちゃんとやりなさいと言われた。

 もちろん、今はまだ浩介くんのお母さんがいるからいいけど、母さんが「いつまでも親はいない」とも言っていた。

 

 もし、蓬莱教授がうまく行けば、親もいつまでもいることになるのよね。

 

「親は先に死ぬ……親はいつまでもいない……かあ……」

 

「ああうん、蓬莱教授の実験がうまく行けば、そんな常識も変わるのかもしれないのよね」

 

 浩介くんのつぶやきに対して、母さんがしみじみと言う。

 そう、蓬莱教授の実験によって、様々な価値観が変化することになるはず。例えば、親不孝の代名詞のような、「親より先に子供が死ぬ」というのも、不老人類同士なら今よりもずっと多くなるはずだ。

 

 そうした変化の大きさに、果たして人類は耐えられるのか?

 蓬莱教授の話を聞いても、まだ少し不安が残っているのも、また事実だ。

 

 

「ふう、ごちそうさま」

 

 浩介くんが一番に食べ終わる。

 

「じゃあ浩介くん、お風呂入ってね」

 

「おう」

 

「優子は私のお手伝いお願いね」

 

「はーい」

 

 こうして、クリスマスイブの食事は終わり、浩介くんはお風呂に、あたしは母さんの家事を手伝い、その後にお風呂に入る事になった。

 寝る場所に関しては、去年と同じ、あたしと浩介くんは同じベッドに寝ることになった。

 

 

「これから、どうなるんだろう?」

 

 あたしはお風呂の中で考える。

 ここが実家になり、浩介くんに嫁入りした後のここの家のこと。

 母さんたちは、果たして蓬莱教授の手引きであたしたちと同じような存在になれるのか? あるいはなれたとしてもそれを承諾するのだろうか?

 そのあたりは、とても怪しかった。

 

「なるようになる、かなあ……」

 

 適当な答えだけど、今はそう判断する以外に、どうしようもないのもまた事実だった。

 お風呂から出たあたしたちは、何の気なしに勉強会をして、この抜け出せない迷路から少しだけ気を紛らわせられた。

 

 

「浩介くん、おやすみなさい」

 

「うん、また明日」

 

 あたしたちの考えとは関係なく、時間は平等に過ぎていく。

 そして、明日という日がやってくる。明日はそう、クリスマスだ。


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