永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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最高の思い出

「あれ? 優子、篠原はどこ行ったんだ? さっきから見かけねえし」

 

 恵美ちゃんが、あたしが単独で動いているのを珍しそうに見ながら言う。

 

「あたしにも分からないわ」

 

 確かに、浩介くんは今別行動中になっている。何をしているかはあたしにもわからない。

 

「おいおい、じゃあ最後に見たのはいつだよ?」

 

「天文部からここに戻ってくる途中に『別の用事がある』って言ってたわ」

 

 その用事が何かまでは聞いていなかった。

 

「うーん、まあ、とりあえず今は校庭に行こうぜ」

 

「うん」

 

 あたしたちは校庭に行く。そこには、去年や一昨年と同様、音楽が聞こえる中で、既に多くの人がブルーシートの上で色々なゲームをして遊んでいる。前半戦の時点でフライングしている人も多いと思う。

 カードゲーム、ボードゲーム、更にゲーム機を使って通信対戦、何でもありでごった煮という感じだわ。

 

 

「ロン、8000。高月くんの飛びで終了です」

 

「うー、やっぱり先生強い……」

 

 入り口から一番近いところでは制服姿の永原先生が3人の男子生徒と麻雀卓を囲んで麻雀をしているのが見えた。

 

「皆さんもう少し守りを覚えないとダメですよ。麻雀にはフリテンというルールがありまして――」

 

「あー、高月は単純だからな。こいつ振り込んでばかりだし」

 

「ロンされるとツモに比べて払わなきゃいけない点数が増えますからね。特に親に振り込んだら悲惨ですよ」

 

「気をつけます……」

 

 永原先生が男子たちに麻雀講座をしている。

 麻雀って単なる絵合わせじゃなくて「守り」なんてものもあるのね。

 それにしても、永原先生の座り方って隙がありそうに見えて隙がないわよね。男子生徒もさっきから永原先生の足を見ているけど、どうやら残念そうな表情からもお目当てのものは見えない様子ね。

 

 ともあれ、ここには浩介くんは居ない。他を当たろう。

 恵美ちゃんを始め、あたしと時を同じくして校庭に来ていた他の生徒達も散り散りになり、シートの中でカードゲームを楽しんでいる中、あたしは外周をぐるっと一周してみる。

 

 そこではみんな楽しそうにゲームをしていた。

 ゲーム機での通信対戦だけではなく、ノートPCを持ちこんで何やら難しそうなゲームをしている人もいる。

 今年は、ゲームの種類も意外と多様性があって、去年よりも面白くなってそうだわ。

 でも、今はそんなことはどうでもいい。

 

「いないわねえ……」

 

 浩介くん、本当に、どこに行っちゃったのかしら?

 浩介くんが居ないだけで、こんなに寂しいなんて思わなかった。ああそうか、結婚したいって思うくらい、浩介くんのことを好きになっちゃったものね。

 

 外周を探し終わった後、シートの中もくまなく探す。

 

「ん? 優子どうしたんだ? 篠原探してんの?」

 

「うん」

 

 虎姫ちゃんがあたしの様子を見て話しかけてくる。

 虎姫ちゃんはクラスの女子と一緒によく分からないキャラクターがあるカードゲームを楽しんでいる。

 

「私達も見てないな。ったく、篠原のやつ、彼女ほっぽりだして一体何を考えているんだよ」

 

 虎姫ちゃんがやや呆れた風に言う。

 でも、浩介くん、あたしと居た時も後夜祭の時は落ち着かなかった。

 ……一体何を考えているのよ。

 

 

「えーみなさん!」

 

 ん?

 

「後夜祭の途中ですが、ちょっと聞いてくれますか?」

 

 突然メガホンから生徒会長さんのセリフが聞こえてくる。

 朝礼台の上にマイクを持った生徒会長さんが立っていた。

 周囲も周囲で「一体何なんだろう?」と、ゲームを止めてやや動揺しながら聞いている。

 あたしは静かに前列の方に移動する。

 

「3年1組の篠原浩介さんが、石山優子さんにどうしてもこの場で伝えたいことがあるそうです。篠原浩介さんお願いします」

 

「あ!」

 

 生徒会長さんと入れ替わって現れたのは浩介くんだった。

 あたしの名前も聞こえたので、大急ぎでそっちに向かう。

 浩介くんが、生徒会長さんからマイクを渡された。

 

「優子ちゃん、いるならここに来てくれるか?」

 

 言われなくても行くわよ。

 みんな、何事かとあたしと浩介くんを見る。そんなことも気にせずにあたしは朝礼台に登る。

 

「浩介くん、もうっ! どこに行っていたのよ!」

 

「うん、どうしても、伝えたいことがあって、生徒会長さんに無理言ってもらった」

 

 浩介くんはものすごく緊張した面持ちで言う。

 

「「……」」

 

 長い沈黙が流れる。聞こえるのは浩介くんの深呼吸の音だけ。

 周囲もはじめはとてもざわざわしていたのに、今や私語の一つもなくあたしたちを見つめている。

 

「あの、優子ちゃん……」

 

 浩介くんが制服の胸ポケットから、小さな箱を取り出した。

 そして、浩介くんが箱に手をかれる。

 

  パカッ

 

「わあっ!」

 

 あたしは思わず口を開けて手を口に当ててしまう。

 そこに入っていたのは輝くような指輪だった。

 それがプロポーズであることは一瞬で理解できた。

 

「こ、浩介くんどうして――」

 

「あの遊園地のデートの後、優子ちゃんに内緒でアルバイトしてたんだ。全部この時のために……宝石は高かったけど、半年以上アルバイトしてたら、それなりに良いもの買えるんだ」

 

「うん」

 

 浩介くん、知らない所であたしのためにこれを……

 

「うっ……」

 

 あたしの視界が、急激に滲んだ。

 

「優子ちゃん!?」

 

 あたしは、嬉しさのあまり、その場で泣いてしまう。

 もう、このまま死んじゃってもいいとさえ、思えてくるくらい。

 

「ごめんなさい……あたし……嬉しすぎて……」

 

 浩介くんも、みんなも、優しくあたしのことを見守ってくれる。

 

 

「ぐずっ……ごめんなさい、浩介くん、続けて?」

 

「……優子ちゃん、俺と結婚してくれ」

 

 何とか泣き止んだら、浩介くんの透き通った声が聴こえてきた。

 

「はい……」

 

 断る選択肢はない。

 

 

  うおおおおおおおお!!!

  ワー!

  キャー!

 

 

 浩介くんのプロポーズにあたしが頷くと、それを聞いていた小谷学園の男女が一斉に歓声を上げる。そこに学年も、男女も、生徒先生の関係もなかった。

 浩介くん、もしかしてこのために生徒会に行っていたのね。

 

「浩介くん、ずっと愛しているよ」

 

「俺も……だよ」

 

 浩介くんの顔が近い。

 あたしは箱に手を伸ばして婚約指輪を取る。そして左手の薬指にそれをはめた。

 

 横から聞こえてくる音が、更に大きくなった。

 

「優子ちゃん、ありがとう」

 

「うん」

 

 あたしはついに浩介くんにプロポーズされた。ああ、夢みたい。

 婚約者になったのはずっと前からだけど、改めてプロポーズされるのは全く格別だわ。

 よく見ると、浩介くんの手にも、婚約指輪がはめられていた。

 

「浩介くん、あたしも、浩介くんと結婚したいわ」

 

「ああ……」

 

 浩介くんの顔が更に近くなる。

 もう、浩介くんの言葉しか聞こえない。いや、周囲の声が聞こえても、頭になんか入らない。

 

「んっ……」

 

「ちゅっ……」

 

 あたしと浩介くんで、一瞬唇が触れ合うと、周囲の喧騒は更に増す。

 

「んっ……」

 

「ちゅぅ……」

 

 2回目はディープキス。

 もう、ここがどこかなんて分からない。

 どこでもいい、だって、浩介くんにプロポーズされたこと、今すぐ愛する人とキスしたい。

 両腕を浩介くんの立派な背中に絡めて、もっと近付く。

 

「じゅるっ……じゅうっ……」

 

「ちゅっ……れろっ……んうっ……」

 

 胸が浩介くんに触れる。更に深くキスをする。

 今までよりもずっと深いキス。

 浩介くんがあたしに触れて、ますますキスが深くなる。

 あたしの心臓の鼓動が、ますます激しくなっていく。

 

 

「んっ……ぷはっ……」

 

 今までのどのキスよりも長いキスが終わり、口が離れると、お互いの舌から唾液の糸がこぼれ落ちた。

女の子の黄色い歓声を背景として、あたしはまた浩介くんを抱き寄せる。

 

「浩介くん……あたし……」

 

「ああ、何度でも、キスしようぜ」

 

「うんっ……」

 

 あたしたちはまた唇を重ねる。

 みんなが見ている前でプロポーズされ、キスをして、多分きっと、人生で一番幸せな瞬間なんだと思う。

 ううん、幸せはこれから作っていくもの。

 まだきっと、多くの幸せが残っているの。

 

「優子ちゃん、俺、これ以上されたら――」

 

「いいの。ねえお願い、あたしを抱いて? あたし、あなたのものになりたいの」

 

 耳から聞こえてくる雑音が凄まじい大きさになっている。

 今になって気付いたわ。朝礼台のマイクが近くにあって、あたしたちのやり取りは全校に聞こえていたんだって。

 

「こ、ここじゃ無理だよ。まだ、もう少しだけ。あと少しだけだから、お願い、待ってくれるか?」

 

 浩介くんに、やんわりと拒否される。

 本当は、浩介くんだってしたくてたまらないけど……あたしは、歓声の中にちょっと動揺する声が混ざるのを聞いて、あたしも少しだけ冷静になる。

 

「浩介くんありがとう。こんな時にプロポーズしてくれて。本当に素敵だわ」

 

「うん、うまくいくかどうか、緊張でいっぱいだったけど、優子ちゃんに気に入ってもらえてよかったよ」

 

 浩介くんが優しく言う。

 

 あたしたちは朝礼台から降りる。

 すると、あたしたちには歓声と、無数の「おめでとう」という声ともに、惜しみのない拍手が沸き上がった。

 小谷学園中が、あたしたちを祝福してくれた。

 

「篠原、おめでとう!」

 

「優子ちゃん、おめでとう!」

 

「2人共おめでとう!」

 

 駆けつけてきたのは永原先生と桂子ちゃんと、そして高月くんだった。

 

「俺、もうお前を呪うのを辞めるよ」

 

 高月くんがやり遂げたような顔で浩介くんに言う。

 

「優子ちゃん、一番乗りだね」

 

「うん、桂子ちゃんも、恋愛頑張ってね」

 

「分かってるわ」

 

 桂子ちゃんも、あたしを心から祝福してくれた。

 あたしはまた一歩、「女性」の領域に足を踏み入れていく。

 

「いやはや、小谷学園の文化祭でもこれは前代未聞ですよ」

 

「ふう、まさか、ここまで君の女性化が進むとはね」

 

 次に校長先生と教頭先生が駆け寄ってきた。

 

「石山さん、篠原さん。結婚は決してゴールではありませんよ。これから、新しい生活が始まるんです」

 

「「はい」」

 

 校長先生の言葉が頭に響く。

 そう、あたしはまだ18歳、これからの果てしない人生を考えれば、始まったばかりでしか無い。

 

「石山さん、その……林間学校のこと、謝罪が遅くなったことも含めて、申し訳なかった。君には是非、女性としての幸せ、きっと掴んで欲しい」

 

「はい」

 

 教頭先生が、あたしに謝ってくる。

 去年の林間学校の時は、まだあたしも女の子になって日が浅かったから、ああいった措置を取りたくなたんだと思う。

 でも何より、そんな人に認められたのが嬉しかった。

 

「石山さん、おめでとうございます。私からも、お礼を言わせてください」

 

「あ、小野先生……」

 

 今度は3年の学年主任である、数学担当の小野先生が声をかけてきた。

 

「それから、1年半前のことは、本当に申し訳なかった。女性としての幸せを得たいというあなたの権利を侵害してしまったことも」

 

 それは、体育の授業のこと。

 女の子になったばかりで、あの時は今のようにTS病だってそこまで知られた病気じゃなかったから。

 

「……はい」

 

 小野先生を、あたしは許したい。

 優しく、「優子」として。

 

「それから北小松……ああいや、永原先生にも、心から謝罪したい。あの時に石山さんを女性として扱えなかったのは、ひとえにわしの不徳の致す限りだった。幸せそうにしている2人を見ていたら、わしは自分がなんとも情けない」

 

 小野先生が今度は永原先生の方を向く。

 

「それから、小学生の時、随分と手を焼かせてしまったことも。見抜けなかったとは言え恩師に向かって偉そうにしていたことも、申し訳なかったと思っておる。40年も前のことを……本当に遅いと思うが、それでも、謝らせてくれ」

 

「いいんですよ小野先生、私も、少しやりすぎたと思っています。誰にでも、隠したい秘密の1つや2つありますから」

 

 そして永原先生も、小野先生の謝罪を素直に受け止めた。

 永原先生がそれを言うと、とても説得力がある。

 だってそれは、永原先生にこそ、ふさわしい言葉だから。

 

 浩介くんにはクラスの男子を中心に祝福の言葉を受けている。

 みんな、ボードゲームのことはどうでもよくなってしまった。

 

「優子、おめでとう。あたいはまあ、テニスやるよ。出会いはまあ、引退してからでもいいかもな」

 

「恵美ちゃん、恵美ちゃんだってきっと、情熱的な恋は出来るわよ」

 

「あ、ああ……」

 

 あたしは、恵美ちゃんを励ますように言う。

 恵美ちゃんが、恋のプライドを捨てられるのは、いつになるのかな?

 

「いやしっかしびっくりしたな、後夜祭で全校生徒の前でプロポーズすんなんてよ」

 

 次にあたしを祝福してくれたのは虎姫ちゃんだった。

 

「ま、ともあれおめでとうよ。あれだけいい男、滅多に居ねえぜ」

 

「うん。あたしも、みんなにそう言われたわよ」

 

「それだけじゃねえぜ、優子ちゃんみたいな女の子だって、そうそういるもんじゃない」

 

 虎姫ちゃんが浩介くんとあたしのことを褒めてくれる。

 

「ありがとう」

 

「さ、後ろがつっかえてるから、私は失礼する」

 

「うん」

 

 列の後方を見ると、更に沢山の行列が並んでいた。

 みんな後夜祭のゲームなんか止めて、あたしと浩介くんのプロポーズのことに集中していた。

 後夜祭は、完全に変わってしまった。

 

「先輩おめでとうございます」

 

「石山おめでとう」

 

「優子ちゃんおめでとう」

 

「篠原おめでとう」

 

「石山、篠原、本当におめでとう」

 

 先輩から、後輩から、先生から、生徒会長からも、多くの人に祝福された。

 そして、「結婚式はいつやるの?」という質問も多く飛び交った。

 それについては、あたしは「まだ分からない」と言った。もちろん考えてはいる。

 

「優子ちゃんとの結婚式は、みんなが集まりやすいようなところにする予定なんだ」

 

 浩介くんがそう言っている。一体、いつどこでなんだろう?

 まあ、楽しみにとっておきましょう。

 

 

「ねえ石山先輩、その宝石何ですか?」

 

「うーん、宝石はわからないのよ」

 

 2年生と3年生の女子2人組があたしに話しかけてくる。

 

「え!? 石山さん、宝石分からないの!? ダイヤモンドですよそれ」

 

「あ、そうなんですか……」

 

「うーん、やっぱり石山先輩、もう少し大人の女性の趣味も覚えた方がいいと思いますよ」

 

「あはは、あたし、子供っぽいものが好きで――」

 

 あたしも思わず苦笑いしてしまう。

 

 その後も次から次に入れ代わり立ち代わりの祝福を受ける。

 知らない顔の人がほとんどだ。

 

「おう石山おめでとう、妊娠しても、体育は手加減しねえからな」

 

 体育の先生が豪快に言う。

 

「あはは……」

 

 まあ、理性なら浩介くんも残してくれているし、もう少しだけ、我慢するわ。

 

  ブーブーブー!

 

 突然、ポケットの中の携帯電話が鳴り始める。

 どこからかかっているか見てみると龍香ちゃんだった。

 

  ピッ!

 

「はい」

 

「優子さん、聞きましたよ! 後夜祭で、篠原さんからプロポーズ受けたんですって!?」

 

 電話越しでも分かるくらい、龍香ちゃんは勢い良く話してくる。

 

「え、うん……」

 

「とにかくおめでとうです。私も、大学を卒業したら彼と結婚するつもりですから、よろしくおねがいしますよ」

 

「うん、妊娠に注意してね龍香ちゃん」

 

「分かってますって! ん? あー、友達の石山優子さんが、プロポーズされたんですよ文化祭で!」

 

 龍香ちゃんが、多分近くにいると思われる彼氏と話している。

 

「そっちはどうなの?」

 

「あーうん、今丁度彼氏とし終わった後でして、なのでこうして、裸で電話してます!」

 

「っ……もー龍香ちゃんったら!」

 

 結構生々しいわね。

 

「あはは、ごめんなさい。では切りますね」

 

 龍香ちゃんがそう言うと電話が切れる。

 

「ん? 優子ちゃん誰から?」

 

「うん、龍香ちゃんからかかってきたわ」

 

「そうか」

 

 浩介くんとあたし、それぞれが祝福を多くの人から受け、ついに最後の祝福が終わると、生徒会長から「後夜祭後半戦を終了します」というアナウンスを受け、あたしたちはゲームを片付けた。

 左手の薬指には、指輪をはめた感覚がずっと残っている。

 僅かに、小さな小さなダイヤモンドの宝石がキラリとしたかもしれない。

 それだけでもう、あたしたちは結婚するということを強く自覚してしまう。

 

 

 帰り道、あたしは浩介くんと手を繋いで帰る。

 あたしが左側、浩介くんが右側、浩介くんの左手にはめられた婚約指輪の感触が、手から神経へ、そして脳へと伝わってくる。

 

「お別れ、だね」

 

 浩介くんは珍しく、ホームまであたしを迎えてくれた。

 浩介くんの方面は、跨線橋を渡る必要はないのに。

 

「間もなく、電車が参ります」

 

 そしてとうとう、電車が停車し、扉が開く。

 明後日までは、学校もお休みで、特に何も予定はない。

 

「じゃあね、浩介く――!?」

 

 あたしが電車に乗ろうとすると、強い力で引っ張られた。

 

「まだ、帰したくない。今日だけは……」

 

 浩介くんに、抱きしめられていた。

 

  ドキドキドキドキ

 

 心臓が激しく高鳴り、電車のドアが閉められ発車する。

 

「浩介くん……」

 

 まるで少女漫画のような素敵なシチュエーションだった。

 

  ちゅっ……

 

 抱きつかれたあたしと浩介くんは、自然と唇が重なっていた。

 

「結婚したら、こういうことで悩まなくても済むのかな?」

 

「ああ、そうだな」

 

 浩介くんの力強い返答。

 

「ごめん、優子ちゃん。俺、行くわ。じゃないと、ずっとここで行き止まりになりそうだから」

 

「うん」

 

 浩介くんが、誘惑を振り切るかのように、跨線橋を駆け上がっていき、隣のホームの電車に乗り込んだ。

 あたしは、一本後ろの便で、家へと帰宅した。

 

 

「ただいまー」

 

「優子おかえりなさい。さっき永原先生から電話あったわよ。浩介くん、大胆よね」

 

「う、うん……あたしも、びっくりしちゃったわ」

 

 母さんはあたしの左手を見つめると優しく微笑んだ。

 今日この家を出る前にはなかった指輪があったから。

 

「結婚式の日程はどうするの?」

 

「うーん、まだ分からないわ」

 

「そろそろ決めないといけないわよ」

 

「うん」

 

 あたしの中で、一つの考えが浮かんでいる。

 それは卒業式の日、あの日は午前中の半日で終わる。

 一旦役所によって婚姻届を提出し、その足で結婚式場に行くという二段構え。

 これなら、小谷学園の生徒たちも無理なく参加できるはずだわ。

 

「ともあれ、今日はゆっくり休みなさい。きっと眠れないと思うわ」

 

「……はい」

 

 

 夜、あたしはまた指輪を見つめる。

 あの後浩介くんに貰った指輪入れに指輪を入れる。

 あたしと浩介くんが婚約者であることは、以前から同じだったけど、今日始めて、みんなの前で発表した。

 そう言えば去年の後夜祭で、あたしは浩介くんから告白されて、正式に恋人になったことを思い出す。

 今年の後夜祭は、去年と同じか、それ以上に、あたしの記憶に残る後夜祭になった。




卒業まで第六章の予定でしたが、少し長くなりそうなのでここで一旦区切ります

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