永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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変質者現る

 学校に復学してから4日目、木曜日。

 朝起きるのが少し遅かった。気が緩み始めたかもしれない。

 普段のスカートを短くする作業は、学校に行くまでにしようと決めた。

 

 この日は電車が遅れていた。線路内人立ち入りということだが、迷惑なことだ。

 一応出発時間は同じくらいになってくれるのは良かった。にしても人が多い。

 

 制服の上からでもはっきりわかるほど大きな胸に対する視線がいつも以上に激しい。

 身体が猫背になる。胸を隠したいと思っちゃいけないんだろうけど、いくらなんでもこの視線は我慢しきれない。

 

 いつもは座れないがそれなりに人がまばらだが、この日は反対方向のような激しい混雑だ。

中に入ろうとする。

 

「んーーーーーーっ!」

 

 何とか電車の中に入ろうと、押すがびくともしない。男よりもはるかに弱くなったために押すことが出来ない。

 別のサラリーマン男性が押してくる。これにつられ、何とかスペースにとどまることができた。

 

 駅員さんの協力もあってドアが何とか閉まる。ドアの四隅に追いやられた。学校の駅までは扉は反対方向だからこのまま目立たないようにしていれば大丈夫なはずだ。

 

 女の子になって、体も小さくなり、その分ラッシュ時の苦しさも増した気がする。とにかく早く、ついてほしい。

 

 

「んんっ!?」

 

 突然、スカートの外に違和感を感じる。違う、何かがお尻に触れてる……!

 

「やっ、やだっ……!」

 

 気持ち悪い。スカート越しでお尻を触られてしまった。

 状況から考えても、明らかに痴漢されてる。

 扉の真ん前で、しかも四隅の目立たない位置が逆に痴漢の利点になってしまってる。

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!

 左のわきの下から手が伸びる。私の胸を触ろうとする。

 脇を締めると、痴漢も嫌がったのか手を引っ込めたが、相変わらずお尻を触り続けている。

 徐々に痴漢の手がスカートの中に侵入するために一旦めくろうとし始めた。

 

 や、やめて!

 

 そうだ、叫ばなきゃ! 助けを呼ばなきゃ!

 私はそう思い、両手を使って痴漢の右手を掴んだと同時に叫んだ。

 

「いやあああああああああああああああああああああああ痴漢ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 私の大きな悲鳴に、車内がざわつく。

 幸い、満員電車で両手でつかんだ手が外れることはなく、他の人も犯人の手をつかみ続けてくれたため、次の駅、つまり降りる駅までつかみ続けられた。

 降りる時に引っ張り出してみると、50代くらいのデブのおっさんだった。見ぬからにモテそうもない、独身だろうという感じだ。

 本当に気持ち悪い。こんなキモいのに触られたなんて思うと激しい嫌悪感が募る。

 

 誰かが通報したのか、駅員が駆け寄ってきた。

 

「痴漢ですか?」

 

「はい、この男にされました」

 

「えっと、それではこちらへ」

 

 そういうと、駅の一室に連れてこられる。学校に遅刻しそうではあるが仕方ない。

 痴漢されたのでその取り調べ、と言えば学校も納得してくれるはずだ。

 

「今、鉄道警察の人が来てるから」

 

「は、はい」

 

「その制服、小谷学園だよね?」

 

「はい」

 

「学年と組、それから名前を教えてくれるかな? 担任の先生に連絡したいんだ」

 

「2年2組、石山優子です。担任は、永原マキノ先生と言います」

 

「分かりました」

 

 そう言うと、駅員さんが電話を掛ける。

 

「あの、小谷学園様ですか?」

 

 どうやら駅員さんが永原先生と連絡を取ってるようだ。

 

「はい……はい……ええ、なので遅れます」

 

「学校には連絡しておいたよ。今、隣で犯人を取り調べているから、悪いけど待っててくれるかな?」

 

 そのまま待たされる。ずいぶんと長い。

 

 何分立ったのか分からないが、しばらくすると婦警さんが入ってきた。

 

「大変だったわね。目撃者も大勢いるから安心して。あの男、性犯罪の常習犯なのよ。全く、刑務所から釈放されて1週間もたたず再犯よ。えっと事情を話してもらえる?」

 

「その、スカートの上から触られて……」

 

 私は状況を細かく説明した。

 

「……それで、すぐに叫んだわけね。見た目に似合わず機敏ね。あのまま行ってたら間違いなく直接されていたわよ」

 

「え、えへへ」

 

「で、常習犯とはいっても、最近は冤罪にうるさいから一応物的証拠は必要なのよ。犯人の手を今調べてて、細かい繊維を特定したら、少しだけスカートを貸してくれるかしら?」

 

「う、うん。分かりました」

 

「あーでも制服だから、明日の学校が終わったら、着替えてスカートを持って警察署に来てくれる?」

 

「はーい」

 

 そう言うと婦警さんは去っていった。

 入れ替わりで駅員さんが入ってきて「今日はもう大丈夫」とのことだった。

 

 学校へ行くと1時間目が終わっていた。

 高月が「おい優一、遅刻とはいい身分だな!」などと言っていた。反応したいのを我慢して無視する。

 

 

「優子ちゃん、どうしたの? 遅かったじゃない!」

 

 木ノ本が声をかける。

 

「あ、あの……その……」

 

「どうしたの慌てて?」

 

 心配そうな顔で見つめてくる。

 

「そ、その……ち、痴漢されちゃったの!」

 

「ええ!!?? それは災難ね。私も何回かあるけどさ……本当に軽くだから当たっちゃっただけかもだけど」

 

「う、うん。すごく気持ち悪かったよ……」

 

「で、優子ちゃん、どういう状況だったの?」

 

「その、ちょうどドアの隅で周囲に背を向けるように前かがみで立ってたら、スカートの上から……」

 

「ははあーん」

 

 木ノ本が把握したかのような声を出す。

 

「優子ちゃんそれ、痴漢してくださいって言っているようなものよ」

 

「え? どういうこと? 目立たないようにしたのに……」

 

「いい? 優子ちゃん、痴漢は地味で大人しそうな子を狙うのよ。胸が大きいからとかそういう理由じゃないのよ」

 

「だからまず猫背にならないことよ」

 

「うん」

 

「そしてスカートも短くすることよ! そういう服装すれば自己主張が強いと思われて痴漢も寄ってこないわ」

 

「そう言えば今日は起きるのが遅くて、スカート短くしてなかった」

 

「ほらね、それに優子ちゃんは猫背でしかもドア隅で後ろ向きだからやられたんだと思う。無理してでも車内の奥に入るか、それがダメならドアを背にするといいわよ」

 

「……本当は髪を染めるのが一番いいんだけど、その黒髪を染めるのは抵抗あるわよね?」

 

「うん、この髪はこのままがいい」

 

 本当は手入れが大変だから切りたいと思ったこともあるけど、今はもう慣れてしまった。本当に同じことを繰り返すと、それが普通になるってのは本当だ。

 

「後は……優子ちゃんは大きいから腕を組んで胸を強調するのもアリよ。一般的なイメージとは逆に、挑発的な感じにすれば、痴漢は寄ってこないわよ」

 

「う、うん、今度からそうして見る」

 

 元男としてはそういうのは不安もあるが、木ノ本も美人だ。変質者に狙われることはあり得るだろう。

 ともあれ、2時間目の準備をしないと。な。

 

 

 放課後、ホームルーム終了直後に永原先生に呼び出された。

 

「石山さん、痴漢されたんですって?」

 

「う、うん」

 

「大丈夫だった? って、大丈夫なわけないよね」

 

「うん、すごく気持ち悪くて怖かった。お巡りさんの話だと、常習犯ってことなんだけど、このスカート、金曜日の放課後に提出することになったわ」

 

「あー、金曜日ね。うん、月曜日には戻ってくるよう便宜を図っとくわ。もし無理そうなら代替のスカートをこっちで手配しておくわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うん、それじゃ、今日も一日お疲れ様」

 

「うん」

 

 「優一! 何したんだ!?」などと、男子の誰かが囃し立ててたが、やはり無視する。

 本当は「痴漢された」って言いたい。痴漢はすごく嫌なことだ。だけど、優一と呼ばれることに比べれば、精神の傷がまだ浅いことに気付いた。

 本当の女の子で、自分も女の子になろうとしているのに、それを認めずに無理やり男扱いされることが、どれほど辛いことか。

 それを理解してもらうのは無理だ。あの二人も、他の男子もTS病になるなんて確率が低すぎる。

 

「なあ石山」

 

 足早に帰ろうとすると田村が声をかけてきた。

 

「えっと、田村さん、何でしょうか?」

 

「あんた、痴漢されたんだってな。あたいもおっさんが連行されるのを見たぜ」

 

「そ、そうなの。痴漢されたの」

 

「大変だったな。しかし、あんたが元々男だって知ってたら、あのおっさんも痴漢してたか?」

 

「そんなの、痴漢に聞いてみないと分からないよ」

 

「……それもそうだな。しかし、確かによく見なくても、あんたは可愛くて美人だ。身の処し方、考えとけよ」

 

「それ、桂子ちゃんにも言われたわよ」

 

「けっ、あたいは名字であいつは名前に『ちゃん』かよ……!」

 

「じゃ、じゃあ恵美ちゃんでいいですか?」

 

「うっ、あーごめん。忘れてくれ。あたいが悪かった。今まで通りでいいよ」

 

「? そう?」

 

「……ねえ、あんた」

 

 別の女の子が声をかける。振り返ると木ノ本桂子だった。

 

「優子ちゃんと何話してたの?」

 

「あ!? てめえの知ったことかよ!」

 

「あ、あの……田村さんは……」

 

「何よ、知られちゃまずいことなの!?」

 

「はっ、そうじゃねえけどよ、てめえに教えたくねえだけだぜ!」

 

「あのあのあの……」

 

「ふん、ケチな女は嫌われるわよ」

 

「はっ、男に媚びなきゃ生きられねえてめえとは違うんだよ!」

 

「やあねえヒガミかしら? 男にモテテこそ女でしょ? それともあんたレズなの?」

 

「こ、こんのおっ……!」

 

 

「け、喧嘩はやめて下さい!!!」

 

 

 思わず大きな声を上げてしまった。木ノ本も田村も驚いている。

 

「あ、あの、田村さんは、今朝私が遭った痴漢のことを話してたの!」

 

「なっ……」

 

「これでいいでしょ? もうそんなことで喧嘩しないで!」

 

「わ、分かったよ」

 

「え、ええ……」

 

「ご、ごめんなさい。私、まだ女子グループのことよくわからなくて、でも、私のせいで喧嘩になったらと思うと……」

 

「わ、分かったよ、あんたは悪くねえよ。あたいもちょっと意地を張りすぎた」

 

「ごめんなさい優子ちゃん。つい頭に血が上ってしまって。怖がらせるつもりはなかったわ」

 

 木ノ本と田村は散り散りになる。そのうちの一人、田村にはまだ用がある。

 

「あの、もう一つだけいいですか? 田村さん」

 

「ん? なんだ?」

 

「私、痴漢されたでしょ。痴漢だって男だったら多分しなかったわよ」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「私が、女の子だってことよ」

 

「あー」

 

「少なくとも、私の正体を知らない人が、私のことを男だと思う?」

 

「それは思わねえだろうな」

 

「むしろ世界にいる70億人のうち、この学校のこのクラスの……桂子ちゃんのグループの子はもう認めてくれたから、30人にも満たない人だけよ。私を男みたいに扱うのは」

 

「待て待て、そりゃあよ、いくらなんでも暴論だぜ」

 

「何で?」

 

「だいたいあんた、その70億人の人のうち、何人と親しいんだ? 100人も居ねえだろ」

 

「それに、70億人全員があんたの正体を知ったら、少なくとも億単位の人間は、あんたを男だと思うだろうよ。もしかしたら、あのおっさんだってそうかも知れねえぜ」

 

「……」

 

「ま、悲観すんなよ。まだあんたを男扱いすると決めたわけじゃねえんだ。まだ女扱いするのに躊躇いがあるってだけだ」

 

「……いい答えを待ってるわ」

 

「あ、ああ」

 

 「ふうっ」とため息を付き、下駄箱に行く。

 ローファーを履く。そして下校する。帰りの電車は空いていたので何にもなかった。

 変質者、不審者情報は他人事と思っていたけど、そうではないことを改めて思い知らされた。

 

 

「ただいまー」

 

「あ! おかえり優子! 大丈夫だった!?」

 

「大丈夫って?」

 

「やあねえ、今朝痴漢されたんでしょ? 相手は常習犯だったって言うけど、怖くなかった?」

 

 今日はもうこの話題で持ちきりだ。でも、そのおかげで男子による男扱いといういじめから目を逸らすことが出来るのが悲しい。

 

「こ、怖かったよ。すごく」

 

「そうでしょう。ほんっと卑劣よね」

 

「で、でもちゃんと捕まったし、明日スカートを警察に届けないといけないけど、月曜日には返してくれるって」

 

「それは良かったわね。さ、今日はゆっくり休みなさい」

 

「うん」

 

 

 金曜日の放課後、一旦家に帰って着替えたらすぐにスカートを警察に届け出た。余程のことじゃないと日曜日に返しに来てくれるとのことで良かった。

 警察署の人の話によると、今回スカートの上から私のお尻を触って痴漢した犯人は、かなり悪質な常習犯なので、迷惑防止条例違反ながらも実刑になるんじゃないかって話だ。

 被害者の私が「女子高生」ということで、学業を優先したいため裁判所には母さんが代理で行ってくれるそうだ。

 簡易裁判所で一応慰謝料ももらえるらしい。何に使うべきかということを今から考えている。




某所で書いていた時は最新話で主人公たちが大学4年生になってるのでこのあたりは作者ながら懐かしいです。

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