永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「はーいこっちへついてきてー!」
うまく改札のタイミングなどをずらし、他校生と鉢合わせにならないように別れる。
「こっちこっち」
永原先生の誘導で、あたしたち3年1組が列をなす。すぐ後ろには2組以降も付いてきて、みんなマナーに気を配っている。
とにかく、引率の先生も合わせれば130人以上の大きな団体で行動するんだから、マナーに気を配らないといけないと、先生から何度も何度も忠告されたのが効いている。
もしかしたら、普段の校則がゆるいからこそ、「他人に迷惑かけるな」という創設者が残した唯一の校則が生きているのかもしれない。それは100の校則よりも、大きなことだと思う。
そんなこんなで、あたしたちは、予約していたレストランに向けて進む。
さて、レストランはあたしたちの貸し切りなので、あっという間におしゃべりで埋め尽くされた。よほど大きな音でもない限り、周囲の迷惑にならないからだ。
レストランの中であたし、浩介くん、永原先生の3人でテーブルに付く。
食事の内容も、既に決まっていて、特にメニュー表はない。
ウェイトレスさんがあたしたちに水を配ってくれる。
「ふう」
「石山さん、篠原君、2つほどいいかな?」
「ん?」
永原先生があたしにやや真剣な表情で話しかけてくる。
多分、雰囲気からして協会絡みかな?
「例のスカウトのアカデミーですけど、あれ以来悪評がたたって日本から撤退することになりました」
「……それは良かったわ」
「ああ」
浩介くんは、スッキリした顔で言う。
これで、浩介くんの運動能力に魅了された変な人も浩介くんにつきまとうことも無くなるだろう。
というよりも、浩介くんももうすぐ18歳、さすがに今から何かを始めても、遅いだろう。
強いていうなら、筋トレを続けているから、ボディービルダーくらいかな?
まあ、浩介くんの将来はまだわからないけど。
「それから2つ目です、昨日なんですが、新しくTS病になった人が出ました。それと日を同じくして何ですが、4月にTS病になった人が自殺未遂を起こしたという連絡がありました」
永原先生の話は、「2つ目」とまとめられているけど、実際には最初のと併せて連絡事項は3つあることになる。
「自殺未遂かよ……」
浩介くんがため息を付いたように言う。
「石山さんの作ったカリキュラム前のプログラムもしたんですが……中途半端に生きようとして、私達の忠告も聞かないで……もう挽回は難しいでしょう」
永原先生が無慈悲な宣告をする。
永原先生曰く、その患者は都合のいい時に男と女を使い分けようとしたのではないかという。
もちろんそんな欲張りはうまくいかない。
結果的にいじめを受け、周囲からもからかわれるようになってしまった。最近の患者にとても多い傾向で、何とかしないといけないと言っていた。
この病気になれば、女の子として生きていくしかない。完全な女の子になる以上、男の精神を捨てていかない限りどうしようもなくなってしまう。
しかも、完全な男の子だった頃を知っているから、一般的な性同一性障害とは全く訳がちがうのだ。
もう、彼女に対してあたしたちが出来ることはない。彼女自身が、男への未練を完全に捨てることを決意しない限り、飛行機は失速を続けるだろう。永原先生が言う通り、挽回の可能性はあたしから見ても極めて低いと思う。
そして墜落に至ればゲームオーバーということになる。
「新しいTS病の人も、自殺未遂を起こした患者さんと同じ関西とのことなんですが……石山さん、自由時間を利用してちょっと会ってもらえますか?」
「……分かりました。折角の機会ですから」
永原先生によれば、新しくTS病になった人は中学生らしい。夏休みに入ってから家でくつろいでいた所を急に苦しみだし、女の子になってしまったという。
「でも、夏休みになってからというのは不幸中の幸いですね」
「ええ。これがもし1日早かったら、終業式中に倒れていたことになりますから。きっとクラスメイトの誰かがお見舞いに来て、大騒ぎになるでしょう。クラスの子達は、まだ彼女が男だと思っています」
つまり、あたしの時と違う。
あたしの時は授業中だったから、女の子になったことまでは知られていないものの、異変で倒れたことまでは知られていた。
今は蓬莱教授の影響で、TS病の典型的な症例は知られている。
だから、あたしが今まで優一で、今頃倒れたとすれば、多分みんなTS病だと気付くはず。
それくらい、蓬莱教授の影響は大きい。
「……ともかく、あたしが何とかアドバイスしてみます」
「ええ、お願いするわ。その後のカウンセラーは関西支部長の人に担当させるわね」
永原先生がそう言う。まあ、あたしがカウンセラーするわけにも行かないものね。幸子さんはもう殆ど手がかからないと言っても。
とは言え、あたしも修学旅行中だし、あんまり仕事に追われるのも避けたいんだけど、こうなった以上致し方あるまい。
「中学生の患者は特に自殺率が高いわよ。気をつけてね」
「う、うん……分かる気がします」
あたしや浩介くんは、もう思春期なんて過ぎちゃったけど、中学生はそれの真っ只中。
高校生が想像もできないくらい中学生というのは多感なお年頃だ。
「お待たせいたしました。こちら――」
ウェイトレスさんが料理を持ってくる。
あたし、浩介くん、永原先生にそれぞれ一皿ずつ。
他のテーブルも同様で、ほぼすべてのテーブルで、食事が並び終えていた。
ウェイトレスさんは、あたしと永原先生をチラチラと見ている。
「あの、あなた方……もしかしてTS病の協会の会長と正会員さんですか?」
「おや、私をご存知ですか?」
「はい、あたしが石山優子ですけど」
ウェイトレスさんがあたしたちの正体を当てている。
おそらく、例の取材動画で知ったんだろう。
あたしも永原先生も、超が付く美人で、画像も拡散されているので、気付く人は気付くだろうけど、こうやって声をかけられることは少ない。
「うわあ……本当に近くで見ると、すごい美人さんですよね。あなた方、ほ、本当に男性だったんですか!?」
「ええ。私はもう遠い昔ですけど、石山さんは1年2ヶ月くらい前までは」
「……小谷学園が毎年修学旅行で当レストランを予約されていきますので、まさかと思ったんですが……永原さんって本当に500年前から生きているんですか?」
ウェイトレスさんが更に突っ込んでくる。
「はい。蓬莱教授のお墨付きもありますよ」
永原先生がニッコリして言う。
ともあれ、あたしたちはご飯が冷めちゃう前に一斉に「いただきます」をして食べ始める。
関西、特に京都はあたしたちが普段住んでいる関東と比べると薄味が多い。
この料理も、京風ということになっていて、結構な薄味。
あたしたちは特に醤油とかはかけないけど、恵美ちゃんとかは「味が薄い」と言いながら、醤油をかけている。
それにしたって、恵美ちゃん醤油のかけ方がなんか下品よね。
「もぐっ……もぐっ……」
うー、ちょっとこれ、あたしには量が多い。
浩介くんを見ると、食べ終わるのが早い。
もし量が多ければ、浩介くんに食べてもらおうかな?
何だか物足りなさそうだし。
「ふー」
「どうしたの優子ちゃん?」
浩介くんが少し心配そうに話しかけてくる。
「うん、ちょっと量が多くてね」
「食べてやろうか?」
「う、うん。ありがとう……」
あたしは浩介くんに、残した食事を食べてもらう。
ともあれ、何とか浩介くんにも手伝ってもらい完食できた。
「それで、石山さん」
「はい」
「その人は倒れたばかりですが、今日は関西支部長の人が行くことになっています。私達は明後日の自由時間に行くことにします」
「分かりました。浩介くんはどうしますか?」
「篠原君は修学旅行を楽しんでくれればいいよ」
「あ、ああ……」
ともあれ、明後日の自由時間の予定は決まった。
学年で一斉に「ごちそうさま」をすると、あたしたちはまず荷物をまとめに旅館へと向かうわけだが、それぞれ時間にタイムラグを与え、また乗る車両も別にするという。
ここからは地下鉄を使い宿に入り、午後の短い時間で観光をしたり、宿で休んだりする。
泊まるホテルも素泊まりということになっていて、ホテルの中のレストランで食べてもいいし、外のレストランで食べる人もいる。
とにかく、この修学旅行は小谷学園を象徴するような修学旅行で、明日明後日とホテルの門限にさえ間に合えば何を観光してもいいことになっている。他の学校だったらあり得ないと思う。
学校からは結構な金額を予算として充てられていて、いかにしてやりくりするかは大事だ。そのため、去年は新幹線を使って博多に行った人や資金を浮かすためだけに3食カップ麺で部屋にこもりきりだった人までいたらしい。
ちなみに、博多まで行った人曰く、「関西は旅行しすぎて見飽きたから」などという何ともいえない理由だった。
赤字上等で金を使い込む人もいる。あたしはというと、実は修学旅行の予算の他に蓬莱教授から支援を貰っている。
蓬莱教授は用心深い人で、あたしをつなぎとめたくて必死らしい。
もしかしたら、今未来人類の運命を握っているのは、蓬莱教授ではなくあたしの方なのかもしれないとさえ最近は思う。
ちなみに、基本的にどこへ行っても自由だが1つだけ、「大阪の新今宮駅・動物園前駅付近、特に新今宮駅南西部にだけは絶対に近寄らないように」という警告がなされている。
そう言う警告をされると行きたくなるのが人間だが、先輩たちの口伝により、「あそこの危険度は尋常じゃない」とされていて、現に薬物の臭いがするとかで、誰も近寄らないとか。
インターネットでも、本当に近寄っちゃまずい場所だってなってるし、そのあたりはわきまえている。
この修学旅行では、鉄道の時刻表を持参している人も多い。
関西には「新快速」というとても便利な電車があり、京都から大阪・神戸までかなり速い速度で到着するらしい。
特に遠くのローカル線を旅する場合は、時刻表で事前に調べ、きちんとホテルに戻ってこられるかどうかを確認しないといけない。
門限に遅れれば、明日以降の自由時間にペナルティが付く。
そういうこともあって、みんな結構慎重に予定を立てるのだ。
京都の地下鉄駅から徒歩数分、ビジネスホテルのような建物のちょっと小さなホテルがあたしたちの拠点。
ただし、他の宿泊客も居るため、迷惑をかけてはいけないのは同じ。
あたしが代表して部屋の鍵を受け取り、同部屋になった恵美ちゃんと龍香ちゃんと並んで歩く。
「ふう、じゃあ行くわよ恵美ちゃん、龍香ちゃん」
「はい」
「おう」
2人の返事を聞き、エレベーターを操作して所定の階へ。
3人部屋ということで、それなりの大きさがあって、ベッドも3つ。
テレビが備え付けられていて、冷蔵庫もある。
また、ポットもあってこれでお湯を沸かすことも出来る。近くにコンビニもあるので、カップ麺を買ってこれで作ることも出来るみたいね。
「さて、門限まで自由時間ですよ。何をしますか?」
「あ、その前に」
「ん? 優子さんどうしました?」
「明後日なんだけど、この近くでTS病になった中学生が出たってことで、ちょっとだけ協会の仕事が入ったから、抜けるわね」
「……そうですか、分かりました」
「優子も、大変だな」
龍香ちゃんも恵美ちゃんも、もう子供じゃない。
だからこうして、あたしの急な事情にも嫌な顔ひとつしない。
本当に、あたしは友達に恵まれたと思う。
「とりあえず、少し休んだらホテルの近くを散策しましょうよ!」
「ああ、それがいいな! ここは京都だし、どっかに観光名所でもありそうだしな」
「はい!」
龍香ちゃんの提案に、あたしも恵美ちゃんも賛成する。
気の早い人や、京都に何度も来ている人は、大阪や奈良とか滋賀県とかを散策するみたいだけど、あたしはそこまで考えていない。
あたしは、浩介くんに向けメールを打つ。
題名:今日の自由時間
本文:今日の自由時間は同室の恵美ちゃん、龍香ちゃんと共にホテル周辺の散策になりました。
浩介くんはどうしますか?
これでよしっと。
「お、優子誰にメール? 篠原か!?」
「うん」
「篠原さんも、うまくやるといいですね」
そんな会話をしていると、すぐに返信が来る。
題名:Re:今日の自由時間
本文:分かった。俺も今日明日は同室の人と行動するよ。その代わり、明後日午後は俺と優子ちゃんで2人な
「何ですか何ですか!?」
龍香ちゃんががっついてくる。
「今日明日は同室の人と行動して、明後日は浩介くんと2人だって」
「ああ、その方がいい。明後日はあたいも適当にテニス部の仲間でも誘うぜ」
「私も、桂子さんを誘います」
どうやら、恵美ちゃん龍香ちゃんも行くあてがあるみたいね。良かったわ。
あたしはそれを確認してメールを打つ。
題名:Re:Re:今日の自由時間
本文:うん、それでいいわよ。明後日は同室の恵美ちゃんと龍香ちゃんもそれぞれ別の仲間と行くって言ってたから心配いらないわ。
よし、これでいいわね。
するとすぐに浩介くんから「了解した」という内容のメールが届いた。
「さ、行こうぜ」
「う、うん……」
あたしたちは、恵美ちゃんに引っ張られ、荷物をまとめ、部屋の鍵を閉める。
エレベーターでフロントに戻ると、大勢の生徒がフロントに鍵を預けていた。
龍香ちゃんがメモ帳に、部屋の番号を控えてくれた。
念のため、あたしも控えておく。
「いってらっしゃいませー」
フロントの人に見送られ、いざホテルを出る。
「おし、まずはここのブロックを一周してみようぜ」
「う、うん……」
京都は比較的「碁盤の目」と呼ばれる道路形成になっている。そのため、位置こそ分かりやすいが、方向感覚を見失うとあらぬ方向に行きやすい。
また、斜め移動できないのも地味にもどかしかったりする。
ともあれ、あたしたちの自由時間が始まった。
歩き疲れるまで周辺を散策して分かったが、京都は何気ない所に歴史ある老舗や有名な史跡がある。小さな柱が、さり気なく歴史的イベントがあったという記念碑になっている所も多い。
京都らしく江戸時代創業のお店もたくさんあって、中には永原先生が生まれるより更に前から店を構えている所さえあった。それにしても、ものすごい人だかりだわ。
「そう言えば、永原先生って本能寺の変から大坂の陣まで諸国を放浪してたんですよね?」
「うん、そうだったわね」
龍香ちゃんが、思い出したかのように言う。
「でしたら、400年以上前の京都について知っているんじゃないですか?」
「そうなるわね」
もしかしたら、永原先生は今頃引っ張りだこかもしれない。
「お、お菓子屋さんですよ。ちょっと休憩していきますか!」
「お、いいな!」
龍香ちゃんと恵美ちゃんが「創業天正年代」と書かれたお菓子屋さんに入っていく。
すると、そこには見知った顔がいた。
「おや、石山さん、田村さん、河瀬さん」
「「「な、永原先生!!!」」」
そこにいたのは、永原先生だった。
「な、永原先生、どうしてここに?」
「うん、このお店、長い間来てなかったから、ね。今までも行く機会はあったんだけど、あの頃の味が壊れていないか心配で、つい行きにくかったのよ」
「永原さん、TS病で、ここの創業者の方と面識があると言うはるんです」
店の主人がそう説明してくれる。
「私がここに来たのは天正16年のことですから……ちょうど430年ぶりの客ということになるわね」
永原先生曰く、ここの菓子は大層な美味で、江戸城にいた時も、食べたいと思いつつもついに叶わなかったとか。
教師になって、ある程度時間が出来るようになってから、何度もここを訪れようと思ったが、なかなか踏ん切りがつかなかったらしい。
「人間って、踏ん切りがつかないとズルズル先延ばしにするのよ。私みたいに長生きだと特にね」
「それで、食べてみてどうだったの?」
「うん、やっぱり時代の進化はすごいよ。あの時の味なんかよりよっぽど上だわ。どうやら思い出の中で、美化されてしまってただけみたい」
永原先生が、あっけらかんに言う。
今のご主人さんにとっては、複雑な気分だろう。
この後、あたしたちもお菓子を食べ、夜はコンビニ弁当を食べることにした。
京都まで来てコンビニ弁当というのもあれだけど、まあ、仕方ないわよね。
あたしたちは、夜はホテルの自室で過ごした。お風呂は深夜の掃除時間帯以外に常時開放されている大浴場に入った。
とにかく、本番は明日になるんだから程々にしないと。