永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
昼食が終わり、あたしは全ての試合が終わってしまったので、テニスウェアから制服に着替え直す。
ちなみに、このテニスウェアは、そのままテニス部に寄付される。
アンダースコートも同様に借り物なので、キチンと返しておかないと。
それにしても、こんな胸の大きいテニスウェア、今後使う人いるのかな?
……まいっか。そんなことよりも、今は午後一のテニスの試合のことだわ。
試合は午後1時から始まることになっている。今回はの試合は5セットマッチで、しかも最終セットは2ゲーム差が開くまで延々行われるグランドスラム形式になっている。
場合によっては下校時間になっても決着がつかないこともある。
もしそうなったら、明日以降テニス部で決着をつけるという。
恵美ちゃんがこの試合にかける意気込みは本気だ。
いくら男とは言え、小学校の頃にちょこっとハマっていて、6年もブランクのあるたった1ヶ月半練習しただけの人間に負ける訳にはいかない。
しかも、テニスプレーヤーなら誰しもが憧れるグランドスラムの形式。男子だけに許された5セットマッチを体験できる。
ある日、恵美ちゃんが言っていた。
「優子、テニスには『真の王者は5セットを勝ち上がっていく。5セットにまぐれはない』って言葉があるんだ。てことはよ、女子は真の王者になり得ねえってことだ。女子には5セットはきつすぎるってな。悔しいが、それは当たってる」
恵美ちゃん曰く、「男子の土俵で男子を負かすことが出来れば、少しは気分も良くなる」と言っていた。
もちろん、生粋のテニス部員には勝てないけど、付け焼き刃の男に負けては、さすがにプライドも傷つくと言っていた。
ギャラリーも、あたしの試合とは比べ物にならないくらい多い。
でも、あたしはうまく最前列を取れた。
しばらくして、恵美ちゃんと浩介くんが入ってくる。
浩介くんのテニスウェア姿は初めて見る。
といっても、そこまで変わらない。
恵美ちゃんの方も、滅多に見ないテニスウェア姿。
最後に見たのは、インターハイの中継の時だっけ?
「えーただ今より、田村恵美と篠原浩介の試合を開始します」
審判の人がそう言うと、まず軽く打ち合う練習が続く。
浩介くんは何度もサーブの練習をし、恵美ちゃんもリターンの練習をする。
また、ストロークやボレーの確認もしている。
「残り1分です」
その声と共に、練習もラストスパートに入る。
結構、浩介くんもいい動きをしている。
練習という名のウォーミングアップが終わると、次にコイントスが始まる。
コイントスに勝ったのは恵美ちゃんで、恵美ちゃんはサーブを選択した。
ここから、試合が開始される。
トン……トン……トン……
見よう見まねのあたしたちとは違う、恵美ちゃんの無駄のない動き。
ギャラリーも、みんな固唾を呑んでいる。
「うえあ!!!」
恵美ちゃんが威嚇するような咆哮を上げると同時に、強烈なサーブが来る。
「んっ!」
浩介くんは反応して返す。
「あぁっ!!!」
恵美ちゃんが浩介くんのオープンコートに放ち前に出る。
浩介くんは落ち着いて返す。
しかし、そこは恵美ちゃんのいた場所だった。
「そいっ!」
「15-0」
前に出れば、攻撃力が増す。
浩介くんが反応する間もなく、ボールはコート内でバウンドしてからコートの外へ。
ちなみに、永原先生がボールガールをしていて、線審やチェアアンパイアも体育の先生やテニス部の顧問が担当している。永原先生のボールガール姿、かなりエロいわね。あたしもあんな感じだったのかしら?
ちなみに、さすがにチャレンジ制度までは再現できなかった。土のグラウンドにすれば跡は残るけど、そんなもの小谷学園にはない。
「たああああぁ!!!」
「30-0」
パチパチパチパチ!!!
「うおおおおおお!!!!!」
今度は恵美ちゃんが、中央のラインギリギリに決まったサービスエース。観客が拍手と歓声を上げる。
浩介くんも反応しようとしたけど、読みが外れたのかもしれない。
次のサーブ、今度はコースが外れフォルト。
恵美ちゃんのセカンドサーブ。
「んっ!」
ファーストサーブと比べると、かなりコントロールを重視したサーブになっている。
「えやっ!」
浩介くんも、際どい所をついてくる。
「ていっ!」
「ああっ!」
掛け声と、ボールの音がコートにこだまする。
「あっ!」
「40-0」
恵美ちゃんが、浩介くんの逆を突いた。
スペースの広い方に走っていく浩介くんを見逃さないその動体視力。
これが、全国一の実力。
次のサーブもセカンドサーブになる。
前に出た恵美ちゃんに、今度は浩介くんが横を抜いていく。
初めての浩介くんのポイントに、観客たちも感性と拍手がわく。
「40-15」
とはいえ、現実は甘くない。
「はぁ!」
「っ!」
「ゲーム田村」
次のサーブもファーストサーブが入り、浩介くんのミスショットをスマッシュで咎められ、恵美ちゃんのサービスキープになった。
今度は浩介くんのサーブ。恵美ちゃんは、他の全国のライバルに、キープさえさせないくらい圧倒的な強さを誇っている。
さて、浩介くんのサーブが、どれほど強いんだろう、みんな固唾を呑んで見守っている。
「ふーっはぁ!」
テニスボールの乾いた音、スピードは恵美ちゃんとそこまで変わらない感じ。
恵美ちゃんがボールを返す。
そして、ラリー戦になる。
少しラリーが続いたの地、一瞬の隙を見逃さず、恵美ちゃんが仕掛ける。
「0-15」
実力差は、明らかな感じだった。
でも浩介くんは、顔色一つ変えていない。恵美ちゃんも、まだまだ探り合いという感じ。
この5セットマッチ。まだ始まったばかりなのだ。
「はぁあ!」
「うはっ!」
浩介くんの掛け声で強烈なサーブが恵美ちゃんのボディーに。
恵美ちゃんも予想していなかったのか返球はそれてアウトに。
これで15-15になる。
速度は同じくらいでも、やはりパワーというか球の重さが違うのだろうか?
恵美ちゃんが、わずかに顔をしかめる。
「あんた、普段プレーしてる男どもよりも、強えじゃねえか」
「お世辞はやめてくれ。直前に部員と一回だけ練習試合したが、見事にベーグルを焼かれたよ」
「いや、サーブのパワーはあいつら以上だよ」
浩介くんは元々、筋力は凄まじい。
フィジカルエリートと言ってもいい。だから威力だけなら強力になるというのも頷ける。
「……そうかい」
「だがな、あんたはあたしには勝てない。パワーだけでは、テニスに勝てねえからな」
恵美ちゃんがそう宣言する。
確かにここまでの試合運びを見ていると、恵美ちゃんに分があると思う。
次のサーブ、浩介くんは際どいコースを狙ったが大きくハズレてフォルト。
「ふっ!」
浩介くんのセカンドサーブは多少山なりに入る感じ。
恵美ちゃんはそれを返すと、すかさずボレーに。
「んっ!」
浩介くんがバックハンドで返すが、恵美ちゃんの反射神経により15-30
次のサーブも、浩介くんはセカンドサーブになり、同じようなプレーで15-40、恵美ちゃんが2ブレイクポイントを握る。
「ふー」
浩介くんは、全く動じていない。
いや、むしろこうなることを予想しているかのような感じにさえ見える。
ファーストサーブが入ると同時に、今度は浩介くんが前に出た。
いわゆる「サーブアンドボレー」である。
恵美ちゃんがそれを返球する。
浩介くんはうまく反応するが、打ったコースが悪かった。
恵美ちゃんに山なりのロブを打たれる。
浩介くんは間に合わないと判断したのか、打球を追おうともしない。
「ゲーム田村、2-0」
浩介くんがサービスゲームを落とし、3ゲーム目。
恵美ちゃんがダブルフォルトを犯したのもあって40-40、いわゆるデュースにもつれ込む。
こうなれば、どちらかが2ポイント差を付けるまでゲームは終わらない。
「はぁっ!」
「アドバンテージ、田村」
恵美ちゃんが2回目のサービスエースを決める。
周囲も騒然となっている。最初の方では攻める姿勢も見せた浩介くんが、今や防戦一方である。
返すボールも山なりで、ストロークも遅い。
でも、なるべく追いつこうとはしているけど、無理と判断すれば全く追おうともしない。
いや、もしかしたら「わざと」そうしているのかもしれない。
「ふえいっ!」
恵美ちゃんのセカンドサーブ、浩介くんはバックハンドで緩いボールを返す。
よく見ると、浩介くんは恵美ちゃんを左右に振ろうとしている。
一方で恵美ちゃんは、結構強烈なボールを使って、浩介くんを後ろへと下がらせている。
「ふっ!」
すると、恵美ちゃんがドロップショットを打ってきた。
完璧に決まった、浩介くんは一瞬前に移動するが、ワンバウンドした瞬間に既に諦めてしまっていた。
「ゲーム田村、3-0」
ゲームカウントは3-0だが、早くもお通夜ムードという感じでもある。
「あーあ、こんなんで5セットマッチかよ」
「こりゃあ篠原のストレート負けだな」
早くも、周囲はそんな声を漏らす。
「浩介くん……」
あたしも、少し心配になるけど、どことなく安心感もある。
コートがチェンジされ、浩介くんがあたしから見て手前になる。
「あ、優子ちゃん」
「うん、浩介くん……大丈夫?」
浩介くんが、あたしの元へと歩み寄ってくれる。
「ああ、勝てねえ相手じゃねえよ。元々、最初の1セットは仮に俺が全力でも取られると思ってる。幸い田村も油断している。次のセットからが勝負さ」
浩介くんが周囲に聞こえない風にそんなことを言う。
やっぱり、あたしの予想した通り。今は体力を温存し、2セット目以降に勝負をかけるつもりなんだろう。
でも恵美ちゃんだって、配分は考えているはず。
次は浩介くんのサービスゲーム。
「ふぁ!」
「フォルト!」
浩介くんがセカンドサーブ、恵美ちゃんが前に出る。
コースを予想していた浩介くんは、ロブを打ち上げる。
「ちっ!」
「「「おおおおお!!!」」」
恵美ちゃんの股抜きショットが炸裂し、会場もどよめくが、ゆっくりと前に出て浩介くんが落ち着いてスマッシュを打つ。
「15-0」
スマッシュも思いっきり打ったという感じじゃない。
2球目、ファーストサーブはさっきよりもやや威力が低い。
それでも、際どい所に決まったために恵美ちゃんは体制を崩しつつ少し苦労しつつ返し、それに対して浩介くんはオープンコートにやや置きに行ったショットを打つ。
「30-0」
どうやら、「サーブの威力だけはテニス部以上」というさっきの言葉は間違いではなかったみたいね。
それに、恵美ちゃんが体制を崩したのを見て無理をしないで打つように切り替えるなど、状況判断がとてもうまい。
「ゲーム篠原!」
パチパチパチパチパチ!
このゲームは、浩介くんがキープした。
初めてゲームをキープした浩介くんに周囲も拍手を送る。
これだけの経験の違いがありながら、恵美ちゃんからゲームを取ったのだ。
第5ゲームに入る。
恵美ちゃんも少しだけ、息を切らせてきた。でも、まだまだ余裕があるという表情。
浩介くんも、最初の返球には集中力を高めている。フリーポイントを作らせないことが、今後大切になってくる。
恵美ちゃんの攻撃にも、大分タイミングが合ってきた。
最初のゲームの時とは、浩介くんの動きが変わってきている。
それだけじゃない。
浩介くんのショットが、ワンパターン化している。
恵美ちゃんの足元に、緩いボールを、左に右に中央に、深い所に返す。ただひたすら、その繰り返し。
恵美ちゃんもそれに慣れてきたので、このゲーム、恵美ちゃんが多少のミスがありつつも楽にキープした。
これでゲームカウントは4-1、とにかくどこかでブレイクバックしないと、このセットを落としてしまうことになる。
だけど、浩介くんは積極的にブレイクしているという感じはしない。
「まずいわね、田村先輩……」
「え?」
隣で見ていたテニス部の女の子が、そうつぶやく。
「多分、勝てるとは思うんですけど、もう少し早い展開を心がけないと。後半が苦しいと思います……男子はその……体力とパワーが凄まじいですから」
確かに、そんな感じはする。とは言え、リードしているのは恵美ちゃんだ。
第6ゲーム、浩介くんはさっきと同じ入り方。
でも、サーブがあるため、恵美ちゃんを数球で崩しつつ冷静にポイントを加えていく。
それでも、恵美ちゃんが時折パターンを崩すと、浩介くんに為す術がない。
デュースにもつれ込み、数回の一進一退の攻防の末、浩介くんが苦しみながらキープした。そう言う印象だ。
「ふう、篠原、あんたやるな。インターハイで、あたいから2ゲーム奪ったやつはそうそういねえ。あんたはインターハイでも、女相手なら勝ち上がれるだろうな」
試合中、また恵美ちゃんが浩介くんに話しかけてくる。
「そうかい、そいつは良かったよ田村」
「だがな、それでもあたいに勝てるかは別物だ。あんたがサーブをキープできるのも、女子から見たら並外れたパワーがあるからだ。逆に言えば、ミスを重ねれば、あんたはブレイクされるってことだ」
「……」
恵美ちゃんはまだ、余裕の一言を放っている。
浩介くんは、それに一切動じる気はしていない。
第7ゲームは恵美ちゃんのサーブ。
「てやあっ!」
恵美ちゃんはいきなり、ボディーを狙う。
浩介くんは、それを落ち着いて捌く。
何とかラリー戦に持ち込む浩介くんだが、恵美ちゃんはそれをさせまいと、積極的にボレーを仕掛けてくる。
また、恵美ちゃんは時折サーブアンドボレーも見せていて、その時も浩介くんは左右に抜こうとしたり、ロブを打ち上げたりするものの、いずれも有効打にはならない。
このゲームも恵美ちゃんがキープ。後1ゲームで、恵美ちゃんがこのセットを取る。
浩介くんは、全く動揺していない。
それどころか、「勝てそうだ」という顔さえしている。
周囲のギャラリーも、浩介くんにやや応援が入っている。
傍目に見れば、恵美ちゃんのテクニックに浩介くんが翻弄されている形に見える。それでも、浩介くんは諦めないどころか、余裕の表情でさえあるのだ。
第8ゲーム、浩介くんのサーブ。
いきなりダブルフォルトでスタートする嫌な展開。
浩介くんも内心ではちょっとメンタル面で動揺があるのかもしれない。
浩介くんはサーブを打ち、ストローク戦では左右に振ったかと思えば、ある所を境に徹底的にセンターに緩いボールを打つようになる。
とにかく、どうやって恵美ちゃんの体力を消耗させるか?
浩介くんはそればかり考えているみたいね。
「ゲーム、田村!」
恵美ちゃんがこのゲームもブレイクし、6-2で第1セットは恵美ちゃんが取った。
ここから、少しばかり休憩時間に入る。
「浩介くん」
「ああ、大丈夫。逆転の望みはまだあるさ。3セットなら、どのセットも全力で行かなきゃいかんだろうが、これは5セット。長期的な視野が必要なんだ」
浩介くんは、柔らかい表情で、そんなことを言った。
これからの第2セット、ギャラリーも一部入れ替わる。自分の種目があるからだろう。
時計を気にしている人もいた。