永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「へえー! いいじゃない! 優子の女の子記念日!」
家に帰ってきて母さんにそのことを報告すると早速母さんが乗り気になった。
「か、母さん……」
予想していたとは言え、目をキラキラ輝かせる母さんに、あたしはどうしても顔が引きつってしまう。
「あの日は本当にどうなっちゃうのかとも思ったけど、女の子になってから、優子は明るくかわいく、そして何より名前の通り優しい子になったし、記念日と言っていいわよ! そうと決まれば早速人を集めましょう!」
母さんは、早速パーティーの具体的案を煮詰めると言ってきた。
しかも、夜には浩介くんの両親ともテレビ電話で話し合って見る予定だという。
それにしてもこの行動力の早さ、一体どこからそんなエネルギーが来るのだろう?
ともあれ、あたしは止めても無駄ということや、疲労感もあって自室の布団でゆっくり横になる。
あまりに疲れすぎて寝ちゃうかもしれないけど、今はそういうことを考えてもしょうがないわね。
「優子ーご飯よー!」
「はーい!」
あたしは久々に、石山家でご飯を食べる。
たった2日間、それに一昨日の朝はここで食べたんだから事実上1日半お留守にしていただけなのに、何だか遠い昔のように感じてしまう。
でも、母さんの作ったご飯は美味しくて、「帰ってきた」ということを自覚する。
もしかしたら、今日は気合を入れただけかもしれないけど。
「そうそう、浩介くんに電話して、そちらの親御さんの戻ってくる時間を聞いてきたわ」
「あーうん……そう……」
当人の意向は無視で、母さんたちはあたしの「女の子記念日パーティ」について話し合っている。
母さんのあまりの勢いもあって、あたしは少し投げやり気味に言う。
「優子、優子も記念日パーティのこと、学校で言うのよ。パーティーはなるべく人が多い法が良いからね」
「はーい……」
もう知らないわ。
まさに、「もうどうにでもなーれ」って感じ。今日は花嫁修業の疲れも出たし。
あたしは、浩介くんの家での花嫁修業の疲労を回復させるために、早めにその日は寝た。
「へえー! 石山さんの女の子1周年記念パーティー!? いいわね! ナイスアイデアよ!」
「あ、あはは……」
月曜日、あたしが女の子になって1年になる2日前のこの日。
あたしはお昼休みの学校で、「お誕生日会」のことを試しに永原先生に話してみたら、永原先生はとても乗り気になってしまった。
「今までね、女の子になった日を記念日とする人は多かったわ。だけど、やっぱりTS病で苦労してきた人は多いのよ。だから、『記念日は気分が重い』って人も結構いたのよ」
永原先生曰く、永原先生も余呉さんも比良さんも、他の正会員も普通会員も、TS病でみんな大きな苦労をしてきた。
そのこともあって、「記念日として覚えておく」という習慣こそあったが、「記念日として祝う」という習慣はなかった。
比良さんが言っていた「もう一つの誕生日」という言い方も、そんな重い気分を少しでも紛らわせるための方便だったのだという。
「だけどね、石山さんは違うわ。有史以来の1300人のTS病患者の中であなたは……いえ、あなただけには、女の子になった明後日のことを『祝福』する資格があるのよ。石山さんのお母さんとも調整して、協会の本部が使えないか、考えてみるわ」
「え、でも……」
「いいのよ。どうせ明後日の平日は殆ど人がいないんですもの。時間は夜にしましょう」
永原先生もまた、あたしそっちのけで話を始めてしまう。
「母さんもですけど、どうしてそんなに積極的なんですか? あたしは別に……その……そこまで大したことはしてないですし」
「石山さん、あなたのお陰で多くの人が救われたわ。かくいう私もその一人よ。特に吉良殿のことは、本当に感謝してもしきれないわ」
「永原先生、その……あたし……」
「協会のみんなも、そしてこれからTS病になる未来の女の子たちも、きっと石山さんは救ったのよ」
永原先生が、優しい口調で言う。
未来の女の子も……うーん、まだよく分からないわ。
「う、うん……それに、あたしにも、偶然だけど、好きな男の子が出来たわ」
林間学校の実行委員、男子がくじ引きという決め方をしたんだもの。
「そうかな? 私はそうも思わないわよ」
「え!?」
永原先生が意外な言葉を口にする。
あたしと浩介くんの関係、てっきりあの時のくじ引きがきっかけで、偶然だとも思ってたのに。
「篠原君、責任感強いもの。林間学校で実行委員にならなくても、あるいはナンパした添乗員がいなくても、きっとどこかで石山さんは篠原君に惚れていたわよ。だって彼も、球技大会の時から石山さんのことを意識していたもの」
「そ、そうなの?」
「もし違ったとしても、きっと彼の方から告白してきたわ。あなたなら、どのルートでも最終的には受け入れたわよ」
「う、うん……」
確かにこれまでの浩介くんの振る舞いを考えれば、永原先生の言う通りだと思う。
「でも、石山さんが恋をして、その後女の子になりきるタイミングは、文化祭より後になったとは思うけどね」
「じゃ、じゃあもしかして?」
林間学校のくじ引きは、あたしと浩介くんの恋仲を早めただけだとするなら――
「ええ。あの時の男子のくじ引きが救った本当の人は、石山さんでも、篠原君でもないわ。塩津さんよ」
永原先生の口から出た意外な名前。
でも確かに、よく考えればその通りだった。
あの時の幸子さんは、あたしが助けなければ自殺の道へと一直線の状態だった。
もしあたしが正会員になるのが遅れたら、きっと彼女はあんな風に女の子らしくなってはいなかった。
それどころか、もうこの世に居なかったかもしれない。
「あなたと篠原君が恋人同士になったのを見て、私もあなたを正会員にしようと思ったもの。篠原くんと石山さんの関係そのものは遅いか早いかの違い。でもね、早いことで救われた人が確実に1人、いや……彼女の家族や関係者を加えたら、10人じゃ効かないと思うわ」
あたしも、話の流れからは予想していたけど、永原先生は一つの驚くべき仮設を提示してくれる。
それは一つの高校の、林間学校の実行委員を決めるくじ引きの結果が、遠い東北の大学生のTS病患者を救ったという話。
昔、一人の高校生がインターネット掲示板を荒らした結果、連鎖的に様々なことが起こって、ついには国会まで動き出す騒ぎになったこともあったという。
きっとこれも、そんな類なんだと思う。
「数奇な運命よねえー」
「ええ、石山さん。あなたの人生は、数奇なことで溢れているわ。それに来年は、蓬莱教授とともに全世界を巻き込むこと可能性もあるわ。もしそうなれば、あなたは私の25分の1以下の人生で、私より濃いことを成し遂げるわ」
「え!? そ、そうですか?」
永原先生は、あたしなんかよりよっぽど太く長い人生だと思うけど。
「ふふっ、私はね、確かに協会の会長として、なけなしの政治力はあるわよ。だけど、基本的には教師ををしている。ただ世界一長生きってだけの女よ」
「……」
でも、永原先生だってその長い人生で、協会の女の子たちに影響を与えているはず。もちろん、その中にはあたしも居る。
それを考えればやっぱりあたしの影響力だってまだまだのはず。
「それに比べたら、石山さんは蓬莱教授の研究に参加するってだけで、素晴らしいことよ……さ、話し込んじゃったわね」
「あ、うん……失礼します」
あたしは、永原先生と別れ、一人で考える。
ともあれ、お昼休み、ご飯にしよう。
ご飯を食べながら、また考える。
確かに、今まではこの病気になるしか、不老の方法はなかった。
人数も少ないし、影響力は無視できた。
でも、あたしがもし、蓬莱教授の研究を成功させる助けになったとしたら……
何だろう、何か大きなことが、動きそうな気がするわ。
「おーい、優子ちゃんの女の子1周年記念パーティーするぜ」
「へえ、篠原の企画なんだ?」
「そうだぞ高月。明後日水曜日、平日だけどみんなでワイワイしようぜ」
「お、いいねえ。最近慣れない受験勉強でストレス溜まってたし」
教室に戻ってみると、浩介くんが、あたしと同じように「優子ちゃんの女の子1歳の誕生日おめでとう会」と称して男子を中心にお友達をたくさん呼んでいる。
どうやら、浩介くんのお友達たちも乗り気みたいね。
あたしも、腹をくくって女の子たちに声をかけることにした。
「へえ、いいじゃない。私も、優子ちゃん女の子になってよかったと思うし」
桂子ちゃんも同じく、このパーティに賛同してくれている。
「それに、優子が女の子になってくれたおかげで、あたいは桂子たちとも和解できたんだしな」
そう、確かにあたしは多くの人に影響を与えた。
優一の頃は、小規模に、悪い影響だったけど今は違う。大規模に、いい影響を与えていると思う。
あたしの誕生日でもない、女の子になった日について、みんなでお祝いしてくれる。
そのことが、あたしにとってとても嬉しいことだった。
何より、恵まれていると思ったから。
月曜日の授業が終わり放課後、あたしは浩介くんと桂子ちゃんの三人で、いつものように天文部への道を進む。
最近では、「桂子ちゃんにモテるため」という名目で、天文部の後輩男子たちが、競うように天文の勉強をし始めた。
大学受験にはあまり役に立たなさそうだし、受験勉強は嫌々している人が多いのに、女の子が絡むだけでこうもやる気が出るんだから、男って本当に単純だわ。
で、その天文部で何だけど……
「はーい、皆さん注目。明後日は、優子ちゃんが女の子になってちょうど1年になります」
「「「おー」」」
男子たちが何故か気合の入った声をする。
「つきまして、篠原の提案で、明後日の放課後に『優子ちゃん女の子1周年記念パーティー』を開催する予定です。開催地等は追って連絡しますので、参加希望の方はこちらにご署名ください」
桂子地ゃんがそう言うと、真っ白な紙を取り出してきた。
ここに署名させるという算段ね。
「何かよく分からねえけどよ」
「パーティーだってよ。参加しようぜ」
「うんうん、面白そうじゃん」
天文部の男子たちが、一斉に署名する。
ちなみに、これについては桂子ちゃんが帰りに永原先生に提出するらしい。
天文部の男子たちの反応を見る限り「あたしのことを祝いたい」というより、「何かよく分からないけど、パーティに無料で参加できるなんてすばらしい」という感情が大半を占めている。
でも、賑やかになるなら、まあいいかな?
一応、あたしのためのお祝いってことだし。
「ただいまー!」
「あ、優子おかえりなさい」
ただいまをすると、母さんが大量のビニール袋を机に置いていた。
「母さん、これどうしたの?」
「どうしたのって、明後日の優子のパーティの食材よ。永原先生によれば、かなりの人数になりそうだから、浩介くんのお母さんとも調整するわ」
どうやら、食材の用意は全てあたしの母さんと浩介くんのお母さんがしてくれるらしい。
「あの、あたしは――」
「手伝わなくていいわよ。優子は主役なんだから」
「は、はい……」
そういうことなので、お言葉に甘えておこう。
「その代わり、明日の夕食は優子が作ってね。パーティの準備に専念したいから」
「分かったわ」
まあ、それはしょうがないわね。
ともあれ、あたしはどっしりと身構えていればいいみたい。
「えー、ここが仮定法のコツです。よく覚えておいてください」
翌5月8日火曜日、この日はあたしが倒れた日。
午後1番の授業は数学ではなく、英語になっていた。
だけど、どうしても意識してしまう。
昼休み、あの時あたしは2人の男子に乱暴に怒鳴りつけていた。
1人目は理由を忘れたけど、2人目は忘れもしない。
優一が最後に犯した「罪」の記憶。
それは、他のクラスの男子に対して、水飲み場で長時間居座ったとして、無理やり引き剥がしたこと。
その後、桂子ちゃんと名前のことについて話したのが、優一としての最後の会話だった。
休み時間の終わりから、下腹部の痛みを覚えて、授業中に激痛を訴えて、あたしは病院に運ばれた。
多分、ちょうど今頃だと思う。
……ダメダメ、意識したらダメ。今は普通の授業中なんだから。
さてこの日、永原先生から帰りのホームルームで「明日、日本性転換症候群協会本部で、石山さんの『女の子のお誕生日パーティ』をします」と連絡があった。
こういう公私混同が許されるのも、小谷学園のぬるい所といえばその通り。
更に、具体的な時間などもプリントで配られている。
永原先生は協会の人にも声をかけていたらしくて、学校の人達と合わせて、100人は来ない見込みだという。
ともあれ、あたしはなるようになると思いながら過ごす。
とにかく今は、卒業に向けて授業を受けないと。
あたしは、家事をする傍らで、母さんのパーティの準備を邪魔しないように工夫する。
これが意外と難しくて、特に新鮮さが求められる食材は明日本部のビルにあるキッチンを借りるとかで、今日の準備は飾り付けを作るのが多いとか。
というか、本部にキッチンなんてあったっけ?
……まいっか。あたしが気にすることじゃないし。
とにかく今は、料理に集中しよう。
「ねえお父さん、明日優子が女の子になってちょうど1年なんだけど」
「ああ、そうだな。確か去年の今日が倒れた日だっけ?」
食事中、母さんが父さんに明日のことを話す。
ただのパーティー勧誘のはずなんだけど、まるで布教活動に見えてきたわ。
「うん」
「で、それがどうしたんだ?」
「そうそう、協会の本部でパーティを開くことになったのよ。時間は――」
「うん分かった。ビルは……うん、時間があったら顔をだすよ」
父さんの方は、仕事次第ということね。
さて、食事を片付け終わったら、お風呂なんだけど「いつもより入念に洗っときなさい」と母さんに言われた。
明日のパーティ、どうなるか楽しみ半分、不安半分という形で、あたしは眠りについた。