永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
さて、今日の夕食は鉄板焼きだと言うので、あたしとお母さんだけではなく、通常は浩介くんも引っ張り出しての大掛かりな準備になるんだけど、野菜は切るだけなので、あたしが食材の下準備に専念し、母さんは鉄板や机の上に貼り付ける要らない紙の用意をすることになった。
あたしは黙々と野菜を切る。
ここも林間学校の時と同じように焼きやすいように野菜を切る。
野菜の切り方は、以前母さんに教わった通り、ここでもニンジンやカボチャなどの固めの野菜はなるべく薄く切るようにする。
もちろん、薄く切る時は、手を切らないように注意しないといけなくて、緊張の一瞬だ。
更にあたしは、あたしの家で鉄板焼きをした時に母さんからコツを教わったことがある。
その時のやり取りはこんな感じだった。
「優子、焼けにくい野菜や、ウインナー何かはあらかじめ茹でておくといいわよ」
「どうして?」
「焼けるのに時間がかかる野菜を、少しでも短くするためよ。そうしないと、固い野菜ばかり最後に残っちゃうわ」
「時間調整をうまくするってこと?」
「そういうことよ、バランス良く食べようとしても、素材が違えばアンバランスになるの」
「奥が深いわ」
とにかく、皆には美味しく食べてほしい。
そう思い、あたしはウインナーとニンジンを茹で、かぼちゃはとにかく薄く切る。
「あれ? 優子ちゃん、茹でてるの?」
浩介くんのお母さんが不思議そうに見つめている。
「はい、ニンジンやウインナーは焼くのに時間がかかりますので、中身をほぐすために、茹でておくんです」
「なるほどねえ、それなら固い野菜もたくさん食べられるよねー」
「はい。母さんから教わりました」
「……まだまだ知らないことばかりだわ。優子ちゃんに学ばないと」
「お義母さん」が、さっきと同じようなことを言う。
あたしは一通り野菜を大皿に盛り付け終わると、続いてたれの準備に取り掛かる。
と言っても、醤油をベースに酢などをちょっと混ぜるだけの簡素な感じ。
「おばさん、ここでは大根おろし使います?」
「ええ、お願いするわ」
「お義母さん」からの返答を受けて、あたしは大根おろしのための機械を探す。
最近では自動でできるのもあるけど、ここにはないので手でおろす必要がありそうね。
あたしは大根をおろし器に当てて大根をおろし始める。
「ねえ、優子ちゃん」
「うん?」
「そこは私の出番だと思う」
浩介くんのお母さんが、張り切っている。
確かにひたすら手を回すので、体力を使いそうではあるわね。
「じゃあお願いしてもいいかしら?」
こういう時は素直に受け取っておこう。
準備の時間も短くなるし。
「ええ」
大根おろしの作業は浩介くんのお母さんにバトンタッチし、あたしはネギを細かく刻む。こちらも、たれにお好みで入れるもの。
「ネギはどれくらい入れます?」
あたしは、大根を猛スピードでおろしている浩介くんのお母さんに確認する。
「ええ、みんな結構入れるわよ」
「……分かりました」
結構と言われても難しけど、ともあれあたしたち一家が普段使っている量の1.5倍程度にしておく。
側で見ていると、浩介くんのお母さんが、大根おろしをすり終わっていた。
「じゃあ、呼びましょうか」
「いえ、まず鉄板を熱して、それから油を用意します。呼ぶのも、焼き始めてからがいいでしょう」
前のめりになっているみたいなので、ちょっとだけ抑止するように言う。
「あ、うん、そうだったわね」
ともあれ、あたしたちで食器などを全て所定の位置に置き、鉄板を熱してから油を敷く。
鉄板だけではなく野菜にも少し油を塗るのがいい味になる。これも、母さんの受け売りだが、「お義母さん」は知らないみたいね。
「じゃあ、焼き始めてるからって言って呼んでくれる?」
「ええ」
「お父さーん! 浩介ー! 焼き始めるわよー!」
遠くから二人の声がすると、2人は食卓へ。
あたしは、ウインナーやカボチャ、玉ねぎなどの比較的焼けるのが遅い食材たちを入れる。
ピーマンやキャベツ、肉などはもちろん後回しだ。
また、ニンジンも、茹でるとかなり焼けるのが早くなるので後へ。
「おお、うまそうじゃん!」
「これも優子ちゃんが切ったの?」
「はい」
2人も、あたしの料理の腕に興味津々みたいね。
ともあれ、あたしは鉄板をうまく四等分しながら、野菜の種類、量を均等に入れていく。
とはいえ、あたしは食べる量が少ない上に、後の肉のことも考えるべきだから、しばらく時間が経てば、原則は崩れる。
じゅううという鉄板焼きの音が子気味いい。
浩介くんがさっそく一口、ほんのり焦げ目がついた玉ねぎを口にする。
「うおっ、うめえ!」
開口一番、浩介くんの幸せそうな声がする。
「うん、私が作るよりおいしい。その油かしら?」
「はい、やっぱり油の味は鉄板焼きに大切なんです」
あたしが油の重要性を説明する。
多分、浩介くんのお母さんの鉄板焼きは切り方とか油の扱い方とかが不十分だったんだろうと思う。
浩介くんのお母さんも、おいしそうに黙々と食べている。
家事について、あまりあたしが目立ちすぎると、主婦としての自信を無くすかなとも思ったけど、どうやら折り合いを付けられたみたいね。うん、大人だわ。
「ふう、でも、優子ちゃんのおかげで、改善できそうだわ」
こうやって、次に活かそうとしているし。
野菜が減って来たら、取り箸で野菜を補充していく。
やはり、浩介くんが一番よく食べ、あたしが量が少ない。
「それにしても、優子ちゃん、食細いんだな」
浩介くんのお父さんが、あたしに言ってくる。
うん、確かに食べるのは遅いけど、そこまで少ないというわけではない。
「ええ、でも、量は十分よ」
ダイエット中の女子とか信じられなくらい食べる量が少なくて、あたしも心配になったわ。
その子に体重を聞いたけど、あたしよりも10キロ近くも体重軽くて、すぐにダイエットを止めるように言った記憶がある。
「そう言えば、優子ちゃん、あんまり残さないよな」
浩介くんが思い出すように言う。
「うん、あたしの食べる量も分ってるし小さいサイズを残すくらい食べないのはよくないからね」
「栄養は大事だもんね。いいことよ」
「そうそう、それにがりがりに痩せたら男の子にモテないもの」
「う、いやその……優子ちゃんは優子ちゃんだぞ!」
浩介くんがちょっと嫉妬したように言う。
「浩介くん、男の子はむっちり体系が本能的に好きなのよ」
「そ、そうなのか!? モデルとかみんな痩せてるし……」
浩介くんはまだ納得できてないみたい。
「浩介くん、あの体系はむしろ女性受けよ。きちんとむっちりしてる方が男の子は健康な赤ちゃんを育てられるって認識するのよ」
「な、なるほど……」
浩介くんが何とか納得してくれたみたいね。
テレビや女性誌で痩せすぎなモデルを見たことは何度もあるが、自信をもってあたしの方が魅力的だと断言できる。
中にはガリガリで骨が浮き出てる人もいて、いくら何でもまずいと思ったこともある。
実際、あたしの胸には多くの男性の視線が集中していて、あのモデルにそこまでのことは出来ないだろう。
確かに顔とかも大事だけど、あたしは顔も幼さの残る童顔のかわいさだし……うーん、あたしにもモデルの仕事できるかな?
「優子ちゃん、何考えてたの?」
浩介くんが不思議そうに聞いてくる。
「ああうん、女性誌に出てくる痩せすぎなモデルのことよ」
「へー、どんな感じなんだ?」
「ひどいのよ。骨が浮き出てる人とかいてね……ちゃんと食べてなさそうで」
あまりにもひどいので、最近では痩せすぎモデルの規制も入ったとか何とか。
ネット上でも、そうしたモデルとあたしとを比較して、「ガリモデルいらね」という誹謗中傷が殺到しているし。
「でも、優子ちゃんは健康そうよね」
「うん、そりゃああたし、劣化しないし」
結局、あたしの健康だってTS病に支えられているようなものだけど。
「ま、でも体系がコンプレックスじゃなくてよかったんじゃない?」
浩介くんのお父さんが、とてもいいことを言う。
うん、だって、コンプレックスってなかなか克服できないものだもん。
ちょっとだけと思って美容整形した患者が、どんどん整形手術にのめりこんじゃうこともよくあるらしいし。
その点でい言えば、あたしは容姿がコンプレックスになったことは全くない。むしろ自信になっている。それはとても恵まれたことだと思う。
「そりゃあさ、優子ちゃんほどの容姿に生まれてコンプレックスになる奴がいるか?」
「うーん、強いて言うなら、生まれつきの女の子なら、『胸が大きすぎて性的に見られるのが嫌』って人はいるんじゃない? それに、優子ちゃんには浩介がついてるからいいけど、そうでないなら男だって言い寄ってくるだろうし」
「う、うん……」
確かに、これらはあたしがTS病で「男の気持ち」の理解者だったからこそ、コンプレックスにならずに済んだと思う。
「ま、コンプレックス持ってない人なんていないんだから、優子ちゃんも伸び伸びと生きていけばいいのよ」
「うん」
そう、TS病で、コンプレックスを一つ回避できた代わりに、あたしの中で一つの大きなコンプレックスが生まれてしまったのも事実。
折り合いをつけて、生きていきたい。
鉄板焼きの野菜が少なくなってきた。
あたしは取り箸で野菜を入れ、油を塗り続ける。
「ねえ優子ちゃん、油を塗る作業。私のやらせてくれる?」
「ええ……はい」
「ありがとう……」
「お義母さん」の申し出を、あたしは快諾する。
負担は、お互い少ない方がいい。
鉄板焼きの焼き加減はそれぞれの裁量に任されている。だからいったん鉄板に入れてしまえば、後は個人次第になる。
あたしの目論見通り、固くて時間のかかるものから先になくなった。
あたしはベーコンを4枚鉄板に入れる。
「お、今日はベーコンもか」
「ええ、せっかく優子ちゃんが来たから、お母さんちょっと奮発しちゃったわよ」
そう言えば、冷蔵庫の中にあったお肉も結構いいものだったわよね。
ベーコンと並行し、柔らかい野菜が次々に焼けていく。
あたしは後ろの配分を考えて、ベーコンを最後に食べるのを止め、冷蔵庫からお肉を取り出す。
「今日は和牛よ」
「おお。してどこの?」
「うーん、スーパーの和牛だからそこまでのブランドじゃないわよ」
ありゃありゃ。
「それでも、まあ和牛を名乗るくらいだし、凄そうだな」
浩介くんは、期待に胸を膨らませている。
ともあれ、うまく箸で掴めるように取りやすくはなっている。
あたしはまず、ついていた白い脂身を鉄板に溶かす。
「うおお、このワクワク感。溜んねえなあ」
「ええ」
「ああ」
どうも篠原家は肉が好きみたい。
あたしは、もちろん好きだけどそこまでがつがつの「肉食系」ではない。
ともあれ、肉は15枚あるので、あたしだけ3枚で、浩介くんたちが4枚。
「肉汁が浮き出たら裏返すといいわよ」
「ほほう、なるほどねえ」
これもあたしの母さんの話の受け売り、焼きすぎると固くなることは知っていたので、ほんのわずかに赤さが残っているのが食べ頃とも伝える。
もちろん、豚肉や内臓肉はしっかり焼かないと駄目だけど、これは別。
4人ほぼ同時に完成し、一斉に食べ始める。
「おお、すげなこれ」
「うん、値段の割においしいわね」
あたしも、この肉はおいしいと思う。
……しまったわ。商品名を確認しておけばよかった。
まあ、浩介くんの家とあたしの家は学校を挟んで数駅離れてるし、わざわざ遠くのスーパーの安売りに行くのは損だし。
そんなこんなで、あっという間にお肉が無くなってしまう。
「さ、ここからは焼きおにぎりを焼いて終わりにするわ」
浩介くんのお母さんのそんな宣言と共に、型にはめたご飯が6個登場した。
ちなみに、あたしはそれを見て鉄のヘラを急いで持っていく。
「お父さんと浩介が2個、私たちが1個よ」
「はーい」
あたしは、型の中に軽く醤油を入れ、鉄板に入れる。
肉や野菜、油の味をよく染み込ませる。
ここはよく焼かないと、形が崩れちゃうので、慎重に作っていき、裏返すタイミングを見計らう。
「よし、そろそろいいかな? ……よっと」
あたしは鉄ヘラでうまく下からすくい上げるように返すと、ほんのり茶色に染み込んだ焼きおにぎりたちが顔を出す。
醤油や肉汁、野菜や油の詰まった美味しい食べ物……健康的というわけでもないけど。
まあ、昔の人も「健康的なものばかり食べるのも健全とは言い難い」って言ってたし。
みんな、焼きおにぎりが焼けるのを黙々と待っている。
この独特の緊張感。あたしは嫌いじゃない。
そう思いつつ、あたしは裏面も頃合いが良くなったと思うので、焼きおにぎりを自分の所に持っていく。
それを見たみんなも、あたしに続いて食べてくる。
「お、うめえな」
「味が染み込んでいるわね」
「ああ、以前食べた焼きおにぎりよりも油がいい味を出しているよ」
三者三様に、それぞれ好印象を示してくれる。
あたしにとっては、いつも通りの出来なんだけど、こうやって褒めてもらえるのはとても嬉しいわ。
あたしはちゃっかりと鉄板のスイッチを切る。
ちなみに、篠原家では、食器類の後片付けが女性の仕事。
男は紙や鉄板の後始末という役割分担になっている。
あたしは、「お義母さん」と一緒に食器を軽くすすぎ、食器洗い機へ。
食べた食器だけではなく、切ったネギを入れた容器や大根おろしの容器などもある。
それらを丹念に並べる。
「並べ方にも色々あるんです。見てわかりますように中心から洗われますから、汚れがひどそうなものはそちらに入れるといいんです」
「ふむふむ。私、今まで適当に入れてたわ」
また、家事であたしが指南役になる。
浩介くんのお母さんも、変なプライドを見せないでくれてよかったわ。
将来、あたしの「姑」になる可能性の高い人だし、あれこれ嫉妬されたら大変になると思った。
「ところで、おばさん」
「はい。何でしょう?」
「おばさんは、あたしに嫉妬したりしないんですか? よく美人の嫁を姑がいびるってあるじゃないですか」
あたしは、失礼だと思いつつも、何の気なしに質問してしまう。
「……それはね、優子ちゃんがあまりにも完璧すぎるからよ」
「お義母さん」からの返答は、何となく予想していたもの。
「詳しくお願いしてもいいかしら?」
「ええ。優子ちゃん、あなたはあまりにもかわいくて美人すぎるわ。そればかりかスタイルも抜群で、髪も男が好みそうな黒髪のロングよ。外見では非の打ち所がないわ」
「……ええ」
ミスコンでの永原先生の人気を見るに、いわゆる「ロリコン」と呼ばれる人たちの受けは悪いみたいだけど。
それでも、あたしは容姿で悪口を言われたことは一回もない。
それどころか、例のメディアの取材以来、あたしの画像はインターネットでは他の「容姿で売り出している人」たちに対する「悪口の道具」にされる有様だもの。
それはつまり、「そう言う人達」と比べても、あたしのかわいさ美しさが飛び抜けているから。
「それだけじゃないわ、性格はとても優しいし泣き虫、しかも聞き上手だって言われたんでしょ?」
「……ええ」
確かに、それも浩介くんに言われたこと。
嘘をついてまで謙遜する必要はない。
「そして家事まで得意、しかもTS病で男の子の気持ちも手に取るように分かる上に、いつまでも若いままでいられる」
「……」
確かに、今日までとクリスマスの日を見て分かったが、女性としての家事能力は、客観的にも明らかにあたしが「お義母さん」を上回っていた。
そして、男の気持ちが分かる。これも、1年前まで男性として行きてきたTS病だから当たり前の能力。
480年間も女性をやっている永原先生でさえ、持ち続けているほどの能力。おそらく、どれだけ女性化が進んでも、失われることはないだろう。
というよりも、浩介くんのためにも失いたくない。
「優子ちゃん、あなたは完璧すぎるわ。何もかも……私は、あなたに勝てないわ。何もかも、絶望的なまでに、ね」
あたしはもう一度考える。
桂子ちゃんのこと、永原先生のこと、幸子さんのこと、協会の仲間たちのこと。
あたしは、美少女に囲まれて行きてきた。
もちろん、恵美ちゃんや虎姫ちゃんみたいに、振り向くような美人というわけではない人もいる。
でも、桂子ちゃんはあたしが来るまでは「学校一の美少女」だし、永原先生も、あたしほどじゃないけど、同じようにネットではアイドルなどを誹謗中傷する際の材料になる。
他の協会の仲間だって、幸子さんだって、一般の女性では滅多に居ないような美少女だ。
だからいつの間にか、美少女であることが「普通」のような錯覚を受けていた。
「もしかしたら、優子ちゃんは他のTS病患者に囲まれて感覚が麻痺していたかもしれないけど……協会のホームページを見た限り、TS病の人たちはみんな私達女性が羨むような美人ばかりよ。その中でも、あなたは特に際立っているわ」
「……そうですか。教会の中に居ると、『自分が一番の美人』とは、自信を持って言えません」
「それでも、十分よ。あなたは『永遠の美少女』よ。それも、何もかもが理想的な。だから、勝負しようという気さえ起きないわ。蟻が象に挑むようなものよ」
「でもあたし、運動は苦手で――」
「ええ。優子ちゃんにも欠点はあるわ。でも、そんなの問題にならないわよ」
多分きっとそれは、あたしの体育があまりにもダメなことに対して「ばかにするのもはばかられる、『可哀想』という感情」に似ているのかも知れない。
浩介くんのお母さんは、「あまりにも完璧すぎて、嫉妬する気も起きない」と言った。
真逆だけど、精神構造に、どこか共通点を見つけることが出来た。
「じゃあ、先に休んでますね」
「あ、そうそう優子ちゃん」
「うん?」
「お風呂、浩介と一緒に入ってみてよ?」