永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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花嫁修業2日目 中編

 あたしは浩介くんお母さんより、今日の昼食は焼きそばだと聞いた。

 焼きそばと言えば、林間学校のときにあたしが初めて「家庭的」だと周囲に指摘された思い出のメニュー、ここでもう一回作れるのはいいかもしれないわ。

 

 今回は昨日の餃子に使ったのより大きなフライパンを1つだけ使う。

 とにかく、この量を炒めるのが重労働なので、そこを浩介くんのお母さんにやってもらおうと考えている。

 

「えっと、もやしとキャベツと……」

 

「人参も入れましょう」

 

 ともあれまずは、浩介くんのお母さんと具材に何を入れるか協議しなければいけない。

 あたし1人の分だけいつもより多く作るのは、何気にルーチンを崩さないといけないので「お義母さん」にとっては大変らしい。

 とは言っても、それはあたしとて同じ。

 それどころか、キッチンの仕様もいつもと違うし、浩介くんのお母さん以上に微妙なところで感覚がずれている。

 だから、実を言うと今日の朝まで、あたしは料理でいくつか小さな失敗をしているのだが、幸い誰にも気付かれていない。

 

 ともあれ、あたしはさっきまでの浩介くんとのイチャイチャモードも吹き飛び、真剣な家事モードになっている。

 

 巷で言われているように「昼は淑女、夜は娼婦」が嫁さんの理想だという。

 まだ、太陽が登りきってさえいない。さっきのは「昼から娼婦」でちょっとまずかったかもと反省するべきかもしれない。

 

 幾つもの思いが交錯する中で、あたしは気持ちを切り替えて野菜を切り始める。

 

 切ると言っても、人参を細かく刻み込むだけ。

 そしてキャベツは芯と葉に分離する。

 固いキャベツの芯は、人参と一緒に炒める予定。

 そして麺本体。これと野菜の量のバランスは本当に大事で、よくあるのが野菜を入れすぎて食べていくうちに野菜だけ残ってしまう現象だ。

 これを避けるためにも、あたしはよく量を吟味して慎重に決定する。

 

 さて、隠し味として塩胡椒、醤油や油などを入れて、野菜を炒め始める。結局、この仕事もあたし持ちになった。浩介くんのお母さんは、その間に台拭きや食器準備をする。

 あたしはこの、独特の音がとても好き。

 シャカシャカとかき回したり、裏返ししたりするのは苦手で、このあたりが料理人に男性の多い理由だと思う。

 それでも、持ち前の勘で非力さを補う。

 

「おー、いい匂いだな」

 

 匂いにつられてキッチンに浩介くんが現れた。

 

「今日は焼きそばよ」

 

「あれ? 料理担当優子ちゃんか」

 

「ええ」

 

 そして、「お義母さん」の方はそちらの準備も最終段階になってきた。

 その後は、あたしのアシスタント役になってもらう。

 

「おばさん、麺とソース」

 

「はい」

 

 あたしは麺を受け取ると、野菜を寄せて作っておいたスペースに袋から出して入れ、それぞれほぐれやすいように水を少量入れる。

 水が油と反発しあって、激しい音がする。跳ねる油に注意しないといけない場面。

 

 麺が十分にほぐれてくれたら、いよいよ焼きそばのソースを入れる。

 麺だけではなく、野菜とも絡めると、より良い味に仕上がるはず。

 

 

「やっぱ家事出来る女の子っていいよなあ」

 

 浩介くんが何の気なしにつぶやく。

 

「そうそう、女子力が高いっていうの?」

 

「優子ちゃんなんて見た目から内面まで女子力のカタマリみたいだもんなあ」

 

「ふふっ、浩介くん、これでも桂子ちゃんや龍香ちゃんには『まだまだ修行が足りない』って言われているわよ」

 

 あたしは料理しながら、そう答える。

 

「いや、木ノ本とか河瀨は別格だろ……」

 

 でも、まだたまに虎姫ちゃんにも「女子力低い」といわれることはある。

 もちろん、去年の5月6月とかに比べれば、格段にその頻度は下がったけど。

 今の花嫁修業も、確かに「女子力向上」の一環だと思う。

 あたしの「少女性」「女の子らしさ」に、「主婦らしさ」「妻らしさ」を上乗せするための修行ということ。

 

「でも、女子力の修行に、終わりはないのよ。きっと、永原先生もね」

 

「優子ちゃんって、健気だけど、意外とストイックだよね」

 

 

 そんなことを話していると、タイマーが「ピピピピッ」と、無機質かつけたたましく音を鳴らすので、止めると同時に火も止めて、あたしは炒めていた取り箸を使い、4枚のお皿にそれぞれ配分していく。

 

 一番多い浩介くんのお皿には、ほんのちょっとだけソースを付け足しておく。

 浩介くんとデートしてきて、浩介くんはちょっと味が濃いのが好みだという事に気付いたからだ。

 あたしも、優一の頃からどちらかと言えば濃いのが好きだけど浩介くんはあたし以上だし。

 

「じゃあ、お父さん呼んでくるね」

 

 そう言うと浩介くんのお母さんがお父さんを呼びにリビングから出て行く。

 

「はいこれ、浩介くん」

 

「おう」

 

 あたしの指示通りに、浩介くんが席に並べていく。このあたりの連携、阿吽の呼吸はバッチリだわ。

 一通り並べ終わると、浩介くんの両親も戻ってきて、昼食の時間だ。

 

 

「うおお、この焼きそばうめえな!」

 

「えへへ、林間学校の時よりもうまく行ったよ」

 

「林間学校の時の優子ちゃんの焼きそば、どんな味だったっけなあ?」

 

「あはは、さすがに10か月も前のことだし」

 

 それは逆に言えば、浩介くんを好きになって、それだけの時間が経っているという事でもある。

 林間学校の最終日に、あたしが恋に落ちたんだから。

 

「あー、もうそんな前なんだな……」

 

「うん、あと5日で、あたしが倒れた日、6日であたしが女の子になった日だよ」

 

「優子ちゃんにとっても、浩介にとっても長い1年だったわよね」

 

 「お義母さん」の言葉、本当に身にしみる。永原先生でさえ、500年近く前の女の子になった時のことは、鮮明に覚えているみたいだし。

 

「うん」

 

 きっと浩介くんだって、去年の今頃は、「まさか石山優一がかわいい女の子になって、しかも自分と恋人どころか婚約者になる」なんて、寸分も想像できなかったと思う。

 それに今、こうやって「家族団らん」になっていることも。

 

 

「ごちそうさまー」

 

 浩介くんが一番乗り。

 

「それにしても、優子ちゃんはどうやってこの焼きそばを作ったんだ?」

 

「うん、浩介くんのはちょっと特別なのよ」

 

「え? どういうこと?」

 

 浩介くんがちょっと驚いたように言ってくる。

 

「うん、今まであたしとデートしてきて、浩介くんって、味が濃いのが好きでしょ?」

 

「え!? そ、そうかな? 確かにラーメン屋さんとかでも味濃いめが多いけど……」

 

 浩介くんは、自覚がなかったみたいね。

 

「ふふっ、ラーメンそのものが味が濃いじゃない? そのラーメン屋さんで味濃いめを頼むんだもの、だから、浩介くんの分だけ、とんかつソースを少量加えたのよ」

 

「ほえー、細かい気配りできるんだなあ」

 

 今の浩介くんは、照れくさそうに褒めているというよりは、純粋に、料理人としてのあたしに関心しているって感じ。

 

 どちらにしても、あたしにとってはとてもいいことだと思う。

 料理でアピールするのは、女子の武器。

 これまでも、いろいろな手料理を振舞ったり、バレンタインでは、あたしは手作りチョコレートを、浩介くんにプレゼントしてあげた。

 そしてその度に、浩介くんはあたしの料理をとっても美味しそうに食べてくれた。

 多分その一回一回が、浩介くんの中で、あたしの好感度を上げているはず。

 

 触覚や視覚では、十分に浩介くんにアピールできているし、たぶん嗅覚でも同じ。

 聴覚はまだ分からないけど、こうやって料理をふるまって、五感に訴えて、浩介くんにモテるようになりたい。

 

 やがて、浩介くんに続いてあたしたちも全員が食べ終わる。

 そして、食べ終わった食器は、朝食の分と一緒に食器洗い機に入れる。

 いい具合に溜まってきたので、あたしは、蓋を閉め、威力を「中」にする。

 これで、自動で洗い物をしてくれる。本当に楽になったわ。

 

 あたしはもう一度自室に戻り、テレビをつける。

 何気にこの時間が暇だけど、まあ男だった時の休日も似たようなものだったし、そこまで懸念することじゃなさそうね。

 お昼のニュースでは、特に変わったニュースはない。

 

 別のちゃんねるに切り替えると、ちょうどドラマをやっていた。いわゆる「昼ドラ」という類のもので、主に主婦層をターゲットに作られているらしい。

 途中から、しかも何の予備知識もないまま、タイトルさえ知らずに見始めたけど、何か女優が叫んでいる。

 登場人物たちの要領を得ないセリフから推測するに、どうやら旦那さんが不倫で三角関係を作り出したらしい。

 不倫相手の愛人役は、妻役の女優と比較して、若くて美人の女優さんが勤めていた。

 

 略奪愛について、不倫相手と女優の熱弁が続く。

 あたにしは、どうも他人事だった。

 いや、ドラマの中の世界だし他の人にとっても他人事だとは思うけど、あたしの場合は、そう言うとも逸脱した、完全に別次元世界の感覚だった。

 

 以前にも、浩介くんの不倫について考えてみたが、不倫はほぼあり得ないと結論付けた。

 あたしが不老なこと、そして何よりあたし自身の容姿や性格。

 これらを総合的に加味すれば、浩介くんがあたしに「飽きる」こともなさそうだもの。

 

 あたしは考える。今後の不倫防止を考えると、「昼は淑女」よりも、「夜は娼婦」の部分が大事になると思う。

 浩介くんに気持ち良くなってもらうためにも、あたしは頑張らないといけない。

 幸いにして、男時代の経験から、どこが気持ちいいかある程度は知っている。

 

 テレビでは、相変わらず二人の女性が火花を散らしていた。

 本当にギスギスドロドロしている感じで、こんなのを見てたら気が滅入りそうだわ。

 

 

  コンコン

 

「はーい」

 

「俺だけど」

 

 ドラマが終わり、当てもなくチャンネルを巡って、面白い番組もないことが分かってテレビを消す。

 そして、お人形さん遊びで時間を潰そうと準備していた矢先にドアをノックする音が聞こえ、外から浩介くんの声がした。

 

「うん、入っていいよ」

 

「お、おう」

 

  ガチャッ

 

「あ……ど、どうしたのこれ!?」

 

「えへへ、ちょっと近くのお菓子屋さんで買ってきたんだ……食べる?」

 

 浩介くんが大きなチョコレートフルーツパフェと、オレンジジュースを持って部屋に入ってきた。

 ああ、美味しそうだわ。

 

「うん、もちろんよ」

 

「優子ちゃん、すごい幸せそうな顔だね」

 

「えへへ……」

 

 あたしが顔を赤くしながら照れ笑いをする。

 だって、浩介くんからプレゼントってだけで嬉しいのに、あたしが大好きな甘いもの何だもん。

 でも、さすがに量が多いわね。

 

「量が多いね」

 

「だってこれ、男女2人前なんだ」

 

「え!?」

 

 よく見ると、ジュースのコップもちょっと大きい気がする。

 

「ほら、スプーン、2つあるだろ?」

 

「あ、うん……」

 

 確かに、トレイにはスプーンが2つある。

 

「さ、一緒に食べようぜ」

 

「う、うん……」

 

 浩介くんと同じものを2人で一緒に同じものを食べる。

 そんなことを意識するだけで、あたしの顔が一気に朱色に染まっていく。

 浩介くんも、あたしの赤い顔を見てか、同じように顔を真っ赤にしている。

 

「「い、いただきます……」」

 

 あたしと浩介くんが、ぎこちなく「いただきます」をする。

 そしてまずはパフェのイチゴから。

 お、おいしい!

 

「はうううううーーー!!! 美味しいわあ!!!!」

 

 開口一番、あたしは感激の余り大きな声を出してしまう。

 絶品の甘々な味が、あたしの脳を容赦なく蕩けさせてしまう。

 

「うんうん、これおいしいな」

 

「男女2人前」という看板の通り、どんなフルーツも必ず2個はあるようになっていて、平等に食べることができる。

 

「そう言えば、このオレンジジュースは?」

 

「えっと、その……」

 

 浩介くんが言葉に詰まる。

 トレイを見てみると、おかしな形のストローが置いてある。

 それは、出入口が3箇所あるY字型のストローだった。

 

「う、うん……一緒に……飲むんだよね……」

 

 冷たくておいしいスイーツを食べていたはずなのに、あたしの顔は水が沸騰しそうなくらいに熱くなっている。

 浩介くんも、多分同じ。

 

「あ、ああ……」

 

 浩介くんが意を決したようにストローを刺す。

 

「な、なあ優子ちゃん……」

 

「はい……」

 

 あたしと浩介くんは、どちらからともなくストローに口をつけ、オレンジジュースを飲む。

 あうう、近い、近いよお……

 

 至近距離で、浩介くんの顔が見える。

 オレンジジュースの味はおいしい。

 でも、今はそれに集中できない。

 

「ぷはっ」

 

 あたしが飲み終わり、口を離すと、浩介くんも同じように口を離す。

 

「んっ……」

 

「ちゅっ……じゅるっ……」

 

 あたしも浩介くんも、理性はとっくに崩れ、ストローから口を離すと、我慢できずに直ぐにキスをする。

 

「れろ……ちゅぅ……ちゅぱっ……んんっ……!」

 

「べろっ……ちゅっ……じゅうう……」

 

 軽いキスはすぐにディープキスに移行すると、あたしの舌から、オレンジジュースとパフェの甘い味が伝わってくる。

 バレンタインデーの時のキスはチョコレート味だったけど、今日のキスは色々な甘いものが混ざった味。

 

「じゅるっ……びちゅ……ぷはっ……ねえ、浩介くん……」

 

「ん?」

 

「パフェ、食べよ?」

 

「あ、ああ……」

 

 パフェ味のキスがしなくなると、あたしたちはまた、フルーツのほうを食べ始める。

 甘くて美味しいスイーツと、浩介くんとのキスの味、至近距離からストローで飲み合うオレンジジュース。

 

 全てが、甘美だった。

 あたしと浩介くんは、美味しいスイーツを食べ、ジュースを飲み合い、近付いた顔同士で自然にキスをする。

 そんなことを何度も続けていると、先にオレンジジュースが空になった。

 

「んっ……」

 

 ふと、下半身に意識を向けると、さっきよりも濡れていた。

 

「はぁ……はぁ……こんなに冷たくて美味しいもの食べてるのに……身体は熱いわ……」

 

「うん、俺も……」

 

 汗が、流れる。

 服、脱ぎたいけど恥ずかしい。

 

「ねえ、優子ちゃん……すごく暑そうだよ」

 

「う、うん……」

 

 まだ、パフェが少しだけ残っている。

 あたしは、身体を冷ますために一口、美味しく食べる。

 

「脱がしてあげるよ」

 

「え!? でも……」

 

 まだ、昼なのに。

 

「だって、汗が出てるじゃない」

 

「うん、でもまだ……明るいから……」

 

 まだ、淑女でいなきゃ。

 

「あ、うん……そ、そうだよね」

 

 浩介くんも、何とか冷静に戻ってくれる。

 そしてもう一口、あたしは甘くて美味しいスイーツを食べて、気を紛らわせる。

 浩介くんも、同じように一口、そしてついに、全てのスイーツが食べつくされた。

 

「ねえ浩介くん、もう一回だけ……」

 

「あ、ああ……」

 

「んっ……」

 

 

 愛し合うキス、スイーツの甘い砂糖のキス。

 いつものキスもいいけど、この日のキスは特別だった。

 

「ねえ、浩介くん……」

 

「ん?」

 

「結婚したら、もっと先に進むのかな?」

 

 ちょっとだけあたしが聞いてみる。

 

「だろう? 家族が増えるかもしれないぞ」

 

「も、もうっ!」

 

 あたしは、照れ隠しに両手を上げて浩介くんを軽く叩く。

 そんな浩介くんとのやりとり、まだ結婚生活を完全に再現したわけではない。

だから、結婚生活の再現の中でも、重要な部分が欠けているのだ。

 

「ま、少しずつ、慣れていこうよ。俺も頑張るからさ」

 

「う、うん……」

 

「ところでさ、話し変わるんだけど――」

 

 その後、あたしは浩介くんと他愛もない話をした。

 ラブラブなことをするのもいいけど、こうやって何気ない話に乗るのもとても大事なことだと思う。

 普段の生活から、浩介くんとの関係を深められる要素はまだまだたくさんありそうだわ。この花嫁修業、新しい発見がたくさんあるわね。

 

 今回は浩介くんの筋トレ趣味の話も聞いた。

 あたしはよく分からないけど、興味深い話が多かった。

 元々、父さんの遺伝の影響で、優一時代から色々なことに興味を持てる性質になれた。これは結果的に、聞き上手になることができて、浩介くんとの関係にプラスになったと思う。


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