永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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花嫁修業1日目 後編

「ふう、ごちそうさまでした」

 

「そう言えば優子ちゃん、洗い物教えてくれたよね?」

 

 あたしが食器を片付けようとしていると、浩介くんのお母さんが声をかけてくる。

 話題はこの前のクリスマスでの一件。

 

「うん、この前のこと覚えてる?」

 

「ええ、取りあえず今のところ洗い物は少ないから、こっちは夕食と一緒に洗うわ」

 

「うん、そうだね」

 

 取りあえず、掃除洗濯昼食と、家事が終わったのでしばらく休憩時間になった。

 ふと、何の気なしに窓を見ていると、雲行きが怪しくなっていた。

 そう言えば、天気予報、雨が降るかもって言ってたわね。

 

「おばさん、雲行きが怪しいわよ」

 

「え!? でもまだ降ってないし……」

 

「今日の天気予報、『曇り時々雨』よ。仕舞った方がいいわ」

 

「うーん、降り始めてからでも……」

 

 浩介くんのお母さんは乗り気ではないみたい。

 

「ダメよ。濡れてから慌てて入れたら雨水で折角の洗剤が台無しになるわ」

 

「うっ……」

 

「それに曇りだとただでさえ洗濯物の乾きはよくないわ」

 

 なんだかあたし、小姑みたいだわ。

 

「……分かりました。でも部屋干しは臭うのよね」

 

「そういう時は扇風機を使うのよ。換気扇と合わせれば臭わなくなるわ。他にも、洗濯物は部屋の中央に干すといいわよ」

 

 この話は、母さんに最初のカリキュラムで習った事。

 

「……知らなかったわ」

 

 あれ? これ、案外主婦にも知られていないのかな? まあいいわ。

 ともあれ、あたしは洗濯物を一つ一つ部屋に入れていく。

 その間に、お母さんが扇風機を用意して、コンセントを繋いでボタンを押して扇風機を起動し、更に換気扇を入れてから、あたしと合流する。

 最後の洗濯物を入れ終わると、ちょうどぽつぽつと雨の音がしてきた。

 

「ほら、もし雨と共に入れてたら大変なことになってたわ」

 

 そして、雨脚は一気に強くなっていて、間一髪という感じだった。

 

「おーい、洗濯物は……お、大丈夫みたいだな。よかった」

 

 急な雨に心配になったのか、浩介くんのお父さんが、駆けつけてきた。

 

「ええ、優子ちゃんのおかげで何とかなりました」

 

「換気扇と扇風機の音は何?」

 

「部屋干しの臭いを飛ばすためだそうよ。優子ちゃんが教えてくれたわ」

 

 お母さんが、あたしの説明をそのまま引用して言う。

 

「へー優子ちゃん物知りだね」

 

 お父さんが褒めてくれる。

 

「……と言っても、あたしの家事は全部母さんの受け売りで……」

 

 あの時はカリキュラムに夢中だったし。

 

「やっぱ育ちがいいって感じだよね優子ちゃんは」

 

 うーん、やっぱりそう見られるのかな?

 

「うんうん、いい所のお嬢様って感じ」

 

「そ、そうかな……?」

 

 お嬢様というと、坂田部長みたいな人のことを言うと思うんだけど。

 

「口調というよりは、雰囲気かな? 家事もできるできるし、男を立ててもくれるんでしょ?」

 

「え!?」

 

 あたしが驚いて、お嬢様らしくない間の抜けた声を発してしまう。

 確かに、浩介くんを立てられるようにデートでは努力してきたけど、それは浩介くんが喜ぶからで――

 

「ふふっ、浩介から聞いたわよ。優子ちゃん、浩介くんの男をあげられるように頑張ってるんだって?」

 

「う、うん……」

 

 やっぱり、浩介くんはあたしのこと、両親にも話すようになったのね。

 まあ、結婚なんて意識するんだから、当たり前といえば当たり前だけど。

 

「ともあれ、優子ちゃんって理想の女の子って感じなのよ。どうすれば男に受けるか全部分かっているみたいで」

 

「あはは……だってあたし――」

 

「あ、うん。そうよね」

 

 考えてみれば、あのカリキュラムが男子受け中心に考えられていたのも、女性らしくなるためという他にも、いい男の子を早く見つけられるためという意味もあるんだと思う。

 かつての同性だった男と結ばれるというのは、TS病患者が本格的に女として生きて行くには大きな意味を持つし。

 

 ともあれ、あたしは女の子らしく洗濯物を干し終わると、自分の部屋に戻っていく。

 

「はー疲れたー!」

 

 あたしはミニスカートのまま、仰向けにベッドにダイブする。

 誰も見てないけど、パンツ丸見えはだらしないので、スカートを直して、布団をかぶって一休みする。

 

「うーん肩が痛い……」

 

 ここまで重い荷物を持ってきて、連続して緊張の中で家事をしたためか、肩こりがひどくなった。

 自分で肩を押してみると、とにかくコリコリしていて、結構しつこい。

 リラックスのために何の気なしにぼーっとしつつ、ふとテレビのリモコンが視界に入る。

 

「そうだ、ニュースでも見よう」

 

 あたしはそう思い、ニュース番組にチャンネルを合わせる。

 

 テレビのニュース、今日は、男性の遺体が発見されたというニュースをやっている。

 うーん、治安は良くなっているけど、結構殺人事件はなくならないよねえ……

 

  コンコン

 

「はーい」

 

  ガチャッ

 

「優子ちゃん、おやつよ」

 

 扉がノックされる音に返事をすると、浩介くんのお母さんがお菓子を持ってきてくれた。

 

「ありがとう。そういえばおやつ出すの忘れてたわ」

 

「いいのよ、私が自主的に出したものだから。疲れた?」

 

「うん、肩こっちゃって」

 

 あたしが起き上がり、肩をぐるぐる回す。

 

「そういえば、浩介も『優子ちゃん肩こりがひどい』って言ってたわね」

 

「うん、女の子になってから、ひどくなっちゃって」

 

 ちなみに、優一の頃は、肩こりはしなかった。

 

「どれ? ちょっともいであげるわ」

 

「ありがとうございます……」

 

 あたしはお菓子の袋を開け、お皿に盛りつけつつ、食べながら肩のマッサージを受ける。

 

「あー、そこ。うん、気持ちいいわあ……」

 

 肩のある部分、特に固まってる部分で「ゴリッ、ゴリッ」といってるのがわかる。

 

「ひえー優子ちゃん、このこりすごいわね。うちのお父さんよりこってるよ」

 

「あはは……」

 

 浩介くんのお母さんが驚嘆の声を上げる。

 女の子になって、胸が大きくなった代償がこの「肩こり」な訳なんだけど、良くなる気配はない。

 でも、こうやってマッサージしてもらえると気持ちいい。

 

「やっぱり、これだけ大きいとこるの?」

 

「うん、そりゃあ何キロもの錘をぶら下げてるようなものだし」

 

 実際には両胸合わせたら10キロあるかもしれないけど。測ったことないからわからない。

 ともあれ、それだけ重いため、どうしても猫背になりがちだし。

 ……悪循環よね。

 

「そうよね、それに、周りの視線もすごいんでしょ?」

 

「うん、すれ違う男性のほとんどはあたしの胸見てるわ」

 

「やっぱり嫌?」

 

 浩介くんのお母さんは、胸は普通サイズなのであたしの巨乳が気になるみたいね。

 

「うーん、他の巨乳の人は結構視線とかエロい目で見られたりは嫌みたいだけど、あたしはTS病だからそうでもないわよ」

 

「どうして?」

 

「やっぱり、女の子として生きていくにしても、アイデンティティーが不安定なのよ。そんな時に胸が大きいと女の子として自信になるんです。特に男の子に好かれるから」

 

 男性に好かれやすいというのは、なんだかんだでプラス。

 浩介くんの独占欲とそこから来る嫉妬を処理しなきゃいけなくて、そのためにちょっとえっちなことをしないといけないのがデメリットかな?

 

「へー、そうなんだね」

 

「んー、気持ちいいわ。てっぺんもお願いしていい?」

 

「はーい」

 

 程よく力の入った気持ちいいマッサージ。

 いつも浩介くんがしてくれる、痛いけど術後にとっても良くほぐれるマッサージとはまた違う。

 

「……ふう、このくらいかしら?」

 

「うん、ありがとう……これ、返します」

 

「はい。どうも」

 

 マッサージが終わるのと、あたしがおやつを食べ終わるのとがほぼ同時だったので、あたしは空になった容器を母さんに返却する。

 テレビはついたままで、「地域のニュース」のコーナーだったけど、あたしも浩介くんのお母さんも話題にしなかった。

 取るに足らない内容だったからだ。

 

 また暇になったあたしは、あてもなくぼーっとする。

 今回は持ってきてないけど、こういう時はPCをつけて遊んだり、あるいは日用品をチェックするのもよさそうだわ。

 

  コンコン

 

「はーい」

 

「入るぞ」

 

  ガチャッ

 

 次に入ってきたのは浩介くんだった。

 

「優子ちゃん、お疲れ様。大変だろう?」

 

「うん、ありがとう」

 

 浩介くんが労ってくれる。

 

「どうだ? 我が家は」

 

「うん、今のところやっていけそうだわ」

 

 あたしが笑顔で言う。

 でもまだ、浩介くんのお嫁さんっぽいことはしていない。

 

「それはよかった」

 

「ふふっ、浩介くんのお嫁さん、楽しみだわ」

 

「うっ……な、なあ、俺たちもう、『婚約者』って言っていいんじゃねえか?」

 

 浩介くんが、あたしも以前より思っていたことを口に出す。

 

「うん、そうだね、最近はもう結婚のことばかり意識してるわ」

 

「あはは……俺も。うちの両親はさ、ばあちゃんのために、早く子供を産んでほしいんだってさ」

 

 浩介くんが、予想通りの回答をする。

 

「やっぱり?」

 

「ああ。元気っちゃ元気なんだが、あの歳だからな。いつ死んでもおかしくねえってさ。俺なんか毎日両親に突っつかれてるよ。デートの度に『何で優子ちゃんとエッチしないんだよ!』って怒られてるよ俺」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 浩介くんは、自分の責任感と、両親、そして祖母との板挟みの悩んでいた。

 あたしは……ううん、あたし……あたしだって浩介くんの赤ちゃんが欲しいわ。

 でも、まだ早い。

 それに今妊娠したら、卒業に影響しちゃうわ。

 

「ま、俺が何とかブレーキになるからさ。優子ちゃん、今は卒業と蓬莱教授のことを考えてくれよ」

 

「うん」

 

「蓬莱教授の研究が完成すれば、何人でも子供は産めるだろ?」

 

 浩介くんが言う。

 うん、浩介くんとあたしが同じ永い道を歩めるようにすること。

 今はそれが大事だもんね。

 

 

「優子ちゃんー夜ご飯手伝ってー」

 

 浩介くんと他愛もない話をしていると、今度は夜ご飯の手伝いのお達しが来た。

 

「じゃあ、浩介くん」

 

「あ、俺も行くよ」

 

「うん」

 

 浩介くんも、ついてきてくれる。

 あたしはキッチンに行くと、浩介くんのお母さんが居た。

 

「ねえ、お母さん」

 

「どうしたの浩介?」

 

 浩介くんが何やら言いたそうだ。

 

「今日の夕食はさ……全部優子ちゃんにやらせてみてよ」

 

「え!?」

 

 あたしがまた、驚いた声を出す。

 本当に今日は驚かされてばかりの日だわ。

 とりあえず、今日は餃子だという。

 うーん、レシピにはあるけど、あんまり使わないんだよなあ。

 でも、やってみるわ。

 

「そうねえ、いいわ。優子ちゃんの実力、もっと知りたいもの。家では一人で料理作ることある?」

 

「うん、滅多にしないけど丸一日全部あたしが家事を担当したこともあったわ」

 

 あたしは餃子の皮と具材を取り出す。

 そして、具材の材料を切り、うまく割合にして、ミキサーに掛ける。

 

 うーん、このくらいかなあ? 足りなくなったら足さないと。

 次に餃子の具をうまく入れる。多すぎても少なすぎてもダメで、これはかなりの神経を使う。

 

「優子ちゃんってさ」

 

「うん?」

 

 黙々と餃子を作っていると浩介くんが話しかけてくる。

 

「すごく、手がほんのりと白いよね」

 

「そ、そうかな!?」

 

 単にかわいいと言われるより、もしかしたら照れちゃうかもしれないその言葉。

 

 確かに、あたしの肌は白い方かもしれない。

 女の子になって最初に抱いた第一印象でも、肌の状態は「透き通ったように白い肌」だった。

 さすがにあの時ほどに自分の肌に感嘆とすることはなくて、むしろ今の印象は「ちゃんと血の色が混じった白い肌」という感じで、よくある「美を意識しすぎての不健康」ではなく、とても健康的だと思う。

 

「やっぱり、優子ちゃんの魅力は体つきだよ。筋肉質で男の匂いばっかりする俺と違って、優子ちゃんはどこまでも女の子だもん」

 

「ふふっ、ありがとう。これからも、女の子らしくするわ」

 

 そんな会話をしながら多数の焼けていない餃子が完成した。

 

 あたしはフライパン2つを取り出し、まずゆっくりフライパンを熱して、油を入れ、餃子を焼く。

 そしてある程度経ったら水を入れて蓋をする。

 ここが結構難しくて、浩介くんも思わず「優子ちゃん大丈夫?」と心配の声をかけてきたので、あたしは「うん、大丈夫」と答えておいた。経験しておいてよかったわ。

 

 そして、水が飛んだら頃合いを見計らって大皿に入れていく。

 フライパンの数も2つまでなので、うまく時間差を使い、餃子を作っていく。

 ちなみに、あたしが増えた分、いつもの3分の4の量になっている。

 

 餃子以外にも白いお米とふりかけもあるんだけど、それについては既にお米を研ぎ終わっていて、ボタンを押すだけだったので比較的苦労しなかった。

 

 

「出来たわよ―!」

 

「「「はーい!」」」

 

 あたしの呼び声とともに、3人が食卓につく。

 浩介くんのお母さんが食器と調味料、酢醤油とラー油を用意してくれたので、これで餃子を食べられる。

 

「さ、熱いうちに食べましょ」

 

「「「いただきます!」」」

 

 4人でいただきますをして、あたしたちは餃子を食べる。

 うん、焦げ具合もちょうどよくて、中も火が通ってて、水っぽさもないし、うまく出来てよかったわ。

 

「すげえな、あっちっち……」

 

 浩介くん、猫舌なのかな?

 あ、でもちょっとあたしにも熱いわね。

 

「でも新鮮でいいな」

 

 熱さはともかく、浩介くんのお父さんからの味は好評だった。

 

「料理の時間も短いし、どんな技を使ったの?」

 

 浩介くんのお母さんが不思議そうな顔をする。

 

「ああうん、2個のフライパンを使ったんです。最近は食器洗い機も自動ですから水道代も変わらないですし、お昼ごはんの洗い物が少なかったんでこうしてみました」

 

「……すごいわねえ優子ちゃんは。私も勉強させてもらうわ」

 

 浩介くんのお母さんが関心してくれる。

 

 

「ごちそうさまでした……あー美味しかったー!」

 

 こうしてあたしの夕食も大成功に終わった。

 

 夕食の後はお風呂。

 浩介くんのお母さんが最初、次にあたし。そして浩介くん、最後に浩介くんのお父さん。

 あたしは、浩介くんのお母さんが出たのを確認してから、お風呂に入る。

 

 お風呂セットはあたしが持ってきたものを使う。

 お風呂のスペースをさっき見た限りでは、あたしがセットを持ってきても問題はなさそうね。これなら、嫁入り後も、お気に入りを使えそうだわ。

 

 さて、肝心のお風呂の湯船や床の面積はうちとほぼ同じかな?

 そう言えば、浩介くんはあたしの家のお風呂に入ったことあるけど、あたしはまだ浩介くんの家のお風呂には入っていなかった。

 2人で入るにはちょっと狭いけど何とかなりそう……ってそんなこと考えちゃダメよ優子!

 でも結婚するってことは、やっぱりそういうことも考えざるを得なくて……あうぅ……

 

 ともあれ、あたしは十分に体を洗って温まって、お風呂から出る。

 事故防止のために脱衣所には鍵をかけてある。

 バスタオルで体を拭いて、予め持っておいたパジャマに袖を通す。

 今回は勝負服という感じではなく、普通のパジャマ。

 この格好も、浩介くんとスキー合宿で一緒の部屋になった時に見せている。

 

 

「出たよー」

 

「おうっ」

 

 うーん、何だか眠いわね。

 

「浩介くん、あたしもう寝るね」

 

「あ、うん。優子ちゃんおやすみー」

 

「おやすみなさーい」

 

 浩介くんとお母さんに見送られ、あたしは自分の部屋のベッド、いつもとは違う寝床で寝る。

 そういえばこのベッド、あたしが普段使っているベッドより狭いわね。

 ……あたしのベッドが大きいだけかな?

 心なしか、お人形さんたちもとても窮屈そうだわ。

 もし嫁入りしたら、このベッドは改善点ね。介護ベッドで背もたれを調整できるのは利点だけど、狭い欠点のほうが大きいと思う。これも家から持ってくればいいかしら?

 

 そんなことを考えながら、あたしは明日のことを考える間もなく、深い眠りについていった。


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