永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
あれからというもの、マスコミの取材攻勢は一切出ず、「大山鳴動して鼠一匹」という状況になりつつあった。
さすがに、あたしたちがあまりにも嫌がったので空気を読んだのか、蓬莱教授の世間への影響力を恐れたのか、はたまた何か別の力が働いたのか?
あたしにその理由は分からないが、ともあれあたしたちは平穏な学園生活を送っていた。
朝起きて、制服に着替え、朝食を食べて学校に行き、授業を受け、浩介くんといちゃつき、高月くんたちが嫉妬して、桂子ちゃんを始めとする天文部へと行く毎日。
その天文部、以外にも三日坊主で終わった部員は3人だけで、最初の5人の他にも合計8人の新入部員が入部してくれた。
中には2年生も居て、元々居たあたしたちと合わせると総勢11人と、小谷学園の部活としてはかなりの規模になっていて、今やあの野球部より人が多くなっている。
毎日を平穏に過ごせたのは、とてもいいこと。
学校に行く間にもう一度考えてみる。
おそらく、さすがにマスコミたちもまずいと思ったんだと思う。何分協会のホームページのみならず、小谷学園のホームページにもマスコミ向けの警告文を掲載したのが、随分と威嚇になったらしく、インターネットでも「協会が怒っている」と話題になっている。
それと同時に、「TS病患者が美人すぎる」と話題も再燃してて、「なお実年齢」といったことも言われている。
他にも、アイドルや芸能人、あるいは大学や国際的なミスコンの優勝者などの容姿を誹謗中傷するために、協会の人たちの画像が使われちゃっている。
一つ残念なのは、その時の煽り文句が「元男」だけなら事実だからいいんだけど、「中身男」というのも含まれている件だ。
もちろん、「女になってからの方がずっと長いだろ?」という反論もある。
事実、正会員で男の人生の方が長い人なんてあたしくらいだし。
あたし達としても、男のように扱われたり、どっちつかずのように扱われるのは絶対に嫌なので、インターネットの掲示板やSNSなどで、そのような書き込みを見つけたら、逐一反論するようにしている。
そして分かったことがある。男のように扱う人は、まだ納得するのが早い。
男扱いするネットの書き込みには、「見た目女の子で、何も知らない人も女の子扱いするから、それに合わせている。中身も女の子になろうとしているんだから、女の子扱いして欲しい」と言えば、みんな案外すんなりと受け入れてくれる。
問題は、男とも女ともつかない「どっちつかず」のような扱いをする人。
少し前に流行ったいわゆる「意識高い系」に多くて、こちらの話にまるで納得してくれない。
周囲もあたしの味方をしてくれるんだけど、この手の人はますます意固地に自説を曲げようともしない。
「妊娠・出産さえできるのに」と主張しても、まるで効果がなくて困っている。
そのことを永原先生に相談してみたら、「小野先生と教頭先生の話を思い出して」と言われた。
そしてあたしは、「善意の悪事」の恐ろしさを改めて思い知った。
「はーい、帰りのホームルームを始めます」
学校は今日も平穏無事に終わった。
3年生の授業は既に高校の内容が終わっているので、主に入試問題やセンター試験の過去問を解いている他、卒業に向けての成績も必要になる。
そのため、3年生からは一部の授業でクラスが変わる。
受験コースと卒業コースとあって、あたしたちは全部「卒業コース」でもいいんだけど、蓬莱教授の研究室のこともあって、生物をはじめ一部の科目を「受験コース」にしている。
ちなみに、「受験コース」では、あたしたちが行くことになる「佐和山大学」も、受ける人が多いからか、過去問に何度も登場している。
これまでのあたしの成績だと余裕で合格圏内で、浩介くんも、一応合格圏内を維持している。
「――連絡事項は以上です。石山さんは協会のことで連絡がありますので、私のもとに来てください」
「はい」
最近では、こうして「協会の仕事」と最初にことわってしまうことも多い。
あたしが協会の正会員という事は、多分学校でも多くの人が知っていることだと思うし、クラスも去年と同じだからというのもあるだろう。
ともあれ、永原先生の呼び出しは、ちゃんと聞いておかないといけない。
「石山さん、一つ相談なのよ」
「はい、何でしょう?」
永原先生の方から、あたしに相談してくるのは、何気に珍しいと思う。
吉良殿の時だって、あたしからきっかけを作ったし。
「実は、マスコミから取材が来たのよ」
「? 拒否すればいいんじゃないんですか?」
あたしは、思わず首をかしげながらいかにも「不思議」という感じで言う。
威嚇的な警告文まで作ったんだから、粛々とはねのければいいのに。
「ええ、それなんだけど……実は私たちの協会のホームページを見て、『その条件を全面的に受け入れる』って言ってきたのよ」
「え、ええええええええええええ!?!?!?!?」
「!?」
「どうしたの優子ちゃん!」
「何だ、優子が珍しいな。いきなり大声出して」
あ、しまった。
余りの出来事に驚きのあまり大声をあげてしまい、クラスメイトたちに怪訝な目をされてしまったわ。
「……続けていいかしら?」
「え、ええ……すみません……」
「それで、その『全面的に受け入れる』って言ってきたのは、どうもインターネットを拠点にしたニュースメディアで、既存のマスコミとは一線を画した主張を展開しているみたいなのよ」
「……なるほど、インターネットなら確かにノーカットも容易よね」
むしろ編集した方が手間がかかるし。
「私たちに批判的な報道をしないことはもちろん、更に批判的な報道をしたマスコミや、例の問題牧師を批判する内容と一緒に記事にしたいと言ってきまして。ノーカットの動画を自社の記事と更に動画共有サイトにもアップロードするみたいよ」
「ふーむ」
「更に、『ボタン一つでアップロードもできるので、事前に記事を見てもいい』とも言ってました。私達が拒否したとして企画倒れにするだけとも」
そうまでして取材したいのかとあたしもちょっと驚いてしまう。
いずれにしても、事前にこちらが記事を見られるのは大きい。これならほぼ、勝手な行動はできないし、この条件なら、受けてもいいかもしれない。
「……あちらさんがそこまで言うなら、私は取材を受けていいと思います。こちらが最初に提示した条件をクリアしている上に、更に譲歩してくれてますから」
そもそもあれだけの条件を提示してしまい、向こうがそれに応えてしまった以上、仁義的にも拒否は難しいと思う。
「分かりました。比良さんにもそう伝えておきます」
永原先生は、肩の荷が降りたという感じで言う。
どうも、かなり迷っていたみたいね。
ともあれ、あたしは少し遅れて天文部へと向かう。
コンコン
「はーい」
「桂子ちゃんあたし」
「あ、優子ちゃん入って」
ガチャッ
中に入ると既に天文部の面々がいた。
「でさー、この前のライブがさ――」
「うんうん、凄かったよなあ」
「演出っていうの? 大がかりだよなあ」
天文部は元々超少人数前提の部活だったため、あっという間に人員過剰に陥り、今ではほとんどの時間が「雑談」になっていた。
浩介くんも筋トレしてて、時折後輩男子にトレーニングを教えることもある。
そうすると、天文部なんだか筋トレ部なんだかわからなくなっちゃうこともしばしばだけど、桂子ちゃんは気にも留めない。
「なあ、今度のライブ、木ノ本部長を招待しようぜ」
「お、それいいじゃんか」
「おい! なに抜け駆けしようとしてんだ!?」
「うげっ……!」
さて、ここ天文部のもう一つの特徴が、桂子ちゃんを巡っての男子たちの争いだ。
桂子ちゃんも、「争ってもらえるほど嬉しい」と言っていたけど、相互監視も強くて、誰も告白しようとしなかった。
何となくだけど、誰かが桂子ちゃんと付き合ったら、新入部員はその人を除いて全員いなくなっちゃいそうだわ。
「ねえ浩介くん」
「ん?」
あたしはあたしで、そんな後輩たちのことを無視し、浩介くんと話を始める。
「協会がね、マスコミの取材を受けることになったわ」
「え!? いいのかよ!?」
「そうよ、取材は拒否じゃなかったの?」
近くで聞いていた桂子ちゃんも、会話に乱入してきた。
「それが……協会側の提示した条件を受け入れてくれたのよ。インターネットメディアで、既存のメディアを批判するために記事を書くんだって」
あたしは、その会社について少しだけ説明をする。
取材映像も、動画共有サイトにノーカットという事も言う。
「なるほどなあ……してやられたぜ」
浩介くんが悔しそうに言う。別に浩介くんが決めたことじゃないのに。
「まあでも、そこまで言うなら取材受けてもいいんじゃない?」
桂子ちゃんも、仕方なさそうに話している。
TS病についてのマスコミ取材拒否は、小谷学園も同じなので何気に他人事ではない。
「うん、でも困ったわね……取材を受けて記事にするまではいいけど、それを見た感想までは操作できないもの」
もちろん、ある程度の工作はしているけど。
「そうだよなあ……むしろ、対マスコミに強硬策を取ってきた以上、『なぜ取材を今回受けたのか?』という事で話題になりかねねえしな」
もし、この取材行為に既存のメディアが乗っかっていったら……もちろん、「しゃべる机」という事にもなりかねない。
それに対して不快感を表明はできても、「記事にするな」とまで言ってしまえば、さすがに協会の立場は悪くなるだろうし……
「まあ、考えても仕方ないと思うわ。今はとにかく、この緩い天文部を楽しみましょう」
「うん、そうよね」
「だな」
桂子ちゃんの言葉とともに、あたし達は天文の話題を中心にした雑談に戻った。
「ただいまー」
「あ、優子おかえりなさい」
母さんが、あたしをねぎらってくれる。
「うん、今日も疲れたわ」
あたしがドサリと荷物を落とす。
今日は特に疲れたので制服も着替えてすぐに楽な格好したいわ。
「ところで優子、永原先生から聞いたわよ。協会が取材受けるんだって?」
「う、うん……」
やはり、協会の情報網は速い。
もう既に母さんまで手が回っていた。いや、母さんだからこそ、かな?
「優子が映るとは限らないかもしれないけど、くれぐれも気を付けてね。それから、芸能界へのスカウトに乗っちゃダメよ」
「うん、分かってる……というか、実は以前にアイドル事務所が協会に来たんだって」
「え!? そうだったの……ま、まあ、無理もないとは思うけど」
母さんが驚きながらも納得の表情をする。
そう言えば、母さんはあたしと永原先生と、比良さんと余呉さんが面識ありだっけ?
だったら美少女になるのがTS病に共通していることも経験則で分かるはずよね。
「うんうん、でも、しつこいマスコミとは違って『皆さん本業に協会の活動があるので時間的に無理です』って説明したら、結構あっさり引き下がってくれて、その後はばったり止んだわ」
「へー、アイドル事務所の方が物分かりいいのね」
やはり母さんも、アイドル事務所が来たということそのものよりは、意外性は薄そうな反応だ。
「うん、じゃあ母さん、着替えるから入ってこないでね」
「はいはい、分かりましたよ」
着替えながらまた考える。
マスコミにというのは、人々が知りたがっていることや、知られていないことを知りたくなる人たち。
あたしたちが徹底的な拒否をすればするほど、更にしつこくなってもおかしくない存在。
だから、この前の会合で、具体的に取材条件をつけたのはよかったと思う。
もし今回の取材がうまくいけば、「ちゃんと条件をのんだマスコミが独占取材できた。他マスコミの努力不足だ」と言い張ることもできる。
これはもちろん「素人考え」、それも知ってて故意に行う「素人考え」だ。
それでも、インターネットの中の一般人を扇動するにはそれで十分。
特にマスコミ嫌いが多いインターネット空間では、うまくいく可能性が高くなる。
そうすれば、既存のメディアを、うまく締め出すことが出来る。
取材を申し込んできたマスコミが出たのは失敗だけど、これをも利用して次につなげたい。
そのためには、やはり無知を装い、無能を装うことが大事だと思った。
……何だろう、あたしも永原先生に、真田家に感化されているのかもしれないわ。
思えば、永原先生も戦国時代の真田家としての矜持があるのか、マスコミの偏向報道についてもやや許容気味だった。実際、怒っていたのは江戸時代生まれの余呉さんと比良さんだったという。
でも、江戸時代や明治時代の武士道を知っている他の正会員はこれらを「卑怯」と批判しているので、永原先生も強硬策に出ざるを得なくなった。
……なんだろう、戦国時代生まれの永原先生が江戸時代生まれの他の会員の行動にジェネレーションギャップを感じるってすごいことだと思う。
あたしなんて江戸時代どころか、同じ平成生まれでもジェネレーションギャップを感じるのに……なのにそんなあたしの感性は一週回ったのか戦国時代生まれの永原先生に似てきている。
もちろん、永原先生があたしの女の子としての師であり、同じTS病患者として、最も影響を受けているということもあるけど。
……ふう、とにかく着替えたし母さんに顔見せないとね。
そうだ、蓬莱教授の本、難しいけど読んでおかないと。
そう思って、あたしは蓬莱教授の本を持って部屋を出る。
「ふうー」
「あら優子、その本」
母さんが、案の定あたしの持っていた本に注目する。
「うん、蓬莱教授に貰ったの。勉強のモチベーションを維持するためよ」
内容は難しくて、面白いというわけでもないけど、浩介くんの「不治の病」を治療するためということを考えるだけで、俄然やる気が出てくる。
やっぱり恋は、女の子を変えるわね。
「ふふっ、そう……」
母さんが、何か言いたげに意味深な笑みを浮かべる。
「どうしたの母さん?」
「ああうん、なんか優子も知的な女性だなって思って」
「そ、そう?」
母さんが意外な言葉を言ってくる。そんな風に言われたのは生まれて初めてだわ。
「知的な印象はね、好印象も与え得るけど、一方で『隙がない』って思われかねない諸刃の剣よ。だからね、本当は頭が良くても、おバカのふりをしておけばいいのよ」
母さんが、あたしにアドバイスをしてくれる。
うん、それはあたしもそう思う。
「あはは、うん。大丈夫よ。男は単純だからね」
浩介くんも単純だけど、あたしはそんな浩介くんが大好きだし。
優一も多分単純だったんだろうなあと思う。
でも確かに、今のあたしは浩介くんより成績がいいし、雰囲気まで賢くなっちゃったら浩介くんのプライドにも影響しそうだし、うまく男を立ててあげないとね。
「ふふっ、優子も本当、男の扱いに慣れてきてるわね」
「そ、そうかなあ?」
「そうそう、そうやって、好きな男の子に好かれていけば、優子はもっとかわいくなれるわよ」
「うん!」
母さんのアドバイスを聞き、あたしは蓬莱教授の本を読み始めた。
何度か反復して読めば、より深く理解できるようになれるかもしれない。
とにかく、高校までの本とは訳が違う。将来のためにも、この本はよく読んで、そして知識を身に着けていこう。