永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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幸子さんの確かな成長

 駅を降り、あたしはもう一度地図を見る。資料の中にも幸子さんの家の地図があった。

 もうあの時から5か月が経っている。忘れたとばっかり思っていたが、一旦駅から離れると、地図を見ずに行くことができた。

 人間の記憶力の高さに関心しつつ、あたしは家の呼び鈴を鳴らす。

 

  ピンポーン! ピンポーン!

 

「はーい」

 

 最後に会ったあのカリキュラムの時よりも、高くて可憐な幸子さんの声。

 扉が開くと、ピンクのフリル満点のかわいらしいワンピースを着て、頭にはあの時あたしがプレゼントした大きなリボンをした幸子さんが現れた。

 

「幸子さん、こんにちは」

 

「石山さん、お久しぶりです」

 

「うん、久しぶりですね」

 

 幸子さんがニッコリと笑う。その仕草は人形のようにかわいらしくて、あたしでさえちょっと嫉妬しちゃいそうなくらいにかわいくなっていた。

 もちろん、あたしとしてもみすみす負けるわけには行かないけど。

 ともあれ、第一印象は100点満点ね。

 

「じゃあ幸子さん、上がってもいいかな?」

 

「はい、どうぞ」

 

 幸子さんがあたしを玄関に通す。

 

「お邪魔しまーす!」

 

「はーい、いらっしゃーい!」

 

 幸子さんのお母さんの声がする。

 あたしは、居間に通される。お菓子が振舞われたけど、さっき唐揚げそばを食べたばかりなので、遠慮しておく。

 

「お、確か優子ちゃんだっけ?」

 

 徹さんがあたしに話しかけてくる。

 下心が見え見えだわ。よし。

 

「ええ。ちなみに、浩介くんとは別れていないからね」

 

「うぐっ……」

 

 やっぱり、徹さんは本当によくがっつくわね。

 

「そんなことより、徹さんから見て幸子さんはどうなの?」

 

「ああ、お姉ちゃん、本当に女の子らしくなったよ。日増しにスカートの割合が高まってるしさ」

 

「あはは、それは単に冬から春になっているだけかもしれないわよ?」

 

 あたしはちょっと意地悪に言う。

 

「うん、暖かい日も増えたからね」

 

 幸子さんもあたしの言葉に同意してくる。

 

「……じゃあ今日のおしゃれは今日だけのこと?」

 

「ああいや、お姉ちゃん普段からこの服を着てるぜ」

 

「そう」

 

 余呉さんの家族証言をまとめた資料とも一致しているわね。

 

「うん、この服、かわいくて好きだよ。よく着ているんだー」

 

「そう」

 

 幸子さんの言葉遣いは、まだあたしほどに女言葉じゃないけど、それでも乱暴な男言葉は一切使わなくなっている。これなら及第点だわ。

 

 家族のほうも大丈夫みたいね。

 幸子さんも、徹さんからお姉ちゃん扱いしてくれるのは嬉しいって言ってたし、幸子さんも着実に軌道に乗っているのがわかる。

 あたしほどに生き急がなくても、将来的に会員になる資格はあると思う。

 でも、問題は「今すぐに」会員にしてもいいのかどうか?

 

「幸子さんは、男の子にときめいたりとかします?」

 

「うーん、まだその辺が分からないんだよ」

 

 幸子さんも腕を組んで何やら考え事をしている。

 男性の魅力がよく分からないという。

 

「つまり、女性は男性のどこを好きになるのか? という事でしょ?」

 

「うん、お母さんには聞いてるんだけど、いまいちしっくりこないんだ」

 

「……幸子さん、じゃあ逆に、男性は女性の何が好きになると思う? 実はこれ、生粋の女の子だと、結構難しい質問だったりするわよ」

 

「えっと……顔がかわいいとか、家事ができるとか……」

 

「あとはあたしみたいに胸が大きいとかね」

 

「ぶー!」

 

 側で聞いていた徹さんが吹き出してしまった。正直あまりしたくないことだけど、大事な話だから、ちょっとだけはしたなくなる。

 

「他にもかわいらしい声や庇護欲の刺激もあるわよ。母性に溢れてて甘えさせてくれるとか……更には赤ちゃんが産めると言うのも女としての魅力になってくるわよ」

 

「うんうん」

 

「そしてね、これらはみんな一個の共通点があるの。それは『男性にはない女性らしさ』って所よ。家事はちょっと違うけどね」

 

 そう、これが核心部分。本当は幸子さんが自分で気付いてほしかったけど。

 

「例えば?」

 

「ロングヘアーの受けがいいのも男だとなかなか似合わない事が多いのに女の子だと魅力的だからよ」

 

「うーん、言われてみればそうだよね」

 

「うんうん、目から鱗って感じだぜ」

 

 徹さんも、腑に落ちたという感じで納得してくれている。

 

「じゃあ徹さん、今のことを踏まえて、女性は男性のどこに惚れると思う?」

 

 徹さんが一瞬考える。

 

「えっと……金!」

 

 あたしと幸子さんは思わずのけ反ってしまう。

 

「うーん、確かに間違ってないわよ。自分でも稼げるけど……確かに男が金持ちであればあるほど、モテるのも事実よ。でも今は不正解かな」

 

 確かに、世の中にはお金が男性の全てのように言う人もいるけど。

 

「じゃあまさか……ちん……むぐぅ!」

 

「こら徹!」

 

 幸子さんが慌てて徹さんの口をつぐむけど、間に合っていない。

 

「ふふ、女の子の前であんまりそういう話題はだめよ。でも、今は正解よ」

 

「「え!?」」

 

 幸子さんも徹さんも驚いている。

 

「だって、あたしにも幸子さんにも、ついていないでしょ」

 

「う、うん……」

 

「世の女性たちは口では否定するけど、実際には大きいのに興奮するようにできているわ」

 

 あたしも、スキー合宿で浩介くんのを見た時も、固く大きくなってる様子により興奮したし。

 

「それって、男が優子ちゃんみたいなおっぱいが好きなように?」

 

「うん、そうよ。他にも力強くてたくましいとか、頼りがいがあるとか、そういうのに憧れるのよ。これらはみんな、あたしたち女の子にないものなのよ」

 

 あたしが一つ一つ説明していく。

 

「なるほどねえ、私もそう言う男性的なのが好きになれるかなあ?」

 

「幸子さん、乙女ゲーム買ってみて?」

 

「え!?」

 

「乙女ゲームって何ですか?」

 

 徹さんがあたしに聞いてくる。

 

「恋愛シミュレーションゲームってあるでしょ? 女の子を攻略していく感じの。あれの性別を逆転させたものだと思ってくれればいいよ」

 

「あー、なるほど」

 

 あたしも一時期は学習も兼ねて購入するって話も出たけど、浩介くんが彼氏になったので、結局買わずじまいだった。

 

「そこに出てくる男子は女子が思う理想の男子よ、後はそうねえ……カリキュラムの時使った少女漫画、あの後読んでる?」

 

「あ、そういえば読んでなかった」

 

 幸子さんがハッとしたように言う。

 やっぱり成績のいい人でも、あたしみたいに積極的に少女漫画を読み続けるというのは難しいかもしれない。

 

「少女漫画、恋愛ものばかりでしょ? 少女漫画を読むのは女の子の立場での男の子の魅力を知るためにはとても重要よ」

 

「はい」

 

 とりあえず、これを覚えて、幸子さんには今日明日にも少女漫画を呼んで欲しい。

 さて、あたしは次の質問に移る。

 

「ところで幸子さん、学校では男の子にモテてるんでしょ」

 

「ああ、お姉ちゃん美人だし性格もいいから男にはモテてるんだけど、やっぱり学校中がお姉ちゃんはTS病だって知ってるからさ……そこが自制になっちゃってるんだよ」

 

 徹さんがあたしに説明してくれる。

 

「うーん、なるほどねえ……」

 

「それで、私、女性には嫌われてる気がするのよ。陰口っていうの?」

 

 幸子さんが悩んでいる。

 

「そう、それを聞いて……女性の嫉妬を聞いて幸子さんはどう思った? 男にモテる方が大事だって、ちゃんと思えた?」

 

 ここが運命の分かれ道。あたしは重要な質問をする。

 

「うん、だけどあまりいい気分とも言えないかな。そこまで悪い気はしないんだけど……」

 

「ふーん、70点って所かしら?」

 

「70点?」

 

 幸子さんが不思議そうな顔をする。

 確かに反応に困る微妙な点数だものね。

 

「あたしはね、そういう女子の嫉妬や陰口はとても気分がよかったわ。陰口をたたいている時のその人の顔、みんな醜くて、ね」

 

「どういうこと?」

 

「ふふ、つまりそういう陰口叩くようなグループはブスグループなのよ。美人はああいうことしないもの」

 

 そしてあたしは、ブスグループの原理を幸子さんに詳しく説明していく。

 そして、彼女たちに決して合わせてはいけないこと。醜い言動は顔まで悪くして、幸子さんから女性らしさを奪っていくことも。

 だから幸子さんには、是非とも今のままを維持してほしいとアドバイスする。ちなみに、同性の陰口に耳を貸してはダメというのは、余呉さんからも言われたらしい。

 

 幸子さんも、今は「とりあえず男受け」という段階だから、注意する必要がある。

 幸い、幸子さんは既に「男に好かれると悪い気分はしない」と言っているので、それを積み重ねていくことが大事になるとアドバイスする。

 

「……それにしても、大学でお姉ちゃんは有名人だからな」

 

「やっぱり有名になるの?」

 

 あたしが聞いてみる。

 

「ほら、最近あったじゃないですか、蓬莱教授の研究が」

 

「あ、うん。そうよね」

 

 予想通りの答えが返ってくる。

 あたしが来年から蓬莱教授に協力することは黙っておいたほうが良さそうね。

 

「うちの高校でも、お姉ちゃんの大学でも、蓬莱教授のことは大騒ぎになったぜ。特にお姉ちゃんの大学には当事者がいたもんだから、すぐに大学中の噂さ」

 

「石山さんは、学校生活大丈夫?」

 

 幸子さんが心配そうに聞いてくる。

 あたしがカウンセラーなんだけど、まあいいわ。

 

「うん、蓬莱教授のニュースが出るよりずっと前からあたしがTS病なのは学校中に知られていたし、何より小谷学園のTS病患者はあたしだけじゃないのよ」

 

「あー、そう言えば、会長さん……永原さんも小谷学園の先生でしたっけ?」

 

「ええそうよ」

 

 あたしは、とても恵まれていたと思う。

 永原先生がいなくても、女の子になろうとはしたと思うけど、いじめに耐えられずにそのまま転校してしまったかもしれない。

 

「それにしても、戦国生まれかあ……」

 

「うん、凄いよね」

 

「やっぱり、男を好きになるといっても、寿命の問題。怖いなあ……」

 

 幸子さんも不安そうな表情をする。

 その表情は、蓬莱教授のニュースが出てくる前までのあたしにそっくりだった。

 あたしはいつもそう、幸子さんを見ていると、以前の未熟だった頃のあたしを思い出す。

 うん、今もまだ、未熟だけどね。

 

「でもお姉ちゃん、蓬莱教授が何とかしてくれるよ」

 

「うん、そうだといいよね」

 

 幸子さんが少しだけ笑う。

 まだ、蓬莱教授を信用しきれていない表情。

 

「幸子さん、今協会はね、蓬莱教授と本格的に提携することになったわ」

 

「え!? そうなんですか!?」

 

 幸子さんが案の定驚いている。

 実は佐和山大学と小谷学園が至近距離だということも知られていなさろう。

 

「ええ、そもそもこの協会だって、蓬莱教授の支援なしでは成り立たないのよ。幸子さん、あたし個人としては、あなたの言動は普通会員なら入れてもいいと思うわ。だけど、蓬莱教授のことを信用できるか? 今はそれが大事になっているのよ」

 

「石山さん、どうしてそんなことに?」

 

「ええ、話すわ」

 

 あたしは、ゆっくり丁寧に、協会と蓬莱教授の関係について話す。

 まず、永原先生と蓬莱教授の出会いについて。

 永原先生や余呉さん、比良さんなどの長命のTS病患者はみんな蓬莱教授に年齢証明をしてもらったこと。TS病を研究し、不老技術の開発をしようとしていること。

 永原先生と蓬莱教授の関係について、蓬莱教授が世界中の資産家から研究金を贈られていること。その金額があまりにも膨大になり、蓬莱教授自身も資産家になったこと。

 その資産で協会にも多額の援助を援助していること。

 不老研究は信用できず、警戒もされていたが、昨今の研究の進展で急速に信頼が高まっていること。

 マスコミの蓬莱教授に対する批判と関連し、協会までいわれなき批判をされ始めたこと。

 今日の会合でも、蓬莱教授とも連携したマスコミ対策について話し合っていたこと。

 

「――というわけで、蓬莱教授とは今後関係を深めていく予定です。もう一度言います。幸子さんが蓬莱教授を信用できるか? 本来なら協会の方針は一つだけだけど、今に限って言えばそれも大事になるわ」

 

「そう……うーん……」

 

 幸子さんが腕を組んで考え込んでいる。

 確かに難しいけど、幸子さんの意志で決めないと。

 

「なあお姉ちゃん、俺は入ったほうがいいと思う」

 

「でも……」

 

「徹さん、これは幸子さんの意志で決めるべきことよ」

 

 あたしが徹さんの前に掌を置いて「静止」の手振りをする。

 

「あ、ああ……」

 

「……ええ、分かったわ。蓬莱伸吾教授のこと、信用してもいいと思う」

 

 しばらく考えたの地、幸子さんがしっかりとした口調で言う。

 

「そう、じゃああたしから言うべきことはもう何もないわ」

 

「今はまだよく分からないけど、きっと不老だってみんなでなれば怖くないって思うんだ」

 

「ふふっ、そうよね」

 

 坂田部長の話を思い出す。

 人間の適応力は高くて、どのような異常事態でも、常態化すればそれを普通だと思ってしまう。

 

「なんか、『赤信号みんなで渡れば怖くない』みたい」

 

「うっ!」

 

「もう、徹さん、ダメですよそんなこと言っちゃ」

 

 徹さんの突っ込みが鋭くて反論が思いつかないのが悔しいけど。

 

「まあ、俺としても蓬莱教授の研究が完成したら、どんな社会になるのか、楽しみだよ」

 

「ええ、動機はそんなんでもいいわ。じゃあ、入会手続きをするから徹さん、悪いけどお父さんとお母さんを呼んできてくれる?」

 

「おうっ!」

 

 徹さんが勢いよく立ち上がり、大きな声で両親を呼ぶ。

 両親はそれぞれ返事をし、あたしたちの部屋に来た。

 

「はい、お呼びですか?」

 

「あたしは、普通会員として幸子さんを協会に迎えることに異議はありません。つきまして、TS病患者の家族がなる、『家族会員』という制度があります」

 

 あたしは、資料を取り出す。

 それはあたし自身が入会した時に示した資料と同じもの。

 各会員の権限や会費などについて説明する。

 幸子さん曰く、「既に聞いている」とのことなので「改めてもう一度確認」という意味で説明し直す。

 

 

「それじゃ、全員入るってことでいいですか?」

 

「「「はい」」」

 

 幸子さん本人、弟の徹さん、そして幸子さんの両親の4人がしっかりと返事をする。

 

「それでは、ここに必要事項を記入してください」

 

 あたしはそう言うと、書類をそれぞれに渡す。

 ちなみに、入会用紙には「日本性転換症候群協会 普通会員入会届」、「推薦人 石山優子」と書いてある。

 

 

「できました」

 

 しばらく待機していると、全員が書き終わり、あたしはマニュアルを見ながら、必要事項が記入されているかどうかを確認し、問題ないことを確かめた。

 

「それじゃあ、これは本部に持っていきます。あたしはこれで失礼します」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 あたしは幸子さんの家を去るため、玄関へと向かう。

 

「あ、待ってください。せっかくここまで来られたんですから」

 

 幸子さんのお母さんがお菓子の箱を渡してくれる。

 

「あ、どうもすみません。わざわざありがとうございます……それでは失礼します」

 

「お気をつけて」

 

 受け取らないのも悪いので、あたしは素直に受け取り元来た道を帰る。

 見てるともう夕日が落ちかけていて、さすがにお腹も空いてきた。お菓子はやめておこう。

 新幹線は長丁場なので、あたしは駅で牛タン弁当を買い、新幹線の中で夕食を取り、本部へと戻って行く。

 ちなみに、新幹線の中でもニュースをチェックしたが、蓬莱教授に関することはなく、またメールで永原先生に「入会を許可した」とだけ報告しておいた。

 

 

「あ、石山さん。おかえりなさい」

 

 本部へ戻ってみると、比良さんがいた。永原先生は自宅に戻ったらしい。

 

「こちら、幸子さんの入会書類です」

 

「分かりました。話は聞いています。私がチェックしたら、そちらのパソコンで入会手続きをしてください」

 

「分かりました」

 

 この方法も、既に新幹線の中で説明書を読んでいた。

 あたしも正会員だし、こういった事務作業もできるようにならないといけないわね。

 そう思いながらも、特に滞りなく入力作業は完了、比良さんからもOKをもらい、今日は夜遅くに家に帰った。

 明日は日曜日、しっかり休んで明後日の学校に備えないと。


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