永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「はーい、皆さん、私についていってください」
あたしとの話が終わり、時間になったら永原先生がクラスを誘導してくれる。
「「「はい!」」」
クラスメイトたちも一斉に席を立って永原先生についていく。
廊下には、あたしたちの他にも別のクラスの在校生たちが集まっていて、それぞれの担任の先生の誘導に従って同じ目的地……卒業式の場所を目指している。
あたしたちは、比較的秩序良く前へと進む。
卒業式は、これまでの全校集会と同様、体育館で行われる。
既に大量の椅子が並べられていて、あたしたちは永原先生の誘導通り、中央後部の方へと座る。
ちなみに、卒業生以外で席が決まっているのはクラス単位まででそこからは自由、あたしは通路から2番目に座った。
隣には虎姫ちゃんが座っている。
まだ時間があるので、あたしは虎姫ちゃんと話すことにする。
「今年度も終わり、来年で3年生ね」
「ああ、短いようで長かったな」
「長かったのは……あたしのせい?」
「うん、優子のせい……それにしても、あの日は本当に、心臓が止まるんじゃないかってくらいに驚いたよ」
虎姫ちゃんが懐かしそうに話す。
「あの日って……倒れた日? それとも女の子になって初めて登校した日?」
「両方だけど……石山優一が女の子になったって聞いた時のほうが驚いたね。あの石山優一が、女の子になって登校した時にはさ……姿も性格も、全然似てなかったし」
確かに、あの時はクラスのみんなが驚いていた。
「あの時は性別が変わる病気なんて信じられなかったからよ……まさか本当にTS病が実在するんだって思ったし、見た目がまるで別人になったから驚きよ……今でも本当は優一と優子は別人なんじゃないかって思えるくらいに、ね」
実際、あたしも名前だけ知ってて、実際に自分が当事者になるとは夢にも思ってなかった。
似ても似つかない容姿、そしてこれはあたし自身がそう願ったからだけど、全くの正反対の性格になったもの。確かに、あたしがフルネームを示さなきゃ同一人物とは認めてくれなかったかもしれない。
「あはは、やっぱりそんな感じなんだ。でも、性格はほら……あたしが自分から望んで変えたことだし」
「ああわかってる。誰よりも一生懸命だもんな。やっぱり、優子ちゃんは強い子だよ」
いつかの林間学校で、あたしは虎姫ちゃんに同じことを言われた。
あの時は否定していたけど、今になって分かる。
優一の乱暴な性格を矯正すること、力を捨てる決意をすることは、とても大変なこと。
権力を振るえる立場になると、振るわずにはいられなくなる。だからこそ、優一は乱暴者であり続けた。
力を失えば、精神的にはとても苦痛になる。
だから、この病気は自殺率が高い。
でもあたしは、それを達成できた。女の子になれた。弱さを自覚し、それを補ってくれる素敵な男の子を見つけられた。
普通なら何年もかかる所を半年で達成し、自殺寸前に陥っていた「手遅れ」の患者も救ってみせた。
これだけ結果を出せば、否定したくても否定できない。
だからみんな、あたしのことを褒めてくれるんだって。
そんなことを考えている間にも、卒業式会場と化した体育館には次々と在校生が集まり、少しずつ話し声も大きくなる。
しかし、それもやがて校長先生の「まもなく卒業式を開始します」の放送で、一気に静まり返る。
「えー皆さん、本日は卒業式であります。司会進行役こと校長です。まずは、卒業生入場です。草津先生、お願いします」
割れんばかりの拍手と壮大な音楽と共に、あたし達が入場した場所と同じ所から、3年生達が入って来る。
先導には3年の学年主任で、あたし達の体育の先生でもある「草津先生」が担当している。そして、卒業生たちが最前列の空いていた席に座る。ちなみに、横に出っ張っているのは「来賓席」ということになっている。あんまり人いないけど。
ちなみに、卒業する3年生は130人くらいで、座るのにはそこまで時間はかからなかった。
「えー、皆さん座り終わりましたのでまずは国歌、校歌の斉唱です。皆様、ご起立ください」
一斉に全員が起立し、日本の国歌「君が代」が流れる。
「続いて、校歌の斉唱です。引き続きご起立ください」
君が代の後は、小谷学園の校歌が流れ始めた。
そしてこちらも全校生徒、先生、来賓の人も加わって斉唱する。といってもリズムはバラバラだけど。
「ありがとうございました。ご着席ください。続きまして、私校長先生から、卒業生の皆さんに向けての話ですが……」
小谷学園では、校長先生の話はいつも短い。
去年もそうだったように、今年も短いはず。
「えー3年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。小谷学園を無事に卒業されて、何よりです。大学に進学する人、あるいは就職する人様々でしょうが、これからの皆さんの人生が豊かになることを祈りまして、私のメッセージを終わります、以上」
パチパチパチパチ!!!
素晴らしいほど大きな拍手が起きる。歓声も上がっている。校長先生の短い文章の中に大きな思いが伝わってくる。
本当に、うちの学園の校長先生はいい先生だわ。あたしもお世話になったし、こうやって式典の司会まで買って出るんだから、本当に教師の鏡というべき素晴らしい先生だと思うわね。
「えー続きまして、在校生代表スピーチとして、木ノ本桂子さん。よろしくお願いします」
「はい!」
近くで桂子ちゃんの声がし、すぐに椅子から人が立ち上がる音がする。
桂子ちゃんが壇上へと向かって歩き、校長先生に譲られて壇上へと上がる。
この卒業式でのスピーチは、来賓の人も見るとあって、容姿の良さが要求されるので、女子生徒が務めることが多い。
当初はミスコン優勝のあたしが務める予定だったけど、協会の正会員としての仕事も一応あるため、桂子ちゃんに決まった。
今になって思うと、ミスコンは卒業式での在校生代表を決めるという側面もあるかもしれない。
「卒業生の皆さん、改めましてご卒業おめでとうございます。私は2年2組の木ノ本桂子です。私たち在校生は、卒業生の皆様をはじめ、先輩方の残したこの小谷学園を継ぐために、そして小谷学園の良き伝統を守るため、私たちのみならず、4月に入って来る新1年生の皆さんにも、受け継がせていきたいと思います。以上です」
パチパチパチパチ!
桂子ちゃんのスピーチは校長先生のスピーチよりやや長めだが、それでも他の学校のスピーチよりはずっと短く簡潔な内容になっている。
こちらも先程の校長先生のスピーチ同様に盛大な拍手が送られる。
桂子ちゃんがこちらに戻る途中、校長先生が再び壇上に立つ。
「えー続きまして卒業生代表スピーチに移りたいと思います。では、卒業生代表の守山誠さん。よろしくお願いします」
「はい」
ミスコンの時にお世話になった生徒会の守山会長が立ち上がり、そして壇上に立つ。
「卒業生代表の守山誠です。私は今年度は生徒会長を務めさせていただきました。修学旅行、文化祭、受験ととても忙しい1年に加え、生徒会の仕事はとても大変でしたが、この1年は必ず大学の、あるいは将来の仕事場で役に立つと信じて、私はこの小谷学園を巣立っていくつもりです。私の話は以上です」
パチパチパチパチ!
小谷学園の良さに、この手際の良さがある。
ダラダラしていないとも言えるから、卒業式も校則の厳しい学校より「引き締まって」いる気がする。
この拍手も、そうした所に対する絶賛の意味もあるだろう。
「続きまして、卒業生から在校生の皆様へ、歌を歌います」
校長先生がそう言うと、マイクを片付けさっと引き、代わりに卒業生が全員壇上へ上がる。
卒業生たちが歌を歌うことになっていて、卒業式でよくある歌だ。
「「「~♪」」」
パチパチパチパチ!
歌い終わり、卒業生がこちらに一礼する。
あたしたちの拍手も、だんだん手が疲れてきたのが、やや失速気味になっている。
「えー続きまして、卒業証書授与へと移ります。名前を呼ばれた方から壇上へとお願いいたします」
すると、校長先生が一人一人生徒の名前を呼び、名前を呼ばれた生徒が立ち上がる。去年通りなら出席番号順、つまり組ごとにあいうえお順で並んでいるはず。
校長先生が一人一人に卒業証書を渡していく。
卒業証書の本文を読むのは最初だけ、後は例のごとく「以下同文」で終わらせている。
「――坂田舞子」
「はい」
そして、あたしが天文部でお世話になった坂田部長の番になった。
「卒業証書、坂田舞子殿、以下同文」
パチパチパチパチ
小さな拍手とともに坂田部長が卒業証書を受け取る。
その後も、卒業証書の授与が続く、先程の守山会長も出てきた。
最後の一人が終わると、校長先生が疲れた顔をする。
「ふう……えー、ただいまを持ちまして、小谷学園卒業生全員の卒業証書授与が終了しました、本日の卒業式はこれにて終了となります。では、これにて解散です!」
校長先生の声とともに、卒業式が解散になる。
ここからは卒業生が在校生や来賓の人に卒業を祝ってもらう時間になる。大体は部活の先輩とか、あるいは友達の兄や姉といったパターンだ。
あたしは、予定通り桂子ちゃん、更に浩介くんと合流して坂田部長に卒業祝いをしに行く。
「坂田部長、ご卒業おめでとうございます」
「ご卒業おめでとうございます」
「短かったですけど、ありがとうございますした」
あたし、桂子ちゃん、浩介くんがそれぞれ続けざまに卒業祝いを述べる。
「ありがとうございます。木ノ本さん、石山さん、篠原さん。これで私も、悔いなく卒業できますわ」
坂田部長が円筒形の卒業証書を持ってニッコリとほほ笑む。
「さあ、私は他に用事がありますので、皆さんは他に祝うべき人のもとへ行ってください」
「ああいえ、あたしはもう特にいません」
「俺も」
「私も」
守山会長にも挨拶しようと思ったけど、大勢の人だかりができていたので止めておく。
「……そうですか」
「じゃあ、あたしたち、教室に戻りますね。坂田部長、短い間でしたが、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました」」
「ええ、来年は皆さん3年生ですから、よろしくお願いしますわ」
他の場所では泣き声も聞こえてくるけど、あたしたちは特に涙は見せずに坂田部長と分かれる。
短い間だったけど、よくあたしの相談にも乗ってくれたし、今生の別れになるかもしれないけど、もし機会があれば、またいつか会いたい人ね。
ともあれ、あたしたちは教室に戻る。
運動部の生徒は、恵美ちゃんや虎姫ちゃんを含め、まだほとんど戻ってきていない。
ともあれ、時間はまだある。あたしは浩介くんと雑談しながら他の生徒、そして永原先生を待つことにした。
「はーいみんな揃ってる? ……問題無いみたいね。じゃあ、2年2組最後のホームルームを始めます」
といっても来年もこのメンバーなんだけどね。
「春休みの注意点ですが、夏休み、冬休み同様に、羽目を外しすぎないようにくれぐれも気を付けてください。また、来年の始業式ですが、まずは一旦クラスの振り分けを確認し、決められた教室と座席で待機してください……教科書の配布も行います。連絡事項は以上です、道中気をつけて帰ってください。解散!」
こうして、あたし達の2年生としての1年はあっさりと終わった。
「ねえ浩介くん、一緒に帰ろう?」
「おう」
浩介くんと一緒に帰る。既にロッカーの中の教科書類は全て家に持ち帰っていて、後はこの上履きを持ち帰ればいいだけ。
ロッカーに入れそうにならないように注意しながら、あたしは上履きをカバンの中に入れた。
浩介くんと合流し、外に出ると、胸に花を付けた卒業生たちの姿も見えた。
でも、今は浩介くんとの時間、卒業の余韻はもう無い。
「ねえ優子ちゃん」
「うん?」
「来年、俺たちどうなるかな?」
来年、あたしたちもあの卒業生見たくなるのよね。
「どうって……そうねえ……大学も決まっちゃってるしね」
「ああ、蓬莱さんのことだよ。テレビではバッシングもあるしさ……俺たち、言い方悪いけど裏口入学だろ?」
浩介くんが不安そうに言う。
「裏口ねえ……AOって体裁は取るわけだし、そこまで気にしなくても良いんじゃない?」
「でもよ、やっぱ教授の個人的研究っていうのは――」
「浩介くん、これは浩介くんとあたしが、ずっと一緒に暮らすためのものよ。罪悪感を感じちゃだめよ」
あたしは努めて冷静に言う。
「うー、そうは言ってもなあ……」
浩介くんが納得いかないという表情で言う。
「あたしね、浩介くんのそういう真面目なところ大好きだよ」
「うっ!」
自然と出た言葉に、浩介くんの顔が赤く染まる。
多分、あたしも真っ赤だと思う。
「でもね、あまり悪い方向に追い詰めるのはよくないと思うの。身の安全を守るならそれでいいわ。でも、これはストレスがたまっちゃうわよ」
「う、うん……そうだよな」
浩介くんが楽な表情をする。いつか折り合いをつけてくれるといいんだけど。
ともあれ、あたしたちはいつもの通学路を抜ける。途中にはあたしが運ばれた病院も見える。
いつも見ているけど、今日が卒業式なせいか、少しだけ懐かしい気分になった。
「それじゃあ、また会おうね」
「うん」
駅で電車が逆方向の浩介くんと別れる。
浩介くんの方向の電車が先に来て、あたしは一人家路につく。
「ただいまー」
「優子、おかえりなさい。卒業式どうだった?」
「うん、無事に終わったよ」
「そう、良かったわ」
こんな風に、母さんとするやりとりもいつも通り。
「じゃああたし、ちょっと休むから」
「うん、手伝って欲しいことがあったら言うわね」
「はーい」
あたしは自分の部屋に戻り、お人形さんで着せ替えごっこをする。
春の服になっていたお人形さん、桜の木の模型を使って、花見をしている設定。
そんな感じに残りの一日を過ごし、あたしは春休みに入った。
長くなってしまいましたが、これで第五章が終わりです。
本当は高3の終わりまで第五章の予定でしたが、あまりにも長くなりそうなので高3編は第六章に分割しました。
林間学校とスキー合宿以外の学園祭や体育祭などの同じイベントを2回やる必要があるのですが、そのあたりで苦心しました。