永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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近付くバレンタインデー

「優子、バレンタインの支度できてる?」

 

「え!?」

 

 スキー合宿が終わった翌日の土曜日、母さんが突然何かを言ってきた。

 バレンタインデー?

 そういえば、そんな季節だっけ?

 確か今日が2月10日だから……って、もう土日1回しか無いじゃないの!

 

「その様子だとできてない見たいね。義理チョコは買ってきたのでもいいけど、愛しの浩介くんにそんな真似はできないでしょ?」

 

「う、うん……」

 

 出来れば、おいしい手作りチョコレートをプレゼントして、浩介くんをますます虜にしたい。

 でも、手作りチョコってどうやって作るんだろう?

 

「それじゃあ優子、朝ごはんを食べ終わったら私に付いてきてね? ちなみに、服もちゃんと女の子らしくするのよ」

 

「はーい」

 

 こういうことは、形から入ることが大事。

 部屋に入って、あたしは少女らしくフリルがふんだんにあしらわれたワンピースを手に取る。

 浩介くんとのデートの時も滅多に着ないけど、当日はどうしようかな?

 学校で渡そうかな? それともこの服で放課後に渡そうかな?

 

 ううん、浩介くんだって早く欲しがるだろうし、学校にするわ。

 そんなことを考えながら、あたしは着替え終わる。

 

「母さん、準備できたわよ」

 

「あら、優子、いいわよそれ」

 

「うん、ありがとう」

 

 母さんがニコニコする。

 

「それにしても、優子もバレンタインチョコを『あげる』のよねえ……」

 

「うっ……」

 

 優一だった頃は、影でこっそり桂子ちゃんに義理チョコを貰ったっきりだった。

 それでも何ももらえていない男子よりはマシなんだろうけど……うー、今更昔のことを気にしてもしょうがないかなあ……

 ともかく、「女の子として」チョコレートを「あげる」方法というのは、当然身についてない。

 

「じゃ、優子、チョコレートを買うわよ」

 

「え!? 買うの!?」

 

 手作りなのに!?

 

「ええ、手作りと言っても材料は必要でしょ? 今回は生チョコを作るわよ」

 

「そ、そうよね……」

 

 母さんと、近くのコンビニへと行く。

 ん? コンビニ?

 

「母さん、コンビニでいいの?」

 

「ええ、ここで仕入れるわよ」

 

 コンビニの材料で、手作りチョコレート何て作れるのかな?

 

「大丈夫よ優子、無いものだけ買うわよ」

 

「う、うん……」

 

 不安そうなあたしを見て、母さんが安心させる言葉を言ってくれる。

 ともあれ、今は母さんを信じるしか無い。

 バレンタインチョコレート、とにかく失敗する訳にはいかない。

 

「はいこれ」

 

「え!? ミルクチョコレート?」

 

 母さんが持ってきたのはミルクチョコレートの板チョコ、更に近くにあったカカオ豆何とか%というチョコレートのみ。

 これを練習も兼ねてかある程度まとまった量を買う。

 コンビニの方も、バレンタインキャンペーンとかで何やらくじを引かせてもらった。

 

「がんばってください」

 

「ありがとうございます」

 

 店員さんにも応援され、あたしはチョコレート作りを始めるために、母さんと家に戻る。

 

「優子、エプロンしなさい」

 

「はーい! 分かってるよ母さん!」

 

 母さんに言われなくても、こんなフリル尽くしの服でチョコレート作るにはエプロンが必要なのは分かっている。

 よく見ると、母さんもエプロンをしていた。

 

「じゃあ、まずは母さんから手本を見せるわね。優子もちゃんと真似するのよ。この方法はレシピに残してあるから、来年からは自分でやりなさい」

 

「う、うん……」

 

 あたしも気を引き締め、母さんの話を聞く。

 

「まず、チョコレート、これを細かく包丁で刻むのよ。こうやって……」

 

 トントントンと母さんが軽快に板チョコを細かく刻んでいく。

 

「優子、ボウル取って」

 

「はーい」

 

 母さんがボウルを持つと、細かく刻んだチョコレートを入れていく。

 

「さ、優子もやってみなさい」

 

「うん」

 

  トントントントン……

 

 母さんと同じように細かく刻んで見る。

 でもなんかうまくいかないわ。

 

「あー、ほら、最初は斜めに大きく切ってみて?」

 

「うん」

 

「大まかに切ってから、何回も何回も細かく切るのよ」

 

「分かったわ」

 

 母さんの指導の元、チョコレートを切り刻んでいく。

 そしてボウルに入れる。

 うまく行ったと思った母さんが、別のものを取り出していく。

 

「はい、じゃあ、これは一旦冷蔵庫にしまって、これよ」

 

 母さんが取り出したのは生クリーム。

 

「ここからが問題よ。はい、これ。生クリーム。これを鍋に入れて沸騰したらすぐに下ろすのよ」

 

「うん」

 

 母さんに言われるがままに、生クリームを鍋に入れていく。

 

「ここの配分は自分で覚えてね、あーお母さんはそのくらいでいいと思うわ」

 

「とっとと」

 

 ともあれ、初心に帰ってまずは母さんの言われた通りのことを出来るようになりたい。

 

「じゃあ、その間にこれからやることを説明するわね」

 

 母さんが次に取り出したのは泡立て器。

 

「これで手早く豪快にくるくる混ぜるのよ。チョコレートを溶かしてクリーム状にするのよ」

 

「う、うん……」

 

また、母さんがハートの型にオーブンシートを敷いてある。

 

「型を作るといいわよ。ハートのチョコレートとかバレンタインにはいいでしょ?」

 

「うん……」

 

 ハート型のチョコレートを食べる浩介くんを想像する。

 心の底からの笑顔で「優子ちゃん、おいしい」って言ってほしいなあ……

 うん、あたし頑張らなきゃ。

 

 そんなことを思っていると、生クリームが沸騰し始めたので、あたしが急いで火を止めて(IHだけど)さっきのボウルに流し込む。

 

「さ、この泡立器でやってみて?」

 

「うん」

 

 母さんから泡立器を受け取り、思いっきりかき混ぜてみる。

 

「うんしょ、うんしょ……」

 

 意味もなく声を出しながら、ひたすらにかき回す。

 

「うん、いいわよ優子」

 

 えっと、クリーム状ってどれくらいだろう?

 ともかく続けよう。

 うーん、結構かかるなあ……

 

「もっとよ優子」

 

「うん」

 

 あ、でもだんだんクリーム状になってきたような気がする。

 チョコレートがどんどん溶けていく。うん、もう破片はないわね。

 

「お、良さそうね。それじゃ、この型に流し込んで見て? くれぐれも表面を平らにするのよ」

 

「う、うん……」

 

 あたしは慎重に慎重にハートの型に流し込んでいく。

 型が結構大きいので4個になった。

 

「はい、それじゃ冷蔵庫に入れて、1時間よ」

 

「う、うん……」

 

「その間にお昼にするわ。引き続きそのままでね」

 

「はーい!」

 

 母さんに拠れば、1時間待つため時間的にもちょうどお昼にできるとか。

 ともあれ、あたしは頭を切り替えて、昼食の準備をする。

 父さんが、書斎から机に行く。

 

「おや、優子、いつもはエプロンしてないのにどうしたんだ?」

 

「ああうん、その……」

 

「優子はバレンタインよ。浩介くんのために手作りチョコレート作るのよ」

 

 そういえば、味見の時昼食でお腹いっぱいになった後で大丈夫かな?

 でも、甘い物は別腹かな?

 ……ともあれ、昼食を準備しなきゃ。

 

 今日の昼食はスパゲッティ、あたしが麺を茹で、母さんがソースを作る。

 この担当は気分で変わるし、場合によってはあたしが一人で全部こなすこともある。

 スキー合宿前の休日には、丸一日あたしが全部家事をしてみて、母さんは「これで優子も立派なお嫁さんになれるわよ」とすごく喜んでいた。

 

 

「はーい、出来たわよー」

 

 あたしと母さんの合作の料理も、もう数え切れないほど作ってきたけど、どれも美味しくて、父さんを満足させている。

 実際あたしも浩介くんの家で料理を披露した時に、存在感をアピールできた。

 ……とにかく、これに慢心しないで頑張らなくちゃ。

 

 

「「「ごちそうさまでしたー」」」

 

「さ、優子、片付けたら少し休憩よ」

 

「はーい」

 

 スパゲッティを片付け終わって時計を見てみる。

 確かにまだ1時間は経ってないので、あたしはテレビを見て過ごすことにする。

 

 ふとチャンネルを合わせてみると、何やら討論番組をしているのが見て取れた。

 

 

「しかしですね、やはり人類総不老ということになると、様々な産業が変革を余儀なくされる」

 

「ええ、私達介護士もどうなるか分かりません」

 

 テーマは、蓬莱教授の研究についてだった。

 しかし、テレビを見渡すと、肝心の蓬莱教授がいない。

 

「結構お昼の討論番組とかではよくあるわよ。蓬莱教授の研究は」

 

「へーそうなの?」

 

「ええ、人類の歴史さえ変えかねないものだもの」

 

 母さんが何やら真剣な表情で言う。

 

「我々宗教界としてもですね、蓬莱教授のあまりの宗教への軽蔑姿勢は目に余るものがありまして。無宗教というのは個人の自由としてもですね……」

 

 やはり、批判があるのが宗教界。

 何とか牧師とかが蓬莱教授を痛烈に批判している。

 

「……それだけじゃないんですよ、『日本性転換症候群協会』、あの団体もトップが宗教嫌いという話です」

 

 そう言えば、永原先生もキリスト教が嫌いとか言ってたっけ?

 でも、神社に行くことが多いとは言ってたけど。

 

「……そういえば、永原マキノさんでしたっけ? 今年で500歳だそうです」

 

「私達からすれば想像もつかない人生ですよね。500年前の日本といえば戦国時代の前期です。信長や秀吉、家康……あるいは武田信玄とか上杉謙信といった馴染みの武将の生まれる更に前の話です」

 

 テレビでも、永原先生の話が出てくる。

 そう言えば、蓬莱教授の研究以来、マスコミの取材が増えたとか言ってたっけ?

 永原先生はみだりに正体を話す人じゃないのに、やっぱりどこかで漏れたんだろうなあ……って小谷学園に行けば誰でも分かることよね。

 

「戦国時代もですけど、江戸時代をまるごと経験するってすごいでしょうね」

 

「さてここで、日本性転換症候群協会について焦点を当てたいと思います。まずは永原さんの人生、1518年生まれから年表にするとこんな感じです」

 

 司会の人が話題を切り替える。すると真っ黒だったスタジオの画面に画像の表示が出る。

 そこには、「1534年織田信長生まれる」「1867年江戸幕府崩壊」のように、同時代の歴史イベントがあり、永原先生の人生は過半が江戸時代であることも分かる。

 

「こういう人生を我々も送れるということですかね」

 

「私は嫌ですねえ……」

 

「江戸時代とか、村の人にどう思われてたんでしょうかね?」

 

「そのあたりは分かりませんが、大変だったでしょうね」

 

 あたしは知っている。永原先生はずっと江戸城にいたということを。

 だけどテレビの中の人は、江戸時代、戦国時代に永原先生がどう暮らしていったのかと、あれこれと憶測で物を言っている。そのどれもが、全くの見当違いで見ていられない。

 ああ、あの人達、限りある人生を無駄なことに過ごしているわと思うと、急にかわいそうに思えてきた。

 

  ブーブーブー!

 

 おや、あたしの携帯が鳴っているわ。

 よく見ると余呉さんからみたい。

 

 題名:テレビ番組

 本文:石山さん、今テレビ見てますか? 会長について話しています。

 

 えっと……

 

 題名:Re:テレビ番組

 本文:はい、永原会長について的はずれなことを言っていますよね?

 

 これでいいかな?

 

  ブーブーブー

 

 すぐに返信が来る。

 

 題名:Re:Re:テレビ番組

 本文:ええ、似たようなテーマはありましたが、当協会についての話題が出るのは初めてです。そのまま注視してください。

 

 うん、言われなくてもそうするつもり。

 

 題名:Re:Re:Re:テレビ番組

 本文:了解しました

 

 幸い、チョコレートの1時間までは時間がある。

 

「それでですね、この団体、面白いことを言っているんですね……『私達が欲しいのは女性としての扱いだから、トランスジェンダーの扱いは絶対にやめて欲しい』これどうなんでしょう?」

 

「彼女たちに拠れば、『私たちは赤ちゃんだって産める。老化しないということ以外、他の女性と全く同じ』と言っています」

 

「ふむ、これはまた面白いですね。それにしても、この団体ってどういう団体なんですか?」

 

 って、取材しなかったの?

 

「年長者が多いので、すごく保守的な団体なんですよ。でもここは……日本の祭りなんかでもそうなんですが、とにかく彼女たちには祈りがない。蓬莱教授も同じです。不老を目指すと言う研究についても、神への祈りがなく、悪魔に祈っています。我々の批判についても、全く意に介さず『お前たちも俺にひれ伏す時が来る』と、彼はサタンそのものです」

 

 さっきの宗教家がそう言う。

 無宗教の蓬莱教授は神にも悪魔にも祈っていないと思うのに、どっちにしても祈っているって言うの、何か詭弁だよなあ……

 

 

「優子ーそろそろ出来るわよー」

 

「はーい!」

 

 あたしは、チョコレートが固まったことを言われ、母さんの元へ。

 

「いい? 冷やし固まったら型を外してみて? 後は形を整えるのよ」

 

「う、うん……」

 

 型を外し、少しだけ形を整える。

 見事なハート型のチョコレートが出来た。

 

「味見してみて?」

 

「うん」

 

 あたしはパクっと一口食べる。

 よく見ると、母さんも食べている。

 

「うん、ちょっと甘すぎるような気がするわ」

 

「いいのよ、バレンタインデーでしょ? これくらいがちょうどいいわよ」

 

 確かに、甘々な日になるとは思うけど。

 

「う、うん……」

 

「じゃあ、今度は優子が1人でもう一回作ってみて?」

 

「うん」

 

 母さんに言われたことをよく頭の中で復習する。

 板チョコとカカオ豆濃度のあるチョコをまず大きめに切り、そして万遍無く切り刻む。

 この時、2種類のチョコレートをうまく混ぜながら切るといい。

 ボウルに移して生クリームを沸騰させる。

 

 テレビでは、蓬莱教授の研究の他、TS病について医者にインタビューしている。

 そして、話題は再び協会に戻る。

 

「でですね、協会の副会長比良道子さんによりますとですね……創立が何と100年前なんだそうでして、意外と古くて……写真にも残っているんです……でですね、えー、驚くべきことに会長や副会長を始め、今と顔が全く同じなんですよ。しかもですよ、この比良さんという方、100年前の創立メンバーなんだそうです」

 

「100年前に77歳だった人が今もこうやって生きているというのは驚きですよね」

 

 さっきの介護士の人、この人はどちらかと言うと自分の仕事に対する危機感から話している。

 

「ええ、会長の人の500歳はイメージが付きませんが、この人は我々の近い祖先と同世代ですからね」

 

「でこの比良さんという方、初代内閣総理大臣の伊藤博文氏の1歳年上で、チャイコフスキーと同級生と」

 

「それでも、永原会長と比べると短い人生ですよね」

 

 テレビでは、相変わらず、あたしたちに取材もなしに好き勝手言っている。

 あーいや、比良さんに取材してるから取材はしているのか。

 

「面白い話を聞きました。比良副会長はですね、今存命の人では3番目に年上なんですよね。1番というのは永原さんで、2番目に年上の人が居るんですが」

 

「ええ」

 

「比良さんはですね元水戸藩士ということで、武士階級なんですね。実は2番目に年上の人が農民階級だということで……まあ500歳の永原会長はともかくとして……ま、そういう経緯で副会長が決まったそうです」

 

 司会役のアナウンサーが、あの時永原先生があたしに説明してくれたことと同じことを言う。

 

「まあね、明治どころか江戸時代生まれの人が何人もいる集団ですからでしょうけど……こういう考えで会長副会長を決めて、しかも100年間この体制が変わってないというのはですね」

 

 また宗教家の人。

 何よこの人……何も知らないで言いたい放題。

 余呉さんだって正会員で統括支部長を務める協会の最高幹部だし、永原先生は硬直化しがちな協会を何とかしようとして、あたしを正会員に入れたりしているのに。

 

 会場もなんかそんな雰囲気だし、蓬莱教授はともかくあたしたち協会員は一般人だってたくさんいるのに。

 

  ブーブーブー

 

 また携帯が鳴っている。

 今度は永原先生から。

 

 題名:今見ている番組

 本文:もし、好き勝手なことをこれ以上続けるようなら、抗議文をホームページに掲載します。それでも改まらないなら今後出入り禁止にします。石山さんはどう思いますか?

 

 うん、返事は決まっている。

 

 題名:Re:今見ている番組

 本文:あたしとしてももちろん賛成です。的はずれな憶測を並べて根拠のない誹謗中傷はあたしとしても許せません。

 

 よし。

 すぐに携帯が鳴る。

 

 題名:Re:Re:今見ている番組

 本文:良かったわ。これで協会正会員全員の賛成が得られましたので、今後こちらからの抗議文と訂正報道、更にこの番組に出ている牧師の謝罪がない限り、一切出入り禁止にし、報道した場合にも強い抗議文を出すことにします。

 

 どうやら、永原先生、かなり怒っているらしい。

 もしかしたら、表面だけ紳士的にしたのかもしれない。

 

「えー今日は蓬莱教授の不老研究と、その元となったTS病、さらにTS病患者の団体についての討論でした」

 

 テレビ番組が終わる。

 ともあれ、難しいことは永原先生たちに任せておけばいいかな? ともあれ、今は浩介くんへのチョコレートが大事だわ。

 

 あたしはバレンタインチョコを完成させる。

 すかさず母さんから次の課題を与えられた。

 

「いい? 梱包、包装はとっても大事よ。最初の見た目で、印象が違っちゃうわ」

 

「うん」

 

 でも、これはやったことがあるから、あたしにとっては苦労しなかった。

 これで、後はバレンタインを待つだけになったわ。是非成功させたいわね。


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