永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
電車の中で思う。蓬莱教授の研究次第では、あたしは浩介くんとずっと一緒にいることができる。
この研究は多くの人に影響を与えるだろうけど、TS病患者にとってはもっと大きいし、あたしたちにとっては他のTS病患者以上だと思う。
TS病になった人は、協会の存在もあって孤独感こそ感じないが、たった1つ「異性との別れ」は解消できない。
蓬莱教授は信用されてないけどさて、永原先生はどうですだろう?
「そういえば、浩介くんって本部に行ったことなかったっけ?」
「あ、ああ……」
あたしが駅で降り、所定のN4番出口を目指す。
既に若い少女の姿が何人かいる。多分、実年齢はあたしたちよりも年上なのだろう。
「このビルに入居しているの」
「へえ、すげえじゃん。何階?」
「来てのお楽しみよ」
あたしがわざわざもったいぶる。
そしてロビーのテナント一覧の表を見る。
「えっと、日本性転換症候群協会……うおっ、49階なのか!」
「49階の一室だよ。他の所には他社のテナントもあるわよ」
「まあそうだろうなあ……」
あたしたちは最上層のエレベーター付近に行く。
「あら、石山優子さん、こんにちは」
「こ、こんにちは……」
うーん、誰だっけ? あ、さっき連絡網回した人だった。
あたしの名前を聞いて、他の人も挨拶する。
あたしたちはエレベーターに乗り込む。
「あ、余呉さん、こんにちは」
「あら石山さん、こんにちは。そちらの彼は?」
「篠原浩介です。維持会員で優子ちゃんの彼氏をさせてもらってます!」
「はじめまして、私は正会員の余呉と言います」
「あなたが……優子ちゃんからは噂を聞いています」
「あら、私も有名人ですか」
余呉さんが不思議そうに言う。
「49階です……49th floor.」
エレベーターの声とともに一斉に降りる。
「浩介くん、余呉さんは永原先生についでこの世で2番目に年上の人だよ」
「と言っても、会長がもうじき500歳なのに対して、私はまだ184歳なんですけどね」
「あー、もしかして……そう言えば、塩津さんの時に」
浩介くんが思い出した様に言う。
「ええ、石山さんの前は、私がカウンセラーとして塩津さんと接していました。今でも距離が離れているので、石山さんの代わりに私が相談に乗ることもあるのよ」
幸子さんの容態は今は安定しているし、余呉さんからも定期的に報告がある。
「へー、そうなんだなあ……」
あたし達は本部へと進む。相変わらず若い少女の姿が一番多いが、今日は男性の姿も少数ながら目立つ。
おそらく、「維持会員」「一般会員」と呼ばれる人々だろう。
今回は余呉さんがカードキーで開けてくれたのであたしと浩介くんも続く。
「こんにちは」
大きな会議室に来ると永原先生が挨拶してくれる。
「今日は正会員も含めて集まり悪いわね」
最初の会合と比べて、人も少ない印象。
「仕方ないですよ永原会長」
「うーん、急に決まりましたからねえ……」
とは言え、今日はネットで生放送も行われている。
それで代用する人も多いだろう。
ガチャ
一人の男性が入ってくると、みんな目を丸くした。
あたしも驚いた。
「こんにちは永原先生」
「あ、蓬莱先生」
蓬莱教授がそこにはいた。
そして渦中の人という意味なのか、蓬莱教授はいわゆる「お誕生日席」に座った。
「あれがあの蓬莱伸吾でしょ?」
「不老研究って本当にできるのかしらねえ?」
「みんな懐疑的よ」
他の会員たちがひそひそ話しているのが聞こえる。
「おや、石山さんに篠原さんじゃないですか。また会いましたな……前は確か……そう、水族館でしたかな?」
そんなことは気にも留めず、蓬莱教授があたしたちに向けて話しかけてくる。
「え、ええ……」
確かクラゲの展示コーナーで会ったんだっけ?
「私の研究も、ようやく一つのブレイクスルーを達成した。石山さんのためにあの無能を撃退する時に、永原先生が遺伝子を提供してくれたお陰だよ、感謝する」
「ど、どういたしまして」
「今回のことでまた一つ、協会に向けて話があるんだ」
「ともあれ、時間になったら聞きますね」
どうやら正会員はあたし、永原先生、余呉さん、比良さんだけがここに参加。残りの8人はインターネットでの参加になっている。
パンパン
「皆さん、時間になりましたのでこれより日本性転換症候群協会緊急集会を開きます」
永原先生が全体に向けて号令をかける。
会員たちの注目も、永原先生に集まる。
「今回は初の試みとしてインターネットでの会議参加及び一般公開をしています。くれぐれも品位の欠ける発言、行動には注意してください」
永原先生がカメラマン役の人に注意を向け、他の会員も続く。
「今回緊急集会を開催するきっかけと待ったのは、維持会員でもありまして佐和山大学で教授を務められています蓬莱信吾先生の昨日の記者会見についてです」
「内容は知っていると思いますが、TS病の遺伝子を利用し、限定的な老化の抑制に成功した。というものです。これについて蓬莱先生、詳しく説明をしてもらえますか?」
「はい。TS病の不老の原因の遺伝子は突き止められてはいないが、俺は一定のメカニズムを解析する事ができた。そもそも、他の人たちと違ってTS病の患者の場合――」
蓬莱教授が何故TS病患者が不老なのか長々と、丁寧に説明してくれる。
退屈そうな表情をしている人もいるけど、初めて知ることばかりのあたしにはありがたい。
蓬莱教授によれば、TS病の患者は当人の身体能力に関わらず免疫力が高い。
特に若い人特有の病気に対しては異常なまでに免疫力が高く、また普通の人が起こすようなアレルギーやスズメバチなどでのアナフィラキシーショックも起こさないという。
単に不老と言うだけでなく、相応に長生きできるようになっているんだと言う。
とは言え、衛生環境が悪い場所にはそこまで強くない。
また、身体能力の他、精神も不安定になりやすく、当時の時代背景を考えれば永原先生が生きているのはやはり奇跡だという。
細胞分裂の際にテロメアが劣化するが、もちろんTS病にはそれは無い。
「長らくそれを他の人に応用できないか試してみたが、全て失敗だった。研究の過程でいくつもの医学が発展し、俺はノーベル賞までもらった。だが、俺は不満だった。しかし、俺はようやく最初の硬い扉をこじ開けた」
蓬莱教授によれば、それはほとんど総当たりに近い、論理的根拠が薄い方法だったという。
だがいずれもしても、今回の技術を使えば人の平均寿命が120歳となる。
この先も未知数だが、いずれ更に技術を発展させればTS病の人でなくても不老の機会を与えられるという。
「ついては、一つお願いがある。誰でもいい、TS病の人を、俺の研究所に加えてほしい」
「……」
やはり、蓬莱教授が望む要求はそれだった。
周囲は沈黙を保っている。以前にも、永原先生にそれを要求して断られた所を見ている。
「もちろんただでとは言わない。俺の記者会見以降、俺の研究成功を待ち望む多数のビリオネアを含む資産家たちが、援助の増額を申し出てきてくれた……もし協力してくれれば、協会への支援金を今の2倍にすると約束する」
「!!!」
永原先生が驚いた顔をする。
「に、2倍って……!」
「何、俺が受けた支援金の増額からすれば、微々たるものだ。今後は大学にある俺の研究所を増設する。そして人を集める。そうすれば研究は進む。今までは信用されなかったのも仕方ないと思っている。だが、やっと結果を出せたんだ。少しは、俺のことを信用して欲しい」
蓬莱教授が懇願するように言う。いつもの自尊心に満ちたような言葉遣いではない。
「……確かに、以前のようにイマイチ信用できないという感じでもないでしょう。しかし、TS病の人は皆さん本業があります」
永原先生が言う。いつもは親しい関係だけど協会の会長としては別。
「生活のための金なら、もちろん出す。支援者たちにも事情を説明すれば、きっと大丈夫だ」
「蓬莱さん、そうは言ってもこの先も研究がうまくいくかもわからない。まだ、時期尚早だと思います」
副会長の比良さんが言う。そういえば、この人は永原先生より蓬莱教授を信用してなかったんだっけ?
「あの……あたしは賛成です!」
意を決して、あたしが言う。
「石山さん……理由を聞いてもいいかしら?」
「はい、永原会長。やはり、不老というのはあたしたちで独占するものでもないと思います。それに……やっぱり男の子の伴侶がほしいじゃないですか」
あたしの想い、浩介くんとずっと一緒にいたいという願い。
それを叶えるには、蓬莱教授の研究に乗るしかない。
「……」
「永原会長から聞きました。江戸時代に生まれたTS病の人の一人が、愛する家族との分かれに耐えられずに無理心中をしてしまったこと。もし蓬莱教授のことを知っていれば、そんな悲劇も防げるんじゃないかって」
「石山さん、それはレアケースよ」
余呉さんが反論してくる。
「ええ、私たちは、それぞれ折り合いをつけて暮らしているのです」
比良さんが更に加勢するように言う。
「確かに折り合いを付けるのは、長い人生では簡単かもしれませんが、あたしのように若い患者が将来を悲観したらどうするんですか? この研究が完成すれば、少なくとも障害は一つなくなります」
だけどここで引くわけにも行かないのであたしも応戦する。
「……やはり若いというべきでしょうか?」
比良さんが強引に話を封じ込めるように言う。
「いいえ、私にはそうとも思えませんが」
一番の年長者の永原先生に否定されてしまう。
「……では、投票にかけますか?」
「……そうですね、今回はインターネットでの投票もしましょう」
そう言うと永原先生が例の投票箱を投票札を持ち出してくる。
「皆さん、会員証をお見せください。石山さん、比良さん、余呉さん手伝ってくれるかな?」
「ええ」
「はい」
「分かりました」
永原先生があたし、永原先生、比良さん、余呉さんに10票札を渡した以外は会員証でどの会員なのかを証明するという。
あたしは蓬莱教授の維持会員証の他、浩介くんにはフリーパスで維持会員分の札を渡す。
正会員4人はそれぞれ会員証を確認しながら全員に札を配り終わる。
最後に、永原先生があの時と同じように投票箱へ行くように促す。
また、インターネット投票でも行われる。
正会員、普通会員等の会員区分でもアカウントが違うから、そこで投票できるという。
投票所に並ぶ。
「石山さん」
永原先生が声をかけてきた。
「どうしました会長?」
「やっぱり石山さんってすごいわね。正会員の中でも余呉さんや比良さんにああやって意見できる人は少ないわよ」
永原先生は接しやすい上に遙か年上だけど余呉さんと比良さんは確かに江戸末期や明治生まれからすると意見し辛いのかも。
「……確かにあたしはまだ平ですが、それでも正会員です」
あたしは努めて毅然とした態度で言う。正直苦手だけど。
「ええ、いいことよ。最近少し組織が硬直化しつつあったから……やっぱり石山さんを思い切って正会員にしてよかったわ」
「期待に添えてよかったわ」
それはあたしも思うところ。
とは言っても、この投票でうまくいくとは限らない。
正会員の過半数に否決されれば終わり。それに協会が持つ蓬莱教授への不信感もある……蓬莱教授自身も会員だけど。
投票が終わっていく。最後に正会員の投票。あたしはもちろん賛成票を入れた。
ちなみに、ネット投票も並行して行われている。
「じゃあ、まず会場分から開票するわね」
永原先生が「○」の箱をひっくり返す。
10票の札は2つ、多分あたしと永原先生、そして正会員以外の分も数え始める。
同じように「✕」の箱も数える。
「うーん、僅かに賛成が多いわね」
とはいえ、正会員の賛成反対は五分五分、インターネット投票の結果次第ではすぐに否決されてしまうだろう。
「ちょっと待ってください。はい、インターネットの結果が出ました」
「どれ?」
カメラマン役の人の声を聞き、永原先生がダブルチェックをしに行く。
だけど表情は芳しくない。
「うーん……これは否決かなあ……」
永原先生の集計発表に拠れば、インターネットでは正会員を除く得票比較でも否決されており、仮に過半数だったとしても正会員の得票も5対7で否決されてしまっていたという。
「蓬莱先生、すいません。会としてはこういう結果になったので、提案は受け入れられません」
永原先生がかなり申し訳なさそうに言う。おそらく永原先生も賛成票を入れたんだろう。
「何、仕方ない。俺もそういうものだと思ったよ。もう少し研究が進んでからでもいいさ。それに、俺の信用のなさは知ってるさ。仮に俺が無関係の正会員の立場だとしても反対しただろうさ」
蓬莱教授は、まるで予想していたかのようにさっぱりした顔で言う。
「そうですか……」
「今は、ただひたすら研究を続け、結果を出す。俺が信用されるには、それしかないだろうさ。幸い、予算だけはたっぷりある。困難さえ超えれば、また、いい結果を報告できると思うよ」
蓬莱教授は今後も研究を続けていくという。
「それから、会全体としては否決しますけど、今後会員が個人的に蓬莱教授の提案に乗って行くことを止めるものではありませんので、そちらは反対票を投じた方もご理解ください」
永原先生が釘を刺す。つまり独自行動はOKということだ。
「それに、そこに賛成したお嬢さん……いや、やめておこう……」
蓬莱教授があたしに向けて何か言おうとして断念した。
多分、あたしを佐和山大学に入れたいのだろう。
でも、どこまでコネが通じるのかな?
「ともあれ、緊急集会はこれで終了です。皆さん、お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
そんなことを考えていたら、永原先生の号令のもと、集会も終わってしまった。
会員たちも帰っていく。それぞれ雑談しつつも、やはり空気は同じ。
「石山さん、ちょっといいかな? 篠原君も」
「おや、永原先生」
「あ、蓬莱先生も出来ればいいですか?」
「はい」
あたしたちは永原先生に集められた。
「今回の件、残念だったわね。私も、可決されるとは思ってたんですが……」
永原先生の口ぶりから、以前よりも蓬莱教授への信頼が少しだけ深まっている様子が伺える。
おそらく、突破できなかった壁を突破したからだろうか、それともあたしが賛成したからだろうか?
「今後は、実験もより深く、より高頻度になる。とにかく予算はあるから助手も大量に欲しいし、規模が大きければ大きいほど、実用化の可能性も深まるはずなんだ」
「その蓬莱教授、予算というのは?」
あたしが質問する。資産家からの援助とか言っていたけど。
「ああ、俺の研究は、多くの人の援助があるんだ。おかげで佐和山大学も、設備はとてもいいぞ。学長も実質俺の傀儡だ。俺自身は俺の研究に専念したいからな。こういう立場が一番美味しいってもんだ」
やっぱり、この人は天才、恐ろしい。
「それでね、蓬莱教授に石山さん、それから篠原君に知ってほしいことなんだけど、今回の議決、もしかしたら潜在的に何だけど……不老を特権だと思っている人が一定数いるんじゃないかと思ってるわ」
「え!? でも……」
TS病は呪いであり、泥棒のはず。
不老だって、苦しめる要素もある。
「確かに果てしなく生き続けるという苦しさはあっても、『長生きする』ことでステータスになる場合もあるのよ。比良さんと余呉さんが反対票を入れたのも、彼女たちの潜在意識として『不老の既得権』を守りたいという心理が働いてても不思議じゃないわ」
やはり、あたしと永原先生が賛成、比良さんと余呉さんが反対票だった。
「そうですか……」
「でも、それはいつか崩れるものよ。蓬莱教授の研究成果がここまで来た以上、いずれ別の誰かが、これを実用化するわ。だから、早い方がいいと思って私は賛成票を入れたのよ」
永原先生の言葉、「いずれはこうなる」ということ。
それでも、「自分たちだけ不老で居たい」という気持ちもある。
それは決して「不老が辛いから当事者として勧めない」というわけではない、むしろ「巷で氾濫している『不老というのは悲惨なもの』というのは実はそうでもないことを知られたくない」という心理が働いているのだという。
「集会中にも話したけど、会としては否決したけど、今後会の中で独自に蓬莱教授に接触するのは禁止しないわよ」
「ええ」
「ともあれ、私の話はおしまい。引き止めてごめんなさい。私は……吉良上野介殿の墓参りに行きます」
「そうか。では永原先生、良いお年を」
蓬莱教授が永原先生を労う。
「そうですね。良いお年を」
そう言って、あたしたちは解散する。
「なあ優子ちゃん……」
「ん?」
エレベーターから降りると、浩介くんが話しかけてきた。
「やっぱり、佐和山に行くのか?」
「……まだ、決めてない。でも蓬莱教授から何か便宜でもあるなら、第一志望にしてもいいわ」
ともあれ、今回も棚上げにしておこう。
「……そうか」
浩介くんともと来た道を戻り、あたしの最寄り駅で、お泊りデートは終了した。
テレビでは相変わらず、蓬莱教授のニュースをやっていたが、さすがに他のニュースもしているようだ。