永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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体育祭 前編

 体育祭最初の種目は1年生の障害物男女混合リレー、よく見るとミスコンで見かけた顔もいる。

 

「1コース――」

 

 生徒会の守山会長が生徒の名前を読み上げる。生徒が手を挙げ、先生の「よーい、スタート!」の声とおもちゃの銃声で一気にスタートする。

 

 紅組白組が半々居て、順位ごとに得点が決まっている。

 単純な競争とあって、皆真剣に走っている。

 網があったりハードルがあったり、吊るされた紙をジャンプで取ったりと結構大変だ。

 ちなみに、パンフレットによればこの障害物競走、特定の障害物であまりにも時間がかかった場合にはスキップの救済措置もあるという。救済措置を受けても特にデメリットはない。

 このルール、体はいいけど時間短縮という意味もありそうだ。

 

 皆練習をしてきたため、救済措置を受けそうな様子はない。事実上の死にルールだ。

 とは言え救済措置を設けないと、理論上2人のランナーが特定障害物に永久に行き止まりになってしまい、体育祭が終わらなくなってしまう危険性もあるから明文化する必要があるのだろう。

 一方テントでは、体育祭の実行委員の人がメモを取っているのが見えた。あれで得点を計算することになっている。

 

 

 さて、その次にやるのが2年の男女別で行う綱引き。

 まずは女子からなので、早速あたしが出ることになる。

 4組までの紅組白組で8チームあって、あたしは一番最初に出ることになる。

 相手はくじびきで4組と決まっている。

 ちなみに、あたしはプラスワン扱いなので、こちらのチームの人数が1人多い。

 

 

「えー2年2組は、石山優子、志賀さくら――」

 

 守山会長の放送で、あたしたちの名前が読み上げられる。

 保護者の中にはあたしたちのチームが1人多いことに気付いている人も居るだろうが、そのまま体育祭は進む。

 

 あたしたちは綱を持って引く、あたしは前方の方で構える。どうせ無い力だし、一番足を引っ張らない位置でもある。

 

「よーい!」

 

 審判役の永原先生の掛け声とともに綱を握る力を強める。

 

  パンッ!

 

「んーーーーー!!!」

 

 おもちゃの銃声と共にあたしたちが綱引きをする。しかし力が足りない。

 徐々に相手方に綱は行く。一生懸命頑張るがどうしても相手の力のほうが強い。

 

  ピッー!

 

「そこまで! 白組の勝ち!」

 

「あーダメだったかあ……」

 

 多分あたしはいてもいなくても殆ど変わらない。実際1人多くて負けているし。

 

 さてこの綱引き、第2試合、第3試合、第4試合とあって、あたしたち紅組が負けたのは最初の試合だけで、そこからは紅組が3連勝した。

 一応1チーム2試合することになっているのであたしたちは第5試合に再登場する。

 

 

「次は勝つぞ!」

 

「おー!」

 

 女子で円陣を組む。去年の体育祭でもそういうことはあまりなかった。

 優一だった頃はみんなに嫌われていたから、1年生ながら大車輪の活躍をしたのに、誰も全然褒めてくれなかった。桂子ちゃんにだけ「優一って運動神経すごいよね」と話しかけてきたくらいだった。

 それが今では、こうやってチームの一員になれているのだから大きな進歩よね。

 

「よーい!」

 

 再び力を強める。

 

  パンッ!

 

「んーーーーー!!!」

 

 今度は少しずつこちら側に傾いている。

 よし、大丈夫、このまま行けば。

 

「そこまで! 紅組の勝ち!」

 

「いえーい!」

 

 あたしは周囲の女子たちと共にハイタッチをする。

 これで紅組の4連勝。

 白組がその後2連勝して持ち直したが最終試合を紅組が取って5-3で勝ち越し2点となった。

 

 綱引きの前、先程の障害物競走までは白組が得点でリードしていたが、得点配分の都合上、紅組が再びリードとなった。

 

 とは言え、どちらも得点に一喜一憂している感じではない。実際得点ボードを見ている生徒は殆ど居ない。

 とにかく小谷学園らしい緩い体育祭だ。

 

 一方で、親や家族が座っている観客席からは声援が飛んでいる。小谷学園は体育会系ではないので、保護者のほうがよっぽど熱気がある。得点ボードも親の視線の方が多いくらいだし。

 

 さて、綱引きで学生として一仕事終えたあたしは、再び日本性転換症候群協会正会員となる。

 あたしは、協会の方から連絡がないか鞄に入れておいた携帯を見る。

 すると余呉さんから再びメールが届いていた。

 

 題名:先程の件についての報告

 本文:塩津さんに伝えておきました。何とか了承していただきました。また、言葉遣いに関してもお互いに注意しあうように言っておきました。

 

 うんそれでいいわね。

 

 あたしはとっさにメールを打つ。

 

 題名:Re先程の件についての報告

 本文:了解しました。現在体育祭中ですが、もしまた何かありましたらメールを送ってきてください。可能な限り対処します。

 

 ビジネスメールという感じではないので、かしこまった感じではない。本当はもっと別に作法があるんだけど、携帯のメールだしまあ伝わればいいという感じだ。

 このあたり、小谷学園に似ている気がする。

 

 さて、体育祭の方は3年生が何かよく分からない種目をやっている。

 あたしの方はと言えば、午後まで出番はないのでゆっくり休む。

 午前中は浩介くんが「大玉転がし」に出るので、その時だけ集中して見ることにする。

 

「あ、優子ちゃん」

 

 すると、浩介くんが声をかけてきた。

 

「あ、どうしたの浩介くん?」

 

「ああいや、さっきから携帯をいじってるからさ」

 

「ああうん、正会員の余呉さんから」

 

「もしかして例の塩津さんのこと?」

 

 浩介くんが聞いてくる。

 浩介くんもあの場にいたし、一応維持会員ということになっているから、校長先生よりはたくさん話して大丈夫だろう。

 

「うん、あの後ちょっとあってね。頑なにスカートを穿きたがらない上に男物の服を隠されているから荒れることが多くなっているらしくて」

 

「え!? あんなに良さそうだったのに!?」

 

 浩介くんが驚いた声を出す。それは当然だ。あたしだって驚いている。

 何分、女物の下着について、納得した表情を見せていたのだからショックも大きい。

 それとも、下着はともかく女の子の服が嫌なのかな?

 あたしの場合は女の子になってからは男物の服を来たことが一度もないからよく分からない。強いて言えば目覚めてから最初に着替えるまでに穿いていた優一時代のトランクスくらいかな?

 

「それで、幸子さんのお母さんが服を元に戻したいって言って来たから、それを止めるために船と飛行機の2つの例え話も添えて余呉さんに送ったってわけ」

 

「なるほどねえ、それで、首尾は?」

 

「まだ報告待ちよ」

 

「わかった。さ、体育祭に戻ろうか」

 

「うん」

 

 浩介くんと2人で体育祭を見る。

 時折、浩介くんは腹筋の様な動きをする。

 

 「体力温存しないと」とあたしが言ったが、浩介くんは「ああ、ウォーミング・アップの一環だよ」と返してきた。

 こんな緩い体育祭でも真面目でストイックで責任感も強い、浩介くんらしい考え方。

 

 種目が進むが、紅組と白組の得点は一進一退の様相を見せている。去年のように大差がついて途中からハンデ戦になって強引に均衡状態に持ち込んだのとは対照的だ。

 こういうのは体育の成績を鑑みて、うまく戦力を均衡させるらしいんだけど、やっぱりそれでも各人のモチベーションや、女子の場合「女の子の日」の都合で戦力が欠けてしまい、大差がつくことがある。

 実際、さっきの綱引きも白組の1チームが1人主戦力と言われていた女子がいわゆる「女の子の日」になってひどい腹痛で全く出られないという状況で、いわゆる「ドアマットチーム」にされていたし。

 

 去年の体育祭のことをまた思い出す。

 当時あたしは優一として活躍していた。そういえば去年も浩介くんと同じ組だったけど、体育祭のコンボは伝説になった。

 というか、優一と浩介くんが組むと大変なことになったのは事実だ。

 他の種目もそうだったけど、特にあたしと浩介くんが連携していた種目ではとてつもない大差のために、点数が開ききっちゃったので、終盤がハンデ戦になった。

 

 今思えば、普段の生活では怒鳴り怒鳴られだったけど、体育祭での相性は良く、「優一」も久々に上機嫌で浩介くんを素直に褒めた記憶がある。

 その時は浩介くん、普段の「優一」の言動もあったから変な顔してたけど、今浩介くんを褒めたら、多分顔を赤くするんだろうなあ……

 今のあたし、優子になったあたしはとってもか弱い女の子。だけど、浩介くんがあたしを守ってくれる。もう強くなりたくない。

 

 去年の体育祭を思い出して考える。もしかしたら、女の子になってからあたしと浩介くんの相性が良いのも、そういうところにあるのかもしれない。

 体育祭はその原点だったのかも。優一時代のあたしは男子からは気に入らない奴ではあったが体育祭の仲間ともなれば心強い味方だったのかもしれないわね。

 今となっては真意はわからないけど。

 

 

「えー、続いては大玉転がしを行います!」

 

「あっ、俺行かなきゃ」

 

 浩介くんが思い出した様に立ち上がる。

 

「うん、浩介くん、頑張ってね!」

 

 あたしがニッコリしながら言う。

 

「お、おう……」

 

 ちょっとだけ顔を赤くする浩介くん、周囲は「ヒューヒュー」とあたしたちを囃し立てている。

 

 

「くそー篠原のやつー! 羨ましいぜ……」

 

「全くだよなあ。くそお、最初いじめなきゃよかったよ……」

 

「あーあ、やっぱり女の子って強くて逞しい男が好きなんだよなあ」

 

「篠原は強いもんなあ……あーあ、俺は桂子ちゃんでも狙うかなあ」

 

「おいおい、桂子ちゃんだってお前ごときが手を出していい相手じゃねえだろ?」

 

「そうはいってもよお……じゃあ永原先生とか?」

 

「おいおい、先生はもっとまずいだろ? それにお前ロリコンかよ!」

 

「ロリコンって、400歳以上年上の人を狙ってロリコンかよ」

 

「あーややこしいなあ……」

 

 

 高月くんと他の男子が浩介くんを羨ましがる声で話している。そして、あたしが狙えないなら誰を狙うかなんて話をしている。

 

 そういう時に上がるのは殆どの場合は桂子ちゃんか永原先生が話題になる。

 桂子ちゃんは元々学校一の美少女と呼ばれていたし、男子の目をちゃんと考えて、性格もとてもいいことや、あたしや永原先生と違って生粋の女の子ということで相変わらず男子の間では人気が高い。

 あたしが女の子になって、「優一」という「狂犬」が居なくなったことも、ますます桂子ちゃんを狙う男子が増えたが、あまりにもそれが多くて男子が警戒しあっているのもこれまで通りだ。

 

 そして永原先生を恋愛対象にあげる男子も増えた。永原先生も美人の先生ということで元々人気が高かったが、やはり先生と生徒ということで一定の壁もあった。

 しかし、永原先生がミスコンで見せた制服姿やメイド服姿、更に優勝を逃した時に悔しさのあまり大泣きしたことなどもあって、親しみやすい先生として男子からの人気は更に上昇していた。

 特に制服姿を披露したのは大きかったらしく、一部では永原先生がミスコンの時に泣いた写真が出回っていて、一部の男子からは「最高にかわいい」と人気が高いという。

 そして、人気が出てきたのはいいが、桂子ちゃん派の男子を中心に、「永原先生が好きなのはロリコン」という風潮まで出てきた。

 ロリコンという批判に対しては、実年齢を持ち出して否定するのがお約束の返しになっている。

 様式美ではあるが、確かに深い話だ。うちの家系もだが、大抵の人は遡れるのは江戸時代くらいまでで、永原先生は江戸時代よりも更に前の安土桃山時代、室町時代から生きている。

 記録さえ残っていない、自分たちの遠い先祖たちが生きていたような時代から生き続けている永原先生を恋愛対象にするのは、果たして見た目がいくら幼いからと言って、ロリコンになるのだろうか?

 多分、いくら考えても結論は出ないだろう。

 

 浩介くんたちが大玉転がしの開始を待っている。

 あたしと浩介くんが学校でいちゃついていると、他の男子が浩介くんに嫉妬の視線と会話を浴びせている。

 特にあたしが浩介くんに惚れた経緯が直球的すぎたことや、浩介くんが喧嘩に強いため他の彼女なしの男子にとってはやり場のない不満が溜まっているんだろう。

 浩介くんも、最近までは「不釣り合い」と言った言葉を気にしていたけど、今ではすっかり自信を取り戻してくれた。そして、「かわいい優子ちゃんの彼氏」として、そうした男子の嫉妬の声が気持ちいいとも言ってくれた。

 やっぱり自信をつけると、あたしももっときれいになっていくし、浩介くんももっと強くたくましくかっこよくなっていく。

 好循環がそこに生まれているのだ。

 

 

「大玉転がしリレー、第一レーン、第一走者――」

 

 守山会長がまた読み上げる。ちなみに、この大玉転がしは守山会長自身も種目に参加するので、副会長の人が代理で放送している。

 

「最終走者、篠原浩介――」

 

「きゃーーーーー!!! 浩介くん頑張ってーーーーー!!!」

 

 浩介くんが手を上げると、たまらずにあたしが黄色い声援をあげる。

 みんなジロジロ見てたけど、うん、これでいいや。

 体育の時の浩介くんは特にかっこよくて、あたしが体育を嫌いにならずに済んだ大きな理由だから。逞しい浩介くんが見たくて、声援を上げたい。

 

「よーい!」

 

  パンッ!

 

 ここでは小野先生が審判役、大玉転がしは紅組と白組が2チーム作られ、合計4チームで対抗する。

 第一走者、浩介くんのチームは、途中の折り返しでもたつき3位。

 第二走者、4位のチームに復路途中で抜かれ、最下位に。

 その後も、他の走者が追い上げを見せつつも、順位としては最下位には変わらない。

 

 でも、あたしはそこまで心配していない。

 なぜなら、練習の時の浩介くんがとても速かったから。

 最終走者の浩介くんにバトンが渡される。

 

「キャーーーーー!!! 浩介くん頑張ってーーーーー!!!」

 

 浩介くんはあたしの声援で士気が上がったのか、練習よりも凄まじいスピードで追い上げていく、1人、2人、ターンも素早く、復路で1位の紅組を捉える。

 もはやワンツーフィニッシュなので、得点は変わらないがそれでも追い上げる。

 

 ゴール直前、浩介くんは1位のチームも抜いて、見事最下位から逆転優勝となった。

 

「キャーーーーー!!! 浩介くん素敵ーーーーー!!!」

 

 みんなも、最終ランナーで一気に逆転した浩介くんに拍手している。

 チーム内でも、浩介くんが褒められているのが見て取れる。浩介くんの彼女のあたしまで誇らしくなってくる。

 浩介くんは息を切らせながらも、こっちに向かってくる。

 

「はぁ……はぁ……優子ちゃん、どうだった?」

 

「もう最高! 素敵! 浩介くん大好き!」

 

 すっかり虜にされ、惚れ込んでしまったあたしは浩介くんにまるでアイドルに会った女子のようにはしゃいで言葉を投げかける。

 

「お、おう……」

 

 そんな中で、浩介くんはやっぱり顔を赤くしていた。

 うん、最高の青春だとあたしでも思う。

 ともあれこれで、あたしにとっても浩介くんにとっても、午前の部が全て終わった。

 

 

 午前最後の種目が終わり、体育祭は昼休みに入る。

 みんなお腹が空いていたようで、一斉に食堂まで行く。

 

「昼休み長いし、あたしたちはもう少し後でいい?」

 

 浩介くんのお腹が空いていないなら、食事はもう少し後にしたい。

 

「うん、そうだな。そうしたい」

 

 というわけで、あたしたちはしばらくその場にとどまることにした。

 

 午後からはあたしが玉入れ、浩介くんが100メートル走と騎馬戦ということになっている。

 

 

「そろそろ第一陣が終わる頃かな?」

 

「うーん、まだだと思う」

 

 浩介くんが異議を唱える。

 

「じゃあどうする? あたしそろそろお腹空いてきたけど……」

 

「そうだ、ちょっとこっちに来てくれる?」

 

「ん?」

 

 あたしは浩介くんに言われるがままについていく。


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