え?デジモンっていつからハッキングプログラムになったの? 作:作者B
というわけで、やって来ましたセントラル病院。EDENの運営であるカミシロが関わってるだけあって、かなり大きいな。
「それでは、私はこれから特別病棟に入れないか交渉してくる。君は、聞き込みを行ってくれ」
「……マジでやるんですね」
「当然だ。結局、最後にものを言うのはこういった小さな積み重ね。
そう言って、杏子さんはスタスタと先に行ってしまった。
……仕方ない。これも自分の為、ちゃっちゃとやりますか。
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そんなこんなで十数分後、俺は見渡す限りの人間に片っ端から話を聞いてまわった。途中で俺と同年代くらいの長い黒髪の寡黙系少女に無視されて心が折れたりしたけど、とにかく分かったのは、やはり特別病棟には許可がないと入れない、フロア自体には誰でも行けるものの扉の前には常に警備員が配備されてる、ってことぐらいかな。
『進捗の程はいかがかな?』
お、杏子さんからの通信か。実はかくかくしかじかで……
『ふむ、まあ想定の範囲内だろう。問題はいかにして入り込むかだが……』
あっ……もう杏子の中では不法侵入することは確定なんですね。犯罪がー、とかはこの際突っ込まないでおこう。
『正当法で行くならば警備員を余所に誘導してその間に、といったところだが、それでは時間もかかる上にリスクも高い』
「それじゃあ、どうするんですか?」
『何を言っている。こんな時こそ奥の手、君の掟破りのコネクトジャンプの出番だろう』
ですよねー。薄々こうなるんだろうなとは察しがついてたけど……
『院内のネットワークはすべて繋がっている。ここまで言えば、分かるかな?』
あーはい。特別病棟からじゃなく、一般用の病棟から侵入しろってことですねわかります。
『それでは健闘を祈る』
激励の言葉と共に、杏子さんは通信を切った。あーもう!ここまで来たら腹を括るしかない!
俺は開き直りつつも、一般病棟のナースステーションへと向かった。
「……ささっ、さささささっ」
エレベーターで一般病棟に来た俺は、人の目に入らないように受付であるナースステーションへと近づく。俺のコネクトジャンプは、傍から見たら突然人が消えるわけだからな。なるべく目撃者が居ないように気を配らないと。
「……右よし、左よーし」
端末の前にたどり着いた俺は、受付に居るナースに見つからないようにその場でしゃがみ、左右を確認する。取り合えず通路に居る人はこっちを見てないようだけど、流石にこんなところでいつまでもしゃがんでたら目立つな。さっさと行くか。
端末にデジヴァイスをそっと向けてっと……よし、開いた!
「コネクトジャンプ!(小声)」
俺はそのまま、吸い込まれるように端末の中へと呑み込まれていった。
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「取りあえず、侵入成功だな」
俺は電子の道のようなものの上に現れた。これは、この前事務所からEDENに行った時と同じような光景……杏子さん曰くネットワークの道ってやつか。
「ってあれ?」
この前の時と違って、目の前の道は幾重にも分岐してる。
「弱ったな……これじゃ、何処を行けばいいか分からんぞ」
この間は一本道だったから問題なかったけど……やべぇ、どうすっかな。
『ケンスケ』
ああ、そういえば、結局ブイモンはどうなったのかな?無事に逃げられたと思うけど。
『ケンスケ~?』
ブイモン。出会ってまだそんなに時間は経ってないけど、今はお前が恋しい。というか、こういう時に頼れる相棒が欲しい。
『おーい、ケンスケってばー!』
あー!うるさいな!今考え事してるんだから後に……って
「ブイモン?」
『あ!やっと反応した!もう、無視すんなよな!』
何処からかブイモンの声が聞こえる……されど姿は見えず。何処にいるんだ?
『こっちだ、こっち!』
「ん?」
何となく声がする方を覗くすると。
『やっほー、ケンスケ』
デジヴァイスの画面に、ドット絵のブイモンが写っていた。
「ブイモン!?お前、なんでそんなところに!?」
『いや~、ケンスケをあの化け物から助けようとしたらいつの間にか入っててさ』
何だそりゃ?もしかして、ブイモン達デジモンは身体がデータで出来てるから、端末に潜り込めたってことか?
「それなら、なんで今まで黙ってたんだよ」
『いや~、最初はケンスケを呼びかけてたんだけど、全然目を覚まさなくってさ。起きるのを待ってたら、逆にオイラが寝ちゃったみたいで……あはは』
それって、今の今までずっと寝てたってことかよ。
『そういやケンスケ。お前、トクベツビョートーとかに行きたいんだよな?』
「あ、ああ」
『任せとけ、ケンスケ!俺がきっちりナビゲートしてやる!オイラはデジタル体だから、こういうのは得意なんだ』
「本当か!?」
『おう!そらよっと!』
そう言うと、ブイモンはデジヴァイスから飛び出してきた。
「こっちだ!着いてきてくれ!」
「わかった」
そうして俺は、意気揚々と先導するブイモンの後を追った。
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途中でブイモンが道を間違えたり、野生のデジモンと遭遇したりと紆余曲折あったものの、俺はなんとか特別病棟内部の端末に到着した。
『オイラは現実世界じゃ実体化できないから、あとは頑張ってくれよ』
現実世界へ出るときに、再びブイモンはデジヴァイスの中に入った。アニメなんかだと普通にデジモンは人間界に来れたけど、この世界じゃ無理なのか。まあ、もしそんなことが可能だったら、今頃ハッカー達が現実世界で大暴れしてたかもな。
「さて、何処から探すか」
電脳空間から出た先は病棟内の通路だった。両脇にはガラス越しにベッドや値段が高そうな機械が何台もおかれていて、そこには患者と思しき人たちが横になっている。
「あれがEDEN症候群の患者か。どれどれ―――ッ!?」
そこには、見覚えのある人物がいた。俺が生まれかわってから十幾年、誰よりも俺が一緒に居続けていた人……そう、
「そうか……」
動揺しなかったといえば嘘になる。でも、予想外かと言われればそんなことはない。俺がこの前遭遇したEDENの黒い怪物に、又吉刑事が話してくれたEDEN症候群、そして運営であるカミシロの黒い噂。これらの事を考えれば今の現状に、俺がEDEN症候群になっているという可能性に行きつくのは容易い。実際その通りだったしな。
まあ、自分の肉体の安全が確保されているだけ良しとしよう。そうやって無理やり思考をポジティブな方向へと切り替え、俺は情報集めを再開することにした。
「順当に考えれば、こっちか」
俺は通路の先、出入り口とは反対側の方にある扉へと向かった。
「ここは、作業員用の部屋か?」
部屋の中はそれなりに広く、何台ものPCやモニターが設置されており、その周りには研究用と思われる資料が棚に並べられている。早速俺は複数あるPCの内の1台を起動し、中身を確認することにした。
「えーっと何々?」
そこに掛かれていた内容は、やはりEDEN症候群に関することだった。と言っても、内容は大体又吉刑事が言ったものと同じだったが。
「大した収穫は無し、か」
俺はPCの電源を切ると、杏子さんに合流すべく部屋から出た。
……今思えば、調査が終わったからと言って油断したのがいけなかった。何故なら―――
「どうして、貴方が……?」
間抜けにも、堂々と部屋から出たところを見つかってしまったんだから。
げっ!やべぇっ!
「ここは、関係者以外立ち入り禁止のはずです」
……ん?この人、よくよく見たら、俺が聞き込み調査中に無視された寡黙系少女じゃね?一応、向こうも覚えてたのか。
「入口は、私が今入ってきた1つだけ。どうやって入ってきたの?いえ、それよりも貴方、何者なの?」
あの時とは打って変わって滑舌になる少女。さて、どうするか。最悪あの端末から逃げれば、俺が居た証拠もないし、彼女の証言だけで俺をどうこうできないとは思うけど……それなら少しでも情報を引き出すか。
「俺は、まあなんというか、探偵をやってるんだけどな?それでちょ~っと調べ物を……」
我ながらちょっと上手い言い訳もあっただろうに……そんなことを思っていると、目の前の少女はなぜか驚いた顔をした。ん?なんだ?
「探偵……暮海……?」
何やらぶつぶつ言っててよく聞こえなかったけど、断片的に暮海って聞こえたぞ。もしかして杏子さんのこと、暮海探偵事務所の事知ってんのか?
「あの~どうかした?」
「……いえ、なんでもありません」
何やら考える仕草をしていた少女は、再び俺の方へ目線を戻した。
「EDEN症候群について、調べに来たんですか?」
な、何故それを―――と言いたいところだけど、特別病棟に調査に来るなんて目的は一つしかないもんな。
「あ、ああ。そうだけど」
「……何か、聞きたいことはありませんか?」
「…………え?」
え、何?どゆこと?
「質問があれば、お答えします」
な、なんでこの娘、自ら自白するような真似を!?もしかして、この娘も同業者で情報交換のつもりか!?いや、でもそれだとしたらさっきの反応は明らかにおかしいし……
「勘違いしないでください。カミシロに関わる人間として、カミシロの痛くもない腹を探られるのが嫌なだけですから」
言い換えると『べ、別にあんたのためじゃないんだからね!』ってことか?いや、違うか。
「は、はあ。それじゃあ、お言葉に甘えて―――」
取りあえず、EDEN症候群に関して思い付く限りの質問をしてみた。質問の解答をまとめると、
・EDEN症候群にかかった人の回復例は未だにない。少女の知り合いは8年も眠り続けているらしい。
・EDEN症候群の患者の症状は昏睡であり、ほかの症状は出ていない。
・俺の肉体は、数日前にここに運ばれてきたらしい。俺とあまりにも似てるもんだから、少女もずいぶんと訝しんでいたが、一応真実は伏せておいた。
といった感じだ。
ふむふむ、なるほど。まあ、病院も現状お手上げ状態ってところか。あっ、一応あの噂についても聞いてみるか。関係者みたいだし、何か思うことでもあるかも。
「それじゃあ、カミシロの噂については―――」
「ッ!?誤解です!訂正してください!」
「うぉっ!」
今迄淡々と話していた少女が突然大きな声を上げた。びっくりしたぁ……まさか、あんなに大きな声を出すとは……
「カミシロだって、特別治療室だって専門医だって用意して、EDEN症候群を治療しようとしているんです……!EDENのせいで誰かが不幸になるなんて……だから……私が……!」
目の前の少女は、なにやら思いつめたような表情になった。何やらEDENに対する並々ならぬ思いがあるようだけど……まあ、今は気にしてもしょうがない。
聞きたいことも終わったし、ここら辺でお暇させてもらおうか―――
『こんにちは、警備員さぁん♪お仕事お疲れ様ぁ~♪』
ん?なんだ?このねっとりとしたような女性の声は?
「り、リエさん!?そんな……今日は来ないはずなのに……!」
リエ?入口から聞こえてきている声は、どうやら目の前の少女の知り合いらしい。まずいぞ、早いとこ退散しないと……ってその前にこの少女からどう逃げるか考えないと!
「ッ!?隠れて……早く!」
えぇ?いいの!?
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて!」
俺はそのままさっきまで居た、奥にあるPCがたくさん置いてあった部屋へと逃げ込み、急いで扉を閉めた。
『悠子ちゃ~ん、ご機嫌い・か・が?』
俺が扉を閉めたと同時に、入口に居たリエとやらが入ってきた。あっぶねぇ!間一髪だったな……
『リエさん……今日はどうしたんですか?入室予定者リストに、名前はなかったと記憶してますが』
『ふふふ、だぁ~い好きな悠子ちゃんの顔をちょ~っと、見たくなっちゃってぇ~♪悠子ちゃん、また暗い顔してないかなぁ~って』
『……いえ、別に』
扉越しに耳を傾ける。なんというか、さっきも感じたけどやけに耳に残る喋り方だな。相手のペースに引き込まれそうな、そんな感じがする。
『と・こ・ろ・でぇ~♪こんなところで……なぁにしてたのかなぁ~?もしかしてぇ~誰か連れ込んでたり、とかぁ~?』
『ッ!?いえ、別に、そんな……』
『まさかぁ~カレ氏~?いやぁ~ん。悠子ちゃん、ダ・イ・タ・ン~♪』
『そ、そんなことは……!』
あれ?この流れまずくないか?早いところここから退散を―――って、端末は扉の向こうジャン!どうするよこれ!?
『何処に隠れているのかしらぁ~。そ~ねぇ~、あそこの部屋とかぁ~怪しいんじゃなぁ~い?』
『ッ!?』
やばいやばいやばいやばいやばい……ハッ!そうか!この部屋のPCからならもしかしたら……!
『ほ~うら~、観念して出ていらっしゃ~い♪カレ氏さぁ~ん?』
くそっ!なんでPCの電源消しちゃったんだよ俺のバカ!証拠隠滅のためだよコンチクショウ!早く、早く点け!
『悠子ちゃんの保護者であるリエお姉さまがぁ~』
よし、点いた!あとはこのまま―――
『責任を持って指導してア・ゲ・ル~♪』
必死にPCに噛り付く俺の背後で、無情にも扉の開く音がした。
~side out~
「なぁ~んだ、誰も居ないじゃな~い」
リエが扉を開いた先には、いつも通りの無人の空間が広がっていた。
「でも悠子ちゃん?別に、カレ氏の1人や2人や3ダースくらい、取れ込んだって構わないのよ~?アタシなんてぇ~悠子ちゃんくらいの時はぁ~……」
「は、はぁ……」
人探しをしていたことなど最早どうでもいいと言わんばかりに、笑みを絶やさずに過去の自慢話をするリエ。
「おっと~いけないいけない~。それじゃ~本命の"カレ"の様子を見に行きましょうかぁ?2人で顔を見せたら~きっと喜ぶんじゃない~?」
「は、はい……」
そう言うと、リエは早々に部屋を後にした。
「……あの人、何処に?」
悠子の疑問に答えるように、部屋に置かれた1台のPCの起動音が、静かに鳴り響いていた。
~side in~
「ふぅ……危なかった……」
俺はナースステーションの前で冷や汗をかきながらしゃがみこんでいた。部屋の扉が開く紙一重のところでPCが起動し、俺は飛び込むようにコネクトジャンプをした。多分見られてないと思うけど、大丈夫かな?
「あの~お客様、そちらで座られると他のお客様のご迷惑に……」
「は、はい!すみません!」
ナースに注意された俺は素早く立ち上がり、早歩き気味にその場を後にした。
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ロビーで無事杏子さんと合流した俺は、そのまま事務所へと帰ってきた。今日は流石に肝が冷えたな。出来ればもうあんな真似はごめんだけど、そうはいかないんだろうなぁ……
「なるほど、あの場には岸部リエも居たのか」
さっきの出来事の詳細を報告すると、杏子さんは突然あの場に現れたリエの名前を出した。杏子さんが一人で納得している中、俺が頭に疑問符を浮かべていると、それがわかったのか杏子さんは話し始めた。
「彼女はEDENプロジェクトの事業推進を統括する、カミシロの上役だよ。何をしに来たのかはわからないが……まあ、それはいいだろう」
そうだな、今気にしてもしょうがないし。それよりも……
「ふむ、自分の身体を外から見て、だいぶ衝撃を受けたように見える」
そうなんだよなぁ。あのときは無理やりいい方向に考えていたとはいえ、あの光景は未だに頭から離れない。
「現状考えるに、君はEDEN症候群の未知なる症状の発症者、イレギュラーな被害者ということになるな。まあ、それがわかっただけでも、今回は良しとしておこう」
そうはいってもな、それって大した成果がなかったってことだし……
「"ただひたすらに、粘り強く 徹頭徹尾、堅固な黒鉄のごとき忍耐力であたれ"」
そんな俺の心情を察したかのように、杏子さんが口を開いた。
「杏子さん、それは?」
「父の言葉だ。調査は焦っても、慌てても、急ぎ急がせすぎてもいけない。耐えることも必要だよ?助手君」
……そうか、そうだよな。一朝一夕で事件が解決するわけないんだし、地道にやっていくしかないもんな。
「うむ。それでは、ソファに掛けて待っていたまえ。珈琲を入れてこよう。助手としての初仕事を祝して、乾杯といこうじゃないか」
コーヒーか。なーんか忘れてるような。コーヒー、コーヒー、コーヒー……あ゙っ!
「さあ、できたぞ。"海ブドウつぶあんコーヒー"だ。見た目もさることながら、味も香りも絶品だぞ?」
……なんか緑と赤紫っぽい色がコーヒーに解けきれずに出てきてるんだけど。
い、いや!きっと大丈夫だ!杏子さっも絶品って言ってたし、おそらく又吉刑事はコーヒーが苦手なだけだったんだよ多分!それに二人分用意してあるし、人が飲めないようなモノを作るなんてそんなマンガみたいなこと―――
ここで、俺の意識は途絶えた。最後に覚えているのは、自分で入れたコーヒーをおいしそうに飲む杏子さんの姿だった。