え?デジモンっていつからハッキングプログラムになったの? 作:作者B
『オ■■イ―――』
……なんだ?人が気持ちよく寝てるところを……
『オ■ガイ―――』
……うるさいな、少しは静かにしてくれ
『オネガイ―――』
お願い?なんだってんだよ今更。どうせ俺は…………何だったっけ?
『お願い―――』
俺は何してたんだっけ……?確か、クーロンに行って、アラタを追いかけて、デジモンに会って……デジモン?
『お願い、
「ッ!?」
俺の意識は急に覚醒し、そのまま飛び起きるかのように上体を起こした。
目の前に広がるのは見たこともない風景だった。白い壁紙にフローリングの床。俺の眠っていたソファの前には膝の高さぐらいのテーブルと、その向こうには俺が今いるソファと同じものがある。視線を横に向けると。上等そうな気の机の上に、分厚いファイルが何冊も何冊も積み上げられていた。
「おや、ようやくお目覚めかな?」
その机の向こうで腰かけていた女性が話しかけてきた。腰のあたりまで伸ばされた金髪に、第3ボタンまで開けられたYシャツと、首にだらしなくまかれた黒いマフラー。そして整った顔立ちが、クールな印象を一層引き立てる。
「えっと、ここは……?」
「ここは暮海探偵事務所。電脳犯罪をはじめ、多種多様な超常現象事件を取り扱っている。そして私は此処の所長であり探偵『暮海杏子』だ」
探偵?超常現象?
「ふむ、その様子だとやはり、君は現状を理解できていないようだ」
そう言うと彼女、杏子さんは俺の体面に座り、話し始めた。
曰く、俺は新宿のスクランブル交差点のど真ん中に倒れていたらしい。普通ならその場で救急車なり警察なり呼ぶところだろうけど、杏子さんは俺の身体の異常に気が付き、中野にある自分の事務所に連れてきたんだとか。
……これがもし真実だとしてもこの上なく怪しいな、この人。身体の異常と俺を連れてくる関連性が見えてこない。でも、取り敢えず俺の異常とやらを聞いておいても損はないだろ。どのみち、本調子じゃないのかまだ頭がくらくらするし、このままじゃろくに動けない。
「それで、その……俺の身体の異常っていうのは?」
「その前に2つ。1つ目、君は新宿で倒れる前にEDEN―――電脳空間に居たのかな?」
「え?」
杏子さんの質問を聞いて、あの時のことを思い出す。あの変な、おおよそデジモンにも見えないナニカが俺たちに襲い掛かってきたことを。
「どうした?顔色が優れないが」
「……いえ、大丈夫です。さっきの質問ですけど、確かに俺は電脳空間に居ました」
取りあえず、ここは正直に答えておくか。
「そうか。ならば2つ目、君がEDENにログインしたのは新宿、あるいはその付近だったのかな?」
「いえ、自宅でログインしたはずなので、新宿近辺じゃないです」
「なるほど……するとつまり……」
俺の答えを聞くと、杏子さんは考え込むように黙ってしまった。ってちょっとちょっと!
「あの!俺も答えたんですから、今度は俺の質問に―――」
答えてください、そう言いかけたところで俺の目の前に再びノイズが走る。こ、これはアイツが現れたときのと同じ……ッ!?
「おっと、すまない。君の身に起こっている異常だったね。もっとも、今ので説明する必要もなさそうだが」
パニックになっている俺を見つつ、杏子さんはその冷静な表情を崩さずに話を続けた。
「おそらく、君の身に起こっている現象は、君自身の身体が極めてデジタルな状態に近くなっているということだ。そう、まるで電脳空間のアバターがそのまま現実世界に現れたかのように……」
デジタルな状態?なんだよそれ……だとしたら、なんで俺はここに存在できてるんだ?
「さらに、君の話を聞く限り、おそらく今の君は肉体から精神データが分離していると仮定される。なぜ新宿に現れたのか、君の肉体は今どうなっているのか、残念ながらそこまでは判断しかねるが……もっとも、肉体が何らかの方法で新宿に移動しデジタル化して今の君となっている、なんて可能性もあるかもしれないな」
精神データの分離?デジタル化?ダメだ、うまく頭が働かない……
「さて、聞いてのとおり、君は摩訶不思議な現象に陥っているのだが、それを解決しようにも情報が少なすぎる。そこで君に、こうなる前までの話を聞きたいと思うのだが、どうだろうか?」
確かに、一人で抱え込んでても何も解決しない。話してしまおうか……いや、でもその前に―――
「……どうして」
「?」
「どうして、見ず知らずの俺を助けてくれるんですか?」
当然の質問。デジタル化した人間なんてよくわからないものに手を貸す真意を理解できない。だが、俺の質問を聞いた杏子さんは、クスリと笑った。
「さっきも言わなかったか?ここは探偵事務所、そして君が腰かけているのは依頼人用のソファ。理由はそれだけで十分だ。そうだろう?」
この人は、なんというか……いろんな意味で大物だな。
俺は結局、今まで起こったことを全部話すことにした。
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「……なるほど、経緯は把握した」
俺の話を聞き終えた杏子さんは、ソファを深々と座りなおす。
「順当に考えれば、ログアウト寸前に襲ったという化け物がこの事態の原因だろう。ふむ、差し詰め『EDENの黒い怪物』といったところだろう」
EDENの黒い怪物?
「む?知らないのか?最近噂になっている、データを食い漁っているという
あいつ、そんな噂になってたのか。だとしたら、運営はなんで何の対処もしないんだ?ヤツの明確な証拠がないから?それとも……
「それにしても、実に興味深い現象だ」
俺が思考に耽っていると、杏子さんが俺をじろじろと観察し始めた。
「今の君は言うなればデータの塊『電脳体』そのものだ。しかし、君は普通の人間と何も変わらず、平然と会話している。これは、君がデータでありながら物理法則に縛られている証拠……そうだな、リアルとデジタルの両方の特性を持つ、『半電脳体』と名づけるとしよう」
ふふ、と楽しそうに笑う杏子さん。なんというかこの人、どことなく浮世離れしてるな……電脳探偵なんて職業は、こういう人じゃないと務まらないのか?
「さて、差し当たっての問題はいくつかある。君の肉体の現在の状況、半電脳体による君自身への影響。一番の問題は、君がEDENにログインできるか、だな」
EDENへのログイン?
「何でそれが一番重要なんですか?」
「調査の基本は現場検証。EDEN内で起こった事件は、必ずEDENに手がかりがある。それなのに、その肝心のEDENに入れなくては意味があるまい」
……それもそうか。今の情報社会で、ネットが封じられるのは痛い。しかし、ログインか。確かに今みたいな半電脳体、だっけ?の状態じゃどうなるかわからないし、どうするかな……
そんな時、俺の手が偶然、腰につけていたデジヴァイスに触れた。
「……待てよ?」
確かこのデジヴァイス、デジモンアドベンチャー02のD-3と同じ見た目なんだよな。それに、さっきもチビモンをブイモンに進化させて見せた。だとしたら……
「杏子さん、この部屋でネットにつながってるものってありますか?」
「ネット?それなら私のパソコンか、そこのテレビだが……それがどうかしたのか?」
よし、ネットに侵入するだけならPCじゃなくてもいけるはず!
そして俺はテレビの前に立つ。そして、アニメと同じようにデジヴァイスをテレビの前に掲げた。
「ッ!?」
思った通り!俺の目の前にゲートが現れた。
ってなんだ!?手がゲートに引かれて、ちょ、ま―――
―――――――――――――――
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「痛って!」
ゲートに吸い込まれたと思ったら、急に明るいところに出やがった。痛たたた、勢い余って思い切り前に転んじまった……
「ここは……」
俺は立ち上がりながら辺りを見回した。ここは確か、EDENのエントランス?
『暮海杏子だ。聞こえるか』
お、杏子さんからの連絡だ。
「はい、大丈夫です」
『そうか、それはよかった。それにしても、何が起こったんだ?いきなりゲートのようなものが現れたと思ったら君がテレビに吸い込まれていった。流石に肝が冷えたぞ』
「す、すいません」
『まったく、君はもう少し大人しいと思っていたが、中々に大胆なようだな。私も、人を見る目はまだまだだったということか』
大胆、ねえ。俺は別にそんなつもりはなかったんだけど、あからさまに怪しいナビットくんの誘いに乗ったり、デジモンを見てテンションが上がったりしていたことを考えると、否定できない……
『取り合えず、君がEDENの専用端末以外からもログインできることが分かったのは収穫だ。その力は、おそらく君が思っている以上に役に立つ。一旦、事務所に戻ってきたまえ』
「分かりました」
まあ、このままここに居ても特にやることないし、戻るか。
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―――――
ログアウトした先は、さっきの事務所のテレビの前だった。密かに自宅へ戻れることを期待してたんだが、そう上手くはいかないか。
「しかし、ますます興味深いな、君は」
戻ってくるや否や、杏子さんが再び観察するように目線を俺に向けた。
「おそらく、君はテレビに接続されていたネットワーク回線を通ってEDENにログインしたのだろう。事務所の端末は、EDENネットワークにも接続ているからな」
なるほど、そういうわけだったのか。
「……その顔だと、特に理解せずに飛び込んだようだな。まったく、随分無茶をする」
べ、別に俺の意思でいったわけじゃないし?吸い込まれただけで不可抗力だし?
「しかし、現実世界から電脳世界へ、ここまでダイレクトに移動できるとは驚いた。デジヴァイスを前に掲げていた様だったが、君のデジヴァイスにはそんな機能がついていたのかな?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……ただ何となくやっただけなので」
実際のところ、あの動作に意味があったのかはわからん。
「ふむ、デジヴァイスに付与された新たな機能か、そもそも半電脳体ゆえの特性か……それにしても、君は随分古いタイプのデジヴァイスを使っているんだな」
それに関しては、完全に俺の趣味なので放っといてくれ。
「電脳空間への
また一人嬉しそうにする杏子さん。ああ、もう、勝手にしてください……
「邪魔するよ、キョウちゃん」
俺が項垂れていると、事務所の扉から渋い感じの初老の男性が入ってきた。
「……おじさん。知った仲とはいえ、物音ひとつ立てずに入ってくるのは如何なものかと」
「おっと、すまん。つい、いつもの癖でな」
「それと、その呼び方もいい加減改めてもらえませんか?この年にもなれば流石に恥ずかしい」
「何言ってんだ。キョウちゃんがいくつになろうと、俺にとっちゃいつまでもキョウちゃんだよ。例え、凄腕探偵になってもな!」
はっはっは!と男性は豪快に笑う。この二人、知り合いか?それも、結構昔からの。
「おっと、そこの坊主は依頼人かい?こいつは悪かった。依頼話の最中だったんだろ?」
「いえ、そういうわけでは。ですので、大丈夫ですよ」
俺の事は伏せるのか?まあ、俺自身自分がどうなってるのかわからないし、無用な混乱を生むだけか。
「紹介しておこう。こちらは又吉刑事。父の代からの付き合いで、信頼のおける人だ。電脳犯罪専門の、本署付きのエリート部署の刑事だよ」
へえ、結構すごい人なんだな。でも、確かに貫禄はあるけど、なんか電脳犯罪っていうような風貌に見えないんだよな。それこそ、一昔前の刑事ドラマに出てくるような古風な感じの……
「坊主、見かけいよらず、と思っただろう?」
「え!?いえ、そんな訳じゃ……」
「はっはっは!気にするな、実際のところその通りだからな。でなきゃ、探偵とつるんだりしてないさ」
なんだか、随分と親しみやすい人だな。
「それで、何か事件ですか?依頼でしたら今、珈琲を入れますので、ソファに掛けてお待ちを」
「い、いや!今日は依頼じゃないから珈琲はいいよ!」
コーヒーの話を聞いた途端、又吉刑事が慌てだした。……なんだかすっげぇ嫌な予感がする。
「『EDEN症候群』の件で、少し気になる噂を耳にしてね。キョウちゃんも興味があるだろ?」
EDEN症候群?また新しいワードが出てきたな。
「……聞かせていただきましょう。それではソファに」
「おう。それで、そこの坊主は……」
「大丈夫ですよ、おじさん。彼もEDENに絡む、謂わば特殊な関係者です。聞かせておいて損はないでしょう」
「そうか、キョウちゃんがそう言うなら安心だ」
そこまで言うと、又吉刑事はソファに腰かけた。
「話ってのは、EDEN症候群を隔離している、例の特別病棟の噂だよ―――っておっと。そこの坊主には、EDEN症候群の説明が必要かな?」
そう言って、又吉刑事は話し始めた。
要約すると、EDEN症候群というのはEDEN利用中のユーザーが突然意識不明になる奇病だ。原因、治療法、症状、そのどれもがいまだ不明で、一度発症すればそのまま目覚めることなく眠り続けてしまうことになるらしい。
「『セントラル病院』にはEDEN症候群専用の『特別病棟』があって、そこで研究と回復処置を施している。それだけならまだいいんだが、妙に情報統制が厳しくてな。更には、患者の家族すら入れない隔離施設があるんだとか、カミシロのイメージダウンを防ぐために事実の隠蔽をしてる、なんて噂が飛び交ってる」
そう、この話に出てきたように、セントラル病院にはEDENの運営『カミシロ・エンタープライズ』が深く関わっている。
……こいつは確かにきな臭いな。
「今回の件もそんな噂の類なんだが……セントラル病院のバック、カミシロが動き出すらしい」
え?カミシロが?
「発症患者の増加や症状の重篤化傾向が明らかになりつつある今、奴らが動かない道理はない。病院での人の出入りも激しくなってる上、特別病棟のセキュリティも強化されるらしい」
おいおい、そりゃ真っ黒じゃねえか!
「いよいよ、ですね」
「ああ。ようやく、だ」
「ふふ、それではやはり珈琲を入れて来ましょう。景気よく祝杯を―――」
「おおっと!そろそろ部署に戻らないと!」
杏子さんのコーヒーの話題が出た瞬間、又吉刑事はあからさまに話を切り上げた。
……そんな、なのか?杏子さんのコーヒー。
「祝杯はまた今度にしよう!またな!」
そう言うと、又吉刑事は心なしか駆け足で事務所を後にした。
「まったく、忙しない人だ」
いや、あれはそういうんじゃ……
「それよりも、聞いてのとおりだ。EDEN症候群が絡んだリアルタイムの情報は、カミシロの情報統制のせいで手に入りにくい。EDENの異変、君の異常な状態、そしてカミシロ。これらの出来事がほぼ同時に起こったことは、決して偶然ではない」
確かに、これを偶々と言い張るには無理がある、か。
「私はこれから、セキュリティが強化される前に情報を仕入れるため、セントラル病院へ向かう。もちろん君も同行してくれたまえ」
そっかそっか。まあ調査するならセキュリティが強化される前の今しかないもんな。それで、もちろん俺も―――
「って、えぇっ!?何で俺まで!?」
「君の現状をどうにかするための情報も、手に入るかもしれないだろう?」
そりゃそうだけど!でも、なんで素人の俺が!
「そういえば、まだ依頼料の話をしていなかったな」
「へ?」
依頼、料?
「君の依頼の解決は極めて困難だ。もちろん、それに見合った報酬を受けとらせていただくよ」
マジで!?確かに
「ああ、安心したまえ。なにも、学生の君から多額の料金を請求しようなんて思ってはいない」
それを聞いて俺はほっとしたが、それと同時に何を言われるか戦々恐々していた。
「それでは依頼料だが……事件が解決するまで、私の助手として働いてくれたまえ」
……え?
「助手、ですか?」
「そうだ。私は訳あってカミシロを追っている。君に纏わる情報も、おそらくそこから出てくるだろう」
「えっと、でも、いいんですか?それだと、俺しか得してないような……」
「案ずることはない。君は自分の情報を得られ、私はカミシロの情報を得られる。実にWIN-WINな関係だとは思わないかね?」
えっと、つまり杏子さんにとっても益があるから問題ないってことかな?
「それに、君にはコネクトジャンプがある。さっきも言ったが、それは本来人間が入り込めないようなコンピュータにだって侵入できる。すなわち、それは電脳関係の事件の調査にこれ以上ない適性があるということになる。それがあれば、調査は飛躍的に進むだろう」
……なるほど、そういう使い道があるのか。それなら確かに、杏子さんが俺を助手として欲しがるわけだ。
「