閣螳螂は娯楽を求める 作:白月
「やはり砲弾が効きません!」
「角に当てるのが難しすぎます!」
「落ち着け!近づくぞ!隊列を乱すな―――」
結晶が乱立し、分厚い鉄の塊を容易く突き破る。
その龍が空へ、空へと上がった後に―――
「なん……だありゃあ!?」
終末の攻撃は落ちてくる。
全ての有が圧縮され、白い光と化す。
結晶を含む全ての輝きは虚無へと還り、破滅という呼称さえぬるい結末を迎える。
「オオオオオオオンッッ!!」
穴が空いた大地だけが残り、命が消え去った空で龍は吠えた。
夕立でも起きるかの様な天気の変わりようだ。
しかし黒紫色の雲が作為的な現象だと物語る。
突然ピキリと頭から音がした。
「……ルルゥ」
「どうしたのじゃ?」
意識が何かに引っ張られる。
明らかに危険と分かるが、抗う気持ちは起きない……
起きろと私が糾弾しても―――体は言う――ことを―きかない―――
―――思考が―――掠れ―――て―――
ズキリ!!
今度は鈍器で殴られたような錯覚を覚える。
「……ルアッ!?」
これはかなり痛い。
結晶から今までに無い勢いで何かが流れているのが分かった。
「ちょっ、大丈夫なのか?」
頷く。
「ってなんか黒いオーラが出てるのじゃ!」
「……!?」
ふと脚を見る。
……本当だ。私の結晶の位置から絹の様にウイルスが落ちている。
どうしてこの様な反応を?
ビリッ
……バルラガルを閉じ込めていた繭から糸が破れる音がする。
「クルルル……」
糸を操作し周囲の木を折りながら持ち上げ、繭へ照準を合わせる。
繭の破れる速度が上がるにつれ、黒い粒子が繭からも出てきた。
一体何が起こっているんだ?
狂竜ウイルスとは別の何かがあるのか?
「―――まさかっ!?」
王女が若干俯けていた顔を弾かれた様に上げる。
表情はまるで目の前の餌を盗られたハプルボッカだ。
遂に繭からバルラガルの頭が出る。
怒りからか、口から赤い煙を出していた。
「キィァァァァ!!」
木を射出する。
一本目は弾かれるが、後の七本は頭に鈍い音を響かせた。
同じ方向からの攻撃は効いたらしく、大きく怯む。
そしてバルラガルは繭から落ちた。
……?
黒い粒子がバルラガルから飛び散った様に見える。
「気をつけろ、奴は『凶気化』したのじゃ!」
聞いたことがない状態だ。
というより私の状態の方が気になるが……いや、狂竜化しながら理性を保っている時点でおかしいから名称がわからん。
バルラガルは叫びながら尾を地面に突き刺す。
「グォォォォォォアアアア!!」
ブチりという音と共に血腺が開く。
赤黒い血がそこには流れていた。
私でさえ気分が悪くなる程の血の匂いが辺りを満たす。
グジャリと足元が緩む。
「やばっ!」
「ルゥッ!」
私は宙返りをして避ける。
少し足が圧迫されるが、体内に入りはしなかった様だ。
元居た所には赤く尖った柱が生えていた。
バルラガルが尻尾を抜くとそれは液体となり……強い匂いを放つ。
これも血か。
バルラガルは首を高く上げ、何かをこみ上げている様だ。
私は飛ばした木を一本引き寄せる。
そして近くの木に人間に変化しながら隠れる。
木の影以外は赤い液体が大量に撒かれる。
そして大量の針に変化し、液体となって崩れた。
「げぇぇぇ……けほっ、けほっ。」
王女は吐いていた。
それはそうだ、血を直接被った時と比にならない程匂いが濃い。
これだと空気さえ押しのけられているだろう。
「けほっ……くくっ、これが血の薔薇か……わらわにはちとキツいのう……」
虫である私にもキツいのだから、人間……いや、普通の動物なら卒倒するレベルだろう。
やはりこの王女はおかしい。
ウイルスはバルラガルの次の動きを察知させた。
「王女、伏せろ!」
舌が木を裂く。
一瞬で何度も裂かれ、焚き火になりそうな大きさまで小さくなる。
そして破片が私達に降りかかる。
バルラガルは私達を見失った様だ。
やはり狂うと注意力が減るのか。
笛を振り、吹く。もう一度振り、吹く。
体の感覚が、フワフワした状態になる。
元の姿になると、結晶から出ているウイルスが増えているのが確認出来た。
恐らく活性化してるのだろう……私の思考に影響は出てないが。
糸を放ち、先程引っ張った木を担ぐ。
笛を振ってから私の脚を切り、バルラガルに投げつける。
狙い通りバルラガルは舌で爆発させ、飲んだ。
その隙に木を投げつける。
そして笛を吹き、ウイルスの力を合わせて脚を回復させる。
ミシミシという音と共に伸びる様子から、すぐに元通りになりそうだ。
血腺から複数の柱が伸び、木を刺し止める。
そして舌で何処かに投げられた。
その後バルラガルはこちらに走ってきた。
「よし、アトラルよ逃げるぞ!」
糸を放ち、走り出した王女を背中に巻き付ける。
「おっ、ライドオン……とは呼べないの。」
近くの岩に糸をつけ、振り回してから投げつける。
バルラガルは口から針を伸ばして破壊した。
その間に木に糸を放ち、跳んで逃げる。
血の匂いが急速に薄れる。
空気が美味しいとはこういう事か。
「深呼吸がしたくなるのじゃ!」
勝手にしてろ。
BCに着地する頃には足が治っていた。
王女を落とし、人間の姿になる。
「早く逃げたいのだが、まだ迎えは来てないのか。」
「恐らく生存者は居ないと思っているのじゃろう。ガードも回避も困難じゃし、それに無尽蔵のスタミナだしの。」
「サシミウオでも釣るか。」
「わらわはさっき転がった際の切り傷に回復薬使っておくわ。」
「まさか舌にやられたのか?」
「そしたらわらわはもう死んでおるのじゃ。」
釣竿をキャンプから持ち出し、桟橋に向かう。
水は真っ赤に染まり、魚は横向きに浮いていた。
ゾクリと本能が危険を告げる。
「おい王女。」
「どうしたのじゃ?」
「逃げるぞ!!」
「えっ、わ、分かったのじゃ!?」
水面が泡立ち始めた次の瞬間、鮮血の飛沫をたてながらバルラガルが躍り出てきた。
「どうして……沼地みたいに地面は柔らかくないのじゃぞ!」
「恐らくアイツは地下水の周辺を通っている!それなら沼地ぐらい柔らかいだろう!」
「なるほど、気配が遠ざかったのにわらわ達に会わないと通れない水辺から攻撃してきたのはそういう事じゃな!」
叫び終わったらまた元の姿になる。
バルラガルは再び血をこみ上げ始めた。
納品BOXを投げつけ、続けざまに支給品BOXを投げつける。
納品BOXは血腺からの柱に弾かれ、支給品BOXが口の中に入った。
バルラガルは血を口から垂らしながら噛み砕く。
そして私を見定めていた。
その間に王女を縛り付け、BCの上から脱出する。
「残奏姫の力を見せるのじゃ!」
今は撃龍槍が無いから無理だ。
そして近づく事=死なのだからそういうのは神選者にやってもらえばいい。
血を纏ったなら水分で恐らく糸も切られてしまう。
そう思いながら私は走って帰っていった。
ギルドに着くと、とても騒がしく、ほぼ全員が走り回っていた。
「あぁぁ!?生還、生還したんですね!」
ギルドから受付嬢が走り寄って、私達を讃える。
「突然で申し訳ないのですが村の防衛の緊急クエストに参加してくれませんか!?」
「何があった?」
「く、黒の凶気です!ランポス達が村を襲いに来て、他にもモンスターが大量に来ると思われてて!それで人手が足らなくて!あの、本来なら上位ですけど生き残られたのでっ!!」
「はいはい、わらわ達も受けるぞ。なぁルカ?」
「撃龍槍を持ってくる。」
撃龍槍さえあれば私は強い。
恐らくバルラガルにもダメージを与えられただろう。
……しまった。黄金石の欠片の納品を完了させてない。
「はいはい、わらわ達はここを守備じゃ。」
川に面した水田……わざとか?
「既に何人か居るから、加勢みたいなものじゃの。」
「おい、狂気はどいつが拡散しているんだ?」
「えっと……元々不安定な絆原石で凶気化はあったけど、生まれたてのヴェルサ・ノワが凶気化するとマキリ・ノワっていう古龍に変化して、絆原石と共に凶気を拡散するのじゃ。そしてとてつもなく強いらしいのじゃ。」
「ほう……」
この拡散力だと、さっさと元凶を殺さないと平和が訪れないな。
それにしても何故私は狂気化しなかったのだろう。……まぁ恐らく狂竜ウイルスのお陰か。
毒を以て毒を制すという言葉があるが……その通りになったな。
「あっ、凶気化の『きょう』は凶悪の『凶』じゃ。」
「……そうか。」
「さて、川をご覧下さい……ガノトトスが下って来ましたのじゃ。」
周りにハンターが居ないことを確かめる。
元の姿に戻り、撃龍槍を構える。
「キュエッ――ゲッ!?」
こちらに飛び込んできた所を下から撃龍槍をすくい上げて刺す。
背中から叩きつけられ、撃龍槍によって標本の様になったガノトトスの腹を裂いて心臓を斬る。
王女を見るが、眉一つ動かさない……訳ではなかった。
「わぁ、凄いのじゃ!」
ただ、顔を顰める事はなかった。
さて、バルラガルが来ないことを祈るか。
凶気化薔薇創バルラガル
防衛本能と闘争心が暴走した二つ名。
防衛本能により血柱を解禁した。
本来なら横から近づいてきた敵や物を串刺しにする血柱だが、凶気化したことにより、正面の敵は舌で殺したいという謎の思考であらゆる方向や場所に血柱を生やして正面の邪魔を取り除く。
執念深くなると同時に視野が狭くなった為、多数で周りから叩く事が元々よりしやすい。
1vs1だと地獄と化す。
血柱に傷つけられると当然の様に爆発する。
【地中から伸びた場合のイメージ・辿異ルコの串刺し。爆発で生物だった管が落下。】