閣螳螂は娯楽を求める 作:白月
生きる機能があるなら負け。
嫌な予感は当たるものだ。
人間はそれを、虫の知らせと言う。
だが、何故虫なのだろうか?
本能で生きているからこそ、世界を感じているとでも考えたのだろうか。
なら本能を潰した種族の厚かましい考え方だ。
劣っているのは人間なのに。
それはさておき、私は片付けをしていた。
朝食の後、洗剤で食器を洗う。
ハンターの食事はとても肉が多いらしいが、体に悪いのではないか?
……本来なら肉しか食わない私が言ってもしょうがないか。
泡を水で流し、立てかける。
「よしルカ、出かけるぞ!」
「それは私から言う台詞だろう……」
後ろで足をバタバタさせながら私を見ていた王女が、待ってましたと言わんばかりに笛を渡してくる。
とりあえずランポス討伐の失敗を今回で取り戻さなくては。
ギルドに着き、下位クエストを確認する。
「どうじゃ?簡単そうなのあるかの?」
「いや……あぁ、黄金石のかけらの納品があるな。」
「……まぁ星1だしそれくらいかの。では出発じゃ!」
「回復薬を買っていく。」
「あ、そうじゃったな。」
今回は気球が浮いてないらしい。岩が楽に運べそうだ。
しばらくした後、アプトノスの引車と共に出発した。
この時の私は、ギルドが数十分後に厳戒態勢を敷くとは露にも思っていなかった。
「はい、水着。」
「切り裂くぞお前。」
ベースキャンプに着くなり王女は薄い布を取り出してきた。
まさかこの服で狩れと?
普通の人間なら自殺と同じだ。
「まぁ、そうじゃな。前回失敗したのに遊んでいるとかバレたら厳重注意じゃからな。」
「行くぞ。」
支給品BOXを確かめると地図しか入っていなかった。
「珍しいな……いや、下位ならありえないか。そういえばゴミ猫共が見当たらないが。」
「うーん、まだ手は下してないのじゃがなぁ……」
まさか自粛したのか?
いや、グループになっていたのだから短期間にそれはありえないな。
元の姿に戻る。
鎌を擦り合わせ、時々齧りながら身だしなみを整える。
糸を放ち、木々に登る。
空を見るがやはり気球は無い。
アイルーもいないのだから、さっさと目的を果たしてしまおう。
「ちょっと待つのじゃー!?」
評価を上げるためだ、許せ。
さぁ、衝動に任せて!!
「キィェァァァァァァァ!!」
森を駆ける疾走感!
バチバチと当たる木の枝!
何事かと振り向く竜達!
そしてキラキラと光る小川!
何故か楽しい!
久しぶりだ、こんなに楽しいのは!
ネセトを取り戻したらネセトで駆けてやろう!!
糸を切り、転がりながら着地する。
手早く糸でポーチを作り、採掘痕がある所を笛で何度も叩く。
バキリという音と共に岩が崩れてくる。
その中から探すと、黄金石の欠片をまぁまぁ手に入れる事が出来た。
まずはこの程度か。
次の採掘ポイントへ向かうとしよう。
しかし、道中に縄張り持ちはドスランポスしか見当たらないのだが。
転がりながら私は違和感を覚えた。
後ろから走ってくる熱源がいる。
「終わったのかの?」
「……」
「帰りにアイルーに見せる必要があるから、まだ来ていないのだし、わらわと時間を潰しながら行くのじゃぞ。」
「……」
ベースキャンプで暇を持て余すよりはいいか。
……おかしい。
先程の森にこそ小型竜は居たが、何故この日当たりの良い場所に虫一匹居ないんだ?
いや、分かる。
「変な予感……いや、匂いがするのう。」
「……」
ポーチを背中に巻き付け、笛を構える。
ゆっくりとその予感がする方へ向かう。
熱源は感じない。
ゆっくりと細い岩道を進む。
ウイルスにも、視界にもそれらしき影は見当たらない。
道を抜けた先の広場には誰もいなかった。
「居ないのう……これ以上は行かないでおいた方がいいのじゃ。」
気になる……だが、気配は遠ざかった気もする。移動しているのだろうか。
前回ブルファンゴを殺した道を通る。
しかし今日は一匹もいない。
古龍でも来たのだろうか?
オオナズチが来たのなら……気配の種類が違うか。
濃厚な血の匂いもする。
オオナズチは雑食という説だが。
……気配が急激に強くなる。
BCに近づくその道……エリア1と言われる場所だ。
しかし熱源は未だに感じない。
「そろそろ人間に戻ったらどうじゃ?」
確かに、アイルー共に見られたら説明が難しい。
人間の姿に変化する。
「……しかしどういう事だ?『何か』が居るのに、全く分からない。」
「もしかしたらBCにいるかもしれないのじゃ。」
警戒しながら歩を進めていく。
その時だった。
引車のアプトノスが走ってきた。
捕まえようと立ちふさがる。
恐らく何かがBCに居たのだろう。
バシャリ
熱源を感じると共に直感的に飛び退く。
アプトノスが突然血を吹き出し、更に骨肉混じりの大爆発を起こした。
ゴトリと棘が生えた赤い管の様な物が落ちる。
そしてズリズリと赤い何かに引っ張られ、川の方へ引きずられていき―――
「クォォン!」
グギュッ グギュッ
縄が締まる様な音と共に中身が飲まれていく。
「あっはは……なんの、冗談じゃ?」
「どす黒く変色したバルラガル……?」
「いや……」
バキリと赤い管が潰れる。
敵はそれを振り回し、川の方へ放った。
「あれは『
バルラガルが首を少し引いた時には私達は既に飛び退いていた。
伸びてきた舌が回避した所の岩壁を穿つ。
「どういう二つ名だ!」
「舌を刺した相手の血管を爆発させて内側から破壊するのじゃ!」
ムチのように振り回される舌を回避する。
一瞬確認出来たが、矢じりの様な針が舌から生えていた。
引っかけられたら窮地に追いやられると考えていいだろう。
「どういう仕組みだ!」
「知らん!分からん!役立たん!」
笛で弾く事は出来るが、周りの岩や土は全てバルラガルの方へ吹き飛ばされている。
つまり体どころか笛を引っかけられたら引き寄せられて終わりだ。
舌に対するウイルスの反応と、視覚でバルラガルの頭を見る事で私は対応しているが、王女はどうやら全てを避けまくっているらしい。
本当に王女やめたらどうなんだ……
「退避まで!」
王女が叫ぶ。
範囲から片方が逃れた瞬間に片方を潰すのは当たり前だから退避は息を合わせないとならない。
「3、2、1、はいっ!!」
「とあっ!」
同時に舌の射程から一気に離れる。
バルラガルは舌を引っ込めたあと、私より小さい王女を狙って追いかける。
「後でさっき合流した森の中の広場で感動の再開じゃぁぁ!」
そして王女は叫びながら走っていった。
急いで先回りして準備をしよう。
ポーチを置き、元の姿に戻る。
糸を放ち、エリア10へ直線で向かう。
きたきたきたきたぁぁぁ!!
周りの木々や岩は破壊される。
鎧を着た振りをしていた彼女を守る物は双剣のみ。
一人だからこそやはり攻撃は苛烈に、高密度になるのじゃな。
一番柔らかいと思われている舌でさえ双剣が弾かれかける硬さ……流石じゃ!
薔薇創は舌を引っ込め、水ブレスを吐くが、王女は避けた。
すかさず舌で土や石をかき集めてから口に含み、更に尖ったブレスを吐く。
「ほぉぉぉっ!?」
横に薙がれると、特定の範囲までの全てが断ち切られる。
王女は範囲外まで後退し、飛び越して避けた。
「そうじゃ……もっとわらわを殺せ!殺し尽くす程に楽しめ!!」
行き過ぎたストレス解消は、王女を虜にしていた。
一切傷を負わずに舞い続ける。
再び水を吐いてくるが、直線的な攻撃は舌より避けやすかった。
血腺が閉じる。
「てやぁぁぁ!!」
王女が転がりこんでくる。
私の時間は十分にあった。
笛を振り、吹く。
体が軽くなると同時にバルラガルが周りの木々を破壊しながら入ってくる。
破壊した事により、木々は事前に張り付けた糸に引っ張られバルラガルの方に倒れ込む。
バルラガルか首で木を吹き飛ばした時に地面から私が作った4重になっている網がバルラガルを宙に持ち上げる。
舌を伸ばそうと顔を動かす程に粘着性が高いままの網が絡みつく。
そしてバルラガルは唸りながら動く事をやめた。
「おぉ、お手柄じゃ!」
私は網に糸を放つ。
20回程追加で糸を巻いた事により、今更暴れ始めたバルラガルはもう手足が出なかった。
いや手足が見えなかったと言うべきか。
周りの木々をしならせてから糸を巻き、重さを分ける。
このまま窒息してくれればありがたいな。
空を何かが横切る。
黒い粒子の波が世界を覆い始める。
「ん?天気が唐突に悪くなったのじゃ。」
……怖いな、第三、第四の罠を準備しておくか。
雨が降ったら意味が無いが。
血が固まった様な色をしている。
舌が一番の武器。
やすやすと鉄を貫く威力を持ち、まるで放射状の布に見える早さで何十分も振ることが出来る。
本体自体の俊敏性は低い。
ある程度外傷を与えると、防衛本能からか本気を出すらしい。
《参考遺品》
錆びた鉄の匂いがする真っ赤なノート
儂らは地質調査の為に渓流にやってきた。
だが、いつの間にかドスジャギィ二匹と、その部下達に囲まれてしまった。
ハンターは退路を確保しようとするが、睨み合っているジャギィに攻撃は出来ない。
その時だった。
もはや刺激臭である血の匂いがしたと思ったら、背後から黒い色をしたバルラガルが躍り出てきた!
儂らは走って離れた。
ドスジャギィ達がバルラガルへ向かって噛み付こうと近づく。
全てのドスジャギィ達が、突然宙に浮かぶ。
キラリとバルラガルの目が黄色く光ったと思った次の瞬間、大爆発が起きた。
ゴトゴトと赤い管が落ちてくる。
儂らは走って離れた。
(シミと穴で読めない)
大剣を突き破り、鎧を突き破った舌で仲間が爆発した。
吐き気がこみ上げる程、凄惨だった。
再び走って逃げる。
だが儂も、先程舌にかすってしまった。
体が熱い。
あの怪物は、ただ殺しに
(手の形で穴が空いている。これ以降の記載は無い)