閣螳螂は娯楽を求める 作:白月
緊張感のある平和な環境こそ理想郷なのかもしれない
しかし、緊張はマンネリに対してほぼ反対の位置にある
マンネリは愚鈍を産み、愚行に走らせ、必要性のある犠牲を待つ
だからこそ外部からの恐怖と感情に左右されない自制を持ったあの国は平和を謳えるのかもしれない
うぅ……っ!?
わらわは目が覚めると同時に体にまとわりつく違和感を感じた。
体に何か覆いかぶさっている……布……ベッド?
ま…ま、ま、まさ、か……わらわ、わらわは……
「起きたか。ならばさっさと退け。」
と、その時に聞こえると落ち着く声がした。
「……あぁ、あぁそうじゃな。いや疲れが溜まってたんじゃよ。許してくれ。」
「そうだろうな、2日間気絶と睡眠をしてたんだ。」
「うぇ……って事は……」
起き上がりながら下半身の感覚を確かめた。
しかし、清潔そのものじゃ。
「あぁ、排泄物等はトイレに運んだ。きちんと拭いてやったし、食事も水も口に押し込んだ。敷布団も布団もローテーションで洗濯した。」
「おぅ……助かったのじゃ。」
若干、アトラルがにやけながらわらわを見てくるのが恥ずかしい。
尊厳が……
「あぁ、そうだ王女。」
……もうわらわの国は無いんじゃがのう。
それでもその呼称は嬉しい。
「本当に私が去って、王女が目覚めると同時に奴らは来たのか?」
「……どういう事じゃ?」
「……いや、なんでもない。」
そういうとアトラルは元の姿に戻り、大きく四角形の木を持ってきた。
タンスじゃな。
わらわの前に置いてから再びアトラルは人の姿になる。
「これから衣服が増えるだろうしこれに入れてくれ。」
また元の姿に戻り、タンスをひょいと持ち上げ運んでいった。
わらわも布団を畳んで敷布団を丸め、両腕に担ぎあげてついていく。
ドスン。
ボロボロな畳や木の床のある場所にアトラルはタンスを置く。
わらわも布団を約十二畳の床の片隅に置く。
「キィ。」
「大丈夫なんじゃな。」
「キッキッ。」
鎌で私に追い返す動作をする。
それに応じてわらわが二十歩程下がると……
ギィィ……パンッ……水銀が近くまで瓦礫を運んできおった。
「キャッ!」
いつの間にかシャガルマガラの物になっていた翼を使いアトラルは飛び上がる。
それから糸を放ち、水銀で定滑車を作ってから位置調節の糸を放った。
ガタン、という音をたてて壁が出来あがった。
糸で壁を吊った後、地上に降り鉄の棒を瓦礫から引っ張り出す。
撃龍槍を振りかぶって叩きつけ穴と溝を作りおった。
器用じゃのう……
糸を使い、支柱を立て、二本を交差させ、水銀で四つの端に柱を置いた所に二本を差し込む。
そして壁に細い棒を添えて糸で固定、壁が完成する。
ベニヤ板を何枚か繋ぎ合わせて天井……そこは雑なんじゃな。
「キィ。」
「……いつの間に作ったんじゃ。」
きちんとした木の扉じゃ……
ガスッ。
「完成だ。私がお前を天廊に匿うようなもんだ、これぐらいはしてやる。」
「……熱でもあるのか?」
「……修繕も改築もしないぞ?」
「すまなかった、謝るから許してくれんかのう。」
「はぁ……ついてこい。」
「うん?なん――」
突然わらわの足が動かなくなり、吐き気が込み上げてくる。
軽いパニックに陥ったが、理由は直ぐに分かった。
とはいえ、べしっと床に倒れるがの。
「うええ、酔う……」
「酔う?歩く事で?」
「そうじゃ。動物は飢餓と運動しない状態が合わさったら歩く事さえ出来なくなるからの。」
「ふむ、そういうものなのか。」
貴族には食っては寝て、食っては寝るという不健康の権化の様な人もおったのう……
不意に体に変な力がかかる。
私を中心に、水銀が盆のような形になって浮かび上がる。
笛を肩に担ぎ、シャガルマガラの翼で撃龍槍を持つとアトラルは言った。
「落ちるなよ。」
「この形ならば落ちることはないじゃろう……ありがとうじゃ。」
「一々私の善意を口に出すな。何故か気分が悪くなる。」
「おっ、照れてるのかのう?」
そこで初めて気づいた。わらわに優しくする理由は何を持ってしてもないのではないのじゃろうか?
しかし、善意の行いを口に出されるのは嫌じゃと。
つまり……なんじゃろう……
段々と変形し、独特な柔らかさを持ったソファが現れた所でアトラルは立ち止まる。
「ここがトイレだ。」
「おぅ……」
確かに周りには水を流す為の溝があり、確かに水洗トイレという画期的なトイレなのじゃろう……じゃが、周りの床より若干凹んで、中央に穴があり、10m四方であるソレをトイレと言えるじゃろうか?
「衛生上、全ての階のモンスターにここで四時間経過後に排便をすると飯が出るようになっている。勝手に流れるから放置しろ。」
「いや、わらわは手を洗いたい……」
「ん?あぁ、溝を流れるのは新しく清らかな水だ。だが、拭くのは布を洗って使いまわしてくれ。紙の供給はない。」
「そ、そうか……」
つまりキャンプじゃな。そう考えればいいんじゃ。
うん……
アトラルは再びわらわを水銀に入れて歩き出した。
そうか、私は会話に楽しさを感じているのかもしれない。
王女とは、成り行きとはいえ、私とほぼ対等な関係という希少な存在。
そして思慮せず愚行をする様なバカでも、同時に私を凌駕する様な天才でもない。
もしかしたら……後に運命を信じているかもしれないな。
今の私はなるべくしてなった、と思っているが。
「アトラル、お昼ご飯は?」
「人間の腿の焼肉だが、食えるか?」
「……試してみるわ。」
「無理はしなくていいぞ、ストレスで倒れたら困る。」
食べるものまでストレスがかかると吐かれる。
吐くことは更に体力を消耗する。毒のある肉は次に間に合わなければ看過出来ない損害となる……砂漠で学んだ知恵だ。
「目の前の種族は同族を食うのだけど……」
「さぁ、誰かな?」
……なんだろうか。きっと、こいつは……そうだな。
この普段とは違う安心、そして不安。
微かに脳裏に過ぎる謎の悲しみ。
そう、恐らく。
「……私はお前が好きだ。これからもよろしくな。」
「……えっ?」
「あぁ、愛している訳では無いだろうから食われる心配は余りしなくていい。」
「……うむ、分かったのじゃ。感情の整理は必要じゃぞ?」
人間は好きと伝えた方が喜ばれやすいらしい。
ならば、と従ってみただけだが……突然人間の真似をするのはやはり価値観が狂うか。こちらの価値観を認識してるなら尚更。
王女は水銀に寝転がった様だ……かなり無理をしていたのだろうか。
しばらく黙って歩くとしよう。
心臓の音が早鐘を打っている様じゃ。
確かに、イケメンに求婚された時もドキドキはしたのう。
じゃが、私利私欲の恋愛など優先順位には到底入らんものじゃ、実際にわらわは断ってきた。
とはいえ、ここまで視界や思考が狭まることは無かった……
……吊り橋効果じゃよ、わらわ!気をしっかり持て!
確かに、確かにアトラルは安定感があって安心するし、中々ブレない。
とはいえモンスターじゃよ、アトラルは……じゃが、うん、確かにスタイルも顔もいい人間の姿になるのう。それ以前に元の姿だけなら大切なペットになったじゃろう。
あれじゃな、わらわの王国が潰れたと考えられるせいで不安感が強いのじゃろうな。
そう、原因さえ分かれば虫に百合をするとかいう不毛な愛を持たなくて済む……
そう……落ち着いて……
「そういえば王女、」
「なんじゃっ!?」
叫ぶ様に反応しながら、わらわの動揺が表に出た事に内心苦笑する。
アトラルは愛や恋を性欲の一環としてしか認めてないじゃろうし、バレる心配、それどころか明かしても関係が一切揺らがないじゃろう……
勿論、わらわが気にするが……!!
「罠を……どうした?」
「すまんすまん、若干意識が飛んでおったわ。」
「そうか、とりあえず眠る前に罠や地形を頭に入れとけ。いざという時に一人で逃げれなくては困る。」
「分かったのじゃ。」
優しさが温かいのう……それにしても、面白い。
地獄も乗り越えれば振り返って笑う事も出来る。
アトラル……お主が好きじゃ。とても楽しいぞ。
……何処か王女が気持ち悪い気がする。
隙あらば私を見ている。
一挙手一投足、全てを観察している様だ……ウイルスは顔の方向を常に示してくれる。
「王女、そんなに私の行動が興味深いか?」
「いや、なんとなく見てただけじゃ。すまんのう。」
歩き、時折周囲を見て、そして指を指す。そのパターン化された行動をずっと見てる?
怖いな……だが、王女の精神は疲弊しているのだろうからしょうがないのかもしれない。
何気ない行動も気になるのだろう。
ならば、注意を逸らすか……
「まぁ私は魅力的かもしれないが、私のネセトの方が魅力的だぞ?」
「……えっ?」
「全身が金属で出来て、瓦礫を射出し、レーザー砲を持つ。こんなに魅力的なモノは無いだろう?」
「あ、うん……」
そこまでして気づいた。私達の種族でこそネセトは力と能力を示す最適な自己表現。大きく、装飾のついた理想のネセトは……あぁぁ、今よりも魅力的だ!私も是非、その様なネセトに乗り、その上で乗り込んで私に飛びつけるオスと交尾したい物だ。
逆に他の種族へは只の殺戮兵器と化す……おや、私は殺戮の部分に魅力を見出していたかもしれない?
それはともかく、王女にネセトの魅力は理解出来ない。それは紛れもない事実だ。
「……そうか。ネセトの理想体が完成した為に私は今、浮かれているんだった。すまない。」
「なるほど……」
さて……
残念ながらミラルーツの言う『異世界』とは違い、侵略等の行為が出来るほど余裕のある生き方は出来ない。
僅かに私から漏れているウイルスで棒立ちしている人間の姿が察知出来る。
「王女、分かるか?」
私は王女に小声で話しかける。
王女は水銀から身を乗り出した。
「何がじゃ……」
「……まぁ、そうか。」
スイッチが切れたらしばらくonにするのは難しいものか。
それに人間には全く見えない、聞いてからなんだが普通に考えて察知出来たら超人だな。
残りの水銀を笛から出し、空中で鋭利な鎌にする。
キュッ!
透明な人間は走り出した。
「足音じゃと!?」
私は手を伸ばし、鎌を遠くに飛ばす。
追い越した所で力強く引く。
避けようとスライディングした人間の顎に引っかかり、こちらに飛んでくる。
のろのろと空中で体勢を整えている隙に撃龍槍を投げつける。
壁に撃龍槍が激突、そして真っ赤に染まる。
「うわぁ……この光景は久しぶりじゃ。」
「こんな奴らが沢山来るんだ。地形を覚え、罠に引っかけるように逃げればいい。時間稼ぎにはなる。」
「よく分かった……」
「それにしても罠に引っかからず一人でこれたな……」
神選者は何でもありだ。成長とかがあり、罠に耐性を得たのかもしれない。
新しい罠を考えるか……
『今夜お送り致しますのわぁ!今、話題のデスクトップミュージシャン、「D.Light」の新曲を中心に、ノれるミュージック!HARDCORE系の曲にイってしまおう!』
「夜間に何を聞いているんだ王女……暗いな、燃やす物は危険かつ素材が手に入らないし……どうするべきか……」
「ラジオじゃよ。人工衛星で全国放送されてるんじゃ。」
「何処にあったんだ?」
「瓦礫の中にあったのじゃ。電池も時計の所から抜いたし、手動で発電出来る懐中電灯もあったぞ。ほら。」
「ぐあっ!?何を……って光か。突然私に向けるな。」
「あはは、すまんのう。ほら、ここを回すんじゃよ。」
「……ふん、分かった。昼の間に風力発電出来るようにする。鉄と固定具だけでいいよな。」
「う、うーん……多分?あぁ、その電気を使えば照明がつくのう。」
「……そうだな。おやすみ、王女。」
「おやすみ、アトラル。」