戦車道の世界に魔王降臨   作:そばもんMK-Ⅱ

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先に謝っておきます。今回、ものすごく今までの話と矛盾します。ごめんなさい。

~これまでのあらすじ~

カッス「我慢してみようと思った」


第6話 「臨界」

 坂井と甘粕に促され、格納庫の中に入った紅組の面々を目にして、案の定白組の面々はそれまでの和やかな雰囲気から一変し、剣呑とした表情で彼女たちを迎えた。

 

「これはこれは。どの面下げて来れたんですか先輩方」

 

逸見エリカが慇懃な様子で口を開いた。明らかな不快感と嘲笑を隠そうともせず、吹っ切れた様子で容赦ない言葉を浴びせかける。

 

無論、三年生たちもそうなると黙っていない。彼女らにしてみれば、愚かにも黒森峰の栄光に泥を塗り、挙句それを恥じることすら知らぬ蒙昧共らに何か言ってやらねば気が済まぬ、といったところだろうか。

 

矢継ぎ早に放たれる罵詈雑言、悪口悪態冷罵の数々。

 

それら全てに、逸見エリカが、赤星小梅が容赦ない返答を叩き付ける。

 

もとより三年生の言い分には信念がない。熱が、思いが込められていない。

 

所詮は自分より巨大で強大な”正義”という力からの借り物だ。加えて、もはや彼女らが身を寄せる正義と、今の黒森峰が目指すと決めた正義は別のものだ。

 

ゆえに、彼女たちの言葉はその全てが悉く二人によって論破されてゆく。

 

悪く言えばエリカたちの行動は開き直りともとれるだろう。確かに今までの基準から鑑みれば、彼女たちの行動は間違っていると言われても仕方がないものであることも確かなのだから。

 

だがそれは結局のところ、その基準が真の意味で正しい場合に限るのだ。

 

そしてこれも当然だが、絶対的な正しさなど存在しない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

あるとしてもそれは、例えば人を殺してはならないとか、そういった常識、道徳といった概念であって、そしてそれですら場合によっては覆ってしまう。

 

よって、当たり前のように三年生たちは追いつめられてゆく。

 

「わ、私の母はここのOGなのよ?その気になればあんたたちなんか……」

 

「ああそうですか。で、それが何か?」

 

「私たちはOGの言いなりじゃない。勿論、先達として尊敬していますし、日々の援助には感謝しておりますが、だからといって仲間を、友達を売り渡すような真似は絶対にしません」

 

「だいたい、あなたたち言ってることとやってることが滅茶苦茶じゃない。私たちの理念は王道でしょう?なのにやってることは脅迫、いじめ。卑怯だとは思わないの?自分の道すらまともに見えてないそんな様で私たちに意見しようなんて、百年早いのよ!顔を洗って出直して来なさいッ!」

 

それが、しばらく続いた。

 

三年生たちは、もはや言葉を失っていた。

 

「――では一つ、提案なのですが」

 

そこで初めて口を開いたのは坂井だった。この場に似つかわしくないほど暖かい口調ゆえ、誰もが彼女に注目した。

 

「我々戦車道履修者……いえ、あの決勝を戦った仲間たちで、校内及びOGへ対応し、みほさんを守るというのはどうでしょうか?」

 

ゆえに、彼女の口から放たれた言葉に、この場の誰もが呆気にとられた。

 

唯一、甘粕だけがじっとその様子を見つめていた。

 

そうして、しばらくの後。場は再びの混沌と化した。

 

エリカに小梅ら、白組に与した者らからは一様に反対の声。

 

紅組の面々からも、こちらは案の定の罵詈雑言。先ほど完膚なきまでに言いくるめられたにもかかわらず、再び放たれる心無い言葉の数々。

 

それを聞きながら、西住まほはしかし奇妙なことに冷静だった。

 

いや、冷淡、と言うべきだろうか。

 

端的に言って彼女はもはや、目の前で薄汚い謗言を吐き続けるそれら(・・・)を、同じ人間だとは思えなかった。

 

思考を占めているのは真っ黒な嫌悪。ただその一念のみが延々と頭の中を駆け巡っている。

 

気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い――!

 

おまえたち如きが、みほを馬鹿にするな。おまえたち如きが、何を真っ当な人間面しているのだ。

 

「――ふざけるな」

 

気付けば、自分でもぞっとするほど低い声が漏れていた。

 

その言葉には、三年生たちが並べ立てていたものとは比較にならない想いが込められていた。

 

「おまえたちは、恥ずかしくはないのか」

 

学年が上の相手だが、それがどうした。

 

こんな輩に払う敬意など、もはや持っていない。

 

「己の行いを、情けないとは思わんのか」

 

属する集団の正義にものを言わせ、全ての責任をたった一人の少女になすりつけて。

 

気に食わないならばいいだろうと、平然と指揮官を見捨て、裏切って。

 

挙句自分たちが同じことをされれば、顔を真っ赤にして悪態をつく。

 

それを指摘されれば、惨めな自己保身に走る。

 

「他人にはするが、自分たちがされるのは御免被る、か?冗談も大概にしろよ。道理が通らん。理解が出来ん。何故そうまで恥知らずでいられるのだ」

 

今まで自分たちがしていたことが、そっくりそのまま跳ね返ってきた。

 

いや、これでもまだみほが受けた苦痛に比べれば足らないだろう。

 

ともかく、これはそんな当たり前のことでしかないのだ。

 

殴れば殴り返されるかもしれない、相手を扱き下ろせば報復が待っているかもしれない。それは当たり前の因果応報であり、だからこそ人はその覚悟を持つべきではないのか。

 

「おまえたちを見ているとつくづく感じるよ。人間とは、斯くも容易く堕落する生物なのだと。……坂井先輩、こんな輩に何を言っても無駄かと。校内とOGへの対応は我々で行いましょう。なに、みほのためならなんでもやりますよ」

 

これまで悩み、苦しみ、自己嫌悪すらしたまほの心は、抑圧から解放された反動というべきか、今極端に妹への愛と、それゆえの憎悪に燃えていた。

 

これ以上の会話は無駄だ。

 

そう言わんばかりに背を向けたまほだったが、ふと視線を感じてその方向に顔を向ける。

 

「……っ!?」

 

そこにいたのは、魔王だった。

 

佇まいも、表情も、先と何も変わらない。そう、変わらないはずなのに。

 

なぜか彼が、甘粕正彦が途轍もなく恐ろしい。

 

そう感じた瞬間。

 

西住まほは、いや、その場にいる甘粕を除いた全員が、まるで糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、柊四四八よ。おまえはこれを見ても、人を信じられるというのだな」

 

任せると、見届けると、そう信じたが。

 

「――これは駄目だ(・・・・・・)。確かにそれは理想であろうが、彼女らはそれ以前の問題だよ。何故なら彼女らには目指すものが存在せん(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

雄々しい背中を、進むべき正道を、人として貫かなければならない道理を。そんな理想(ユメ)を見ようともしない人間は、確実に存在するのだ。

 

そんな人間が、己の力で立ち上がることが出来るだろうか。

 

勇気を、覚悟を、誇りを抱いて前へ進むことが出来るだろうか。

 

「否、否だ。なぜなら、完全に知らぬ道を進むことなど出来はせんのだから」

 

「であればどうする。知らぬならば仕方がないと、言っても無駄だと諦めて、道を誤り続ける彼女らを放置するか?否……否だろう。なぜならそれを”見守る”とは呼べんからだ」

 

柊四四八、我があこがれの男よ。おまえの言葉を、おまえの勇気を、俺は今も変わらず胸に刻んでいる。

 

素晴らしい輝きだった。そのヒカリに、俺は正しく憧れたのだよ。

 

だが、おまえの理想は憧れるべき勇気を見ないことには始まらん。そしてこの世界では、おまえが示した雄々しい背中は存在せんのだ。これではいくらなんでも、案内不足というほかないだろう。

 

そしてこの者らは、目の前で示された勇気(ヒカリ)からすら目を逸らし、知らぬ知らぬと喚くのだ。

 

それゆえに、その前提すら果たせぬというならば。

 

「目をこじ開け、髪を掴み、殴りつけ、尻を蹴り上げてでもそれを見せつけてやらねばならんだろう。そうして初めて、決断という選択の機会が生まれるのだ」

 

知らぬならば教えよう。聞く気がないのならば、いいだろう。

 

その身を以て存分に味わうがいい。

 

――そう。西住まほが妹を愛し、今その果てに絶望したように。

 

甘粕正彦もまた、人の輝きを愛し、そして今、その果てに絶望したのだ。

 

まして彼は、先ほどこの世界に来て以来、最も素晴らしいと思える勇気を目の当たりにし、またこれまでずっと、西住みほの周囲について悲嘆してきた。

 

何時か必ず、道を誤っている者らも己の力で飛び立てると信じ、己が辿り着いた主義(ネガイ)に蓋をして、ここまでずっと手を出さずに堪えていたのだ。

 

であれば先の言葉にも訂正が必要だろう。彼は最初から絶望していたのだ。

 

それでも、かつて己が魅せられた勇気(ヒカリ)を胸に刻み、己が唾棄すべき存在であると吐き捨てるような抜作どもを、それでも信じようと努めたのだ。

 

その抑圧が、一体どれほどのものか。――それが解放された時、何が起こるのか。

 

彼ら(盧生)の主義とは、信念とは、各々が筆舌に尽くしがたい経験の果てに辿り着き、定めた祈りの形だ。

 

よって、例え敗北しようと。相手の勇気(ヒカリ)に憧れようと。成長の兆しを見せようと。

 

(甘粕正彦)自身が魔王であることに変わりはないのだ。

 

そして今、その抑圧は限界を迎えた。ならば訪れる展開は、これ以上ないほど簡単に想像できるだろう。

 

「さあ――」

 

甘粕正彦は、ここに再び魔王となる。

 

既に答えは出されている。そこから逃げることなど、この俺が許さん。

 

おまえたちはそれでよいのか?進むべき道は今しがた示されたばかりだというのに、つまらぬ意地や保身のためにそこから目を逸らし続けるのか?それが本当に、己にとって恥じることのない選択なのか?

 

否と叫ぶならば、ここに証を立てるがいい。

 

己が魂を輝かせ、殻を破るがいい。

 

その機会を与える光こそが我なのだ。

 

「おまえたちの輝きを示すがいい。果てに待つ決断のため、まずは前座を用意しよう」

 

逃がさんと、この場所に来る前にそう誓ったのを覚えている。

 

「例外はない。ああ、先は堪えたがなあ、やはり俺はこういう性分なのだよ。ゆえ、おまえたちにも付き合ってもらうぞ」

 

そう。甘粕正彦は人の輝きを愛している。

 

だから、それが見たくて見たくてたまらない。そう、彼は忘我しながらこう思ったのだ。

 

――このような素晴らしい輝きを、もっともっと見ていたい。慈しんで、尊び、そして愛していたい。

 

魔王は勇者の勇気に敬意を表する。それは事実だ。間違いなどありはしない。

 

しかし、忘れてはならない。古今魔王が表する敬意とは、即ち破壊であり、恐怖であり、絶望の具現である。

 

よってここに、試練()が現実を浸食する。

 

あまりの暴挙。あまりの愚挙。しかし、甘粕正彦とはそういう男なのだ。

 

つい先ほど己に立てていた誓いなど、既に遥か遠い忘却の彼方へと追いやっている。

 

既に勇気を示した者たちすら巻き込んで、ここにこの日の第二幕が開幕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。とうとう(というか速攻で)甘粕が爆発しました。ついさっき自分が言ってたことを忘れて勢いで爆発しました。筆者が完全にその場の勢いで物語を書いてるからこんなことになりました。

弁明のしようがないくらいに私が悪いです。


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